商業車両大手が先進モビリティー事業に挑戦(シンガポール)
ゴールドベル・グループのチュアCEOに聞く

2022年4月8日

シンガポールのゴールドベル・グループは、商業車、フォークリフトなどの物流機器の販売やリース事業で国内最大の地場企業だ。同社は近年、自動運転や電気自動車(EV)などの先進モビリティー分野で、新規事業の創出や投資を積極化している。グループ傘下には、SWATモビリティー(主に法人向けにライドシェアリングサービスを提供、日本にも進出済み)や、ブルーSG (EVのシェアリング、2021年10月にフランスの物流会社ボロレから買収)がある。

同グループのアーサー・チュア最高経営責任者(CEO)に、先進モビリティー事業や日本市場の展望について聞いた(インタビュー日:2022年2月8日)。


アーサー・チュアCEO(ゴールドベル・グループ提供)
質問:
ゴールドベルの事業の内容について。
答え:
ゴールドベルは、1980年に祖父と父が創業したファミリー企業だ。事業としては、既存の中核事業と、先進モビリティーを扱う「フューチャーモビリティー」事業の2つの軸からなっている。
既存の中核事業は、(1)三菱ふそうや三菱ロジスネクストといったメーカーの商業車や物流機器の販売事業(ディストリビューター)、(2)産業車両のリース事業と、(3)法人向け融資の金融事業、の3つだ。(1)について、3.5トン以上のトラックでは国内市場の40%以上を占有するマーケットリーダーだ。このほか(3)でも、最大のシェア(50%)を占有している。
質問:
商業車や物流機器の中核事業に加え、新たに先進モビリティー事業を開始した理由は。
答え:
イスラエルへの訪問がきっかけだ。私がCEOを引き継いだのは2012年のこと。その当時、中核事業は2013~2017年まで毎年約80%の成長を続け、私は業績に極めて満足していた。
イスラエルを訪れたのは、2015~2016年。1カ月以上滞在して、スタートアップを1日当たり4社訪問した。イスラエルのスタートアップは、アジアの投資家を求めていた。イスラエルのスタートアップの企業価値(バリュエーション)は当時、2億~3億米ドルと低く、好機と思って投資した。同時に、そうしたスタートアップが取り組んでいることに、非常に感化を受けた。ゴールドベルのビジネスモデルを変えなければ後れを取ると思った。そこで、シンガポールに帰国後、本格的に、(先進モビリティー分野の)投資と新規事業の創出に取り組んだ。
質問:
なぜ、スタートアップへの投資や新規事業の創出の取り組みを始めたのか。
答え:
企業がこれから50年先も存続していくには、ベンチャー投資とベンチャー創出の2つの柱が必要と思う。これからも人々に必要とされるビジネスであり続けるためにも、新規ビジネスを創出する必要がある。このため、ベンチャー創出部門を5~6年前に立ち上げた。
質問:
ベンチャー創出部門から生まれたスタートアップは。
答え:
ベンチャー創出部門から生まれた第1号が、2015年に創立した(ライドシェアリングの)SWATモビリティーだ。日本を含む7カ国で消費者向けと法人向けのプロジェクトを展開している。顧客は、シンガポール航空やトヨタ自動車、高速バス運行のWILLER(ウィラー)など、100社に上る。現在、物流分野への参入も計画中だ。ライドシェアリングと同じテクノロジーを用いて、(貨物配送の)ラストマイルの課題解決に取り組んでいる。
第2号が、自動走行するフォークリフトを開発しているエックススクエア (xSquare)だ。2018年に創立した。顧客には、ベルギーの物流会社カトエン・ナティ(Katoen Natie)や、英医薬品会社グラクソ・スミスクライン(GSK)がある。
質問:
すでにモビリティー分野のベンチャー投資ファンドを有しているが、今後の計画は。
答え:
これから、モビリティー分野のスタートアップに投資する2つ目のファンドとして、Cube3 Venturesを立ち上げる予定だ。
最初のファンドは6,000万米ドル規模で、2018年以来13社に投資した。内部収益率が40%と、世界的にも収益率では上位25%に該当する。2つ目のファンドに、投資家の関心も高い。このことから、ファンド規模は6,000万米ドルから最大1億2,000万米ドルまで拡大する計画だ。ファンドが投資したスタートアップは、新たに設置するテクノロジー人材ハブの支援を受けられることが、新ファンドの最大の特徴だ。テクノロジー人材ハブを各国に設置して、人工知能(AI)に関する優秀な技術者を採用する。ファンドが投資したスタートアップは、その高度人材を使って技術革新をよりスピーディーに取り込めるメリットがある。
質問:
電気自動車(EV)のシェアリング会社ブルーSG(BlueSG)の現状と今後について。
答え:
ブルーSGは、過去12カ月で売り上げが2倍になった。また2021年12月時点で、償却前営業利益(EBITDA、注1)が黒字だ。
ゴールドベルがブルーSGを買収する前には、1台当たりの乗車回数が低かった。しかし今は、乗車回数が大きく増えている。その理由の1つとして、新型コロナウイルスのパンデミックから公共交通機関への不安が高まり、その結果として会員数が増えたことがある。現在、需要の増加に対応するために、EV車両台数を増やしている。将来、ブルーSGがシンガポールで作り上げたビジネスモデルを、他の海外市場にも展開していきたい。
私の好きな市場の1つが日本だ。ただし、日本は極めてユニークだ。日本でカーシェアリング事業をするには、駐車場または自動車のリース会社を保有するか提携する必要があると思う。日本の(都心部の)駐車場料金は高額だ。駐車場料金が高ければ、そのコスト負担だけでカーシェアリング事業の存続を脅かすことになる。日本で、駐車場かリースについてパートナーを組む方法があれば、カーシェアリング事業で日本に進出したい。
質問:
東南アジアのモビリティー市場の展望と、その中のシンガポールの役割について
答え:
東南アジアの数多くの都市では、交通渋滞が生産性損失の主要な要因の1つになっている。この問題をSWATモビリティーのテクノロジー(配車ルートの最適化)などを使って解決すれば、新たな価値を創出できると思う。また、東南アジアの電子商取引(EC)市場の流通取引総額(GMV)は2019年の380億米ドルから、2021年に1,200億米ドルへと拡大した(注2)。このEC市場の拡大を支える物流の成長も必要だ。
しかし、地場のプレイヤーにはノウハウも、テクノロジーも不足している。多くの技術革新が必要なのだ。一方シンガポールは、世界的にも最も進んだスマートシティーと評価されている。また、東南アジアのスタートアップのユニコーンの50%が、シンガポールを拠点にしている。このため、シンガポールは東南アジアにおけるモビリティー事業を拡大するにあたって最適な拠点だ。
質問:
日系企業や日本に期待することは。
答え:
私は5歳から祖父や父に連れられて、仕事の現場に行っていた。父は日本の企業と仕事をしていたことから、これまでに私は100回以上、日本を訪れている。
日本には数多くの人材がいる。しかし、課題は言葉の壁だ。今後、日本の人材や企業と一緒に仕事をして、共に、この言葉の壁を乗り越えていきたい。

注1:
利払い前・税引き前・減価償却前の利益。税引き前利益に、支払利息と固定資産の減価償却費を加えたもの。
注2:
米国のグーグル、シンガポールのテマセク・ホールディングス、米国コンサル会社ベイン・アンド・カンパニーの共同調査「e-Conomy SEA 2021外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を参照。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。