ねじれ議会の下、通商面でバイデン政権はどう動く(米国)
FTA、他国連携、経済安全保障、EV税額控除など、実績を振り返る

2022年12月19日

ジョー・バイデン米国大統領の就任から、2年近くが経過した。2022年11月8日に投開票が行われた中間選挙では、共和党が連邦下院の多数派を奪取。2023年1月からは、ねじれ議会が誕生することになる。特に党派性を帯びた分野で、政権が法案を成立させづらくなることは否めない。そのため、大統領令などの行政措置を通じて政策を推し進めていくとみられる。

本稿では、バイデン政権によるこれまでの主な通商政策を整理する。あわせて、これからの見通しなどを論述する。

労働者中心の通商政策、FTA交渉には後ろ向き

バイデン政権は、労働者を中心とする通商政策を継続してきた。そのことは、米国通商代表部(USTR)の「2021年の通商政策課題と2020年の年次報告書」(連邦議会に2021年3月提出)からも読み取れる。例えば、「通商政策は労働者を保護し、力を与え、賃金主導型の成長を促進することで、全ての米国民にとってより良い経済的成果をもたらさなければならない」と明記されていた。2022年もこの政策に変わりなく、バイデン政権は同盟国や友好国とも連携し、労働者の保護に取り組んできたと言えるだろう。また、バイデン政権は「米国の労働者と地域社会に投資した後でなければ、新たな通商交渉には着手しない」との方針を掲げ、自由貿易協定(FTA)の交渉を棚上げにしてきた。通商交渉に関する権限を大統領に一時的に付与する大統領貿易促進権限(TPA)は、2021年7月1日に失効し、2022年12月現在も更新されていない。TPAがなければ、協定内容を承認する前に、連邦議会がいくらでも変更を求めることができる。これでは、他国は米国との交渉に本腰を入れづらい。バイデン政権が国内の労働者の保護を優先し、通商交渉に重きを置いていない証左と受け取ることもできる。

こうしてみると、バイデン政権は、従来の姿勢を維持すると見てよさそうだ。労働者を重視する一方で、関税・非関税障壁の撤廃には後ろ向きであり続けるだろう。

他国連携を強化、IPEF立ち上げ

他方で、バイデン政権には、米国第一主義からの転換を進めたという側面もある。米国第一主義は、トランプ前政権下で重視された考え方だった。そこから脱却し、同盟関係や民主主義の強化に取り組んできたわけだ。

2022年に見られた通商面での特徴的な動きとして、インド太平洋経済枠組み(IPEF)がある。IPEFは、米国の主導により、5月に立ち上げが宣言された。正式な交渉開始に合意した国は14。この14カ国は、9月に開催された第1回閣僚級会合で(1)貿易、(2)サプライチェーン、(3)クリーン経済、(4)公正な経済を4本柱として、交渉目標を設定した(2022年9月12日付ビジネス短信参照)。ここから、バイデン政権が、基本的な価値観を共有するインド太平洋地域の各国と連携を深め、同地域への経済的関与を強化しようとする姿勢が見えてくる。

また、当政権は、欧州との関係修復・強化にも乗り出した。その取り組みの一環として、鉄鋼・アルミニウム製品に関税割当制度(TRQ)を導入した。当該製品の輸入には、トランプ前政権時から1962年通商拡大法232条に基づいて、追加関税が課されてきた。この措置自体は継続する一方(注1)、TRQによって一定数量までは追加関税が回避されることになる(対EUで2022年1月から、対英国で4月から施行)。ちなみに、日本との関係でも、4月から鉄鋼製品54品目にTRQを導入済みだ。

加えて米国とEUは、2021年6月に設立した米EU貿易技術評議会(TTC)の閣僚級会合を2022年5月にパリ、12月にワシントンで開催。この枠組みを通じて、新興技術や通商課題に関する協力を加速させている。

経済安全保障が対中政策の要に

人権に基づく経済安全保障は、米国にとって大きな課題だ。トランプ前政権時から、特に中国を念頭に強化されてきた。バイデン政権も、関連規制の整備を進めている。その一環で、2021年12月にはウイグル強制労働防止法(UFLPA)が成立。同法に基づく輸入禁止措置は、2022年6月に施行された(2022年8月5日付地域・分析レポート参照)。

UFLPAにより、中国の新疆ウイグル自治区が関与する物品は、米国への輸入が原則禁止になった。同法は、「明白で説得的な証拠」がない限り強制労働の下で生産されたものとみなす「反証可能な推定」を盛り込んでいる。特に米中両国で事業展開する企業にしてみると、人権デューディリジェンスの重要性が高まったことになる。

実際、UFLPAを契機にさまざまな対応が見られる。例えば、ロイターによると、米国税関・国境警備局(CBP)は、10月25日までに太陽光発電製品を1,053件差し止めたもようだ。UFLPAに対応した税関の電子申請システム改修も検討されているという。すなわち、輸入物品の製造者所在地で「中国」を選択した場合、郵便番号が新疆ウイグル自治区に相当すると、警告メッセージが表示されるというものだ(2022年11月7日付ビジネス短信参照)。輸出管理も厳格化されている。所管する商務省産業安全保障局(BIS)は、人権侵害に関与した疑いで、中国籍の事業体などを輸出管理規則(EAR)のエンティティー・リスト(EL)に追加してきた。企業がELに掲載されている事業体に米国製品を輸出または再輸出する場合は、本来なら輸出許可が不要な品目でも、原則としてBISの許可を得る必要が生じる。

また、バイデン政権は2022年10月に発表した国家安全保障戦略で、地政学的な競争相手として中国を名指ししている。この観点から、中国を念頭に、半導体関連の輸出管理規制が同月、公表・有効化された(2022年10月11日付ビジネス短信参照)。この新たな規制により、外国直接製品(FDP)ルール(注2)がELに掲載されている在中国の事業体28社に適用されるようになった。BISに対する輸出許可申請の対象も拡充された。すなわち、先端半導体を製造する中国内の施設で半導体の開発または生産に輸出商品が使用されることについて、輸出者などが認識していた場合、全てのEAR対象製品についてBISに申請しなければならなくなった。しかも、この申請は原則不許可になる(注3)。米国人による保守・点検なども、規制対象になっている。このほか、先端コンピューティングとスーパーコンピュータにもFDPを導入。非中国籍の企業でも、対応が迫られている。

国家安全保障を狙う動きには、これらにとどまらない様態のものもある。例えば2022年8月に成立したCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)は、半導体に関する中国との技術競争に備えるものだ。換言すると、米国の競争力強化が狙いになる。また、既存の制度枠組みで取り組まれた行政上の措置も見られた。連邦通信委員会(FCC)が2022年11月に発表した行政命令も、その一例と言えるだろう。当該行政命令により、特定の中国企業5社(注4)の監視カメラや通信機器について、輸入・販売に関する認証が禁じられる。当該措置の理由としては、やはり国家安全保障上の脅威が示されていた。

中国を念頭に置く規制の強化は、目下、連邦議会で超党派の支持を受けるのが通例になっている。冒頭で、ねじれ議会の下、法案成立が困難になると述べた。しかし、対中政策で厳しい対応を求める点については、共和党も一致する。こうした経済安全保障関連では、今次バイデン政権後期でも進展が見られそうだ。

インフレ削減法により自動車業界が一変する可能性

最後に、2022年8月に成立したインフレ削減法(IRA)に言及しておく。IRAには、気候変動対策の一環で、電気自動車(EV)購入者に対する最大7,500ドルの税額控除が設けられた(2022年11月24日付地域・分析レポート参照)。しかし、この制度には、対象車両の要件が厳しすぎるという問題がある。そのため、自動車を主力産業にする日本、EU、韓国などから、懸念の声が上がっている。

IRAには、「北米で最終組み立てを実施しなければならない」とする要件が含まれている。この要件は、法が成立した8月時点で即日有効とされ、対象車種は2022年製で18モデルに限定された(注5)。さらに2023年以降は、バッテリーに含まれる重要鉱物や部品の調達などに関する要件が追加される。その結果、税額控除の対象とならないモデルがさらに多数を占める可能性が高い。

もっとも、バイデン大統領は2022年12月に実施された米仏首脳会談後の記者会見で「協力的な国を排除する意図はなく、微調整可能」と述べた。北米での最終組み立て以外の要件については、2022年内にガイダンスが発表される予定だ。また、この問題については、各国の通商担当者間で議論が続けられている。IRAの運用方法次第で、自動車業界の構図は一変する可能性がある。


注1:
通商拡大法232条に基づく当該措置に関して、世界貿易機関(WTO)の紛争処理小委員会(パネル)は12月9日、協定違反にあたると判断した(2022年12月12日付ビジネス短信参照)。なお、この措置をそもそも導入したのはトランプ前政権だが、バイデン政権は現時点でWTOの判断を受け入れない姿勢を示している。
注2:
米国外で生産された製品であっても、米国原産の技術・ソフトウエアを直接使用している場合に、輸出や再輸出に関して事前の許可申請を求めるルール。
注3:
輸出先が多国籍企業の所有施設の場合は、事案ごとに審査される。
注4:
具体的には、華為技術(ファーウェイ)、中興通訊(ZTE)、ハイテラ、ハイクビジョン、ダーファ。
注5:
北米での最終組み立て要件を満たすモデルは、本来なら26ある。しかし、2022年12月31日までは、税額控除が認められる従来の要件〔販売台数について、メーカー別に上限(20万台)を設ける〕も有効とされた。この要件により、8モデルが対象外とされた。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課 リサーチ・マネージャー
片岡 一生(かたおか かずいき)
経営コンサルティング会社、監査法人、在外公館などでの勤務を経て、2022年1月から現職。