欧州初のサイエンス・テクノパーク、その魅力を探る(フランス)
入居歴20年以上の日系企業も

2022年6月22日

フランス南部、ニースとカンヌの中間にあって、地中海を見下ろす高台に位置する「ソフィア・アンティポリス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(フランス語) 」。1969年に欧州で初めて創設されたサイエンス・テクノパークだ。創設を提唱したピエール・ラフィット上院議員(当時)は、さまざまな業種・分野で人が交流する結節点になり、シナジー効果によって新たな発想・発明・開発が創造されるという構想を持っていたという。それから50年以上が経過した今でも、欧州最大級の研究開発クラスターと言って良い。

本稿では、その魅力と、その中で設計や研究開発を行っている日系企業3社の活動について報告する。

入居企業の相互作用を促進し、2040年までの目標を掲げる

ソフィア・アンティポリスは、フランスのアルプ=マリティーム県バルボンヌ市一帯の松林2,400ヘクタールを開発して創設された。

ここに立地するのは主に、スマート・モビリティーやその社会実装、サイバーセキュリティー、健康・バイオテック、先進的海洋・船舶技術、フィンテックなどの先端技術研究、といった産業分野だ。公式ウェブページ(最終アクセス:2022年6月9日)によると、約2,500の企業が所在し、4万人の従業員を雇用。60カ国以上から異なる才能が集まる。研究者は4,500人、学生は5,500人。毎年、人工知能(AI)、バイオテクノロジー、自動走行車、コネクテッドカー(インターネットに接続された自動車)などの分野で、新規雇用を1,000人以上創出。創設以来、上質の生活環境を提供することで企業福祉に貢献し、創造や科学技術の革新を促進している。

ソフィア・アンティポリスのコンセプトは、(1)さまざまな知的視野のコミュニティー形成とその相互作用を促進すること、(2)生まれるアイデアや付加価値が未来型の持続可能な国際社会を構築するイノベーションを創出させること、だ。その上に立って、2040年までに持続可能な地域・都市開発やモビリティー構想を実現させるという目標「Sophia 2040」を掲げる。その実現により、企業にとって競争力のある魅力的な都市であり続けることになる。

なお、運営を担うのは、ソフィア・アンティポリス公団(SYMISA)だ。不動産開発、経済発展、公共政策事業の管理などに対処している。

表:ソフィア・アンティポリスに所在する主な研究・学術機関
日本語表記 フランス語表記
環境エネルギー庁 ADEME - Agence de l'environnement et de la maîtrise de l'énergie外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
食品環境労働衛生安全庁ソフィア・アンティポリス・ラボ Anses, Laboratoire de Sophia Antipolis - Agence Nationale de Sécurité sanitaire de l’alimentation, de l’environnement et du travail外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
素材成形技術センター CEMEF - Centre de Mise en Forme des Matériaux外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
リスク・環境・モビリティ・都市整備開発のための研究技術センター Cerema - Centre d'études et d'expertise sur les Risques, l'Environnement, la Mobilité et l'Aménagement外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
ヘテロエピタキシー応用研究所 CRHEA - Centre de Recherche sur l'Hétéro-Epitaxie et ses Applications外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
国立科学研究センター CNRS - Centre national de la recherche scientifique外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
建築科学技術センター CSTB - Centre Scientifique et Technique du Bâtiment外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
欧州電気通信標準化機構 ETSI - European Telecommunications Standards Institute外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
ジオアズール研究所 GÉOAZUR外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
法律経済経営研究会(国立科学研究センターとコート・ダジュール大学監督下の共同研究ユニット) GREDEG - Groupe de recherche en Droit, Economie et Gestion外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
国立農業食糧環境研究所 INRAE - Institut National de Recherche pour l'Agriculture, l'Alimentation et l'Environnement外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
国立情報学自動制御研究所ソフィア・アンティポリス・ユニット INRIA - Institut National de Recherche en Informatique et en Automatique外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
分子細胞薬理学研究所 IPMC - Institut de Pharmacologie Moléculaire et Cellulaire外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
ソフィア・アンティポリス情報・信号・システム工学研究室 I3S - Laboratoire d'Informatique, Signaux et Systèmes de Sophia Antipolis外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
ソフィア・アグロバイオテック研究所 ISA - Institut Sophia Agrobiotech外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
電子・アンテナ・電気通信研究所 LEAT - Laboratoire d’Electronique, Antennes et Télécommunications外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
ワールドワイドウェブコンソーシアム欧州本拠地 W3C - World Wide Web Consortium外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
データサイエンス技術研究所 DSTI - Data ScienceTech Institute外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
EURECOMエンジニアリングスクール EURECOM - Ecole d’ingénieurs EURECOM外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
パリ国立高等鉱業学校 MINES ParisTech - Ecole des MINES ParisTech外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
IDRACビジネススクール IDRAC Business School Nice-Sophia Antipolis外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
国立理工科高等教育院ニースソフィア校 POLYTECH Nice-Sophia外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
SKEMAビジネススクール SKEMA Business School外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
コート・ダジュール大学 UNIVERSITÉ CÔTE D'AZUR外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

出所:ソフィア・アンティポリスと各研究・学術機関のウェブサイトを基にジェトロ作成

この施設には、日系企業も立地する。ジェトロが確認する限り、ここで活動歴20年以上を誇る日系企業は3社ある。聴取結果に基づき、その現況を報告する。各社それぞれの研究開発・デザイン活動が豊かな自然環境と多種多様な異業種ビジネス環境に囲まれ、これまで以上に成果が創出されることを期待したい。

トヨタ・ヨーロッパ・デザイン・デベロップメント

トヨタ・ヨーロッパ・デザイン・デベロップメント〔TOYOTA Europe Design Development/以下、ED2(イーディスクエア)〕は、在ベルギーの欧州統括会社トヨタ・モーター・ヨーロッパ(以下、TME)に併設されていたデザイン部門を2000年に同地に移行したもの。ED2は北米、ブラジル、中国(上海)、タイ、オーストラリア、日本、欧州(フランス)にあるトヨタ自動車デザイン拠点の1つ。2016年にはED2で行っていた量産車デザインを、TME内に設置されたデザイン部門「TMEスタイリング」に戻した。現在のED2の主な業務はリサーチ、先行デザイン(近未来の車両デザイン)、コンセプトデザイン、先行プロダクトスタディー(新製品の研究)、カラー・マテリアル・フィニッシュ(CMF、色彩・素材・表面の仕上げ)、ニューモビリティーデザインだ。4万平方メートルの敷地にデザインとモデリング(プロトタイプ製作)のスタジオを持ち、少数精鋭の従業員40人でスタイリングから新モビリティーのビジネスモデルの開発まで、また、伝統的な実寸大クレイモデルからバーチャルリアリティーツールを駆使したスケッチ(描写設計)へと変革させてきた。デザイン思考による新しいモビリティーの提案も精力的に行い、これまでに多くのコンセプトカーを出してきた。直近の実績としては、2019年LF-30 Electrified、2019年東京モーターショーでのトヨタモビリティー、bZ4xの先行デザイン、2021年Aygo X Prologueのコンセプトデザインがある。2021年12月14日のトヨタBEV(バッテリー式電気自動車)戦略発表時にも、多くを提案したという。さらに、現行ヤリスのCMFデザイン、ヤリス・クロスの外形とCMFのデザインを手がけ、量産車モデルにも貢献している。

ED2がソフィア・アンティポリスに移動したのは、温暖な気候と自然が共生した同地で豊かな生活を送ることにより、デザイナーの感性を高めるためだったという。

イムラヨーロッパ

イムラヨーロッパ(IMRA Europe)は、自動車部品などの大手アイシン・グループの欧州の研究開発拠点として1986年にソフィア・アンティポリスに設立された。コンピュータサイエンス(3次元時空間データモデリングのためのアルゴリズム作成など)、先端材料(薄膜太陽電池、熱電材料・デバイス、高エントロピー素材など)を同地で、また、同社英国ラボで電磁気関連(可変モーターの電磁気設計、機械的応力解析、プロトタイプ製作、駆動回路設計、制御戦略、検証など)の研究開発活動を行っている。1,820平方メートルの広々とした敷地で、20人強の研究者と管理部門職員が活動する。また、先端材料の開発があるため、さまざまな分析装置・機器が数多く設置されている。科学技術の調和ある発展と未来社会に寄与する先進的研究活動を実施している。

同社は2019年10月、世界的にも有数の公的研究機関であるフランス国立科学研究センター(CNRS)と、中小の企業として初めての研究協力枠組み合意を締結した(IMRAウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。同枠組み合意に基づき、CNRSの大型電子顕微鏡が2022年4月に同社敷地内に設置された。近隣の多くの研究者が集う場となることで同社の研究開発活動の幅が広がることが期待される。

アイシン・グループは同社に対し、電動化が進む中でパワートレイン(動力源)をさらに進化させるべく、(1)電気モーター、複合材料を含めたモーター材料、モニター制御技術などの開発、(2)超高速モーター、コ・ジェネレーション(熱電併給)でのモーター活用、(3)ビル、さまざまな製品に適用可能な超薄膜太陽電池など発電関連製品・技術の開発などを期待しているという。基礎研究に重点を置くとしつつ、同社の今後の研究開発テーマは枚挙にいとまがない状態だ。

なお、同社は、ソフィア・アンティポリスの提唱者であるラフィット氏の強い誘致要請や、異業種交流によるアイデアやイノベーションの創造を目指すコンセプトに魅力を感じ、同地への研究開発拠点開設を迷わず決定したという。

日立ヨーロッパR&DセンターACL

日立ヨーロッパR&Dセンター(本社:ロンドン)傘下の研究所の1つである自動運転・通信ラボ(Autonomy and Circularity Lab.、ACL)は、ソフィア・アンティポリスがうたう「新分野・多業種の結節による、通信領域での革新的技術のシナジー効果」を期待して、2000年にソフィア・アンティポリスに設立された。自動車や鉄道などの自動運転のほか、自動車のパワートレイン(動力源)、インダストリー4.0(製造業でのIT活用)に向けたスマートで最適化された製造、通信によるデータ処理サービスなどに関する研究開発を、同ラボ傘下ドイツ・ミュンヘンのラボを含めて約20人の精鋭研究者によって推進している。ACLでは、「持続可能な欧州」を実現させるために日立グループが貢献することを使命に持ち、グリーンモビリティー、持続可能エネルギー、デジタル化などを、同地域にある他企業や公的研究機関、大学などとの共同研究を含む研究開発活動を進めている。

ACLの開設当初は、モバイル通信や衛星システムに焦点を当てた研究活動を行っていた。2004年以降は車両搭載の通信プラットフォーム(C2X:車車間および路車間通信)の研究へと転換させ、 2011年からは新しいスタイル持続可能なモビリティーや高度道路交通システム(ITS:情報通信技術を用いて人・道路・車両をつなぐ)に焦点を当て、さらに、2015年からはインダストリー4.0に取り組むなど、時代を先取りすべく研究開発の活動を変遷させている。

自動運転の分野では、特に先進的な技術開発に注力している。ACL代表のマッシミリアーノ・レナルディ氏によると、「完全自動運転(レベル5)に向けた機能が搭載された高レベル自動運転製品は既に幾つか上市されているが、実態の機能はレベル3どまりとみている。日立アステモ(Astemo)や日本の研究開発チームと協力することで、早期にレベル4を達成し、2030年までにレベル5ヘの到達を目指している」という。ACLチームはソフィア・アンティポリスでAI、多数のカメラ、能動型・受動型センサーなどを搭載したテストデモ車両を使って先進技術を検証しており、収集したデータは機能の改善と向上に役立てられている。

執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所次長
井上 宏一(いのうえ こういち)
経済産業省において、エネルギー関係、化学産業関係、インフラ輸出に長年従事。新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)国際事業統括室長、国際プラント室および素材産業課企画官を経て、2019年7月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
門元 美樹(かどもと みき)(在リヨン)
在仏日系学校法人で8年、2001年からジェトロ・リヨン事務所で勤務。2010年からパリ事務所コレスポンデント(在リヨン)、フランス南部3州を担当。