スタートアップのグローバル展開支援が進化(韓国)

2022年10月11日

韓国で新たなスタートアップ戦略をめぐって、政策が模索されている。本稿では、グローバル展開に挑戦するベンチャー・スタートアップ政策を中心に、最近の取り組みを紹介する。

スタートアップ企業支援の裏に社会問題

李永(イ・ヨン)中小・ベンチャー企業部長官(注1)は2022年8月、就任100日目を間近に控え、メディアのインタビューに答えた。そこで「国内のスタートアップが内需にとどまる限り、伝統産業との摩擦が避けられない。グローバル市場をリードするユニコーンを育成しなければならない」と語っている。その上で論を進め、「若者たちに対し、技術とサービスの『革新』で成功をつかむことができるという信念を与える」必要性に言及。「苦労して築き上げたサービスや技術によって得られる価値が仮想通貨や不動産投資で得られる価値よりも高くなると、若者たちは不幸な『ヨンクル』(注2)から逃れて、創業に挑戦することになるだろう」と強調した。

産業振興と社会的課題の解決は、政策課題として一見、関わりが薄い。そうした両者を、ベンチャー・スタートアップ振興という政策(注3)を通じ、ともに克服していく意図を感じる内容だ。李長官は、そのための政府の役割として「グローバルネットワークを開拓し、ベンチャー・スタートアップに関連する規制を大胆に改革することで、不動産投資で得られる価値に打ち勝つ国をつくるための基盤を構築していきたい」と付け加えた。新たなスタートアップ戦略を描き、まさにこれから新たな戦略が動き出すことになりそうだ。

目下の具体的な政策について触れる前に、ここで韓国での起業と政策の変遷を確認しておく。創業支援政策は、1990年代末から2000年代初期にかけて本格的に形成された。並行して、アジア通貨危機前後に第1次ベンチャーブームが起こっている。1996年に、コスダック(KOSDAQ)市場を開設。これにより、信頼性のある資金調達や投資回収が可能になった。低迷する経済の克服に向け、政府主導で創業が支援された時期でもある。多くを占めていたのは、ソフトウエアやIT関連(いわゆる「ドットコム企業」)だった。一時的な調整期を経て、2020年前後から第2次ベンチャーブームが到来した。第1次ベンチャーブーム以降の各政権が継続して支援策を講じてきたことが、その下地になった。最近では、文在寅(ムン・ジェイン)政権の政策成果も含めることができる(注4)。第2次ベンチャーブームでは、電子商取引(EC)などの流通やバイオ産業に広がりを見せた。

このようなベンチャーブームを経て、「スタートアップ」や「ユニコーン」といったアーリーステージの企業群が形成されていくことになる。韓国のユニコーン企業は、米国のCBインサイツの発表によると、2022年7月現在で15社(韓国政府の調査では23社)になっている(表1参照)。

表1:企業価値が1兆ウォンを超えたことのある企業とユニコーン企業
企業名 分野 CB
インサイツ
政府発表によるユニコーン企業 備考
Yello Mobile モバイル
L&P Cosmetic 化粧品
Dunamu フィンテック
Viva Republica フィンテック
Yanolja O2Oサービス
We make price 電子商取引
GP Club 化粧品
Musinsa 電子商取引
Aprogen バイオ
Socar カーシェアリング
Kurly 生鮮食品配送サービス
Zigbang 不動産仲介
Bucketplace 電子商取引
Ridi コンテンツプラットフォーム
IGAWorks ビッグデータプラットフォーム
2022年新規
(企業名非公表) 卸・小売り
×
Tmon ソーシャルコマース
×
Daangnmarket 電子商取引
×
Bithumb Korea フィンテック
×
MAGAZONE CLOUD クラウドサービス
×
2022年新規
GCCOMPANY O2Oサービス
×
2022年新規
OASIS 生鮮食品の早朝配達
×
2022年新規
SHIFTUP モバイルゲーム開発
×
2022年新規
優雅な兄弟たち O2Oサービス
×
M&A
CJ Games ゲーム
×
M&A
Coopang 電子商取引
×
IPO(米、NYSE)
Krafton ゲーム
×
IPO(KOSPI)
HYBE エンターテインメント
×
×
IPO(KOSPI)
Kakao Games ゲーム
×
×
IPO(KOSDAQ)
DoubleUGames ゲーム
×
×
IPO(KOSPI)
Pearl Abyss ゲーム
×
×
IPO(KOSDAQ)
It’s HANBUL 化粧品
×
×
IPO(KOSPI)
32社 15社 23社

注1:1兆ウォンは約1,010億円(1ウォン=0.101円)。
注2:「△」は、過去にCBインサイツのユニコーン企業リストに掲載されていた企業(現在は除外)。
出所:中小・ベンチャー企業部

現政権が「K-スタートアップグローバル進出戦略」を策定

現行の尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は、2022年5月に発足した。当政権でも、6月に発表した「新政権の経済政策方針」に、中小・ベンチャー企業の育成が盛り込まれた。民間を中心とした成長の中心として、明確に位置付けられている。その上で、ベンチャーエコシステムへの支援として、(1)革新創業、(2)スケールアップ、(3)投資好循環、(4)グローバルユニコーン育成、(5)再チャレンジ支援、を柱に政策を掲げた(参考参照)。

参考:新政権の経済政策方向 中小・ベンチャー企業の育成

  1. 1.革新創業:民間主導の革新創業活性化のための基盤強化
    創業準備から事業化までを支援する「創業中心大学」を拡充。企業型ベンチャーキャピタル(CVC)活性化などで、オープンイノベーションを拡大する。
    TIPSプログラムを拡大し、「民間主導型予備創業プログラム」(仮称)を新設。なお、このプログラムでは、TIPSと同様に、民間投資を先行させ、それを政府が支援する方式を取る。
  2. 2.スケールアップ:新市場開拓、優秀人材確保を通じて、企業のスケールアップを支援
    新市場進出に制約となる不必要な規制を廃止。「超格差スタートアップ」など、新産業分野での先導企業発掘·支援を拡大する。
    優秀を人材確保するためのインセンティブを強化。例えば、株式買収選択権(ストックオプション)行使した際の利益に対する非課税限度を引き上げる(現在5,000万ウォン→2億ウォン)。
  3. 3.投資好循環:民間のベンチャー投資を促進するなど、好循環体系を強化
    セカンダリーファンドの拡大助成、合併·買収(M&A)や企業情報開示(IPO)関連の規制改善などを通じ、回収市場を活性化する。
    複数議決権導入などの安定的な経営環境助成や、シリコンバレー式の複合金融など、ファンディング方式の多様化を通じ投資生態系を強化する。 
  4. 4.グローバル·ユニコーン育成:有望ベンチャー企業の体系的な海外進出を支援
    「グローバル·ユニコーン·プロジェクト」を稼働させ、グローバルベンチャーキャピタルと連携する。こうした施策を通じ、世界トップレベルの企業を集中的に発掘・育成する。
    K-スタートアップセンターなど、海外現地の創業インフラを通じ、優秀ベンチャー·創業企業のグローバル市場進出をワンストップ支援する。
  5. 5.再チャレンジ支援:創業·ベンチャーの円滑な再挑戦・再起のために、創業者間の相互扶助方式の共同プログラム導入を検討する。

出所:企画財政部

そうした「新政府の経済政策方向」に基づいて、中小企業・ベンチャー企業部は2022年9月、「K-スタートアップグローバル進出戦略」を発表。スタートアップ企業のグローバル展開を支援する必要性に言及するとともに、国内市場の競争激化を背景に社会的対立がある点にも触れた。より具体的な骨子は、次の通り。

  1. 韓国でも、ユニコーン企業が増加している。その83%を占めるのが、内需中心のデジタルプラットフォーム企業だ。これは、雇用創出や消費者の便益向上に寄与している一方、零細企業などと社会的対立を生んでいる。具体的には、「電子商取引(EC)で、プラットフォーム企業同士が競争。これが、伝統的な商店・飲食店の経営を圧迫。また配達手数料の引き下げに伴って、配達員の生活が困窮する」といった例が挙げられる。
    今後もこのようなスタートアップ企業やユニコーン企業が数多く生まれると、状況がさらに悪化する。
  2. 他方、韓国のベンチャー・スタートアップ企業の相対的なグローバル展開は進んでいないのが現状。調査によると、海外売上高が25%以上のベンチャー・スタートアップ企業の割合は、フランスが最も高く19.9%。これに、英国18.9%、ドイツ18%、日本17.2%と続く。一方で、米国が9.5%、韓国7.0%、中国6.7%だ。国内マーケット規模を考慮すると、韓国のベンチャー・スタートアップ企業のグローバルエコシステムを活性化する必要がある。
    また、未進出企業のうち70.2%に海外進出の意向があり、海外進出の際のボトルネックは、「資金確保」が67%、「流通網/販路」が58.4%、「ネットワーク」が46.5%、「人材確保」が41.6%と続いている。

旧来型支援策への評価を踏まえて

スタートアップ企業のグローバル化は、以前の政策でも促進されてきた。具体的には、(1)ベンチャー・スタートアップに対する海外展示会の参加支援、(2)現地でのアクセラレーティング、(3)ネットワーキング、(4)海外の大企業とのミートアップ、(5)実証事業、(6)海外の創業人材の誘致(創業ビザ発給など)、(7)韓国マザーファンドを通じたグローバルベンチャーキャピタルファンドの造成、などが旧来型の施策だったと言えるだろう。

しかしこれらに対しユーザーが評価したところ、幾つか課題も露呈。政府の支援にもかかわらず、引き続き海外進出でさまざまな障壁や問題を抱えているという(表2参照)。そうした課題を踏まえ、(1)横断的な政策推進体制の構築、(2)ネットワーキング・マッチングの活性化、(3)現地の事情に対応したハンズオン支援、を強化していくことになった。

表2:ユーザーからの評価
課題 企業からの指摘
公的機関の支援が縦割りで短期的・画一的
  • さまざまな機関が運営する海外進出プログラムに参加した。しかし、その多くが1回限りの支援。実際の成果を出すまでの時間・資源などの面で、限界に突き当たることが多い。
  • B2BとB2C向けのプログラムが混在している支援事業に申し込んだ。そのため、不要なB2Cプログラムに参加しなければならず、時間を無駄にした(当該社はB2B企業)。
グローバルネットワーク基盤を整備する必要性
  • スタートアップ企業として海外企業と出会う機会は容易ではない。テレビや新聞などマスコミによる広報や政府機関を通じた紹介・連携があると、役に立つと思う。
  • 市場調査、マーケティング戦略の策定、パートナー探しなどに多くのコストと労働力が必要になる。しかし、顧客が具体化していない以上、海外市場に資金を振り分けるのが難しい。
国内外の人材、資本の国内流入が不足、国内定着の限界
  • 政府支援の支援が終了すると自国に戻り、または他国に移動する海外スタートアップ企業が多数ある。
  • 海外創業者の韓国への円滑な流入のためには、政府の政策や民間企業の協業、韓国のコミュニティーに参加するネットワークなど、さまざまな機会を設ける必要がある。

出所:中小・ベンチャー企業部

2027年までに、海外に進出するスタートアップを5万社育成

図1:Kスタートアップグローバル進出戦略の全体像
「ビジョン」として、「デジタル経済を先導するグローバル創業・ベンチャーエコシステムの実現」を掲げている。「目標」として、「2027年までにグローバルユニコーン企業を10社育成」「2027年までに海外進出Kスタートアップ企業を5万社育成」の2点を挙げている。 さらに、「4大戦略」として、「民間能力の活用および部署間協業によるニーズに沿った支援体制」「グローバルネットワークの構築および海外拠点の拡大」「海外人材・資本の国内流入のための環境整備」「Kスタートアップ代表ブランドの確立・普及」を挙げ、それぞれに課題を提示している。

注1:「グローバルユニコーン企業」とは、海外売上比率が25%以上のユニコーン企業。
注2:2021年に海外進出したスタートアップ企業は約2万7,000社。
出所:中小・ベンチャー企業部

有力企業との連携などがカギ

「Kスタートアップグローバル進出戦略」は、スタートアップエコシステムを支援する施策の一部という位置づけだ。その中で、具体的にどのような事業が行われているのか、幾つかの事例を紹介する。

  • グローバル企業9社との協業によるKスタートアップ支援事業
    このプログラムは、市場支配力のあるグローバル企業との協業を通じ、当地スタートアップ企業の成長と海外進出を支援するのが狙いだ。グローバル企業としては9社、韓国側スタートアップは270社程度が想定されている。
    2022年度は、約300億ウォンを投じて実施された。その協業先は、グーグル、マイクロソフト、エヌビディア、ダッソー・システムズ、シーメンスの6社。支援したスタートアップ企業は、200社規模だった。これにより、韓国スタートアップ企業の雇用は、2,913人増。投資を誘致したスタートアップ企業は69社、投資誘致額の合計は1,901億ウォンに達したという。
    2023年度は、先の6社にアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、オラクル、エアバスの3社が加わる。分野も、人工知能(AI)・ヘルスケア、宇宙・航空など、ディープテックが追加される。このうちAWSとの協業では、(1) AWSクラウドクレジットの利用、(2) AWSによる技術教育や関連セミナー、(3) AWS専門家によるサポート(業務時間内)などを想定。これらを通じて、韓国のスタートアップ企業を資金的に支援し、ビジネススキルアップを目ざす考えだ。
  • 国内民間企業の活用によるKスタートアップ支援事業
    国内大企業が有するグローバルネットワークインフラを活用し、Kスタートアップの海外市場進出の支援規模を2倍に拡大する。ここに参加する国内大企業というのは、CJ、SKイノベーション、ネイバークラウドなど5社。2022年はさらに5社を追加予定だ。
    大企業とスタートアップ企業が、事業の企画から開発、海外進出までを共同で進める。それを、政府が支援するかたちだ。共同事業として実施する場合、事業化資金として最大3億ウォンが支援される。
  • Kスタートアップイベントを通じたネットワーク構築の機会の拡大事業
    ビッグテック企業、大手VCが参加するKスタートアップネットワークイベントを米国で開催。両国の創業エコシステム関係者間で、ネットワーク構築を促進する。
    この事業に基づき、中小・ベンチャー企業部は9月20日と21日の2日間、米国とのスタートアップネットワークイベントを開催した。この企画は、「韓米スタートアップサミット」(Korea-U.S. Startup Summit)と銘打ち、ニューヨークで実施された(注5)。ここに、米国のグローバル企業や投資家、スタートアップ企業と韓国の大企業、スタートアップ企業から約200人が参加。さまざまなネットワーク構築の機会を設けた(表3参照)。

「Kユニコーン」で、市場開拓資金や特別保証を供与

スタートアップ企業の成長に必要とされる3要素が「人材」「事業」「資金」だ。ここからは、そのうち特に資金に焦点を当ててみる。この点では、韓国のスタートアップがシード段階からアーリーステージ段階に至るまでの補助金(grant)や、リスクマネーが特に重要だ。そこに重点を充てた事業例として、Kユニコーンプロジェクトについて取り上げてみる(注6)。

韓国政府が当該プロジェクトを本格的に推進するようになったのは、2020年4月からだ。ユニコーン企業に成長する可能性のあるベンチャー・スタートアップ企業を第1段階(赤ちゃんユニコーン)、第2段階(予備ユニコーン)に分類。第1段階では3億ウォンの市場開拓資金支援、第2段階では100億ウォンまでの特別保証を付与して支援している(図2参照)。

図2:Kユニコーンプロジェクトの全体像
「Kユニコーンプロジェクト」は、 「第一段階(赤ちゃんユニコーン)」 「第二段階(予備ユニコーン)」 「Kユニコーン」の3つの段階で構成されている。「第一段階(赤ちゃんユニコーン)」の基準は「企業価値1,000億ウォン未満」、支援策は「赤ちゃんユニコーン200育成事業(創業振興院)」である。「第二段階(予備ユニコーン)」の基準は「企業価値1,000億ウォン以上1兆ウォン未満」、支援策は「予備ユニコーン特別保証事業(技術保証基金)」である。「Kユニコーン」の基準は「企業価値1兆ウォン以上」である。

出所:中小・ベンチャー企業部

中小・ベンチャー企業部は、2021年の当該プロジェクトの成果を、次のように説明している。

  1. 雇用創出:Kユニコーンプロジェクトに参加した176社が1社当たり38.3人、計6,739人の雇用を創出した。
  2. 売上高増加:2019年に予備ユニコーン向け特別保証を受けた企業27社の場合、売上高が2年で約5割以上拡大した(注7)。
  3. 投資誘致:Kユニコーンプロジェクトに参加した176社のうち、76社の投資誘致に成功した。投資額は、計2兆2,476億ウォンに上る。
  4. ユニコーン企業への成長:Kユニコーンプロジェクトに参加した「Zigbang」と「Kurly」が、ユニコーン企業に成長。両社以外も、IPOやM&Aにより、5社がexit(注8)に成功した。

Kユニコーンプロジェクトでは、2022年も予備ユニコーン企業として20社を選定。あわせて、保証限度額を100億ウォンから200億ウォンに拡充した。中小・ベンチャー企業部の発表によると、当年度に向けて76社からの申請があった。第1次審査として書面審査、第2次審査として技術評価と保証審査。それらを経た第3次審査では、申請企業によるプレゼンテーションを評価した。審査には外部専門家と一般国民が参加。その結果、ユニコーン企業に成長する可能性の高い20社が選抜されたという。

高まるリスクマネー供給の重要性

昨今、スタートアップ企業による新規株式公開(IPO)は延期や撤回に追い込まれる例が目立つ。投資市場が冷え込み始めている表れと受け止められる。その背景には、世界各国での量的緩和政策の縮小による流動性減少や、世界的インフレが金融市場に及ぼす影響がありそうだ。

CBインサイツの発表では、2022年2四半期(4~6月)の世界のベンチャー投資の規模は1,085億ドル。前期比で23%減少した。過去最大の1,778億ドルを記録した2021年第4四半期(10~12月)と比較すると、39%減になる。わずか1年足らずでここまで減少したわけだ。韓国内でも、2022年第1四半期(1~3月)のベンチャー投資規模は2兆827億ウォンだった。2021年第4四半期の2兆4,209億ウォンから、14%減少したかたちだ。

このような状況でも、韓国の支援機関はベンチャー・スタートアップ支援の意義を訴えている。育成機関の1つとして知られる韓国創業振興院のキム・ヨンムン院長は、「『危機』と『機会』は共存する」と強調した。これは、(1)新型コロナウイルス禍の中で第2次ベンチャーブームが起きたこと、(2)韓国の官民協調のスタートアップエコシステムのモデルが構築されていること、がその裏付けになっているようだ。その上でキム院長は、投資市場の活性化策として、(1)韓国のマザーファンドを通じた国内外ベンチャーキャピタルへの資金供給(注9)、(2) TIPS(Technology Incubator Program for Startup、注10)などの官民協力のスキームが有効と指摘。これら施策をシードに、特化プログラムを別に設ける準備も開始しているという。

また、キム院長は「乱世に英雄が生まれるのと同じように、スタートアップが危機に瀕する中でもユニコーンのような有望なスタートアップが誕生する」とも言及。「官民が協力して今の危機を克服できる解決策を見つけ出すことで、韓国のスタートアップ企業は厳寒期を乗り切ることができる。より堅実な企業に成長し、暖かい春を迎えることを期待している」と述べた。

新たなステージへの飛躍を目指す韓国のベンチャー・スタートアップ。そのための政策と課題は、整理できている。あとは、実行するのみだ。


注1:
KAIST大学院数理科(博士課程)修了。2000年に「Terten」(ベンチャー企業)を立ち上げ。2015年~2017年、韓国女性ベンチャー協会会長、2015年~2017年、韓国貿易協会副会長、2017年~2021年、韓国ソフトウエア産業協会副会長、2020年~2022年、第21代国会議員、2022年5月~現職。
注2:
韓国語の造語で、「魂までかき集める」という意味。不動産分野で使用されることが多い。この場合、具体的には「あらゆる手段を使って資金を集め、やっとの思いで住宅を購入」したことなどが示唆される。
注3:
「ベンチャー企業」「スタートアップ企業」は、韓国で一般的に次の通り区別されている。
  • ベンチャー企業:既存の大企業とは異なる高度な専門能力と創造性を生かし、新しい分野に挑戦する技術基盤を有する新規企業。「ベンチャー企業育成に関する特別措置法」第2条の要件に該当するのが要件。
  • スタートアップ企業:創業間もなく、大規模な資金を調達する前にあり、急成長が期待できる企業。
ただし、本稿では、厳密に使い分けていない。韓国政府発表の資料に従い、「ベンチャー」「スタートアップ」を併存して使用した。
注4:
文政権は、(1)ベンチャー振興などを専門に担当する部署として、中小・ベンチャー企業部を設置し(2017年)、(2)ベンチャー投資関連制度を整備することを期し、政府をリスクマネー供給する際に備えてマザーファンド(Fund of Funds)を制度化する(2020年)、などの措置を講じた。
注5:
韓米スタートアップサミットが開催されたニューヨークには、「シリコン・アレー」がある。この地区は、スタートアップのエコシステムとIT産業が集積することで知られる。
注6:
既述の通り、韓国政府は、「K-スタートアップグローバル進出戦略」以外でも、ベンチャー・スタートアップ支援事業を積極展開している。Kユニコーンプロジェクトも、その枠外の事業だ。
注7:
27社の売上高の合計は、2018年時点で8,853億ウォンだった。2019年に特別保証を受けた結果、2020年にはそれが20,352億ウォンまで上昇した。年換算で、売上高の伸びが実に51%に及んだことになる。
注8:
「exit」とは、株を保有する出資者が利益を回収すること。IPOやM&Aは、その典型的な手法とされる。
注9:
海外VCが運用するベンチャーファンドへの出資を通じて、海外投資家による国内の中小・ベンチャー企業への投資や、中小・ベンチャー企業の海外展開を支援している。2021年12月末時点でのファンドの規模は、5,238億ウォン。
注10:
TIPSは、世界市場をリードする技術を保有した創業企業を民間主導で選定し、集中育成するプログラム。
執筆者紹介
ジェトロ・ソウル事務所 副所長
当間 正明(とうま まさあき)
2020年5月、経済産業省からジェトロに出向。同年6月からジェトロ・ソウル事務所勤務。