海外市場に支えられ、バイオ医薬品企業が急成長(韓国)
米国中心に積極的に海外進出
2022年6月6日
近年、バイオ医薬品産業に対する関心が世界的に高まっている。
かつて世界の医薬品市場は、化学合成で作られるものがほとんどだった。しかし2000年代以降、遺伝子組み換えや細胞培養などのバイオ技術を活用したものにシフトしてきた。いわゆるバイオ医薬品だ。昨今の新型コロナウイルス感染拡大でワクチンの確保が重要課題となったことで、バイオ医薬品に対する関心が一層高まった。サプライチェーン強靭(きょうじん)化の観点からも、バイオ医薬品は半導体や希土類(レアアース)などと並ぶ重要品目になったといえる。
このような中、韓国のバイオ医薬品産業はこの10年間で飛躍的な成長を遂げた。本稿では、韓国のバイオ医薬品業界の動向や、近年の関連企業の海外展開についてまとめることとする。
韓国の医薬品輸出が急増
韓国の医薬品産業の成長が近年著しい。それを象徴するのが医薬品輸出の推移だ。図1のとおり、右肩上がりで増加している。特に、2010年代半ば以降の増加が著しい。韓国独自の品目分類で、医薬品は2010年時点では63位の輸出品目にすぎなかった。しかし2021年には、12位の輸出品目に浮上している(注1)。今や医薬品は韓国の主要輸出品の1つに成長したといって過言でない。輸出先は先進国が多い。ちなみに、2021年の医薬品の輸出先(金額ベース)は、ドイツが最も多かった。次いで、米国、日本、トルコ、シンガポール、中国の順となった。
他方で、医薬品のうち、とくにバイオ医薬品について確認してみる。韓国製薬バイオ協会の「2021 製薬バイオ産業Databook」でバイオ医薬品の生産額・輸出額をみると、2016年は、生産2兆79億ウォン(約2,008億円、1ウォン=約0.1円)、輸出1兆2,346億ウォンだった。それが、2020年には生産3兆9,300億ウォン、輸出2兆3,825億ウォンに増加した。この4年間で生産額、輸出額とも2倍近くに増えたかたちだ。生産増加に対する輸出増加の寄与率は59.7%に及ぶことから、この生産拡大は内需よりも輸出に支えられたといえる。それだけ、韓国のバイオ医薬品企業が海外市場を開拓し、成果を挙げたわけだ。
サムスンバイオロジクスが10年間で躍進
韓国のバイオ医薬品企業は大きく、(1)伝統的な製薬企業、(2)専門ベンチャー企業から成長した企業、(3)企業グループ(いわゆる「財閥」)の新規事業、に3分類できる。このうち、近年の韓国のバイオ医薬品業界の成長に特に寄与したのが(2)と(3)だ。
(1)には、柳韓洋行、緑十字、鍾根堂、韓美薬品、大熊製薬などが該当する。これら企業の多くは長い歴史を持ち、近年はバイオ医薬品事業にも注力している。後述するとおり、海外での投資にも積極的だ。
(2)には、セルトリオンやチャバイオテックなどがある。
セルトリオンは2020年、製薬業界で売上高トップに躍進し、韓国を代表する製薬企業に成長した(注2)。同社は2002年創業の比較的新しい企業だ。ちなみに、創業者はかつてサムスン電子や韓国生産性本部、大宇グループなどで勤務経験があるが、バイオ医薬品の専門家ではなかった。同社は2004年、工場建設を期し、大規模投資に着手した。その一方で2005年に、米国の製薬会社ブリストルマイヤーズスクイブと製造受託(CMO)の契約を締結し、米国食品医薬品局(FDA)の設備承認も取得した。その後は、バイオシミラー(バイオ後続薬)事業に注力し、事業規模を拡大してきた。海外展開にも熱心だ。2020年1月には、同社初の海外バイオ医薬品工場を中国武漢市に建設することを発表した。そのほか、2021年末現在、米国や英国、シンガポール、香港、フィリピンなどに現地法人を有している。
チャバイオテックも、2002年に前身企業が設立された。祖業はデジタルカメラ用レンズ製造で、畑違いだ。2009年以降に、国内の医薬品関連企業を立て続けに買収する一方で、2014年に光学部門を分離し、その後はバイオ医薬品企業として成長してきた。現在、幹細胞研究開発、細胞治療薬、臍帯血(さいたいけつ)保管などの事業を進めている。海外には、米国でメディカルセンターや医薬品開発・製造受託(CDMO)、オーストラリアで体外受精(IVF)医療機関、シンガポールでがん治療クリニック、といった事業を運営する現地法人を有している。同社の海外事業意欲も旺盛だ。例えば最近では、現地工場建設中の同社の米国法人社長が「医薬品CDMO施設を米国と韓国だけでなく、オーストラリアなど他の国でも構築していく」「こうした戦略を通じ、2030年には世界5大細胞・遺伝子治療薬CDMOとして飛躍する」と意気込みを語った(「韓国経済新聞」2022年5月9日、電子版)。
また韓国では、主要な企業グループの多くが、バイオ医薬品市場に参入している。それが(3)だ。10大企業グループ(注3)の中では、現代自動車、ポスコ、農協を除く各企業グループがこぞって参入している。11位以下の中堅企業グループでも、新世界(11位)、CJ(13位)などが積極的だ。こうした中でも、企業グループトップのサムスンの動きが突出する。
サムスングループの創業家2代目の李健煕(イ・ゴンヒ)サムスン電子会長(当時)は、2010年時点で「10年以内にサムスンを代表する事業と製品の大部分がなくなる」と発言し、強い危機感を表明した。それを受けて同グループは同年中に「5大新事業」として、発光ダイオード(LED)、太陽電池、バイオ医薬品、医療機器、車載電池を選定した。同グループのバイオ医薬品事業がスタートしたのは、ここからだ。2011年には、サムスンバイオロジクスが設立された。同社は翌年、米国のバイオ医薬品大手バイオジェンと合弁で、バイオ後継薬(biosimilar)開発のサムスンバイオエピスを設立した。さらに2022年4月には、バイオジェンからサムスンバイオエピスの株式を買収し、サムスンバイオロジクスの100%子会社にした。
この間、サムスングループはバイオ医薬品事業に膨大な資金と人材を投入してきた。その結果、サムスンバイオロジクスは、バイオ医薬品CMO/CDMOで世界的な大手企業に成長した。今では、ロンザ(スイス)、ベーリンガーインゲルハイム(ドイツ)、富士フイルムホールディングス(日本)に並び立つ存在となった。とくにCDMOとしては、世界一とも目される。2021年のサムスンバイオロジクスの売上高は1兆5,680億ウォン、売上構成比は韓国22.1%に対し、欧州48.1%、米州28.6%、その他1.2%だった。ここからも、欧米市場での成長が同社の成長の原動力となったことが読み取れる。また、同年の営業利益は5,373億ウォン、売上高営業利益率は34.3%にも達した。同グループは現在、バイオ医薬品を半導体、「新成長IT」(人工知能、次世代通信)と並ぶ重要事業と位置付けている。今後の生産基盤拡充も視野に入っている(注4)。単に「CDMO世界1位」にとどまらず、「CDMOで圧倒的な世界1位」を目指す構えだ。
サムスングループの医薬品事業は、わずか10年ほどの間に、なぜこれほど成功できたのだろうか。その成功要因は、急成長を遂げた半導体メモリーの場合と類似している。有力週刊経済誌の「毎経エコノミー」(2019年1月29日)は「サムスンが最も得意とするキャッチアップ戦略(先行者を後から追いかける戦略)を突き詰めた結果」と総括した。具体的には、「(成功のためには)効率的な設備構築、精密分野を扱える組織力、チキンゲームに耐えられる戦略的選択、迅速な投資決定を行う果敢なリーダーシップなどが必要だ。これは、サムスンが圧倒的な競争力を有する半導体分野にそのまま当てはまる」と評した。また、非常に高い品質管理への意識が求められる点でも、半導体生産に共通する。さらに、バイオ医薬品CMO/CDMO市場が世界的に急拡大していることも追い風になった。バイオ医薬品は、新薬の開発・生産コストがかさむため、製薬会社は新薬開発に特化し、特に生産については外部委託する傾向が強まっていたためだ。あたかも、半導体分野で台湾積体電路製造(TSMC)が受託生産で大きく成長したのと同様だ。バイオ医薬品CMO/CDMO市場自体が急成長し、この分野で世界的な企業が生まれる余地が生まれていたわけだ。
バイオ医薬品分野の海外進出活発化
サムスングループの成功は、他グループが一斉にバイオ医薬品事業強化に向かう上で大きなきっかけになった。事業強化の手法としては、サムスングループとの共通点も散見される。すなわち、一気に大規模投資し、規模の拡大を図るというパターンが多い。その際、先行するバイオ医薬品企業を合併・買収(M&A)する方法も取られてきた。そうしたこともあり、韓国の医療用物質・医薬品製造業の対外直接投資は2010年代後半以降、急増した。2010年代前半まで、製造業の対外直接投資全体に占める割合は、おおむね1%に満たなかった。それが、2010年代後半はおおむね2~4%程度に上昇した(図2参照)。
韓国政府や韓国輸出入銀行では、個別の対外直接投資事例について一切、公表していない。そこで、韓国の各種メディア情報などを基に、2021年1月以降の医薬品関連の海外進出事例を収集、整理してみた(別表:医薬品関連分野における韓国企業の海外進出事例(2021年1月~2022年5月中旬)参照(194KB))。前述した「伝統的な製薬企業」「専門ベンチャー企業から成長した企業」「企業グループ」の3カテゴリーとも、幅広く海外進出していることが読み取れる。
投資先は米国が多い。別表に掲載した40件の事例のうち、半数を超える22件が米国向けだ。ちなみに、図2で使用した韓国輸出入銀行の統計をみても、2021年の国別投資額は米国が全体の70.6%を占める。2位の中国(6.5%)、3位のベトナム(5.9%)、4位のオーストラリア(5.7%)などに比べても、圧倒的だ。統計上、別表の傾向を裏付けたかたちだ。なお投資目的としては、欧米向け投資は「技術獲得」「生産設備取得」「現地市場進出」にわたる。一方、アジア向け投資では「現地市場進出」に特化するのと対照的だ。
特に、企業グループについてみると、企業グループランキング2位のSKグループの動きが活発だ(別表に掲載した40件の進出事例のうち9件が該当する)。同グループのバイオ医薬品事業は1993年に設立した新薬開発研究所が始まりだ。同研究所は2011年にSK(同グループの投資専門持ち株会社)から分離され、SKバイオファームが発足した。同グループでは現在、新薬開発のSKバイオファームのほかに、バイオ医薬品CDMOのSKファームテコ、ワクチン開発・流通のSKバイオサイエンスなどがバイオ医薬品事業を担う。同グループは2016年秋、強力な革新を通じて新たな成長エンジンを作り出すという「根本的変化」を宣言した。それを受けて「BBC」と呼称する成長分野(注6)を中心に大規模に投資してきた。
バイオ医薬品事業はその一環として、M&Aを軸に進めてきた。例えば、グループの投資専門持ち株会社のSKは2017年、米国製薬会社ブリストルマイヤーズスクイブ(BMS)のアイルランド工場を買収、2018年には米国バイオ医薬品CDMOのアムパックを買収した(注6)。その後、買収した両社を統合して、2020年にSKファームテコが設立された。その流れが現在に至るまで続いている。別表でも、SKがフランスのイポスケシや米国のCBMへの出資をはじめ、世界各地で投資していることが確認できる。さらに、SK以外のSKグループ企業による投資例も見受けられる。
直近では、ロッテグループ(企業グループランキング5位)の動きが目を引く。同グループは2022年5月、米国製薬会社ブリストルマイヤーズスクイブ(BMS)の生産拠点買収を決定した。グループとしては、2021年にモビリティー(注7)などとともに、バイオヘルスケア事業を新規主力事業として育成していく方針を明らかにしていた。2022年5月には、ロッテ持ち株の傘下にロッテバイオロジクスを設立した。同社もやはり、バイオ医薬品CDMOが事業内容だ。今後は「2030年に世界のCDMOトップ10入り」を目標に、10年間で2兆5,000億ウォンを投じる計画という。
- 注1:
-
韓国政府は品目別貿易統計を発表する際、独自の「MTI」分類を用いている。
その4桁ベースで、2021年の品目別輸出額をみると、多い順に、(1)集積回路半導体、(2)乗用車、(3)合成樹脂、(4)自動車部品、(5)フラットパネル・ディスプレー、(6)船舶、(7)軽油、(8)電算記録媒体、(9)その他精密化学原料、(10)化粧品、(11)蓄電池、(12)医薬品だった。 - 注2:
- 韓国製薬バイオ協会の「2021 製薬バイオ産業Databook」に掲載された「主要製薬企業売上高実績」に基づく。ただし、持株会社を除く。原資料は金融監督院「電子公示システム」。
- 注3:
-
韓国では、公正取引委員会が毎年「相互出資制限企業集団」を指定し、株式の持ち合い禁止などの制約を課している。
その結果として、指定企業グループは資産総額に基づいて順位が確認できる。これが企業グループのランキングとして活用されている。ちなみに、直近の2022年4月の発表では、47グループが指定された。上位10企業グループは、(1)サムスン、(2)SK、(3)現代自動車、(4)LG、(5)ロッテ、(6)ポスコ、(7)ハンファ、(8)GS、(9)現代重工業、(10)農協の順だった。 - 注4:
- サムスンバイオロジクスは現在、国内では、仁川市に3工場有する。競合他社を引き離すべく、第4工場を建設中だ。さらに今後は、第5工場、第6工場の建設も視野に入れる。
- 注5:
- SKグループが打ち出した「BBC」とは、バッテリー(車載電池)、バイオ医薬品、チップ(半導体)の頭文字を取ったもの。
- 注6:
- その後、買収した両社(BMSとアムパック)を統合して、2020年にSKファームテコが設立された。
- 注7:
- ロッテグループがいう「モビリティー」とは、EV素材、充電インフラ、都市型交通システムを意味する。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ海外調査部 主査
百本 和弘(もももと かずひろ) - 2003年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。2007年7月~2011年3月、ジェトロ・ソウル事務所次長。現在ジェトロ海外調査部主査として韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。