韓国企業の活発な対ベトナム投資が続く
コロナ禍でも大きくは落ち込まず

2021年6月1日

2010年代半ば以降、韓国企業のベトナム進出ブームが続いている。その大きなきっかけの1つが、サムスン電子のベトナムでの大規模な携帯電話工場の建設だ。それに伴い系列企業がこぞって進出し、韓国系企業の集積が進んだ。

韓国の製造業企業にとってベトナムの魅力は、韓国・中国から比較的近いという地理的優位性、優秀な若年層人材の層の厚さ、社会・政治の安定性、企業文化面での韓国との親和性の高さ、などだ。また所得水準が上昇し、ベトナム消費市場の将来性にも関心が高まった(2019年3月18日付地域・分析レポート参照)。

本稿では、このような韓国企業のベトナム進出について、直接投資統計と企業の進出事例を基に最近の状況を整理してみよう。

韓国の対ベトナム直接投資は引き続き活発

韓国の対ベトナム直接投資は2010年代半ば以降、急速に拡大した(図参照)。特に、2018年は33億4,075万ドル(実行ベース、以下同様)、2019年は45億8,400万ドルと、2年連続で過去最高を大幅に更新していた。2020年は新型コロナウイルス感染症拡大や大型投資案件の一巡により前年より減少。しかし、依然として高い水準だった。ちなみに、ベトナムにとって韓国は、2020年、認可額でシンガポールに次いで2位、認可件数で1位の対内直接投資国だった。韓国の存在感は非常に大きいのだ(2021年1月8日付ビジネス短信参照)。逆に韓国から見るとどうか。2020年の韓国の国・地域別対外直接投資ランキングで、ベトナムは投資金額で6位。しかし、新規法人設立件数では米国に次ぐ2位だ。韓国企業の対ベトナム投資に対する関心が一向に衰えないことがうかがえる。

図:韓国の対ベトナム直接投資の推移(実行ベース)
実行ベースの韓国の対ベトナム直接投資は2000年7,313万ドルから、2010年8億6,545万ドル、2018年33億4,075万ドル、2019年45億8,400万ドルに増加した後、2020年は26億5,251万ドルを記録した。 韓国企業のベトナムでの新規法人数は2000年27社、2010年219社、2018年785社、2019年899社に増加した後、2020年は418社を記録した。

注1:対象は現地法人のみ。
注2:5月19日アクセス。本統計は過去に遡及(そきゅう)して微修正されうる。特に2020年については上方修正される可能性が高い。
出所:韓国輸出入銀行データベース

業種別には、対ベトナム直接投資の6~7割が製造業だ。すなわち、製造業が直接投資を牽引していることになる(表1参照)。その中でかつては、労働集約的な繊維・衣服が多かった。しかし、サムスン電子の携帯電話生産拠点構築を起爆剤に、2010年代半ばからはエレクトロニクスが増加した。さらに、それら以外の製造業も増加し、投資分野が多様化している。非製造業では、2000年代半ばは建設・不動産が多かった。対して2010年代半ば以降は、金融・保険が急拡大した。

表1:韓国の主要業種別対ベトナム直接投資の推移(実行ベース)(単位:100万ドル、%)
製造業 非製造業 合計 製造業比率
繊維・衣服 エレクトロニクス その他製造業 製造業小計 鉱業 建設・不動産 金融・保険 その他非製造業 非製造業小計
2000 8 4 24 36 0 10 0 27 37 73 49.0
2001 19 5 17 40 0 19 0 2 21 61 65.9
2002 50 1 87 137 11 6 5 3 25 162 84.8
2003 63 6 43 112 59 1 0 2 62 174 64.4
2004 42 7 44 93 82 2 0 8 91 185 50.5
2005 71 5 115 191 107 5 0 25 137 328 58.1
2006 89 15 195 299 187 55 0 57 300 599 49.9
2007 116 5 504 625 251 272 8 155 687 1,312 47.6
2008 145 24 532 701 216 310 83 68 677 1,378 50.9
2009 59 20 239 318 149 95 7 60 311 629 50.6
2010 102 85 288 476 158 89 76 67 390 865 55.0
2011 132 66 330 529 180 136 27 183 527 1,056 50.1
2012 117 97 332 545 173 65 12 193 442 988 55.2
2013 138 205 442 785 141 104 11 115 371 1,156 67.9
2014 223 336 505 1,064 234 87 91 192 603 1,667 63.8
2015 200 343 606 1,150 153 26 58 211 448 1,598 72.0
2016 337 502 934 1,774 107 165 170 167 608 2,382 74.5
2017 262 396 751 1,409 79 119 123 255 576 1,985 71.0
2018 235 627 1,203 2,065 135 412 325 403 1,276 3,341 61.8
2019 236 758 1,609 2,603 106 150 1,264 461 1,981 4,584 56.8
2020 229 386 1,022 1,637 101 283 296 335 1,015 2,653 61.7

注1:対象は現地法人のみ。
注2:5月19日アクセス。なお、本統計は過去に遡及して微修正されうる。特に2020年については上方修正される可能性が高い。
注3:業種分類は原データを基に再構成。
出所:韓国輸出入銀行データベースを基に作成

既存の現地法人の追加投資が目立つ

次に、最近の事例をみてみよう(表2参照)。

まず、製造業についてみると、新規の現地法人設立より、既存の現地法人に対する追加投資の事例が主流になっている。これは新規の韓国企業のベトナム進出が一巡化しつつあることを示唆するものといえよう。

追加投資には、生産能力増を目指す「攻めの投資」と、現地法人の財務構造改善を狙った「守りの投資」の2つのタイプがある。このうち、件数が多いのが「攻めの投資」だ。在ベトナム韓国系セットメーカーの生産規模拡大や現地調達化の要請に対応すべく、系列企業がベトナム生産拠点を増強している。その典型的な事例が携帯電話関連のエレクトロニクス部品メーカーのベトナム生産拡大だ。このような動きは、化学や自動車部品をはじめ、製造業全般に広がっている。

他方で、「守りの投資」の事例も散見される。その代表的な業種がアパレル(衣服)産業だ。在ベトナム韓国系アパレル企業は2020年の年初以降、新型コロナウイルス感染症拡大により打撃を受けた。当初は、中国での感染拡大により中国からの材料調達が滞り、サプライチェーンが断絶。ベトナムでのアパレル生産に支障が生じた。次いで、感染が世界に拡大する中、欧州をはじめとした世界のアパレル需要が大きく減少。在ベトナム韓国系企業も販売不振に陥った。そこで、悪化した財務構造を改善するため、現地法人に対する増資が進められた。表2では、京紡(2020年4月)、邦林(2021年3月)などの事例が該当する。

表2:韓国企業のベトナム進出主要事例(2020 年1月~2021年4月)(-は値なし)
年・月 韓国企業名 総投資額 概要
2020年
2月
サムスン電子 2億2,000万ドル ハノイ市にR&D(研究開発)センターを着工。2022年末に完工予定。モバイル、ネットワーク分野のソフトウエア、ハードウエア開発を行う。
サムスンディスプレイ 68億9,000万ウォン 需要拡大を見込み、ベトナムの有機ELモジュール工場を増強。
LK保険仲介 ホーチミン市に現地法人を設立。在ベトナム韓国系企業を対象に事業リスク診断、企業保険コンサルティングを行う。
韓国NPD 同社は、モバイル機器の表面実装(SMT)部品を生産する。ハノイ工場の増強計画を発表。
3月 カムシス 携帯電話用カメラモジュールを生産する同社は、ベトナムでの生産増強資金確保のため、ベトナム法人の親会社カムシスグローバルの韓国KOSDAQ市場上場を推進。
暁星 13億ドル バリア・ブンタウ省に建設した自動車部品用などのポリプロピレン工場が、稼働を開始。
アミコゲン 同社は医薬品用原料などを生産。アンザン省で折半合弁によりコラーゲン生産工場を建設すると発表。
4月 SKエナジー 652億ウォン 同社は石油元売り。ベトナム石油グループの株式1.7%を取得したことが明らかになった。この投資により、東南アジア市場開拓を狙う。
東和企業 1億6,000万ドル 同社は建材を製造。タイグエン省で、中密度繊維板・強化床材工場を起工した。
ネイバー 500億ウォン 事業拡大のため、現地法人に追加出資。
京紡 581億ウォン 借入金返済・工場運営資金・コロナ禍による一時的な流動性不足に対応すべく、現地法人に追加出資。
GS建設 ドンナイ省で年産1万2,000トン規模のアルミ製型枠工場を稼働開始。ベトナム市場の開拓を目指す。
ロッテケミカル 家電・携帯電話用素材生産のビナ・ポリテックを買収。在ベトナム韓国系企業などへの供給能力を高める狙い。
5月 錦湖HT 61億ウォン 同社は自動車部品を製造。ベトナムの合弁会社に追加出資。出資比率は、49.0%から74.5%に。
暁星尖端素材 122億ウォン タイヤコード生産のベトナム法人に追加出資。あわせて、出資比率を100%に引上げ。投資目的は「成長財源の確保」としている。
CNプラス 65億ウォン 財務構造改善、競争力強化のため、ベトナム子会社を増資。
KMHハイテク バクニン省でSSD(ソリッドステートドライブ)ケース工場を完工。供給能力拡大と顧客近接立地での生産が目的。
6月 SKグループ 2,890万ドル 同グループの東南アジア投資子会社のSKインベストメントⅢが、ベトナムの製薬会社イメックスファームの株式24.9%を取得。
ザベンチャーズ 同社は、スタートアップ専門投資機関。ベトナムの育児電子商取引プラットフォームのウィーケアに出資。
ケープ投資証券 100億ウォン 投資事業組合を結成し、ベトナムの製糖会社TTCシュガーに投資。今後も追加投資を計画。
7月 ハナマイクロン 500億ウォン バクニン省で第2工場を完工。携帯電話・パソコン用指紋認識センサー・パッケージング生産へ。
韓国土地住宅公社 フンイエン省の「韓国ベトナム経済協力産業団地」造成事業(407万平方メートル)がベトナム政府の承認を受ける。多くの韓国系企業の入居を見込む。
GS建設 ドンナイ省にアルミ製型枠工場を新設し、稼働開始。さらに、ハノイ市とホーチミン市に営業支社を設立し、受注活動を強化。
ザベンチャーズ 同社は、スタートアップ専門投資機関。生鮮食品配送サービスの CHOPPに出資。
韓国投資信託運用 ホーチミン事務所を現地法人化。
8月 サムスン電子 中国江蘇省蘇州市のパソコン工場を閉鎖。ベトナムに生産移管へ。
ウリィ銀行 1,600億ウォン 現地法人の増資を決定。非対面による融資営業の強化を目指す。
ハンソルホームデコ 同社は建材メーカー。ダクノン省に強化床材工場を竣工。生産から流通までワンストップで提供し、ベトナム市場での競争力強化を図る。
大邱銀行 上海支店に次ぐ海外支店として、ホーチミン支店を開設。現地韓国系企業を対象とした与信、シンジゲートローン業務などを展開する。
FSK L&S SK C&Cと台湾フォクスコンとの合弁物流会社。ハノイ市に支社を設立。ソウル半導体など顧客のベトナムでの工場増設に対応。
シノペックス 同社は電子部品を生産。バクニン省の現地企業の工場を買収。ベトナムの顧客向けの電池・ディスプレイ用FPCB(フレキシブルプリント回路基板)などの生産能力を拡大する。
スサンエネソル ベトナム工場を完工。11月から超高電圧アルミニウム高分子キャパシタの量産を開始予定。世界での需要拡大を受け、韓国国内工場の生産能力不足を補う目的。
9月 ドリームテック 202億ウォン 同社は電子部品の製造業。バクニン省に第3工場を完工。携帯電話PBA(プリント基板 アセンブリ )モジュール、指紋認識センターモジュール等の生産能力を拡大。
ザクダン 同社は、ビリヤード場フランチャイズを展開する。ベトナム1号店をホーチミン市に開店。韓流の人気が高く、韓国のビリヤード文化に好意的なベトナム消費者に期待。今後、ベトナムを軸にインドネシア、マレーシアなど東南アジア市場を開拓していく。
現代自動車 1億3,800万ドル タインコン・グループとの合弁生産会社で、第2工場(年産能力8万台)をニンビン省で着工。第1工場と合わせた年産能力を15万台に引き上げる。
アサム投資運用 200億ドン SCJ証券の株式65%を取得。今後、さらに持ち分比率を高める予定。
10月 永豊グループ 2億7,000万ドル ビンフック省で新工場を着工。サムスン電子向けなどの集積回路を生産予定。
GSカルテックス 170万ドル 洗車チェーン・ベトウォッシュの親会社で、VIオートモービスサービスに出資することで合意。持ち分比率は16.7%に。
LG電子 ダナン市投資促進支援委員会と車載電子部品のR&D(研究開発)センター設置の覚書を締結。同社にとってハノイ市に次ぐベトナム第2のR&D拠点。
未来アセット大宇、ネイバー 3,700万ドル 両社共同でバクニン省の冷凍・冷蔵に強みを持つ物流倉庫を買収。ベトナムの物流産業の成長性を評価。
JNTC 1億ドル スマートフォン用のガラスカバーなどを生産する同社は、フート省にベトナム3番目の工場を建設。さまざまなタイプのガラスカバーを一括量産できる体制を整備する。
デンティウム 同社は、インプラント専門企業。ダナン市に工場を竣工。現地生産化で価格競争力を高め、ベトナム市場開拓を進める予定。
大象 150億ウォン ハイズオン省に食品工場を竣工。韓国食品用ソース、海苔など生産し、ベトナム市場を開拓する狙い。
11月 ベロン 同社は、ブロックチェーン・仮想通貨取引所を運営する。現地法人を通じてタイソン・インベスコンの株式51%を取得。工業団地増設、マンション建設などを行う。
MCネックス 3,200万ドル 同社は、携帯電話用カメラモジュールなどを生産。新規顧客向け製造ライン建設のためニンビン省の現地法人に追加出資。
12月 THN 33億ウォン 同社は自動車部品を生産。ベトナムでの生産拡大のため現地法人の株式を追加取得。
ハンソルテクニクス 32億8,000万ウォン 液晶モジュール、テレビのパワーボードの生産能力拡大のため、工場増設。これに伴い、ベトナム現地法人に追加出資。
ロッテカード 153億ウォン 累積損失拡大などを受け、ベトナム現地法人に追加投資することを決定。
アクト 車載電池用フレキシブルプリント基板(FPCB)工場を完工。
2021年
1月
コーロンインダストリー 684億ウォン ビンズオン省にポリエチレンテレフタレート(PET)タイヤコード工場増設を決定。ベトナム現地法人に追加出資。
現代グロービス、蔚山港湾公社 ホーチミン市に3万平方メートルの複合物流センターを建設することで両社が合意。2022年完工予定。特に、冷蔵・冷凍、コールドチェーン・システムを整備し、韓国産食品のベトナム市場流通を支援。自動車部品なども取り扱う予定。
DK&D ベトナム現地法人が工場増設のため隣接地を取得。2021年上半期までに新工場を建設し、ニードルパンチ不織布用ラインなどを増設予定。生産品は韓国工場で合成皮革コーティングを行い、世界のスポーツ用品メーカーに供給する予定。
ヘソンオプティクス 446億ウォン 携帯電話用カメラモジュール製造のベトナム現地法人に追加出資。財務構造改善を図る。
2月 SG忠紡 75億ドル 財務構造改善のため、ベトナム現地法人に追加出資。
京紡 2018年から進めていた韓国・光州工場の紡績設備のベトナムへの移管が90%以上完了。
LGディスプレイ 7億5,000万ドル ハイフォン市人民委員会が、同社のベトナム現地法人追加出資を承認。有機ELテレビ、有機ELディスプレイ搭載の携帯電話の需要増を見込み、有機ELパネルモジュール工場の生産能力を増強する。
新韓生命 申請から7カ月で生命保険会社設立認可を取得。2022年に発足予定。
ノバテック 同社は磁石メーカー。携帯電話・タブレッドPC用ケースを生産するJHコス・ビナを買収。サムスン電子向け供給体制を強化する狙い。
3月 LG電子 中国・江蘇省蘇州市の工場を清算。この工場では、オーディオ・ビデオ・ナビゲーションなど車載インフォテインメント部品を生産していた。その生産は、ハイフォン市の工場に一元化。
ITM半導体 224億5,800万ウォン 同社は、バッテリーパック、センサーモジュールなどの部品を生産する。工場新設、設備導入のため、バクニン省の現地法人の株式を追加取得。
邦林 103億ウォン 財務構造改善、運営資金確保のため、ベトナム現地法人に追加出資。
錦湖タイヤ 3,398億ウォン ビンズオン省のタイヤ工場の大規模増強を決定。韓国製タイヤに対する米国の反ダンピング・相殺関税賦課へ対応するとともに、中長期的な北米市場への輸出拡大を狙う。
トゥクス建設 ホアビン建設グループと合弁会社設立で合意。ベトナム・他の東南アジア諸国のインフラ・プロジェクトへの参画を狙う。
ネイバー ハノイ工科大学と共同で、人工知能(AI)研究センターを開所。
4月 SKグループ 4億1,000万ドル コンビニ、スーパーマーケットを展開するビンコマースの株式16.3%を取得。
CSベアリング 150億ウォン 同社は、風力発電用ピッチベアリングを生産する。バリア・ブンタウ省の工場の生産能力を50~60%増強することを決定。人件費の低廉さ、生産性の高さを評価。事業の収益性の改善を目指す。オフライン販売とオンライン(実店舗)販売を融合したオムニチャネル事業者としての成長に期待。
ワップス 22億ウォン 運営資金供給のため、建材生産・販売のベトナム現地法人に追加投資。
GS建設 ドンナイ省にエレベーター試験塔・工場を建設。ベトナムでのエレベーター事業拡大を目指す。
済州ビール 現地法人を設立し、現地生産を開始することを決定。高成長が続くベトナム市場の開拓を目指す。
コメロン 67億ウォン 工具製造の同社は、工場新設のためベトナム現地法人に追加出資。
BCカード 71億ウォン POS端末の流通企業のワイアカード・ベトナムの株式100%を買収。ベトナムのカード決済市場に進出。

注1:「年・月」は原則として報道日を基準としている。「概要」は報道日の内容に基づく。
注2:対象は、現地法人・支店・支社の設立、現地法人への追加投資、現地法人の生産能力増強など。
出所:各種韓国メディア報道を基に作成

また、在ベトナム韓国系企業向け生産拠点ではなく、ベトナムをグローバル生産拠点と位置づけ、中国・韓国から生産シフトする事例もみられる。その代表格がサムスン電子の携帯電話生産拠点だ。この案件は、そもそも、韓国企業のベトナム進出ブームのきっかけだ。同社はかつて、中国と韓国を中心に携帯電話を生産してきた。しかし、韓国は人出不足・高賃金で事業環境が厳しくなった。中国でも人件費上昇が続いた。もっとも、中国市場ではまとまった量の販売があったため、現地生産するメリットがあった。しかし、中国企業の追い上げにより、中国市場での販売が構造的な不振に陥る。中国生産を継続するメリットが薄れたわけだ。その結果、同社は中国の携帯電話市場から撤退。中国での生産を中断し、ベトナムなどに段階的に生産移管した。現在、サムスン電子はグローバル生産の5割近くをベトナムで生産し、世界各国に輸出している。中国の生産拠点をベトナムに移管した最近の事例として、表2に記載したサムスン電子のパソコン事業(2020年8月)、LG電子の車載インフォテインメント部品事業(2021年3月)が挙げられる。また、韓国からの生産移管の事例として、京紡(2021年2月)、錦湖タイヤ(2021年3月)が挙げられる。このうち、京紡は、韓国の最低賃金上昇など人件費負担が増加したことで、韓国国内の綿糸生産をベトナムに全面的に移管した。

さらに、生産拠点の拡張だけでなく、ベトナムに研究開発(R&D)拠点を構築し、経営の現地化を目指す動きもみられる。表2ではサムスン電子(2020年2月)、LG電子(2020年10月)がそれに該当する。特に、サムスン電子については、サムスン・グループ各社の生産拠点がベトナムに集中。同社のベトナムR&D拠点も、東南アジアの中で最大規模だ。

ベトナムに集積した韓国系企業をターゲットにした進出事例も

非製造業でも、幅広い業種で対ベトナム直接投資事例がみられる。そのうち、BtoB(企業間取引)分野では、ベトナムに集積した韓国系企業を対象とした事業展開がみられる。表2では、LK保険仲介(2020年2月)、大邱銀行(2020年8月)、現代グロービス・蔚山港湾公社(2021年1月)といった事例が該当する。ちなみに、金融監督院によると、2020年末現在、韓国の銀行は海外で197拠点(現地法人、支店、事務所の合計)を運営。これを国別にみると、ベトナムは18拠点だ。中国(17拠点)などを抑え、最も多くの拠点を運営していることになる。ここからも、韓国金融機関のベトナム市場での活発な事業展開がうかがえる。

他方、BtoC(企業と消費者の取引)分野では、1億人近い人口を有し、所得水準が向上し魅力度を高めつつあるベトナム市場に進出する事例もみられる。例えば、表2では、ザクダン(2020年9月)、新韓生命(2021年2月)が該当する。

さらに、製造業、非製造業を問わず、ベトナム企業の今後の成長力に期待した投資収益獲得目的の投資会社の動きもある。例えば、大手企業グループ(財閥)のSKグループは2020年6月、投資子会社を通じてベトナムの製薬会社に出資した。ちなみに同グループは、従来から、ベトナム企業への出資に積極的だ。またその目的は、必ずしも投資収益獲得に限られない。2018年9月にはベトナム企業に出資するため、SKベトナム投資会社を設立、早速、食品事業などを手掛ける大手コングロマリット・マサングループの持ち株会社に出資した。続いて、2019年にはベトナム最大の民間企業のビングループの株式6.1%を10億ドルで取得している。SKグループ以外では、ケープ投資証券(2020年6月)、ザベンチャーズ(2020年6月、同年7月)、アサム投資運用(2020年9月)といった投資ファンドがベトナム企業に出資している。

一部ではベトナム撤退の動きも

以上のように、2010年代半ば以降に顕在化した韓国企業のベトナム進出ブームは、現在もなお続いている。とはいえ、ベトナムに進出した韓国企業すべてが好調な業績を上げているわけではない。業績不振を補うべく、韓国本社から追加出資する事例があることは前述のとおりだ。さらに、厳しい企業間競争を勝ち抜けず、事業に見切りをつけ、ベトナムから撤退する事例もある(もっとも、こうした報道は韓国のメディア上、限られる)。

例えば、総合商社のポスコインターナショナルは2014年、ベトナム国営鉄鋼会社VNスチールと合弁で鉄スクラップ会社を設立。しかし、ベトナム市場の成長は当初の期待以下で、企業間競争も厳しく、十分な収益を上げられなかった。そのため、同社は2019年に合弁会社を清算した。また、ロッテショッピングは2016年からベトナムでオンラインショッピング事業を行ってきたが、熾烈(しれつ)な競争の中で優位性を発揮できなかった。同社は、今後も収益性の改善は難しいと判断し、2020年1月に事業から撤退した。ちなみに、ロッテはCJと並び、BtoC分野でベトナムに最も積極的に進出している大手企業グループ(財閥)だ。

さらに、韓国本社の戦略変更により、ベトナム拠点が見直しの対象となるケースもある。例えば、錦湖タイヤは、全社的な収益構造改善のため海外生産拠点の見直しを進める。その一環で2021年3月、ベトナムの天然ゴム加工工場売却を決定した。LG電子も、2021年7月で携帯電話事業から撤退することを明らかにしている。それによりベトナム・ハイフォン市にある携帯電話工場の扱いが焦点になった。他社への工場売却も検討されていた様子もうかがえる。しかし韓国メディア報道によると、結果として工場を売却せず、白物家電生産拠点に転換するもようだ。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部 主査
百本 和弘(もももと かずひろ)
2003年、民間企業勤務を経てジェトロ入構。2007年7月~2011年3月、ジェトロ・ソウル事務所次長。現在ジェトロ海外調査部主査として韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。