仮想待合室でスムーズなワクチン予約が可能に(デンマーク)
公正で透明性の高いウェブアクセスを提供するスタートアップが躍進

2021年7月13日

ウェブサイトにうまくつながらなかったり、アクセスに時間がかかったりした経験はないだろうか。多くの手続きや処理がデジタル化されつつある今、突発的なアクセスの集中により、サーバーダウンや低速化の発生はこれまで以上に増加した。例えば、オンラインでの国際イベントのチケット予約や決済手続き、セール、そして最近の新型コロナウイルスワクチン予約などだ。そのような突発的なアクセス増加への解決策として近年、「仮想待合室」が注目され、デンマーク国内外で導入されている。

デンマークのスタートアップ、キューイット(Queue-it)は、この分野で約10年の実績をもち、現在、世界で事業を展開する。その創業者の1人、ニールス・ヘンリック・ソーデマン氏にインタビュー。同社の仮想待合室の仕組み、現状とコロナ禍の影響、今後の日本市場における展望について聞いた(6月4日)。


キューイットの3人の起業家。1番左がソーデマン氏(キューイット提供)

利用者を順番にアクセスさせる「仮想待合室」

キューイットは、ニールス・ヘンリック・ソーデマン氏(CEO、最高経営責任者)、カミラ・レイ・バレンティン氏(元最高コミュニケーション責任者)、マーティン・プロンク氏(CTO、最高技術責任者)の3人によって、2010年に設立された。グローバルな市場を視野に入れ、成長性の高いクラウドベースのサービスを模索した結果、アクセス数の多いイベントを実施する企業・機関向けのソリューションを考えることにした。そこから生まれたのが、利用者に公正・公平で透明性の高い仕組みを提供し、不安を軽減することのできるサービス「仮想待合室」だ。

キューイットの仮想待合室は、ウェブサイトが抱えきれない量のアクセスが発生した場合、許容量に収まる数の利用者を順番にサイトへ移動することにより、ウェブやアプリ上でのアクセス集中をコントロールする。例えば、イベントの参加、チケット申し込み、オンラインショップのセールでは、サイトへのアクセスができなくなったり、サーバがダウンしたりすることがある。仮想待合室を利用することで、このような急激なアクセス集中によって発生する運用側・利用者側双方の被害を抑えることができる。

利用者の不安を軽減し、ブランドへのロイヤリティを高める

一度ダウンしたサーバを復旧させるには時間がかかり、運営者の機会損失につながる。また、ブランド評価や関心の低下、組織への信用の損失にもつながりうる。ブランドの評価低下を防ぎ、官民サービスの質の低下を最小限に抑えることができるだけではない。仮想待合室での待ち時間にプロモーションを行うこともできるため、待ち時間をより効果的に活用することもできるという。このように待合室を活用すれば、待たせるという行為がブランドへのロイヤリティ向上にもつながる。キューイット独自の機能として、あと何番目にアクセスできるかわかる「待ち番号」機能や、コンピュータプログラムで何度もアクセスを繰り返すようなボット(注)をブロックするなどの機能もある。


仮想待合室の画面(同社提供)

実装は短時間で完了

サーバへのアクセス集中が見込まれる場合、サーバの拡張やクラウド上サーバの台数を自動的に増減させる自動スケーリングが対策として取られることが多い。しかしながら、多くの場合、アクセスが集中するのはごく限られた時間で、平常時にはそれほどのキャパシティを必要としない。そのため、効率的な対策とは必ずしも言えないという。また、決済や予約については第三者が提供する別のページに飛ばすシステムもあるが、それがスムーズにいかないケースもあるとしている。このような状況で、仮想待合室は新たな解決策として注目されている。

また、キューイットの仮想待合室は、PC、モバイルなどの各種デバイスに対応しており、様々な方法で展開できるようになっている。もっとも簡単な方法では、最短数時間でセットアップが完了する。社内でアプリ開発を進めているのなら、簡単にキューイットの「仮想待合室」を自社アプリに組み込むための開発キットなども活用できる。このような実装のしやすさも他社との差別化のポイントだ。

香港などでコロナワクチン接種予約に採用

キューイットがサービスを提供する国や都市、対象分野は多岐にわたる。また、官民の両方にサービス展開をしている。同社ウェブサイト(最終アクセス日:2021年6月23日)によると、同社の仮想待合室を利用したユーザー数は、累計200億人、172カ国に及ぶ。世界中の民間企業で活用されているほか、デンマーク、スペイン、ドイツ、イタリア、英国、フランスなどの欧州諸国や、台湾や香港などのアジア地域では公的機関による利用も急速に広がっている。

これまで民間利用で多かったのは、チケット販売やeコマース分野だ。チケット販売では、コンサートや国際的なスポーツイベントなど、eコマースでは、オンラインセール、新商品の販売開始など、で活用されてきた。すでに日本向けにもサービスを提供しており、日本企業への導入も進んでいる。

ここ数カ月は、デンマーク、香港、イタリアなどの政府関連での利用が急速に増加している。その最たる要因は、新型コロナウイルス感染拡大防止対策という。香港政府のIT総合戦略室(OGCIO)マスク配布事業や新型コロナワクチン接種予約でも採用された。特にワクチン接種では、先着順の公正な予約登録が進められたことで、地元市民からの評価も高かったという。 キューイットの仮想待合室は、東京都の医療従事者の新型コロナワクチン接種予約でも採用された。ソーデマン氏はより公平でスムーズなワクチン予約が可能になるようにキューイットが支援できることは多く、今回の東京都による導入は日本市場におけるマイルストーンになるのではないかと考えているという。ソーデマン氏は、米国や欧州のワクチン予約の経験から、多くの市民がワクチン予約に不安を感じていると指摘する。だからこそ、公平な予約プロセスを支援し、市民のストレスを軽減することが重要と強調した。

日本市場への今後の展望について、「日本市場は従来から重視してきた。現在は特にワクチン予約の支援が大きく求められており、喫緊のニーズがあると考えている。また、日本は、消費家電分野で世界を牽引しており、(日本製品には)桁外れな世界的な需要があることもこの目で見てきた。世界中が愛するゲーム機などの日本製品の販売開始時には、我々のサービスで日本のビジネスを支援していきたい」と語った。


注:
総務省の定義によると、コンピュータウイルスの一種で、コンピュータに感染し、そのコンピュータを、ネットワークを通じて外部から操ることを目的として作成されたプログラム。
執筆者紹介
ジェトロ・デュッセルドルフ事務所
安岡 美佳(やすおか みか)(在デンマーク)
京都大学大学院情報学研究科修士、東京大学工学系先端学際工学専攻を経て、2009年にコペンハーゲンIT大学でコンピュータサイエンス博士取得。2006年よりジェトロ・コペンハーゲン事務所で調査業務に従事、現在コレスポンデント。