商品説明や配送方法の工夫での差別化が重要
拡大するマレーシアのフードデリバリー市場(後編)

2021年4月2日

マレーシアでは、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に、フードデリバリー市場が拡大し、4年後には市場規模が2020年比倍増すると予想されている。新たにデリバリーアプリを立ち上げる事業者も出ており、政府はモバイルペイメントを推奨して、オンラインビジネスを後押ししている(前編参照)。こうした中、現地で人気の日本食にも参入余地が生まれている。後編では、マレーシアのフードデリバリーサービスへの参入について、ジェトロの事業結果から得られた具体的なプロモーション方法、課題などについて紹介する。

日本食レストランも参入を加速

マレーシアのフードデリバリーサービスに出店している飲食店をみると、今のところ、ファストフードをはじめ、マレー料理や中華料理、カフェなどのチェーン店が中心で、日本食は限られている。近年の日本食人気の高まりを受けて、首都圏を中心に1,000店舗程度の日本食レストランがあるが、これまでデリバリーサービスへの登録店舗は限られていた。その背景には、フードデリバリーサービスには、単価の安いメニューを提供するチェーン店が多いことに加え、配達の仕方や配達時間の遅れなどサービスの質への不安があったと考えられる。

しかしながら、新型コロナウイルスが状況を一変させた。政府による事業活動の制限措置により、店内飲食が禁止され、飲食店は大幅な売り上げ減となった。その対応として、フードデリバリーに初めて参入したという日本食レストランは多い。他方、同様の動きは日本食レストランだけに限らないため、市場参入後は、競合店舗との差別化が重要なテーマになっている。そのためには、デリバリーに適した食品包装の方法や、アプリケーション内での露出方法の工夫など、フードデリバリービジネスならではの手法を理解する必要がある。

効果的なプロモーションで、注文件数を2.4倍に

ジェトロ・クアラルンプール事務所は2020年8~10月に、グラブフードと連携し、「グラブフードにおける日本食プロモーション事業」(以下、グラブフード事業)を実施した。同事業には、コロナ禍における日本産食材の商流の維持・拡大に向け、農林水産省が定めた「海外における日本産食材サポーター店認定制度」の認定店舗(以下、サポーター店)のうち、同事業に参加した33社・103店が参加した。寿司(すし)(27.2%)と居酒屋(25.2%)が最も多く、カフェ(16.5%)、ラーメン(11.7%)が続いた(図参照)。これらサポーター店に対して、グラブフードと協力し、同アプリ内での販促活動を実施した。

図:「グラブフードにおける日本食プロモーション事業」参加店舗の内訳
(単位:%、母数:103)
参加店舗103店の内、寿司27.2%、居酒屋25.2%、カフェ16.5%、ラーメン11.7%、牛丼6.8%、とんかつ4.9%、その他専門店7.8%。

出所:ジェトロ作成

具体的に実施したプロモーションは、以下のとおりだ。このほか、ジェトロに協力するグラブフードの取り組みとして、サポーター店での注文に使える配送無料クーポンが発行された。

  • グラブフードのトップページに、サポーター店のページにアクセスが可能なプロモーションバナーの設置(写真左)。
  • ジェトロの実施するアンケート回答者に対し、日本茶のPR用サンプル提供(先着順)。
  • ユーザーへのEダイレクトメールの送付(写真中央)。
  • 繁華街の電子看板への広告掲載。
  • SNSを通じた情報発信(フェイスブック、インスタグラム)(写真右)。

こうしたプロモーションの結果、サポーター店への注文数は、プロモーション実施前と比較して、平均で約2.4倍となった。特に、オンラインを中心としたプロモーションの効果が高かったと推察される。


(左)グラブフードのアプリケーション内での広告(同社提供)
(中央)グラブユーザーへのEダイレクトメール送付(同社提供)
(右)グラブによるSNSを活用した宣伝の一例(同社提供)

クアラルンプール市内の電子看板での広告
(ジェトロ撮影)

アンケート回答者への日本茶とチラシの送付
(ジェトロ撮影)

また、サポーター店の中には、自社で積極的にSNSによる情報発信を行い、大きな効果を生んだ企業もあった。オムライス専門店を運営するA社は、クアラルンプール郊外に1店舗のみを構える小規模展開でありながら、日常的にSNSで情報発信を行った結果、約2万4,000人のフォロワーを持ち、グラブフード事業の期間中も多数の注文が入っていた。同社の投稿内容は、新商品などの商品紹介、フードデリバリーサービスの宣伝および発注方法の説明、各種プロモーションの告知などだった。

オンラインビジネス成功に向けて写真掲載や梱包に工夫を

グラブフード事業では、丼物、とんかつ、オムライス、フードデリバリー専用に開発した弁当などの注文が好調であった。また、日本食の中でも、もともと人気の高い寿司やラーメンに、多数の注文があった点も特筆に値する。一般的に、寿司は生ものであり、ラーメンは時間が経つと麺が伸びて品質が劣化するなど、配達上の懸念がある。しかしながら、グラブフードでは位置情報およびドライバーの数によって選択できるレストランが決定される仕組みとなっており、品質を保った状態で配達が行われていることから、事業参加者においても、フードデリバリーを使っても、商品品質を保って料理の配達が可能だと認識している。また、出店側も独自に梱包(こんぽう)方法を工夫することで、品質劣化を防ぐことができる。例えば、ラーメンは、麺とスープを別々に梱包し、配達中に麺が伸びないようにしていた。


麺とスープを別々に梱包し、麺の伸びを防ぐ様子(ジェトロ撮影)

参加者のなかには、フードデリバリー専用の特別メニューを開発するサポーター店もみられた。特に、焼き鳥店や焼肉店など、本来、店舗で提供しているメニューのデリバリーが難しい場合は、売り上げを伸ばすため、焼き鳥丼や焼肉弁当などの専用メニューなどを開発した。さらに、顧客にカスタマイズを楽しんでもらうため、多数のトッピングメニューを用意している店舗もあり、こうした工夫を行った店舗は客単価の引き上げにも成功していた。

また、人気のある店舗では、商品の掲載方法についても工夫が見られた。具体的には、注文ページ上に、料理に使用する食材を具体的に記載する、料理の写真を掲載するなどのケースが多かった。マレーシアの消費者にとって、日本食は人気があるものの、料理名や使用食材から実際の料理を推測しづらいものもあり、写真の掲載は必須と言える。

コロナ禍では郊外店舗からのデリバリーが好調

グラブフード事業のサポーター店のうち、同一ブランドでクアラルンプール市内に複数店舗を持つ事業者について、店舗ごとの注文数を比較すると、繁華街やオフィス街である市内中心地の店舗よりも、郊外店舗の売り上げの方が好調だった。

郊外店舗が好調な要因の1つとして、在宅勤務が増えたことが考えられる。クアラルンプール市内では2020年3月以降、新型コロナ感染状況に応じて、政府が操業可能業種や出勤率の制限などを課している。出社による感染も懸念されることから、デスクワーク関連の職種を中心に、在宅勤務者が増加している。オフィスワーカーの多い市内中心地付近は閑散としており、そのランチ需要などに支えられていたこのエリアでは店内飲食、フードデリバリーともに苦戦を強いられている。

フードパンダやグラブフードでは、サービス全体のメカニズムを公表していないが、注文できる店舗は、配送指定先地域から約10キロメートル以内に限定されており、配送距離に応じて配送料金が変動する仕組みとなっている。そのため、在宅勤務が増えた現状では、繁華街やオフィス街である市内中心部よりも、居住エリアである郊外店のほうが利用されやすい傾向にあると考えられる。

利益の確保が課題に

利用者数が多い大手プラットフォームに出店することで、多くの集客が期待できること、入金がフードデリバリー事業者を通して受けられるため安定していること、フードデリバリー事業者の配達手段を利用できることなどのメリットがある一方、手数料が割高なため、利益を確保することに苦慮する飲食店も少なくない。フードパンダやグラブフードに出店する場合は、契約時期や契約内容によっては変動するものの、毎月、売上高の約20~35%を手数料として支払う必要があり、利益確保が課題となる。

利益確保に向けて実施している取り組みについて、フードデリバリー事業が好調なサポーター店にヒアリングしたところ、検索エンジン最適化対策(SEO対策)やリピーターに飽きられないための定期的なメニューの入れ替えや追加などを実施していることがわかった。SEO対策については、可能な限り多くのキーワードを設定すること、さらに定期的に自社が設定しているキーワードを入力し、検索結果として自社店舗が何番目に表示されるかを確認のうえ、対策を講じることが肝要であるようだ。

また、大手プラットフォームへの出店を避け、独自の方法でフードデリバリーを行っている飲食店もある。これらの店舗は、注文受け付けのシステム、支払い方法、配送方法を自社で構築する必要がある。下表は、自社単独でフードデリバリーを行う際、検討すべき主な事項をまとめたものである。決済方法や配達手段などを一つ一つ精査し、自社で手配する場合とフードデリバリー事業者を使う場合のシミュレーションを十分に行うことが重要だろう。

表:自社でフードデリバリーを行う際に想定される対応検討事項とその選択肢(例)
受注方法 支払方法 配送方法 サービスの周知
  • 受注用ウェブサイト
  • SNSアプリ(WhatsApp)
  • 電話
  • 現金
  • 銀行振込
  • クレジットカード
  • オンラインペイメント
  • 自社ドライバー
  • 配達専門サービスの利用
  • SNS、ウェブサイトでの情報発信
  • SNS・雑誌広告など
  • 顧客来店時に案内

出所:事業結果を基にジェトロ作成

拡大するマレーシアのフードデリバリー市場

  1. コロナ禍で導入が進むフードデリバリー
  2. 商品説明や配送方法の工夫での差別化が重要
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
山田 隆允(やまだ たかよし)
2013年4月、信金中央金庫入社。2019年4月からジェトロに出向し、デジタル貿易・新産業部EC・流通ビジネス課を経て2019年10月から現職。