韓国の労働環境の変化-企業は適切な対応を-

2021年5月17日

ジェトロが実施した2020年度海外進出日系企業実態調査(韓国編)PDFファイル(2.11MB)では、回答企業の87.8%が雇用・労働に関し「何らかの問題がある」(注1)とした(表1参照)。近年、韓国政府は、労働関連法を制定・改正してきた。その内容が企業の人事・労務戦略に影響するため、企業は対策を迫られている。

表1:韓国進出企業における経営上の課題(単位:%)(-は値なし)
分野 韓国進出企業
(製造業)
韓国進出企業
(非製造業)
韓国進出企業
(合計)
何らかの問題がある 特に問題はない 何らかの問題がある 特に問題はない 何らかの問題がある 特に問題はない
販売・営業 92.2 7.8 94.4 5.6 93.5 6.5
雇用・労働 90.2 9.8 86.1 13.9 87.8 12.2
生産 73.3 26.7 73.3 26.7
財務・金融・為替 58.8 41.2 61.4 38.6 60.3 39.7
貿易制度 38.8 61.2 43.3 56.7 41.4 58.6

注1:「何らかの問題がある」は全体(100%)から「特に問題はない」と回答した企業の割合を控除した値。
注2:サンプル数は項目ごとに異なるため省略。
出所:ジェトロ「2020年度海外進出日系企業実態調査(韓国編)」

韓国は、労働災害による死亡事故の増加(注2)やILO条約の批准(注3)などを背景として、改正労働組合法や重大災害処罰法など、労働関連の法律を相次いで成立させている。加えて、50人未満の事業所に対する週52時間制の適用など、これまで猶予していた一部労働関連法も順次施行している(表2参照)。

表2:2021年に施行される主な労働関連の法律・制度
区分 2020年 2021年
週52時間勤務制 50~299人の事業場に拡大
※1年の猶予期間
5~49人の事業場に拡大
弾力的労働時間制の単位時間の拡大 単位期間2週間、3カ月 単位期間3~6カ月以内を新設
選択的勤労時間制清算期間の拡大 (全ての業務)清算期間1カ月 (研究開発業務のみ)最大3カ月まで延長
祝日=有給休暇対象の拡大 官公庁の祝日に有給休暇
300人以上の事業場に義務化
30人以上の事業場に拡大
(5~29人の事業場は2022年1月から適用)
特雇雇用保険加入の義務化 (新設) 適用対象・保険料率などを上半期に確定予定
特雇労災保険加入の義務化 別途の除外制限規定はない 育児・疾病休業など不可避な場合のみ認定
最低賃金の引き上げ 1時間当たり8,590ウォン 1時間当たり8,720ウォン
健康保険料の引き上げ 報酬月額の6.67%(労使折半) 報酬月額の6.86%(労使折半)
老人長期療養保険料率の引き上げ 健康保険料の10.25% 健康保険料の11.52%
障害者雇用負担金負担基礎額の引き上げ 107万8,000~179万5,310ウォン(5段階) 109万4,000~182万2,480ウォン(5段階)
無給休業の支援金対象の拡大 10人未満の事業場を除く 10人未満の事業場も含む
育児休業の分割回数の拡大 育児休業を1回分割使用が可能 育児休業を2回まで分割して使用可能
出産育児期雇用安定奨励金インセンティブの拡大 事業主が勤労者に育児休業を初めて付与する際インセンティブ(10万ウォン/月)を支給 3回/人の育児休業取得までインセンティブ(10万ウォン/月)を拡充
家族ケア関連の休暇勤労時間短縮 (休暇)年間10日
(労働時間の短縮)300人以上の事業場
(休暇)災難が発生した際、年間10日を追加
(労働時間の短縮)30人以上の事業場に拡大

出所:大韓商工会議所「ブリーフ第143号」から抜粋

注:「特雇」とは特殊形態雇用従事者。個人を単位として、販売、配達、運送などの業務を行う者。
出所:大韓商工会議所「ブリーフ第143号」に一部加筆

週52時間労働制の適用を拡大

2021年7月から、労働者5人以上の全ての事業場に対しても「週52時間労働制」が適用される。従来は、1週間の労働時間として最大68時間が認められていた。この週52時間労働制は、2018年7月の改正勤労基準法施行で導入されたものだ。労働者300人以上の事業所から適用され、以降、対象規模が拡大してきた。

週52時間労働制に違反した場合、2年以下の懲役または2,000万ウォン(約200万円、1ウォン=約0.1円)以下の罰金が科される。そのため、上半期中に全ての労働時間を週52時間以内にする必要がある。ただし、30人未満の事業所の場合、事前に労使が合意すれば8時間の特別延長労働が可能で、最大週60時間まで延長できる。これは、中小の事業場の混乱を最小化するために設けられ、2022年末までの時限措置となっている。

弾力的勤務時間制の単位期間を拡大

また、勤労基準法改正により、柔軟勤務制を改善するため、弾力的勤務時間制の単位期間が従来の最長3カ月から6カ月に拡大される(表3参照)。適用時期は、50人以上の事業所の場合は4月6日から、5~49人は7月1日からだ。この改正により弾力的勤務時間制は、「3カ月以内の弾力的勤務時間制」と「3カ月超の弾力的勤務時間制」による選択が可能になる。なお、「3カ月以内の柔軟勤労制」は従来どおりだ。一方、「3カ月超の弾力的勤務時間制」では、単位期間が最大6カ月に拡大され、かつ「勤労時間の計画単位」も「週」単位に緩和されることで、週52時間制を導入する企業の負担が軽減される。

一方、労働者保護のための規定も強化される。単位期間の拡大による長時間労働を防止するために、勤労日の間に11時間の連続休暇(インターバル)を与えなければならならず、賃金補填(ほてん)策も別途設けて雇用労働部に届け出なければならない。

表3:弾力的勤務時間制の単位期間別の詳細
区分 3カ月以内の弾力的労働時間制 3カ月超過の弾力的労働時間制
単位期間 最大3カ月 最大6カ月
実施要件 労働者代表と書面合意 労働者代表と書面合意
計画策定 1日単位 1週間単位
労働時間の変更 労働者代表と合意 労働者代表と合意
賃金補填 賃金補填対策を講じて雇用労働部に届け出
過労防止 11時間連続休暇を付与

また、研究開発業務(注4)に限り、4月から選択的労働時間制の清算期間が3カ月に拡大された。従前、この期間は1カ月に限られていた(表4参照)。これにより、当該業務については「1カ月以内」と「1カ月超3カ月未満」の清算期間の選択が可能になる。

1カ月を超過する選択的勤労時間制を導入する場合、留意すべき点が大きく2つある。まず、労働者の健康権を保護するため、勤労日の間に11時間の連続休暇を与えなければならない。また、労働者の賃金補填のため、毎月平均して1週間平均の労働時間が40時間を超過する場合、超過時間に対して通常賃金の50%以上の加算賃金を支給しなければならない。

表4:選択的勤労時間制の清算期間別の詳細
区分 「1カ月以内の選択的勤労時間制 「1カ月超過の選択的勤労時間制
清算期間 最大1カ月 最大3カ月
適用対象 全ての業務 研究開発業務
実施要件 労働者代表と書面合意 労働者代表と書面合意
賃金補填 月単位の超過勤務に対して加算した賃金を支給
過労防止 11時間の連続休暇を付与

出所:大韓商工会議所「ブリーフ第143号」から抜粋

解雇者や失業者も労組加入が可能に

改正労働組合法が、2021年7月から施行される。今回の改正は、ILO条約の批准を目的としたものだ。これにより、解雇者や失業者など、事業所に所属する労働者以外の非従事者による組合への加入が認められる。

一方、非専従組合員は労組役員の資格から排除される。すなわち、労働時間の免除の算定、交渉窓口の一本化の過程、争議行為に対する賛否投票にあたっての組合員の算定から除外される。非専従組合員による事業所内での組合活動自体は認められる。しかし、非専従組合員が事業場内に任意に入り込んで行う組合活動は制限される。認められるのは、「使用者の効率的な事業運営に支障を与えない範囲」と定義されている。ここで注意したい点は、「効率的な事業運営」に関する具体的な規定がないことだ。このことから、今後の労使紛争はもちろん、訴訟にまで発展する可能性がある。企業としては「非専従組合員」による事業場内での活動規則を明文化するなどの方法により、不必要な紛争を最小化する必要がある。

労組専従者に対する給与支払いを禁止する規定も削除された。ただし、労働時間の免除制度に関する条項はそのまま残されている。そのため、組合専従者への賃金は従来と同様、免除限度内でのみ支払うことが可能になる。

安全保健計画策定や産業安全確保などに新たな義務

2021年から施行された産業安全保健法に基づいて、代表理事(日本の代表取締役に相当)は「安全保健計画」を策定する義務を負う。これは、2019年に改正された産業案保健法に含まれていた内容だ。ただし、2021年からその適用対象が拡大。500人以上の事業所と施工能力で上位1,000位以内の建設会社の代表取締役が対象に含まれることになった。2021年12月31日までに安全保健計画を策定し、取締役会の承認を受けなければならない。また、その策定に際しては、労働災害の内容と頻度、リスクの高い作業の改善策などに関する意見を事業場の安全保健管理者から聞き取り、自己評価と補完策を反映しなければならない点にも、注意が必要だ。安全保健計画策定の義務を順守しない場合、5,000万ウォン以下の過料が科される。

さらに、「重大災害処罰法」が新たに制定され、2022年1月26日から施行される。この法律は、労働災害(注5)を予防するため、経営責任者に対して包括的義務を課し、処罰を強化するものだ。

重大災害処罰法により、事業所での労務提供者を対象とする「重大産業災害」と、労務提供関係が無関係な第三者を対象とする「重大市民災害」が処罰されることになる。経営責任者は、事業所に所属する労働者や実質的な管理責任がある下請け労働者はもちろん、企業が提供する原料・製造物・公衆利用施設・公共交通手段を利用する一般市民の重大災害までを予防する責任を負う(表5参照)。

安全保健確保の義務に違反したことによって重大産業災害または重大市民災害が発生した場合、企業と経営責任者ともに処罰の対象となる。死亡事故が発生すれば、経営責任者への1年以上の懲役または10億ウォン以下の罰金に加えて、企業に対して50億ウォン以下の罰金が科される。死亡者のない重大災害についても、企業と経営責任者が所定の処罰を受ける。

施行までの間に、具体的な義務範囲を定める施行令などが整備されることになる。しかし、施行まで時間が限られている中、企業側は安全管理システムなどの構築などを検討する必要がある。具体的には、(1) 事故予防のために事業所内のリスクを確認し、(2) 安全保健を確保する措置を策定するとともに、(3) 経営責任者に対する報告体系をチェックすることを通じ、経営責任者が安全確保の義務を履行したことを立証しておかなければならない。

表5:重大災害処罰法の主な内容
重大災害の定義 死者1人以上、または一定以上の治療が必要な負傷者が発生した場合
責任主体 代表取締役または、安全担当の取締役
保護対象 従事者(下請け労働者を含む)、原料·製造物·公衆利用施設などを利用する市民
処罰内容 (死亡時)1年以上の懲役または10億ウォン以下の罰金
法人:50億ウォン以下の罰金
(その他)7年以下の懲役または1億ウォン以下の罰金
法人:10億ウォン以下の罰金
適用時期 50人以上の事業場:2022年1月27日→50人未満の事業場:2024年

注:出所資料から「重大産業災害」と「重大産業災害」包括的に記載したもの。
出所:大韓商工会議所「ブリーフ第143号」から抜粋

新たな働き方やデジタル化・高付加価値化に即した人材育成も課題

新しく変わる労働関連規制を順守するため企業努力が求められる一方で、まだ一部不十分な法制を補完することも重要な課題だ。そのため、韓国の経済界はこれまで、重大災害処罰法の罰則規定の緩和や、使用者の経営権保護のため労働組合法上の事業所占拠禁止強化などを政府に要求している。

企業としては、これまで述べたように各種法制に対する備えが必要だ。その際、各種助成金などのメニューを活用するのも有益かもしれない。ただしそればかりでなく、新型コロナウイルス禍下での働き方やデジタル化・高付加価値化といったキーワードに対する人材育成などの課題にも対応していくことが求められるだろう。


注1:
調査で指摘された「何らかの問題」が、ここで述べる労働関連法律には集約されているわけではない。
注2:
2020年の労働災害死亡事故統計(雇用労働部が2021年4月14日に発表)によると、2020年の労働災害による死亡者数は882人。2019年に比べて27人増加した。
注3:
外交部は2020年4月20日、韓国が批准していなかったILO条約のうち、結社の自由に関する第87号と第98号、強制労働に関する第29号について、ILOに批准書を寄託。この批准に際し、2020年12月に改正労働組合法などが施行された。
注4:
研究開発業務とは、新製品・新技術の研究開発業務を指す。
注5:
韓国で近年発生した重大災害として、泰安火力発電所事故、九宜スクリーンドア事故、利川物流センター火災事故、セウォル号沈没事故、加湿器殺菌剤事故などが挙げられる。
執筆者紹介
ジェトロ・ソウル事務所 副所長
当間 正明(とうま まさあき)
2020年5月、経済産業省からジェトロに出向。同年6月からジェトロ・ソウル事務所勤務。