香港からの人口流出は本当に進んでいるのか
今後は、新たな動きの可能性も

2021年7月14日

2021年2月に公表された香港特別行政区政府(以下、香港政府)統計によると、2020年末時点の香港の人口は前年末から約4万7,000人減少。減少幅は、1961年の統計開始以降最大となった。減少した理由について、報道では、2019年半ば以降に発生した香港での民主化デモ・抗議活動や2020年7月の国家安全維持法成立を受け、香港から海外への移住が進んでいることが挙げられる例が多い。しかし、人口統計などからは、異なる姿が映し出される。

人口減少の主因は海外移住ではない

まず、2020年と、比較のために2019年の人口動態について、それぞれ香港政府の統計を確認してみる。人口増減は、出生数と死亡数の差による自然増減と、域外との人の流出入の合計により算出される。さらに後者は、(1)本土からの定住目的の移住者の増減、(2)外国人ヘルパーの増減、(3)(1)と(2)を除くその他の流出入に分類される。香港人の海外への移住や駐在員の帰国などは、(3)に含まれるとみられる。

2020年は、自然減が約7,000人、外国人ヘルパーが約2万5,000人減、その他の流出が約2万4,000人だった。一方、中国本土からの定住目的の移住者が約1万人増加し、差し引きで約4万7,000人の減少となった(図参照)。

これに対し、2019年の人口動態はどうか。同年末の香港の人口は前年末に比べ約3万4,000人増だった。増加要素は、自然増が約4,000人、本土からの定住目的の移住者が約3万9,000人増、外国人ヘルパーが約1万3,000人増。一方で減少要素は、その他の流出が約2万2,000人だ。

図:香港の人口動態(2019年、2020年、1年当たりの平均増減)
 2020年末は前年末に比べ人口が約4万7,000人減少。内訳は、自然減が約7,000人、本土からの定住目的の移住が約1万人増、外国人ヘルパーが約2万5,000人減、その他の流出入が約2万4,000人減。 2019年末は前年末に比べ人口が3万4,000人増加。内訳は、自然増が約4,000人、本土からの定住目的の移住が約3万9,000人増、外国人ヘルパーが約1万3,000人増、その他の流出入が約2万2,000人減。 1年当たりの平均増減は、全体で4万2,000人増。内訳は、自然増が約2万1,000人、本土からの移住が約4万6,000人増、外国人ヘルパーが約9,000人増。その他の流出入が約3万4,000人減。

注:1年当たりの平均増減は、香港が英国から中国に返還された1997年以降の累計の人口動態統計から、1年当たりの増減値を割り出した値。
出所:香港政府統計を基にジェトロ作成

両年の状況を比較すると、2020年の人口が大きく減少した主な要因は、本土からの移住者の増加幅の縮小と、外国人ヘルパーの流出であることが分かる。いずれも、2019年半ばから大規模デモなどによる社会混乱や、2020年の新型コロナウイルス禍による影響が考えられる。

他方で、香港から海外への移住が含まれる「その他の流出」は、2019年から2020年にかけて大きくは変化していない。人口減の主因とは言えないことになる。

さらに、香港が英国から中国に返還された1997年以降の累計の人口動態統計から、1年当たりの平均増減値を割り出し、2019年と2020年の動態と比較してみる。

香港は1997年から2020年までの間に、人口が約100万8,000人増加した。その内訳は、人口の自然増が約51万4,000人、本土からの定住目的の移住増加が約110万3,000人、外国人ヘルパーの増加が約21万人、一方で、その他の流出が約81万8,000人となっている。

その他の流出の1年当たりの平均増減は、約3万4,000人になる。また、2019年と2020年のいずれも、その他の流出数が過去の平均値を下回っていることになる。つまり、(本土からの定住目的の移住者や外国人ヘルパーを除く)外国人や香港人の域外流出は、従来の傾向が継続しているといえる。

参考指標として、香港人の海外指向についてみる。2020年9月に香港中文大学が18歳以上の香港市民を対象に行ったアンケート(回答数737)では、「チャンスがあれば海外に移住するか」との質問に、回答者の44%が「はい」と答えた。また、2020年7月に施行された国家安全維持法の成立前の2019年9月時点でも42.3%が「はい」と回答。さらにさかのぼると、香港で逃亡犯条例改正案をめぐる大規模デモなどが生じる前の2018年12月時点でも34.0%が「はい」と回答していた。香港人の海外移住に対する意欲はもともと高いことが分かる。

今後の新たな動きでビジネスへの影響も

もっとも、以上は2020年までの統計に基づいて分析した結果だ。2021年以降については、今後の人口動態に影響し得る新たな動きがみられる。

まず、2021年に入ると、英国やカナダ、オーストラリアなどは香港人の移住を積極的に受け入れる施策を打ち出している。中でも香港の旧宗主国・英国では2021年1月31日から、海外在住英国民旅券の保持者とその家族を対象に、英国市民権取得につながる特別ビザ(注1)の受け付けを開始した。海外在住英国民旅券は、1997年に香港が中国に返還される以前に生まれた香港住民が持つ。3月末時点で3万4,300人が申請したと公表している。なお、英国政府はこの特別ビザの利用者数について、2025年までに最少の場合で9,000人、最も多い場合で105万人と予測していた。2カ月間で最少の予測を大きく上回る申請があったことになる。

これに関し、在香港の運送業者からは、英国移住に関する引き合いが増えているとの声が聞かれる。また、新型コロナ禍で海外へのフライトが閑散としている中で、英国便には行列が生じているとの話も聞く。さらに、教師などから構成する香港の教職員組合の調査によると、海外移住などを理由とした退学者の増加により、2021年9月から始まる新学年のクラス数を削減せざるを得ない学校が増えている。

外国人駐在員の帰国の可能性について、2021年5月に実施・公表された在香港米国商工会議所によるアンケート(回答数325、回答率24%)では、42%が「香港を離れることを計画」または「検討している」と回答した。駐在員の帰国が今後進む可能性を示唆している。

人材流出に対する当地日系企業の懸念は、これまでのところ、それほど大きなものではない。「香港を取り巻くビジネス環境にかかるアンケート調査」(注2)での設問「香港でのビジネス遂行上で困っていること」において「香港からの人材流出」を挙げた比率は、2021年4月に実施した第7回調査(2021年7月9日時点での最新調査)で16.5%だった。特筆して多い状況にはない。

他方で、前述のような新たな動きが見られつつある中、今後、香港からの人材流出が加速した場合、当地ビジネスへの影響は不可避といえる。その動向に注意が必要だ。


注1:
本来、海外在住英国民旅券は渡航許可証で、英国への渡航についても、6カ月のビザなし渡航しか認められない。保持者に対し、自動的に就業や居住を認めるものでもない。
しかし、今回の特別ビザ制度では、対象者は英国に5年間滞在できる。就業や就学も可能だ。5年経過した時点で、永住権の申請も可能となる。さらに1年滞在することで、市民権を得る資格が与えられる。
注2:
この調査は在香港日系企業を対象とし、ジェトロ香港事務所などが2019年1月から定期的に実施している。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
野原 哲也(のはら てつや)
金融庁入庁後、在ニューヨーク日本総領事館出向、金融庁マクロ分析室長などを経て2020年9月から現職。