有識者に聞く、シリコンバレーのクリーンテック最前線(日本)

2021年12月10日

エネルギー業界で蓄積したキャリアをベースに、シリコンバレーでスタートアップとのビジネス開拓に尽力してきた出馬弘昭氏。いま世界中で注目される、カーボンニュートラルの実現に資するクリーンテック・スタートアップの現状について聞いた(取材日:2021年11月25日)。


出馬弘昭氏(ジェトロ撮影)

エネルギー会社がスタートアップを次々と買収

質問:
今年の春まで米国シリコンバレーに在住されていたとのことですが、現在、気候変動関連のスタートアップを取り巻く環境はどのようなものでしょうか。
答え:
2016年4月に渡米したとき、石油メジャーや大手電力会社がスタートアップに出資したり、買収したりしていることに驚いた。5年前に日本ではそのような動きはみられなかった。私が渡米した2016年当初は、大阪ガスの子会社であるオージス総研から派遣されており、ITスタートアップを発掘して新事業につなげることが目的だった。しかし、欧米のエネルギー会社が次々とスタートアップに出資している様子をみて、子会社ではなく大阪ガス本体がシリコンバレーに拠点を置くべき、と本社を説得。有望なスタートアップ発掘のため、米アクセラレータ、Plug and playの本社内に大阪ガスのオープンイノベーション活動拠点を構えた。
今は「あらゆるイノベーションを起こすのはスタートアップ」といわれる時代になった。特にシリコンバレーではその認識が強く、国や大企業からイノベーションが生まれる時代は終わったと言っても過言でない。宇宙産業であってもスタートアップが参入する時代。あらゆる分野のイノベーションがスタートアップから生まれている。同じことがエネルギー分野でも起こっている。クリーンテック、クライメートテックといわれる気候変動対策技術を持つスタートアップが、多数シリコンバレーで起業している。日本からも大手エネルギー企業5社が有力なスタートアップを探すために、シリコンバレーにオフィスを構えている。
質問:
世界中でカーボンニュートラルへの関心が高まってきていると思いますが、地域の違いなど感じられるでしょうか。
答え:
米調査会社クリーンテックグループは、毎年グローバルクリーンテック企業100社を発表しており、2021年のリストでは100社中60社を北米、35社を欧州とイスラエルが占める。北米の60社のうち半分はシリコンバレーを中心に西海岸に立地する。
米国内でも都市間競争が起こっている。シリコンバレーはあらゆる分野のスタートアップが集積するが、他の地域では産業の特徴を生かしたスタートアップが生まれている。例えば、ボストンは製造業が強く、スタートアップもハードウエア関連のものが多い。ヒューストンは石油・ガスエネルギー会社が集積しているため、グリーン電力化の動きに対応するスタートアップが活躍している。
欧州は2050年のカーボンニュートラル達成に積極的に取り組んでいる。EUは水素戦略を打ち出し、多くの国でグリーン水素の生産・輸送・利活用を主軸に据えた施策を取っている。かつて米ボーイングに対抗する形で欧州でエアバスをつくったように、「水素版エアバス」、世界で戦える水素企業を欧州でつくろうとしている。さまざまな新技術を必要とするため、スタートアップ育成にも力を入れ、国や電力大手の資金が投入されている。ドイツ、フランス、英国を中心に同分野でのスタートアップが増加している。

クリーンテック、日本は大きく劣後

質問:
日本企業のシリコンバレーにおける存在感はいかがでしょうか。
答え:
日本の大手企業はスタートアップ発掘のため、シリコンバレーにオフィスを構えているが、言語の壁はもとより、社内意思決定の遅さから敬遠される事例を聞いている。実証実験を行うだけでも社内稟議(りんぎ)に時間がかかり、スタートアップの成長スピードに追い付いていない。実証実験では、商品やサービスのプロトタイプをテストするため失敗も多い。(技術やアイデアなどが)いいものであれば、実証実験で実用化へ向けた課題を克服し、商品化につなげればいい。しかし、失敗を許容しない日本企業にとっては、「まずやってみる」までのハードルが高く、さまざまな準備が必要となる。米ベンチャーキャピタル(VC)のなかには、「大企業、特に日本企業と組むな」とアドバイスするところもあると聞いている。相手のペースに合わせるよりは自社でスケール(世界展開に向けた成長)したほうが、アイデアを素早く形にできるというわけだ。
大企業でも、たとえば英国・オランダ石油大手Shellは、実証実験を年間40~50回実施する。うまくいかなければ手を引き、有望なスタートアップであれば次のステップに進めて、最終的には買収する。
シリコンバレーでのエグジット(投資回収)の基本は買収だが、日本企業の海外スタートアップ買収案件は非常に少ない。CVC(注)を通じたスタートアップ連携についてはさまざまな日本企業と意見交換したが、一番成功しているのは旭化成だろう。旭化成ベンチャーズとして10年以上前にシリコンバレーに進出し、新規事業に関わる意思決定の権限を本社からCVC側(旭化成ベンチャーズ)に委譲した。欧米企業と同じようにシリコンバレーで決断して、20社ほどに出資し、新規事業につながりそうなスタートアップへの増資や買収を行う。最近ではトヨタAIベンチャーズやオムロンベンチャーズなどでも同様の動きがみられるようになった。
質問:
日本のCVCがシリコンバレーで活躍するためにはどうすればよいでしょうか。
答え:
一般論として、日本市場の優先順位は低い。北米で成功したら欧州を狙い、次にシンガポール、オーストラリアとビジネスを拡大していく。スタートアップから知名度の低い日本企業は、地道な活動で地名度を上げることが必要になる。東京ガスですらシリコンバレーでは知名度はなく、クリーンテック分野のカンファレンスでスポンサーになり、スピーチするなどの努力をした。業界団体や国レベルでの脱炭素化のアピールも必要といえる。
ひとつ面白い事例がある。米国では2017年にトランプ氏が大統領に就任し、パリ協定から離脱した。その時、カナダやフランスなどの投資誘致機関は、シリコンバレーでスタートアップ誘致にいそしんでいた。「米国で活躍の機会がなければ、カナダやフランスで起業してください」というメッセージを発信し、起業家を取り込んでいた。結局のところは人材がいないとスタートアップ・エコシステムは盛り上がらない。米国ではパリ協定の離脱により、再生可能エネルギーへのシフトに大きく出遅れたエネルギー企業もある。日本はもっと、世界から脱炭素分野の起業家を誘致する努力も必要だろう。

日本のスタートアップは「自分たちが世界を変える」マインドセットを

質問:
日本が同分野で活躍するためには何が求められるでしょうか。
答え:
そもそも、日本には世界展開しようとしているエネルギー関連のスタートアップが少ない。先述のグローバルクリーンテック100社を見ても、過去を含めて日本企業の選出はゼロ。日本のスタートアップは大企業が参入しないようなニッチな市場を見つけてビジネス展開をしているが、日本での小さい成功にとどまっているケースが多い。そのなかでも、世界市場を見据えて起業したスタートアップが数社ある。例えばオフグリッドのソーラー発電システムの割賦販売を手掛けるWASSHA株式会社外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、アフリカにおける未電化地域向けの電力サービスを開始した。世界中のスタートアップが参入するアフリカで、彼らの強みを生かしたビジネスを行っている。また、台風をエネルギーに変える小型風力発電機を開発するチャレナジー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、フィリピンで風力発電の稼働を始めた。彼らは創業時から「世界を変える」マインドセットを持っている。
日本のスタートアップはVCからの上場プレッシャーが強くある。実際、日本のスタートアップの9割がIPO(新規株式公開)している。国内で早期に上場してしまうと、VC側は投資回収できるが、スタートアップ側は日本でのみ成功するにとどまる。
質問:
日本のスタートアップでも、技術では世界に拮抗(きっこう)できるものもあるのではないでしょうか。
答え:
国内の大学や企業の研究所では、世界と戦えるような基礎技術があるであろう。ただし、その技術を事業化できていないことが課題。水素やCCUS(炭素隔離・利用・貯留技術)の分野では、日本の技術力が生かせる余地がある。大学や企業の技術をベースに、起業する人が多くなることを期待したい。最近では東京大学発のベンチャー事例があるが、もっと増えていくことが重要。世界的に高い技術でも、商品化しないと始まらない。テスラの電気自動車(EV)も、はじめは自動車会社が相手にしなかったが、改良を重ね、現在はEV市場を牽引する企業に成長した。大企業の体質では失敗が許容されないため、新しい技術を使ったビジネス創出は、スタートアップがリスクを取るという形の方が成功確率が高い。水素関連技術は国内の研究でもよいものがあるので、同分野でスタートアップが生まれてくることを期待している。

注:
コーポレートベンチャーキャピタル。事業会社が自己資金でファンドを組成し、新興企業に出資や支援を行う活動組織のこと。自社の事業内容と関連性のある企業に投資し、本業との相乗効果を得ることを目的として運営される。
出馬弘昭(いずまひろあき)氏プロフィール
東北電力株式会社事業創出部門アドバイザー。IZM代表。大阪ガスで主にR&D(研究開発)およびIT部門で新規事業やプロジェクトの立ち上げに従事。2016年より業界で初めて米シリコンバレーに駐在し、欧米のクリーンテックとのビジネス開発を開拓。2018年に東京ガスに入社し、シリコンバレーのCVC立ち上げに参画。2021年に帰国、東北電力に入社し、事業創出部門のアドバイザーを務める。また、IZM代表として、製造業やコンサルティング大手などの外部アドバイザー、海外スタートアップの日本展開支援なども務める。南カリフォルニア大学ロボット研究所客員研究員、京都大学非常勤講師、大阪市立大学非常勤講師、日本オペレーションズリサーチ学会副会長などを歴任。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
伊尾木 智子(いおき ともこ)
2014年、ジェトロ入構。対日投資部(2014~2017年)、ジェトロ・プラハ事務所(2017年~2018年)を経て現職。