【中国・潮流】13年ぶりの長期計画にみる知的財産強国への布石
新技術の知財保護・活用に注力しつつ、標準化を絡め世界への影響力拡大を図る

2021年10月21日

中国共産党中央委員会と国務院は9月22日、「知的財産権強国建設綱要(2021~2035年)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(以下、本綱要)を公表した。本稿では、最重要政策文書の「中央政治局第25回集団学習における習近平談話外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(以下、習近平談話)と「第14次5カ年(2021~2025年)規画と2035年までの長期目標綱要外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(2021年3月10日付ビジネス短信参照)を併せ、中国の知的財産政策の方向性を概観する。

中国共産党と国務院連名による重要文書

本綱要は、2008年6月に国務院が発表した「国家知的財産権戦略綱要外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(以下、旧綱要)を13年ぶりに更新する中国知財政策の長期計画だ。旧綱要は、長期的な国家知財戦略を示した政策文書として中国初。ちなみに、その目標年は2020年だった。旧綱要と本綱要はともに、国務院弁公庁ではなく国務院から公表された。政策文書として重要な位置を占めることが、ここからうかがえる(表1参照)。もっとも、本綱要は中国共産党と国務院の連名とされ、この点で旧綱要とは異なる。別格の重要発表「習近平談話」と併せ、中国共産党が党の名の下にリードする方向性が強まっている。

表1:近年の中国における知的財産権に関する主な政策文書の発表
公表年 公表組織 政策文書名
2008年 国務院 国家知的財産権戦略綱要(旧綱要)
2014年 国務院弁公庁 国家知的財産権戦略行動計画(2014~2020 年)
2015年 国務院 新情勢下における知的財産強国の建設加速に関する若干の意見
2016年 国務院 「第13次5カ年(2016~2020年)規画」知財保護運用計画の通知
2019年 中国共産党中央弁公庁、国務院弁公庁 知的財産権保護強化に関する意見
2020年 中国共産党中央政治局 中央政治局第25回集団学習における習近平談話
2021年 全国人民代表大会 第14次5カ年(2021~2025年)規画と2035年までの長期目標綱要
2021年 中国共産党中央委員会・国務院 知識産権強国建設綱要(2021~2035 年)(本綱要)

注:この他、各年の実施計画や知財の活用、侵害撲滅など個別テーマの政策文書が国務院弁公庁や国家知識産権局(CNIPA)などから数多く公表されている。
出所:中国政府ウェブサイトなどを基にジェトロ作成

最重要のキーワードは「知財強国」だ。この文言が政策文書に現れたのは、2015年の「新情勢下における知的財産強国の建設加速に関する若干の意見」だった。その後、旧綱要の総仕上げとなる「第13次5カ年(2016~2020年)規画」を経て、2019年4月の旧綱要10周年評価報告で本綱要の制定作業開始が発表された(注1)。同年5月には専門家諮問委員会第1回全体会合が開催され、策定作業が進められた。本綱要の策定は、習近平談話などの政策発表でたびたび触れられてきた。ここで、ようやく公表の運びとなったかたちだ。

本綱要の長期目標年を2035年としたのは、2021年3月に発表された中国政府全体の経済・社会政策「第14次5カ年(2021~2025年)規画と2035年までの長期目標綱要」における長期目標年に合わせたものだ。なお習近平談話では、「第14次5カ年(2021~2025年)規画知財保護運用計画」の策定についても言及されていた。これは2025年までの中期目標を設定するもので、今後発表される見込みだ。

知財政策は国家発展の中核、世界トップの知財強国目指す

ここで、中国当局の知財戦略や現状、課題認識などについて、本綱要と習近平談話での具体的な記載、旧綱要を比較し整理してみる。

まず、発展戦略における知財の位置づけについて。本綱要では「イノベーションは国家発展の最大の原動力で、国家発展の中で知財保護の中核的要素としての役割は一層明確になっている」と表現された。習近平談話では「イノベーションは発展を導く最大の原動力で、知財保護はすなわちイノベーション保護そのもの」とされていた。

次に、2012年の中国共産党第18回全国代表大会(党大会)以降の成果(注2)に関して、本綱要では(1)知財法体系の改善、(2)知財権保有量の増加、(3)保護・活用・国際影響力の向上、(4)社会の知財意識向上、などを定性的に例示している。習近平談話では、(1)国家知識産権局再編により知財権を集中統一管理することや、(2)知財に関する専門裁判所として、知財法院(北京、上海、広州)と最高法院知財法庭を設立したこと、が具体的に示された(注3)。

知財政策上の課題はどうか。本綱要では、(1)新技術・新経済・新情勢に対応する知財制度の変革、(2)市場に対する政府の関与、国内・国際政策における協調、知財権件数と品質における需要と供給の調整、(3)高水準の対外開放、などを例示した。習近平談話ではこれらに加え、(4)知財保護の重要性に対する社会の認識、(5)行政法執行機関と司法機関の協調強化、(6)権利侵害の多発・新型化・複雑化・ハイテク化、(7)知財権の濫用、海外での知財紛争への対応能力の不足、などを示している。

このほか、本綱要の冒頭の制定趣旨では、旧綱要にも記載があった「知財の創造・活用・保護・管理の向上」に加え、「知財サービスレベルの向上」が新たに加わった。一方、旧綱要の前文にあった「知財制度に不備がある」旨の記載はない。

新技術・新経済への対応強化

本綱要では、中期(5年)と長期(15年)それぞれについて目標が提示されている(表2参照)。それを踏まえて、個別項目から浮かび上がる新たな政策の注目点などに触れていきたい(表3参照)。

表2:本綱要で示された政策目標
目標の性質 2025年まで 2035年
定性
  • 知財保護を一層厳格化
  • 社会満足度を比較的高水準に引き上げ、維持
  • 知財市場価値をより明確に
  • ブランド競争力を大幅向上
  • 知財総合的競争力世界トップレベル
  • 知財でイノベーション、創業を促進
  • 社会全体の知財への自覚の基本形成
  • 知財のグローバル・ガバナンス参画の国際協調構造が全方位で形成
  • 中国としての特色があり世界水準の知財強国が基本的に完成
定量
(注1)
(注2)
  • 専利集約型産業付加価値の対GDP比率 13%/2019年実績は11.6%
  • 著作権産業付加価値の対GDP比率7.5%/2019年実績は7.39%
  • 知財権使用料年間貿易総額 3,500億元/2020年実績は3194億4,000万元
  • 高価値発明専利(注2)保有件数 12件(1万人当たり)/2020年実績は6.3件(同)

注1:第14次5カ年(2021~2025年)規画と同じ目標。
注2:実績値は、いずれも2021年9月30日の中国政府記者会見に基づく。
注3:「発明専利」とは、日本語でいう「特許」に相当する。本表では、原則として中国語での表記に基づいて記載した。
なお、「高価値発明専利」とは、戦略性新興産業の発明専利、海外ファミリーを有する発明専利、維持期間が10年を超える発明専利、比較的高い担保融資金額を実現した発明専利、国家科学技術奨あるいは中国専利奨を受賞した発明専利のことを指す。
注4:1元=約17.6円。
出所:知識産権強国建設綱要(2021~2035 年)を基にジェトロ作成

表3:本綱要の主要項目と第14次5カ年規画および習近平談話との対応関係 PDFファイル(246.96KB)

1つ目の注目点は、本綱要で「ビッグデータ、人工知能(AI)、遺伝子工学に関して知財立法を加速すること」が強調されたことだ。習近平談話でも、具体的にこれら3分野の知財保護健全化に言及されている。もっとも、具体的な立法内容については現時点で明らかでない。だとしても、重要な課題として検討されていくと考えられる。

関連する論点のうちデータに関する知財保護規則の確立については、2021年4月29日、最高人民法院が発表した「データ財産権および知財権の司法保護に関連する法的問題に関する研究」が参考になるだろう。この「研究」では、(1)データ所有権と知財権は類似し、専利法、著作権法、不競法など既存の知的財産法を最大限活用してデータ関連の権利を保護すべきであること、(2)幾つかの課題やデータ財産権紛争に関する知財法適用に関して、規範的文書を早急に作成する必要性、などが指摘された。

また、オープンソースソフトウエア(OSS)の知財権と法律体系の整備については、本綱要発表直後の2021年9月26日、中国信息通信研究院知的財産センターが「AIオープンソースエコシステムおよび知財権報告」を発表。OSSライセンスをめぐる課題や専利・著作権等のリスク、関係法令、司法管轄などについて調査・研究を進めていることを示した。

さらに、本綱要ではアルゴリズムやビジネス手法、AI創出知財についてのルール整備についても言及。うち、アルゴリズムとビジネス手法に関しては、2020年の専利審査指南改正での対象項目に当たる。AI創出知財の扱いについては最近、他国で関連の司法判断(注4)が下され、注目テーマと言える。この点、中国のAIイベントで公表された「AI安全と法治導則(2019)」(注5)では、「AIが弱い時代にはAIは独立な法律主体資格を有せず、ツールに過ぎない。その法律主体としての責任は設計者、生産者、運営者、使用者などが負うべき」との意見が示された。

法整備に加え、知財政策の実施でデジタルトランスフォーメーション(DX)化を図ることも注目される。「新技術の専利・商標審査への活用」「インテリジェント法院の構築」「国家知財ビッグデータセンターの整備」「ソーシャルメディア、ショートビデオなどの新しいメディアによる知財宣伝の拡大」などが、その例だ。

このほか、知財公共サービスが6大項目の1つとして取り上げられた。この項目では「知財データの標準化と積極活用」について詳細に規定。「専利導航(ナビゲーション、注6)の推進」や「質権設定情報プラットフォーム(注7)の整備」〔知財担保融資情報プラットフォーム(注8)の中に開設済み〕、「知財取引価格の統計システム構築」「無形資産評価制度の整備」(注9)にも関連して、知財情報活用の整備が進むと予想される。なお、知財金融政策については、「穏当に着実に(中国語で稳妥)」に進めるとの表現が盛り込まれた。急成長した知財金融を今後も野放図に拡大させるのではなく、知財価値評価を中心としたリスク管理の強化を進めていく方向性が見て取れる。

グローバルガバナンスへの関与強化・知財濫用行為規制と国家安全

習近平談話で言及された「知財分野の国家安全」については、本綱要では明示していない。しかし、習近平談話で知財分野の国家安全に関連して示した「知財の対外リスクの防止制御体系の建設」「中国の知財に関する法律規定の域外適用を推進」「知財の反独占、公正競争に関する法律法規と政策措置を完備し正当で有力な制約手段を形成すべき」などについては、それぞれ本綱要に対応項目が設けられている。

まず、「知財のグローバルガバナンスへの参加促進」を6大項目の1つとして位置づけた。「国際機関、『一帯一路』、各国知財審査機関との連携」など国際協力を盛り込む一方、司法の影響力を含む知財のグローバルガバナンスをリードしていこうとする姿勢が示されている。「知財および関連国際貿易・国際投資などの国際規則・標準の整備」や「多国間・二国間対外交渉の推進」「知財に関わる渉外リスク予防・抑制体系の構築」「国際知財訴訟地として選好される場所とする」などがその表れだ。

また、「知財権濫用行為を規制する法制度および知財に関連する独禁、不競法などの分野の立法を充実化させる」とも明記。近年の標準必須特許紛争に関連する禁訴令(注10)や、2020年6月公表(2019年1月策定)の知財分野の独占禁止ガイドラインなどの一連の動きに沿った方向性が示された。なお、国際標準については、「専利と国際標準の制定との効果的な結合を推進」するという言及がある。

本綱要の公表の直後となる10月10日には、中国共産党中央委員会と国務院から「国家標準化発展綱要外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」が公表された。これは、いわゆる「中国標準2035」として制定作業が進められていたものだ。この中でも、「標準必須特許制度を改善し、標準制定プロセスにおける知財保護を強化し、イノベーション成果の産業応用を促進する」ことや「データ資源の財産権についての標準確立」など、知的財産と標準の関係について示している。これら2つの綱要が相次いで公表されたことから、知財政策と標準化政策を経済・イノベーション政策の両輪として推し進めようとする意図がうかがえる。

今後の政策具体化に要注目

本綱要には、(1)新技術への対応を進め、知財価値評価や知財データの活用、DX化に注力して知財保護・活用を強化する一方、(2)国際標準への関与強化を絡めた世界への影響力拡大と知財濫用を防止するロジックの活用により、国内外で中国企業の権益を保護しようとする方向性が示されている。その中には、既に対応が進められている項目もある。しかし、新規立法などに向け詳細が不明な項目が多い。

本綱要は、これから長期にわたって準拠する各種政策が展開されていくことになる。今後の動向が注目される。


注1:
検討時点では「知的財産権強国戦略綱要」と仮称。最終的に、「戦略」に代えて「建設」との表現に変更された。
注2:
2012年の第18回党大会で習近平氏を党総書記に選出。本綱要には、胡錦涛政権下で制定された旧綱要を引き継ぐ旨の明示的な言及はない。
注3:
最近で最大の成果が専利法第4次改正だ。この改正は、習近平国家主席の談話発表時点(2020年11月30日)では全人代で可決成立(2020年10月17日)していた。ただし、この時点で未施行(施行日:2021年6月1日)だったことから、成果として明記されていない。
注4:
例えば、「英国控訴院、AI『DABUS』を発明者とする特許出願について判決PDFファイル(219.15KB)」(2021年9月23日、ジェトロ・デュッセルドルフ事務所)
注5:
2019世界AI大会法治論壇と2019世界AI安全ハイレベル対話が、連名で公表したもの。
注6:
専利情報分析を、R&D だけでなく、企業経営や人材管理、地域・産業計画などに応用するもの。日本でいうIPランドスケープに近い概念。国家標準「専利導航指南」(GB/T39551-2020)が2021年6月1日に施行されている。
注7:
質権設定プラットフォームは、質権設定に関する情報入手を容易にするため、ウェブサイトや相談窓口を整備する取り組み。知財担保融資情報プラットフォーム(注8参照)のメニューの1つとなっている。
注8:
知財担保融資情報プラットフォーム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」は2021年8月、信用情報を提供する「信用中国」内に開設された。このプラットフォームは、発展改革委員会、CNIPA、中国銀行保険監督管理委員会を指導単位(監督機関)とする。このサイトで特許や商標の番号を入力すると、検索窓から質権設定情報を確認できる。また、金融商品を銀行名や金額などで検索可能だ。さらに、政策法規、典型事例なども掲載されている。
注9:
中国資産評価協会は、「資産評価執行準則(無形資産)」に関して「知識産権資産評価指南」(2015年策定、2017年改訂)を策定済み。また、国家標準「専利評価指引」を策定する動きもある。
注10:
最高人民法院、標準必須特許に関する「禁訴令」事例についての解説および論評PDFファイル(219.15KB)」(2021年3月4日、ジェトロ・香港事務所)
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
松本 要(まつもと かなめ)
経済産業省 特許庁で特許審査/審判、国際政策および知財・イノベーション政策を担当後、2019年9月ジェトロに出向、同月から現職。