限定的ロックダウン下のムンバイ、一部日系企業では一時退避方針も(インド)
在マハーラーシュトラ州日系企業向けに緊急アンケートを実施

2021年4月19日

ご注意事項
※本レポートは4月12日時点での状況に基づいた報告である旨ご留意ください。
  • 4月14日からは新たな通達が施行され、規制内容は大幅に厳格されました(2021年4月19日付ビジネス短信参照
  • 特に、工場操業に関しては原則essentialに指定された工場のみが操業可能になり、レストランはデリバリーのみの営業となりました。
  • 外出も平日・週末を問わず、買い物など特定の理由がない限り原則不可となっています。
  • 移動に関し、ムンバイ市では用途に合わせた色のステッカーを車両に貼付することが義務付けられました(ムンバイ市警察公式ツイッター参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
  • その他、規制内容は日々変化していますので、常に最新情報を確認ください。

インド西部のマハーラーシュトラ(MH)州は4月4日、新型コロナウイルスの感染再拡大を受け、月末までの夜間外出禁止や週末の外出禁止、民間事業所(オフィス)の閉鎖措置などを通達した(2021年4月7日ビジネス短信参照)。これにより、同州では限定的ではあるものの、ムンバイを中心に、2020年に実施されたような厳格なロックダウンに立ち戻った形となった(以下、「限定ロックダウン」)。ほとんどの事業所は在宅勤務となり、必需サービスとされる小売店など(essential service)以外の店舗は閉鎖し、レストラン内の食事も禁じられた。この措置を受け、ジェトロ・ムンバイ事務所が在MH州日系企業を対象に行った一時退避方針に関する緊急アンケートでは、一部の企業が州外や日本への退避方針を示したものの、多くの企業が「退避を検討せず」と回答した。本稿では、筆者が居住するムンバイ市の限定ロックダウンの現状を報告するとともに、第1波以上の感染が広がる中、日系企業の動向を分析する。

市民への影響を最小限に抑えようとする州政府

1年前の2020年3月末に開始されたロックダウンでは、ほとんどのムンバイ市民がパニックに陥った。発表からロックダウン開始までの準備期間がなく、また明確な指針が示されないまま開始されたロックダウンにより、数多くの混乱が生じた。人々は営業しているスーパーマーケットに毎日、大行列をなし、買いだめに走った。職を失った労働者は、鉄道やバスが休止する中、故郷へと歩いて帰るしかなかった。

しかし、今回の限定ロックダウンでは、4月4日夜の通達から翌5日午後8時の実施までほぼ1日あり、人々はある程度の準備をすることができた。筆者の場合、閉業が予想された酒店などで備蓄分を事前に購入することができた。また、前回と違い、通達の内容が比較的明確で、必需店舗・事業(essential service)がある程度、共通認識化されていたことで、パニック買いはあまり見られなかった。そして、民間事業所のオフィスへの出勤は原則禁止とされたものの、一定条件を満たした場合には、工場の操業や建設作業などが認められ、そのための公共交通機関は、定員制限をした上で継続運行されることとなった。さらに、飲食店も持ち帰りや配達での営業継続を認められた。何より、厳格な外出規制を週末にとどめたことは、心理的に大きな意味合いを持つといえるだろう。

この背景には、州政府の苦渋の決断があると見て取れる。前回の厳格なロックダウンでは、低所得者層を中心に人々が職を失い、市民生活に非常に大きな悪影響を与えた。この厳格なロックダウンに対する大きな反発は記憶に新しく、ウッダブ・タークレー州首相が感染第2波に対して、繰り返し、厳格なロックダウンの導入を示唆した。他方、州政府内から反対意見などが聞かれていた。しかし、感染急拡大が2月半ば以降から続くMH州では、何らかの対策が不可欠だった。州政府は、市民生活に甚大な影響を与える厳格なロックダウンを避け、まずは夜間活動の制限や集会の禁止などの策を講じた。それでも収まらない感染拡大を抑え込むため、州政府が導入したのが今回の限定ロックダウンだった。労働者の失職を避けるため、業種ごとに厳格な標準作業手順(SOP)を策定し、その順守を条件に工場労働などを許可した。同時に、労働者が陽性となった場合や濃厚接触者となった場合でも、解雇せず、有給扱いで隔離をさせるように指示するなど、市民への影響を最小限に抑える形で限定ロックダウンを開始した。

現状、ムンバイ市内で大きな混乱は見られず

これらの州政府の対応もあり、現状、ムンバイ市内では大きな混乱は見られない。確かに外食や酒・たばこの購入、不要不急の外出などができなくなったが、食料品店や薬局など必需店舗は営業しており、食事の宅配をオンライン注文することができ、何より一定の条件をクリアすれば、移動もできる。行動規制が明確化していることで、かつての深刻な閉塞感は見られない。また、メイドや運転手などの労働者も、ワクチン接種や陰性証明の携行を条件に活動が認められており、前回のロックダウンからは生活環境が大きく改善されている。食料品の購入においても、多少の行列は見られるものの、問題なく買い物をすることができ、在庫切れもほとんど感じられない。週末も、必需品の買い物のための外出は可能だ。問題は、この限定ロックダウンが本当に4月末で終わるかという点である。


閑散とした週末のムンバイ市郊外ポワイ地区の様子
(ジェトロ撮影)

4月5日午後8時前の最終営業時間帯には
酒店に客が殺到した(ジェトロ撮影)

小売店は限定ロックダウン期間中の持ち帰り営業や
宅配サービスを積極的に広報(ジェトロ撮影)

個人経営の飲食店もPARCEL(持ち帰り)での
営業継続を積極的に活用(ジェトロ撮影)

なぜ多数の企業が退避を検討しないのか

4月4日の通達と急拡大する感染状況に鑑み、日系企業の駐在員が退避しないかが懸念要因となった。そのため、ジェトロ・ムンバイ事務所は在MH州日系企業に対し、ムンバイ日本人会・プネ日本人会の協力を得て、「一時退避方針に関する緊急アンケート」を実施した(回答期間4月6日~8日正午)。それぞれ法人会員(ムンバイ95社・プネ53社、計148社)にアンケートを配信し、88社から回答があった。その結果を簡単にまとめると、以下のとおりだ(回答企業の属性など詳細は添付資料PDFファイル(139.61KB)参照)。

  • 88 社の回答。現在、MH州に駐在員がいる企業は 72 社
  • 56 社は「退避を検討せず」
  • 14 社は「何らかの退避措置を検討」

現在、MH州に駐在員がいる企業72社のうち、約8割にあたる56社が退避せず、とどまる方針だ(図参照)。この結果報告に対し「意外と退避を検討している企業が少ないことに驚いた」という反応がいくつか見られた。

図:在マハーラーシュトラ州日系企業の一時退避方針(単位:社数)
退避予定なしは、56社。家族のみ退避(日本等国外)は、2社。駐在員の一部退避(州外)は、2社。駐在員の一部退避(日本等国外は、2社。全駐在員退避(州外)は、2社。全駐在員退避(日本等国外)は、3社。その他は、5社。

出所:ジェトロ緊急アンケート(州政府通達への企業対応)(協力:ムンバイ日本人会・プネ日本人会)

2020年の厳格なロックダウンでは、同年4月の臨時便でほとんどの日系企業駐在員が日本へ一時退避した。限定ロックダウンの内容は前回と比べて緩和的であるものの、現在の感染状況は、前年同時期を上回っているが、約8割の日系企業が「退避を検討せず」と回答している。なぜ、ここまで行動に大きな違いがあるのか、考えてみたい。

(1)帰国手段が残されていること

前回との最大の違いは、帰国手段の有無ではないかとみられる。前回のロックダウンでは国際線の運航停止が発表され、不定期の臨時便を除き、日本に戻る手段がなかった。しかし現在では、デリー発日本行の直行便がおおむね週6便、ムンバイ発直行便がおおむね月2便運航しており、帰路がある程度「保証」されているといえる。帰国手段が残されていることで、日系企業は即座の帰国を検討していないのではないか、と考えられる。

(2)ロックダウンへの「慣れ」

2020年のロックダウンは、駐在員の多くにとって初めての経験であり、在宅勤務体制の構築や家族の安全確保、食料の確保など懸念事項が非常に多かった。しかし、企業も個人も1年以上にわたるロックダウンの経験により、この状況に慣れつつあるといえる。在宅勤務は当然の選択肢となり、再赴任の際には家族の危険度に鑑み、駐在者は単身赴任とし、食料品備蓄の重要性も認識している。また、ロックダウンを通じ、各種デリバリーサービスも各段に充実している。この中でも、特に単身赴任者の増加は、退避方針に大きな影響を与えている、と推測される。以上のような、良い意味でのロックダウンへの「慣れ」が退避を検討しない理由として挙げられるのではないだろうか。

(3)製造業や建設業は操業可能であること

前回と違い、工場や建設現場は一定の条件(前掲ビジネス短信記事参照)を満たせば、操業や活動が可能である点も見逃せない。前年の厳格なロックダウンの反動もあり、製造業を中心に業績の回復が見られる。前回は経済活動が一切停止し、減収・減益がほぼ確実だった。しかし、経済回復途上にある現状に鑑みれば、ある程度の需要の取り込みが確実視できるため、「このビジネスチャンスを逃すべきではない」という認識が、判断に影響を与えたことは想像に難くない。

(4)「州外」という退避先の存在

アンケートには、数社が「州外(主にデリー近郊)への退避」を検討していた。前回のロックダウンはインド全土で実施されており、退避先は基本的には日本しかなかった。しかし、今回はデリーといった州外の大都市が退避先となり得る。つまり、複数の退避先の存在が、現時点での退避帰国を抑制しているとも考えられる。

(5)ワクチンの存在

前年とは違い、現在はワクチンが製造され、インドでは4月1日以降、45歳以上の者の接種が可能となっている。実際に、これまでに複数の在留邦人がインド製ワクチンを接種している。ワクチンの存在は前回との最大の違いの1つであり、退避を選択しない要因の1つになっているのではないか、と考えられる。


ムンバイ市内の大規模ワクチン接種施設の様子(ジェトロ撮影)

このほか、今回の限定ロックダウンが4月30日までと期間を明確に区切っている点、おおむねほとんどの駐在員が、前回ロックダウン以降、日本に一時退避した期間が約1年という長い「一時帰国」に辟易(へきえき)した点なども挙げられるかもしれないが、前述の5点が主な要因だと筆者は考える。

MH州の限定ロックダウンは始まったばかりだ。現状、大きな混乱はないが、先は全く読めず、期間延長の可能性やさらなる厳格化も否定できない。従って、企業の退避方針も変化していくはずだ。感染の拡大がインド全土で深刻化し、特に前述の5点のうち、「(1)帰国手段が残されていること」や、「(4)州外という退避先の存在」に大きな変化が生じた場合、一気に「日本への一時退避」が現実味を帯びる可能性もある。

執筆者紹介
ジェトロ・ムンバイ事務所
比佐 建二郎(ひさ けんじろう)
住宅メーカー勤務を経て、大学院で国際関係論を専攻。修了後、2017年10月より現職。