初の中国戦略を策定、独自の外交対話を推進(スイス)

2021年4月22日

スイス連邦参事会(内閣)は2021年3月19日の閣議で、中国に対する地域的外交戦略「中国戦略2021~2024」を採択したことを発表外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます した。

スイスは永世中立を掲げているが、多様な国との関係構築は重要な課題であり、4年ごとに中期的な外交政策戦略を定め、政府の外交に反映させている。外交政策では、横断的な課題と地域的な課題を考慮する必要があるが、必要に応じ、それらを個別戦略として別途定めることとしている。現在の「外交戦略2020~2023PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.26MB) 」は、現政権の任期と同じ4年間をカバーするものだ。今回はテーマに平和と安全保障、経済発展、持続的成長、デジタル化を取り上げ、地域的なテーマとして、中東北アフリカ(MENA)、サブサハラ、中国などを重点地域として挙げている。

中国は近年、世界に対する影響力を著しく増加させている。GDPや国防予算、学術誌での文献被引用数は世界2位、二酸化炭素排出では世界最大の国となっている。国際的にも、「一帯一路」構想や各地域との協力を展開しており、中国が最大の貿易相手国となっている国の数は、米国の数を上回っている。スイスにとっても、中国はアジアで最大の貿易相手国となっており、2014年にスイス・中国の自由貿易協定(FTA)を締結している。2020年にはスイスと中国は友好70周年を迎えた。

このような状況の下、スイスは「外交戦略2020~2023」に基づく地域別戦略として、今回初めて「中国戦略2021~2024PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.61MB) 」を策定した。その概要は以下のとおり。

協力の原則

「中国戦略2021~24」の策定に当たっては、連邦政府の全ての部門が参加した。この戦略はスイスの外交政策の利益と価値観に根ざしたもので、スイスと中国を結びつける多岐にわたる関係の枠組みを提供することを目的としており、以下の3つの原則に基づいている。

  1. 中国に対する独立した外交政策の追求。連邦参事会は、中国を外交上の優先国と位置づけ、必要な知識や能力を強化する。スイスが関心を持つ全ての分野での協力を目指し、また、連邦憲法に定められているように、スイスの基本的価値観を擁護する。
  2. 自由な国際秩序とグローバルな課題の克服の取り組みへ中国を組み込むこと。付加価値の創出が見込める分野については、スイスは方向性を共有するパートナーとより緊密に連携していく。
  3. 中国に対するバランスの取れた一貫性と整合性のあるアプローチ。これにより、連邦参事会は議会や州、学界、産業界、市民社会との交流を促進する。

重点分野

連邦参事会は「外交戦略2020~2023」の重点分野に沿って中国戦略の重点分野を定める。

平和と安全保障分野では、世界的および地域的安全、スイスの国内安全、多国間主義および人権に重点を置く。スイスは、個人の基本的権利の尊重が両国関係の中核要素でなければならないことを中国に対して明らかにしている。人権問題は、全ての二国間および多国間交流の際に常に念頭に置かれることになる。スイスは戦略期間中、1991年に開始した二国間対話の枠組みなどを利用して、中国との人権対話を継続していく。

経済振興の分野では、貿易や投資、輸出促進、教育、研究と革新、観光などの問題を中心に展開する。連邦参事会は、無差別で相互に有益な物とサービス、投資市場へのアクセスを確保するよう努める。中国における知的財産権の保護もその課題に含まれる。さらに、連邦参事会は二国間のFTAの近代化を目指しており、EUと中国の包括的投資協定がスイスに及ぼす影響の詳細な分析を行なっていく。

持続的な成長分野では、国連の2030アジェンダが中国との協力の基準の枠組みとなる。中国のインフラプロジェクトに関しては、気候、環境、衛生、持続可能な金融セクター、開発やその他の形態に関する協力にスイスは注力していく。

デジタル化に関する中国との協力も重要だ。ただし、これは、価値観や社会構造の違いが強く影響を及ぼす分野でもある。スイスは国際法の原則に準拠した健全なデジタル空間を提唱しており、数多くの国際機関やNGO、政府代表部などがスイスに拠点を置く、国際都市ジュネーブの存在が中心的な役割を果たす。

情報交換と調整

中国に関する情報について、一層の一貫性を確保するために、部門横断的な調整機関が新たに設立される。これにより、中国を扱う全ての連邦政府機関の間での情報と経験の共有が容易となる。連邦参事会はまた、中国との関係で重要な役割を果たしている連邦政府外の利害関係者との情報交換も歓迎する。情報交換の範囲には、「オールスイス」のアプローチで、州および地方自治体、事業代表者およびNGO、訓練・研究機関、高等教育機関が含まれる。

スイスはEU非加盟の中立国で、国土面積や人口、経済規模なども比較的小さな国であるため、政治的・経済的なリスクを抱えている相手国がほとんどない。そのため、スイスは中立国として、国際社会で緊張が生じた国との対話の仲介役を買って出ることもあるが、政治的関係を離れて経済利益を追求する政策を取ることも可能だ。中国についてみると、中国建国翌年の1950年1月にスイスが国家承認を行ったことから始まり、2014年に欧州で初めて中国とのFTAを締結、2016年にはアジアインフラ投資銀行(AIIB)や「一帯一路」フォーラムへの加盟・参加を進めている(2017年6月20日付ビジネス短信参照)。今回の地域別戦略でも、国際社会の関心事項である人権保護や持続的成長への配慮を示しつつ、今や貿易相手国第3位となった中国との経済関係を良好に進めるための方向性を示したといえる。

連邦参事会は今回採択した「中国戦略2021~2024」を国会の両院外務委員会にも報告する予定だ。

執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所長
和田 恭(わだ たかし)
1993年通商産業省(現経済産業省)入省、情報プロジェクト室、製品安全課長などを経て、2018年6月より現職。