ベンガルールに病院直結型インキュベーション施設完成(インド)
医療分野スタートアップの臨床研究支援を強化

2021年3月11日

世界中に影響を及ぼした新型コロナウイルスの感染拡大は、インドのスタートアップ・エコシステムにも大きな影響を与えている。こうした状況下でも、高い成長を続けているのが医療ヘルスケア分野だ。インドの病院グループを母体とするマズムダール・ショウ医療財団(Mazumdar Shaw Medical Foundation)は、病院での臨床試験に直結したインキュベーションセンターを新たに開設した。インドでの治験や進出を目指す日本のスタートアップなどによる、同施設の積極的な活用が期待される。同財団へのインタビューを踏まえ、施設の特徴や狙いを紹介する。

インドの医療系スタートアップを支える財団

マズムダール・ショウ医療財団は、インド政府により設立されたバイオ産業研究の支援協議会であるBIRAC(Biotechnology Industry Research Assistance Council)が実施する、バイオ系インキュベーション支援スキームBioNEST(Bioincubators Nurturing Entrepreneurship for Scaling Technologies)プログラムの支援を受け、2020年12月15日に新たな国際インキュベーション施設を設置したことを発表した。


マズムダール・ショウ医療財団とインキュベーション施設(ジェトロ撮影)

マズムダール・ショウ医療財団は、カルナータカ州・ベンガルール南部に拠点を構えるナラヤナ(Narayana)病院と、インド最大の製薬メーカーのバイオコン(Biocon)社の創業者キラン・マズムダール・ショウ氏の出資で設立され、同病院との密接な連携による先端医療研究や医療スタートアップ支援を行っている。ベンガルールを中心とするインドの多くの医療系スタートアップが、同財団の支援の下で、臨床での実用可能性を調査した後に事業拡大を図っている。ジェトロ・ベンガルール事務所は、2019年に日本のスタートアップ進出や日本企業のインドにおける臨床試験などの協力について、同財団とMOU(覚書)を締結している。

医療スタートアップと臨床に直結した協業創出を目指す

ここで、同財団の専務理事であるDr.ポール・サリンズ氏に2020年12月18日に実施したインタビューを基に、医療研究分野でのインドの活用方法について紹介する。

質問:
新たなインキュベーション施設の目的は。
答え:
本財団はこれまでも(出資者でもある)ナラヤナ病院の敷地内に立地し、スタートアップのアイデアが医療現場に資するかどうかの検証をナラヤナ病院の臨床研究チームが行うなど、密接な関係をもって医療系スタートアップを支援してきた。新たな施設(表参照)は、BIRACの支援を受けて国際的なスタートアップの受け入れも視野に入れている。既に、インドでアクセラレーションを受けた韓国のスタートアップが、ナラヤナ病院との協業を始めており、本施設に入居することが決まっている。日本からの進出にも非常に期待しており、本施設の発表の場では、韓国のほか、MOUを締結しているジェトロについて特に言及した。
表:新設されたインキュベーション施設の
予定入居費
収容
人数
形式 1人当たり入居費月額(Rs.)
1 自由 8,500
3 指定 27,000
5 指定 45,000

注:1ルピー=約1.4円(2021年2月24日時点)
出所:ジェトロによるヒアリング

質問:
BIRACの支援施設としては、ベンガルール市内にもCCAMP(Centre for Cellular and Molecular Platforms)、BangaloreBioinnovation Centreといったバイオ系スタートアップのインキュベーション施設(注)がある。この施設は、既存のインキュベーション施設と比較して、どのような特徴があると考えているか。
答え:
この施設は、インド全体では51番目のBIRACの支援施設となるが、医療系スタートアップが病院において、直接、臨床研究ができる施設は、インド全国でここだけだ。インド全国のナラヤナ病院グループだけでなく、各地の医科大学とも提携した臨床支援を行えるのが最大の特徴だ。

施設入り口(写真左)およびインキュベーションスペース(ジェトロ撮影)
質問:
日本企業やスタートアップはどのように利用することが考えられるか。
答え:
この施設では、特に異分野のスタートアップが医療分野に参入することを支援したいと考えている。日本の先端技術にも非常に期待しており、例えば日本が得意とするロボット、機械工学や電子工学などの企業やスタートアップが医療分野に進出を考える際、臨床研究まで行える当施設をぜひ利用してもらいたい。インド国内で日本の技術を目にすることは、インドのスタートアップなどにとっても良い刺激になると考えている。

躍進する医療系スタートアップ

新型コロナはインド全土で猛威を振るい、累計1,100万人を超える感染者を出している。2020年に、インド政府が約3カ月におよぶロックダウンを実施した中でも、既存の医療系スタートアップは急速に業務を拡大し、新規参入も相次いでいる。また、世界で最も厳格とも言われたロックダウンを行ったことが、遠隔医療、オンライン教育や宅配サービスなどの需要を喚起し、業績を急拡大させたスタートアップも少なくない。その結果、諸外国からの多くの投資がインド、特に医療分野のスタートアップに集まっている。

新たにつくられたインキュベーション施設は、病院での臨床治験を容易に行える環境が整っているという点で、世界的にも珍しい運営形態といえる。自社の技術を医療の現場で使い得るかといったFS調査から、実際の治験まで幅広い活用法が考えられる。本施設に日本のスタートアップ企業などが入居を希望する場合、ジェトロ・グローバルアクセラレーションハブ事業を活用することで、入居企業は3カ月間の入居支援を受けることができる。今後、インドでの治験や進出を目指す日本のスタートアップなどの同施設の積極的な活用が望まれる。


注:
いずれも、ジェトロ・ベンガルール事務所とスタートアップ進出支援等協業についてMOUを締結済み。
執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所
遠藤 豊(えんどう ゆたか)
2003年、経済産業省入省。産業技術環境局、通商政策局、商務情報政策局等を経た後、日印政府間合意に基づき設置された日印スタートアップハブの担当として2018年6月からジェトロ・ベンガルール事務所に勤務。