スカイプなどを生むエコシステム、日本との協業にも好適(エストニア)
知日派ベンチャーキャピタルに聞く

2020年11月13日

人口わずか133万人という小さな国ながら、「電子国家」として世界中から注目されるエストニア。現地のスタートアップエコシステムを支援する政府系機関の「スタートアップ・エストニア(Startup Estonia)」によると、2020年上半期のエストニアのスタートアップへの投資額は合計で1億4,270万ユーロ。前年同期比で約2割増加したことになる。新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るう中においても、エストニアではエコシステムが拡大する。さらに投資対象となるだけではなく、現地スタートアップと国外の大手企業との協業の事例も多い。

今回は、日本企業との協業の可能性について、エストニアで活動するベンチャーキャピタル(VC)のテラベンチャーズ(Tera Ventures)の共同設立者であるアンドルス・オクス氏に話を聞いた(インタビュー日:2020年9月17日)。

日本とのつながりも多いVC

2016年設立のテラベンチャーズは、エストニアを拠点とするアーリーステージの投資に特化したVCだ。フィンテックなど人々の生活に大きく影響を与えるうるビジネスモデルを持つスタートアップに投資する。エストニア国外では、ヘルシンキ(フィンランド)、ロサンゼルス(米国)にオフィスを構えている。これまで、エストニアのほか、フィンランド、デンマーク、スウェーデン、ラトビア、リトアニア、ポーランド、チェコなどの企業に投資した実績を持つ。

同社は欧州域内のスタートアップを投資対象の中心としているが、これまで投資した企業には、日本企業が投資した企業も含まれている。例えば、楽天が出資した人工知能(AI)を活用した外国語学習プラットフォームを提供するリングビスト(Lingvist、在エストニア)や、ミスルトゥ(Mistletoe)が出資した、移住を前提とした外国人材採用プラットフォームを提供するジョバティカル(Jobbatical、在エストニア)、NTTドコモ・ベンチャーズとグローバル・ブレインが出資したAIによる感情分析技術を開発するリアルアイズ(Realeyes、在英国)などだ。このほか、同社が組成する2号ファンド(Tera Ventures Fund II)には、かねてからミスルトゥが出資。さらに2020年7月には、伊藤忠商事がこのファンドに200万ユーロの出資を発表した。このように、テラベンチャーズは日本企業や日本投資家との接点も多い。


アンドルス・オクス氏(本人提供)

コロナ禍でも好調なエストニアのスタートアップ

「エストニアのスタートアップエコシステムを見た場合、すべてはスカイプ(Skype)に始まる(注1)。スカイプの成功は15年以上前のことだ。しかし、今でも欧州諸国のエコシステムの中で、常に(卓越した)成功例として取り上げられている。私たちは、このような真に破壊的(disruptive、注2)な企業を輩出するために何が必要なのかを理解することに重点を置いてきた。スカイプの成功に続き、エストニアに数億ドル規模のスタートアップが数多く誕生、ユニコーン企業3社も輩出した。このことから明らかなように、エストニアにはエコシステムが急速に成熟してきた」「エストニアでは、2000年ごろにすでにデジタル社会へ移行し始めていた。それが、デジタル関連のスタートアップが多く立ち上がったきっかけとなった」とオクス氏は語った。成功したスタートアップが次世代のスタートアップに投資する好循環が生まれ、小さなコミュニティが起業家と投資家の距離を縮めているのも、エストニアのエコシステムの特徴という。

さらに、同氏は「コロナ禍の中で、エストニアのスタートアップは資金調達を継続的に成功させている。その要因は、デジタルソリューションを中心としたスタートアップが多く、コロナ禍の状況をチャンスと捉えたスタートアップも多かったところにある」と述べた。官民ともにデジタルファーストのアプローチをとるエストニアでは、その経験をもとにデジタルソリューションを積極的に海外へ展開する企業が少なくない。多くの国でもともと議論されていたデジタル化へのシフトが新型コロナウイルスの影響により加速しているという。エストニア企業に対して国外でのビジネスチャンスが広がっているのだ。

相手を尊重する文化で日本と類似

オクス氏は「日本企業は事を急がず、信頼関係を重視する傾向がある。そのため、(スピード感を求める)スタートアップから敬遠されがちだと思うかもしれない。しかし、当地スタートアップやベンチャーキャピタルにとって、日本企業は最適なパートナーになり得る」と、自らの経験に基づいて語った。スタートアップにとって成長には資金だけではなく、技術力やビジネスネットワークも必要だ。日本企業との協業により、これらの全てを満たすことができるという。さらに、「相手を尊重するというコミュニケーション文化でも、エストニアと日本は似たところがある。信頼関係を構築する上で支障は少ない」と述べた。

日本企業との協業可能性について質問したところ、現在、日本でも注目が集まるデジタルトランスフォーメーション(DX)の分野が有望とのこと。「エストニア国外の企業がエストニアのスタートアップと協業するメリットとして、政府による法整備の対応が早いことや、デジタルインフラが整っているために試験市場(test bed)として最適な環境が整っていることが挙げられる」と指摘した。試験市場としての適性は、前述したリングビストの例にも表れている。同社が提供する外国語学習プラットフォームでは、学習言語としてエストニア語のプログラムがある。しかし、市場規模の小さいエストニア語を学んでもらうことを最終的に企図しているのではない。大きな市場での展開を見据え「試験運用のために設定しているだけ」という。市場の小ささがかえって生きるというわけだ。

このようにエストニアは、日本企業にとって信頼関係を互いに築きやすいという文化的な親和性がある。加えて、デジタルインフラが整っていることから、製品を日本市場で展開する前のテストやフィードバックをとる概念実証(PoC)に最適な環境があると評価できそうだ。

デジタル分野以外での協業の可能性も

これまでみた通り、エストニアはデジタル分野での高い知名度を確立している。しかし、それ以外の分野ではどうだろうか。オクス氏によれば、自動車部品メーカーのノルマ(Norma)が米国のテスラへ製品を納めており、そのほかにも、小さいながら製造業の分野でもグローバル企業に部品を供給している企業やスタートアップが幾つかあるという。ノルマは、自動車向けセキュリティシステムの部品を製造。供給先はテスラのほかにも、フォルクスワーゲングループなど大手自動車メーカーが多い。また、同じく自動車関連では、2009年に設立されたスケルトン・テクノロジーズ(Skeleton Technologies)がある。同社は、電気二重層キャパシター(ウルトラキャパシター)を製造する。同社のドイツ工場は、2017年から稼働している。優秀な技術者を多く抱える小さな企業やスタートアップが投資家からの支援を受けて破壊的創造(disruption)を起こすのは、エストニアではデジタル分野に限ったことではなさそうだ。

エストニアはデジタル分野だけではなく、製造業分野でも多くの企業やスタートアップがグローバルに活動している。エストニアのスタートアップとの協業は、欧州に進出する日系企業だけではなく、オープンイノベーションに積極的な日本企業のビジネスの手助けに成り得るだろう。


注1:
スカイプは、エストニア発のスタートアップ企業。現在はマイクロソフト傘下。
注2:
既存事業のルールなどを破壊し、業界構造を劇的に変化させる技術、アイデア、ビジネスモデルを持つこと。
執筆者紹介
ジェトロ・ワルシャワ事務所(在エストニア)
吉戸 翼(よしと つばさ)
2018年からエストニアでジェトロのコレスポンデントとしての業務に従事。