経済成長への打撃は中南米主要国の中で最小(ブラジル)
制度改正でワクチンの早期供給にも期待

2020年11月30日

Our World in Dataの発表によると、11月10日時点で、ブラジルでの累計感染者数は565万3,561人。同日時点で、累計感染者数では世界第3位となっている。ジャイール・ボルソナーロ大統領は、「コロナはただの風邪だ」「人間はいつか死ぬ」などと発言してきた。そのような発言もあり、ブラジルの新型コロナウイルス感染拡大の要因は大統領にあるという指摘を報道などで見かけることも多い。しかし、ブラジル国内で実際に取られた感染対策や、感染が最近は収束傾向にあることなど、報道であまり取り上げられていないことも多い。

本レポートでは、ブラジルの新型コロナウイルスの感染状況や感染対策の実情を振り返る。あわせて、「ウィズコロナ」下での新たな動きを解説する。

人口当たりの感染者数は世界16位

ブラジル地理統計院(IBGE)によると、ブラジルの人口は2億1,161万人(2020年予測値)。世界第6位の人口を有する国だ。そのため、単純に累計感染者数だけで、ブラジルの感染状況が他国と比べて「悪い」と判断することはできないだろう。米国のワールドメーター外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが公開している感染者数データによると、11月11日時点のブラジルの人口100万人当たりの感染者数は2万6,753人だ。累計感染者数でみれば世界3位という多さになる。しかし、人口100万人当たりで見ると世界16位だ(人口100万人以下の国は除く)。

人口が多いことから1日当たりの感染者数と死者数の絶対数が多く、ピーク時には世界から注目された。もっともその数も、30週目(7月20~26日以降)をピークに減少傾向が継続している(図1、2参照)。

図1:1日当たり新型コロナ感染症例数推移
(7日間平均)通報ベース
2月下旬に初めて感染者を確認してから、7月20日~26日にピークを迎え、その後は減少傾向が継続している。

出所:Our World in Dataからジェトロ作成(10月25日時点)

図2:1日当たり新型コロナ感染死亡者数推移
(7日間平均)通報ベース
7月20日~26日をピークに、その後は減少傾向が継続している。

出所:Our World in Dataからジェトロ作成(10月25日時点)

新型コロナの感染防止対策についても、「ボルソナーロ大統領の対策が十分ではなかったために感染が拡大している」といった指摘が注目されることが多かった。しかし、ブラジルでは州ごとに活動制限などの感染防止対策が導入されている。これらの規制には、ボルソナーロ大統領には権限がないのが実態だ。ブラジル連邦共和国憲法34条、35条(注1)により、連邦構成単位のいずれかの権力の自由な行使を保障するなどの憲法に定められた事項にあてはまらない限り、連邦政府が州政府に干渉することは禁止されている。新型コロナ対策は、原則として各州で州政府が定めるものということになる。つまり、実際に各州で行われている対策は各州政府が決定したもののため、感染拡大の要因がボルソナーロ大統領の対策不足によるものとまでは言えないのだ。

例えば、サンパウロ州政府は、州内を複数の地域に分け、州内各地域の感染拡大状況や医療体制に準じた5段階の感染警報を発するシステムを、6月から導入した。赤、オレンジ、緑などの警報レベルに応じて、人々の行動や経済活動が制限・緩和されるという仕組みだ。州政府は、これを毎週水曜日に更新する。また、リオデジャネイロ州も、仕組みはサンパウロ州と同様だ。ただし、導入された感染警報システムは州独自。同州の場合、更新はおよそ2週間に1度になる。

サンパウロ州やリオデジャネイロ州のみならず、その他の州でも各州政府が独自の感染拡大防止措置を実施してきた。各州が判断する警戒レベルに応じて、各州の定めた措置に従う必要がある。

また、ブラジルの調査会社ダータフォーリャによる「感染死亡者が10万に達したのはボルソナーロ大統領のせいか」を問うアンケート調査(2020年8月)で、「大統領のせいではない」との回答が46%、「要因の1つだが主な要因ではない」が41%、「大統領が主な要因」が11%、「分からない」が2%だった。このアンケートからも、新型コロナの感染拡大はボルソナーロ大統領のせいではない、少なくともボルソナーロ大統領だけのせいではない、というのがブラジル国民の多くの考えであることが分かる(図3参照)。

図3:感染死亡者が10万人に達したのはボルソナーロ大統領のせいか?
「大統領のせいではない」が47%、「要因の一つだが主な要因ではない」が41%、「大統領が主な要因」が11%、「分からない」が2%。

出所:ダータフォーリャ世論調査

認証方法の見直しでコロナワクチンの早期供給に期待

ブラジルでは現在、新型コロナ用のワクチンを含め、医療品の国内供給量の安定に向けた動きが活発だ。例えば、ブラジル政府は5月6日、2020年12月31日までの新型コロナウイルス対策の実施期間中に限り、医薬品や医療資器材の輸入および流通にかかる国家衛生監督庁(ANVISA)への製品登録を不要とする法案を可決した。事前に、米国の米国食品医薬局(FDA)、欧州の欧州医薬品庁(EMA)、日本の医薬品医療機器総合機構(PMDA)、中国の中華人民共和国国家食品薬品監督管理局(NMPA)のいずれかの機関による認証を取得していれば、製品登録が免除される仕組みだ。 本来なら、ANVISAへの製品登録には長期間を要する。規制が最も厳しい医薬品の場合、種類や製品によっては認可までにかかる期間が1年3カ月から3年にも及ぶという。しかし、法律第14,006号の施行により、対象製品に限り製品登録が不要になった。新型コロナウイルスの感染拡大が収束しない状況下で、医薬・医療品の不足を少しでも回避することにつながる措置と言えるだろう。また、日本企業をはじめ外国企業がブラジルで医薬品や医療資機材を輸入販売する場合、絶好のビジネス機会になる。

また、ブラジル経済省傘下の貿易審議会(CAMEX)は、医薬品、医療機器や関連部品500品目超の輸入関税を、2020年12月31日までの新型コロナ対策の実施期間中に限り、免税あるいは軽減している。これは5月18日に官報公示され、即日で施行されている。(2020年5月25日付ビジネス短信参照

ワクチン供給に向けた動きも活発だ。現在ブラジルでは、英国のオックスフォード大学・アストラゼネカ連合や中国のシノバック・バイオテックなど、4企業が第3相臨床試験の実施承認を取り付け済みだ。同試験実施申請中の企業も含めると6企業がブラジルでのコロナワクチン供給に向けた先陣争いを繰り広げている。

オックスフォード大・アストラゼネカ連合とシノバック・バイオテックは、統一保健医療システム(SUS、ブラジルの公的医療機関)へのワクチン供給を2021年1月ごろとしている。ブラジル国内へのワクチン輸入自体は、2020年内に始まると見込まれている。

これに加え、ANVISAは9月30日、新型コロナワクチンのみを対象とした新たな認証方法の「継続的提出システム」の適用を発表した。通常なら、該当薬剤に関する 有効性、安全性、品質についてのすべての分析結果や、承認を得るために必要な書類がそろうまでは、申請自体ができない。しかし、「継続的提出システム」の適用により、準備のできた資料から順次、提出することが可能となった。「継続的提出システム」は、少しでも早い新型コロナワクチンの供給に向けた制度として設計された。そのため、予定よりも早く新型コロナワクチンが供給される可能性もある(注2)。

経済へのダメージは中南米主要国の中で最小

新型コロナ感染症拡大による経済面への影響はどうか。IMFが10月13日に発表した「世界経済見通し」によると、ブラジルの2020年の実質GDP成長率予測はマイナス5.8%だ。ただし、ブラジルでは全土で、いわゆるロックダウンが実施されなかった。また、「不可欠な活動」として認められた活動は、継続して行われていた。こうしたこともあって、外出禁止令が発令されていたペルー(マイナス13.9%)やコロンビア(マイナス8.2%)、地域ごとの感染状況に応じてロックダウンを実施したチリ(マイナス6%)の経済の縮小幅は、ブラジルよりも大きい。

また、メキシコでは自粛は要請ベースで、外出禁止など厳しい措置は実施されなかった。生活必需産業以外の産業活動も、6月から再開された。しかしIMFによると、成長率はマイナス9%の落ち込みが予想されている。メキシコの場合、政府が財政均衡を優先し、支援や経済対策のための財政出動を渋ったことが落ち込みの主たる原因だ。

これに対し、ブラジルの場合、積極的な財政出動に踏み切った。これが、厳格ではなかった活動制限措置とも相まって、経済の落ち込みを最小化させた。ドイツの統計調査会社Statistaは10月、各国の新型コロナ対策に関連した財政支出のGDP比を発表した。この調査で、ブラジルは12.0%だった。G20諸国の中では、日本(21.1%)、カナダ(16.4%)、オーストラリア(14.0%)などに次いで第5位の規模だ。一方でメキシコは0.7%。G20諸国の中で最低水準だった。


注1:
連邦は、州・連邦府、市に対して、国の統合の維持や公共の秩序に対する重大な危険がある場合、連邦構成単位のいずれかの権力の自由な行使を保障するなどの憲法に定められた事項にあてはまらない限り、州などの自立した政治組織に対する干渉を行ってはならない。
注2:
ANVISAは10月8日、偽ワクチンがリオデジャネイロ州で出回っていることに対して注意を促した。ワクチンの供給に向け多くの企業が日々動いており、状況は刻々と変化していく。このような危険な事例も発生していることも念頭に置きながら、最新かつ正確な情報を確認する必要がある。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部米州課中南米班
髙氏 朋佳(たかうじ ともか)
2020年、ジェトロ入構。2020年4月から現職。