生産拡大と独自ブランド化が進む英国産「Wagyu」
日本産和牛に求められる対策

2020年8月25日

「和牛」は、本来的には日本固有の牛の品種を意味する。しかし現在は、海外でも広く生産され、「Wagyu」として流通している。2019年には和牛の受精卵を日本から不正に中国に持ち出そうとした事案が発生。これを受けて2020年4月17日、家畜遺伝資源不正競争防止法と改正家畜改良増殖法が成立した。この両法で、精子や受精卵など家畜遺伝資源の不正な取得・使用・譲渡に対して、民事的措置と刑事罰を規定している。これにより、今後、国内外での不正な和牛遺伝資源の流通の抑止が期待できるようになった。

もっとも、過去に合法的に海外に持ち出されて定着したものについては、取り締まるすべはない。すなわち、海外産「Wagyu」が日本産「和牛」の強力な競合となっている現状が抜本的に改善されるとは見込み難い。この状況は、英国も例外ではない。

本稿では、英国での「Wagyu」の現状を報告する。

オーストラリアWagyu協会を参考に、WBAを設立

英国では2014年、英国和牛生産者協会(British Wagyu Breeders Association、以下「WBA」)が発足した。国内のWagyu生産者の利益を代表し、英国産Wagyuの普及・販売促進活動を行う組織だ。WBAは、英国産Wagyuの価値を高めるために、パートナーであるオーストラリアWagyu協会を参考にしたランク付けを導入。英国とアイルランドで、Wagyu繁殖の奨励と促進、品質の改善活動を展開している。

WBAの会員は、Wagyu生産者や加工業者、精肉店、小売店、レストランなどで構成される。会員には、正会員と商用会員、友の会の3つのカテゴリーが存在する。正会員の会員資格は、主に純血種のWagyu(日本の和牛種の血統を100%引き継いでいる牛)の飼育者向け。正会員になることで、オーストラリアWagyu協会の海外会員としても登録され、同協会が提供する遺伝子と品質研究のデータベースへのアクセスが可能になる。また、英国和牛品質保証制度(British Wagyu Assurance Scheme)にも参加できる。商用会員は純血種以外のWagyu(F1、交雑種)を飼育している生産者や、Wagyuを取り扱う加工業者、精肉店、レストランなどが対象で、商用会員にも英国和牛品質保証制度への参加が認められる。

英国和牛品質保証制度は、WBAが2020年7月1日に導入した制度だ。英国産Wagyuのブランド価値や品質、信頼、知名度、需要を高めることを目的とする。この制度の下、「和牛遺伝子を50%以上含む」「食肉解体月齢が24カ月以上」「DNA鑑定の実施」「血統証明の提出」「指定された去勢方法の実施」などの条件を満たす英国産Wagyuに対して、品質保証の統一ロゴ(下図)が付される。また、会員から収集したデータに基づき、徹底したトレーサビリティーの実現を可能にしている。あわせて、分娩のしやすさ、出生体重、妊娠期間、精液の繁殖力、霜降りの度合い、肉の柔らかさなどに関するデータも併せて収集。これらを分析することで、英国産Wagyuの品質と生産性の向上を期すものだ。

図:WBA品質保証統一ロゴ
英国和牛生産者協会の、英国産Wagyuに対する品質保証統一ロゴ。

出所:WBA

Wagyu生産が拡大

英国牛移動サービス(British Cattle Movement Service、BCMS、注)によると、2019年に英国(北アイルランドを除く)で生まれた和牛系統の子牛は5,699頭(交雑種4,665頭、純血種1,034頭)だった。2014年の2,405頭の2倍以上に上ったことになる。地域ごとの内訳を見ると、イングランドが交雑種、純血種ともに最も多い。ウェールズは、総数こそ少ないものの純血種の比率が高い。

表:英国で生まれた和牛系統の子牛の地域別内訳(単位:頭)(-は値なし)
項目 イングランド スコットランド ウェールズ 合計
交雑種 3,068 1,190 407 4,665
純血種 544 93 397 1,034
合計 3,612 1,283 804 5,699

出所:BCMS

英国におけるWagyuの主な生産者としては、以下が挙げられる。

ハイランドWagyu (Highland Wagyu)

2011年に設立された同社は、英国最大かつ欧州最大の和牛生産者を自認する。1万ヘクタールに及ぶスコットランドの農場で、純血種Wagyu、交雑種Wagyu、アバディーンアンガス牛やハイランド牛といった現地ブランド牛を飼育している。

スコットランドの畜産農家から購入した7頭のWagyuを皮切りに、2013年には300頭のWagyuを購入して現在の規模に至ってた。さらに今後は、5,000頭のWagyuの購入を検討しているという。また、3つの和牛血統の繁殖牛を所有し、農場内で自家繁殖を行う。あわせて、純血雄牛の精液の販売も行っている。飼育されている主な血統は、「但馬」「藤好」「気高」などだ。中には、オランダから英国に持ち込まれた牛もいる。

ウォレンデールWagyu(Warrendale Wagyu)

ヨークシャーを拠点に2017年7月に設立された同社は、150以上のWagyu生産者で構成する生産者組合。交雑種と純血種の両方を生産している。Wagyuのステーキ、バーガーパテ、ジャーキーなどの一般消費者向けオンライン販売も行っている。

コッツウォルド和牛(Cotswold Wagyu)

同社は家族経営の農場で、2010年からWagyuの生産を開始。現在飼育しているWagyuはオーストラリアから持ち込まれたビッグマン(血統名:ニュートン・ヘンシン)と呼ばれる純血種だ。

イーバルズ・ウェルシュWagyu (Ifor's Welsh Wagyu)

2006年に、オーストラリアのウェストホルムWagyuから純血種Wagyuの胚と精液を購入。各種コンテストでの受賞歴もあり、自社ウェブサイトで一般消費者向けにも販売している。

Wagyuの販売状況

英国内での生産拡大に伴い、英国産Wagyuは消費の裾野も着実に広げている。

英国で人気の高級スーパー「ウェイトローズ」は、上述のウォレンデールWagyuのバーガーパテを取り扱う。140グラムのパテ2つ入りで5ポンド(約695円、1ポンド=約139円)だ。ドイツに本社を置く格安スーパーのアルディは2020年4月、高級品市場のシェアを獲得するため、低価格の英国産Wagyuステーキを発売したと報じられている(「スタックヤード」紙、4月16日)。価格は100グラム当たりサーロインが2.85ポンド、モモが2.65ポンド、リブアイが3.08ポンド、フィレが4.40ポンドだ。同社はこれに先んじて、Wagyuバーガー(2.99ポンド)を販売していたが、そのヒットを受けて、新たにWagyuステーキの販売を開始したという。このほか、米国に本社を置く高級スーパーのホールフーズでも、英国産Wagyuの取り扱いがある。

Wagyuを売りにするレストランも、多数出てきている。イングランド中部のヨークやシェフィールドに展開するシュート・ザ・ブルの目玉メニューはWagyuバーガーだ。また、Wagyu生産者のハイランドWagyu(前述)は、自社レストランThe Grill by HWを展開し、 Wagyuバーガーやステーキを提供している。その他、ロンドン市内には、Wagyuバーガーやステーキを提供するレストランやパブが相当数存在する。それらのうち一部の高級店では日本産の和牛を用いているが、多くは英国産やオーストラリア産など日本産ではないWagyuを使っている。

日本産和牛に求められる対策

前述の通り、過去に日本から海外に流出した和牛の遺伝資源がさまざまなルートで英国に入り込み、英国内でのWagyu生産を拡大させてきた。また、英国最大のWagyu生産者が純血種の精液を販売しているという点は、英国でのWagyu生産が今後拡大する可能性を示している。加えて、2020年7月に導入されたWBAの品質保証制度は、英国産Wagyuの品質とブランド価値の向上に寄与するとみられる。英国におけるWagyuの現地化は、もはや後戻りのできないところまで進んでいると言わざるを得ない。

肥育のノウハウと肉質において、現時点では日本産の和牛と海外産Wagyuとの間には明白な差がある。しかし、英国でも組織だったWagyuの品質改良とブランディングの動きがあり、日本産和牛の品質とブランド面での優位を将来にわたって維持できるかは不透明だ。今後も和牛を日本産農畜産物の海外輸出の主力と位置付けるのであれば、地理的表示保護(GI)制度によるWagyuの名称保護や、統一的かつ継続的なPR戦略によるブランディング強化といった対策を検討する必要があるのではないだろうか。


注:
ウシ属の家畜の出生・移動・死亡を記録し、トレーサビリティーを確保している公的団体。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
高橋 萌(たかはし もえ)
2020年5月~7月、ジェトロ・ロンドン事務所にインターン研修生として在籍。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
市橋 寛久(いちはし ひろひさ)
2008年農林水産省入省、2017年7月からジェトロ・ロンドン事務所。