金融市場アクセス強化に向け、スイスと英国の団体が共同声明
2020年6月15日
スイスの経済団体エコノミースイスと、英国の金融業界団体シティUKは4月28日、金融市場規制の相互承認や各種協力に基づく2国間の市場アクセスの迅速な強化を求める共同声明 を発表した。
スイスには富裕層の資産管理を取り扱う銀行が多く、ロンドンは投資銀行として世界の金融センターであり、金融では両国で補完できる分野が多い。共同声明は、金融や貿易、投資分野の協力は双方にとって利益が大きいとして、相互に相手国規制を承認する考え方を原則とし、2国間の市場の自由化と相互アクセスの実現に向けて、両国で覚書を締結し、規制当局や産業界の役割分担や今後の行程表を明らかにすることを求めている。
なお、共同声明と合わせて発表されたポジションペーパーには、分野別課題と分野横断的課題が明記されている。
表:2国間における検討課題
金融市場インフラ | 2019年6月末で失効したスイスとEUの間で相手国・地域での株式取引に必要とされる「金融市場の同等性認定」に代わる取り決めの英国・スイス間での早急な締結。 |
---|---|
銀行投資サービス | 2011年に締結された越境金融サービス取引に関する両国間の覚書に加え、さらに広範囲な金融サービスおよび投資に関する規制の相互承認 |
資産管理サービス | 相手国内における円滑な活動に向けた政策対話の維持、資産管理サービス規制の相互承認。 |
保険(生命保険除く) | 2019年1月に締結された二国間保険協定の範囲の拡大(再保険などの分野での相互市場アクセスの拡大)、二国間で重複する要求の撤廃、規制当局間の協力拡大。 |
職務資格 | 金融関連サービスで求められる職務資格の相互承認 |
データの保護と移転 | 2019年5月からEUで施行されている一般データ保護規則(GDPR)と整合的なデータ保護規制の維持と相互の情報移転の確保。 |
---|---|
人材 | 2019年2月に締結された二国間市民権協定に沿った金融関連業務を行う技能者の交流、資格の相互承認。 |
税情報交換 | 2017年1月に発効したスイス・英国間の税務目的の自動的情報交換システムに基づく協力。 |
フィンテック | フィンテック産業の育成に向けた金融規制・制度の調整や研究協力。 |
金融・サイバー犯罪 | 2019年7月に締結された警察協力覚書に沿った警察当局間の金融・サイバー犯罪防止に向けた協力。 |
出所:「将来志向の英国・スイス間の金融関連サービス関係」(2020年4月、エコノミースイス・シティUK共同ポジションペーパー)に基づきジェトロ作成
金融分野の協力加速が必要
スイスはこれまで、貿易投資の自由化や税情報の交換、スイスとEU間での金融市場の同等性の認定といった取り組みにより、EUへの市場アクセスを図ってきた(同等性認定については2018年12月21日付ビジネス短信参照)。英国が2020年1月にEUを離脱(ブレグジット)し、新体制への移行期限が同年末に設定されていることに合わせ、スイスと英国との間でも、これを踏まえた市場アクセスのためのフレームワークを同じ期間内に構築することが期待されている。
スイスはブレクジット後の英国との関係を維持するため、2016年10月に「マインド・ザ・ギャップ・ストラテジー」戦略 を発表し、これに基づいて英国と各種協定や覚書を締結してきた(2019年7月23日付ビジネス短信参照)。金融市場については、前述のポジションペーパーにあるとおり、金融市場の同等性を認めることにとどまらず、銀行投資サービスや資産管理サービス、保険など幅広い分野の課題を検討する必要がある。エコノミースイスとシティUKは2018年1月に最初の共同声明(4.17MB) を発表し、英国のブレグジットに際し、両国の金融サービスに関わる人材や事業の維持、両国間の金融サービスの円滑な移行準備、両国における金融市場自由化の範囲の3項目を緊急優先課題として挙げていた。今回の共同声明は、対象分野やアクションをより具体化し、両国政府に対応を求めている。
英国とスイスで規制の相互承認が原則とされる理由
今回の共同声明で2国間の市場アクセスは相手国の金融規制の相互承認が原則とされていることについて述べる。英国とスイスは、EU市場へのアクセスをベンチマークとして両国間の交渉を進めると見られる。スイス・EU間では、EUとの制度的条約をめぐる交渉(2019年3月15日付地域・分析レポート参照)でも明らかになったとおり、EU側は域内の規制をスイスにもダイナミックに適用することを求めているが、スイスは国家主権が尊重されるように両国の関係を保ちたい意向だ。例えば、スイスの州立銀行は古くから各州の自治を支えてきた重要な機関であり、スイスは州立銀行の経営安定が図られるような配慮が必要としているが、EUは国営企業だけを支援するための補助金などの制度は認めていない。また、スイス・EU間で紛争があった場合の仲裁プロセスについても、EUの仲裁裁判所が事務局を務める体制が提案されており、スイス側には強い抵抗感がある。これを踏まえれば、スイスは英国に対して、双方の規制や制度における差異がある場合には、相手国・地域の規制をまずは受け入れ、その後、可能な限り規制・制度を整合化していくアプローチを求めると考えられる(注)。一方で、英国もブレグジット後、これまでのEU規制そのものの受け入れには消極的で、他国の金融市場アクセスに当たってスイスと同様のアプローチを取るものとみられる。
- 注:
- 制度的条約の交渉において、EUは市場アクセスを認めるに当たり、リヒテンシュタインやノルウェーが属する欧州経済地域(EEA)のような仕組みを念頭に置き、EU側の規制・制度のダイナミックな受け入れを求めている。EEAでは、EUが加盟国内で施行した規則がそのまま域内にも適用されるため、EUとEEA地域の規則は常に同一だ。スイスはこのような事態を避けるため、EEAには加盟しなかった。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・ジュネーブ事務所長
和田 恭(わだ たかし) - 1993年通商産業省(現経済産業省)入省、情報プロジェクト室、製品安全課長などを経て、2018年6月より現職。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・ジュネーブ事務所
マリオ・マルケジニ - ジュネーブ大学政策科学修士課程修了。スイス連邦経済省経済局(SECO)二国間協定担当部署での勤務を経て、2017年より現職。