米国21州で法定最低賃金を引き上げ
企業は人材確保のため独自の賃上げや教育支援も

2020年3月4日

2019年12月31日にニューヨーク州で、2020年1月1日にワシントン州などの20州で、法定最低賃金(時給)が引き上げられた。州別では、2018年に続き、ワシントン州の13ドル50セントが最も高くなった。ただし、市レベルでみると、ワシントン州シアトル市が大企業の最低賃金を16ドル39セントに引き上げるなど、17都市で15ドル以上になった。2020年内も引き上げの動きは続くとみられるが、こうした流れに対応しつつ良質な人材を確保するため、独自に最低賃金引き上げや教育支援の充実などに取り組む企業もみられる。

米国21州が10セントから1ドル50セントの幅で最低賃金を引き上げ

今回の引き上げで、これら21州では1時間当たりの最低賃金が10セントから1ドル50セントまでの幅で引き上げられた(表1参照、注1)。引き上げは、州法によりあらかじめ計画されていたものと、物価上昇を一定の計算式で反映したものとがある。引き上げ額が大きかったのは、ワシントン州とニューメキシコ州(それぞれ1ドル50セント)、アリゾナ州・カリフォルニア州・メーン州・ニュージャージー州・イリノイ州(それぞれ1ドル)などだった。今回の引き上げによって、ワシントン州が1時間当たり13ドル50セントと州別首位(注2)になり、マサチューセッツ州が12ドル75セントで2位となった。これに、アリゾナ州、カリフォルニア州、コロラド州、メ-ン州の12ドルが続く。米国シンクタンクのエコノミック・ポリシー・インスティテュートによると、今回の引き上げにより約680万人の労働者が恩恵を受け、2020年のうちに総額約82億ドルの年収増につながると指摘している。

表1:最低賃金が引き上げられた21州(2020年1月1日時点)(単位:ドル)
州名 最低賃金(時給)
(2020年1月1日時点)
引き上げ額
ワシントン 13.50 1.50
マサチューセッツ 12.75 0.75
アリゾナ 12.00 1.00
カリフォルニア(a) 12.00/13.00 1.00/1.00
コロラド 12.00 0.90
メーン 12.00 1.00
ニューヨーク(a、b) 11.80/13.00/15.00 0.70/1.00/0.00,1.50
メリーランド 11.00 0.90
ニュージャージー(a) 10.30/11.00 0.00/1.00
バーモント 10.96 0.18
アラスカ 10.19 0.30
アーカンソー 10.00 0.75
ミネソタ(a) 8.15/10.00 0.11/0.14
ミシガン 9.65 0.20
ミズーリ 9.45 0.85
サウスダコタ 9.30 0.20
イリノイ 9.25 1.00
ニューメキシコ 9.00 1.50
オハイオ 8.70 0.15
モンタナ(a) 4.00/8.65 0.00/0.15
フロリダ 8.56 0.10

注:(a)企業規模によって異なる。(b)都市によって異なる。
なお、ニューヨークは、企業規模・都市によって異なる。ニューヨーク市の従業員数11人以上の企業は2018年12月末の変更から変わらず、10人以下の企業は2019年12月末に13.50ドルから15.00ドルに引き上げられた。また、ロングアイランド・ウエストチェスターでは12.00ドルから13.00ドル、その他の地域については11.10ドルから11.80ドルに引き上げられた。
出所:米国労働省、各州政府発表資料

17の市・郡で最低賃金が15ドル以上に

現在、連邦法で定められている最低賃金は7ドル25セントで、この値は2009年7月から変わっていない。州法で独自に最低賃金を定めた場合、従業員は、連邦最低賃金と州最低賃金のうち、より高い方の賃金を受けとる権利がある。2020年1月1日時点で、連邦法の7ドル25セントを上回る最低賃金を定めている州は29州とワシントン特別区で、連邦最低賃金と同額が14州、連邦最低賃金を下回る州が2州、最低賃金を定めていない州が5州ある(表2参照)。

表2:各州の最低賃金(2020年1月1日時点)(単位:ドル)

州最低賃金が連邦最低賃金より高い州(29州+特別区)
州名 最低賃金(時給)
ワシントン特別区 14.00
ワシントン 13.50
マサチューセッツ 12.75
アリゾナ 12.00
カリフォルニア(a) 12.00/13.00
コロラド 12.00
メーン 12.00
ニューヨーク(a,b) 11.80/13.00/15.00
オレゴン(b) 11.00/11.25/12.50
コネチカット 11.00
メリーランド 11.00
ニュージャージー(a) 10.30/11.00
バーモント 10.96
ロードアイランド 10.50
アラスカ 10.19
ハワイ 10.10
アーカンソー 10.00
ミネソタ(a) 8.15/10.00
ミシガン 9.65
ミズーリ 9.45
サウスダコタ 9.30
デラウェア 9.25
イリノイ 9.25
ネブラスカ 9.00
ニューメキシコ 9.00
ウェストバージニア 8.75
オハイオ 8.70
モンタナ(a) 4.00/8.65
フロリダ 8.56
ネバダ(c) 7.25/8.25
州最低賃金が連邦最低賃金と同じ州(14州)
州名 最低賃金(時給)
アイオワ 7.25
アイダホ 7.25
インディアナ 7.25
カンザス 7.25
ケンタッキー 7.25
ノースカロライナ 7.25
ノースダコタ 7.25
ニューハンプシャー 7.25
オクラホマ 7.25
ペンシルバニア 7.25
テキサス 7.25
ユタ 7.25
バージニア 7.25
ウィスコンシン 7.25
州最低賃金が連邦最低賃金より低い州(2州)
州名 最低賃金(時給)
ジョージア 5.15
ワイオミング 5.15
州最低賃金を定めていない州(5州)
州名 最低賃金(時給)
アラバマ
ルイジアナ
ミシシッピ-
サウスカロライナ
テネシー

注:(a)企業規模によって異なる。(b)都市によって異なる。(c)医療保険付保の有無によって異なる。
出所:米国労働省、各州政府発表資料

市や郡レベルでは、州法を上回る最低賃金を設定しているところもある。例えばワシントン州シアトル市は、2020年1月1日に、従業員数500人以上の企業については最低賃金を16ドル39セントに引き上げ(前年からの引き上げ幅:39セント)、州法の13ドル50セントを上回っている。カリフォルニア州マウンテンビュー市とサニーベール市も16ドル5セントに引き上げ(引き上げ幅:それぞれ40セント)、州法の12~13ドルを大きく上回る。ニューヨーク市では、2019年12月31日から、企業規模に関係なく15ドルに引き上げた(注3)。2020年1月1日現在、17の市や郡において最低賃金が15ドルを超えている。

2020年内には24州で最低賃金が引き上げられる見込み

最低賃金を引き上げる動きは、2020年内も続くことが見込まれている。例えば7月には、オレゴン州で11.50~13.25ドル、ネバダ州で8~9ドル、ワシントン特別区で15ドルに、それぞれ引き上げられる予定だ。9月には、コネチカット州でも12ドルに引き上げられることとされている。こうした動きを受けて、2020年全体として、全州の約半数となる合計24州が最低賃金を引き上げる予定だ。米国の労働者支援団体である全米雇用法プロジェクト(NELP)の調査員のヤネット・ラスロップ氏は「2020年は最低賃金を前年から引き上げる州の数が過去最多になるだろう」と述べた(ABCニュース2019年12月31日)。

企業は独自の取り組みで人材確保に対応

最低賃金の引き上げへの対応はもちろん、良質な人材を確保し続けるため、独自の取り組みも進める企業もある。この背景として、好調な米国経済を反映して、2019年の失業率が3.7%と歴史的な低水準で推移しており、従業員の確保が難しくなっていることが挙げられる。小売業最大手のウォルマートは2020年1月24日、試験的に一部の従業員の最低時給を11ドルから12ドルに引き上げると表明した(ブルームバーグ1月24日)。また、小売業大手のターゲットは2020年末までに最低時給を15ドルにするとし、既に2019年6月には13ドルまで引き上げている。

独自の最低時給引き上げ以外にも、教育支援の充実や賞与の提供を通じて、処遇改善につなげる企業もある。企業のプレスリリースによると、ピザチェーンのパパ・ジョンズ・ピザは2019年から、2万人の従業員を対象として学部および大学院のオンライン学位プログラムの授業料の支払いを全額支援することした。こうした取り組みは、マクドナルドやスターバックスでも始められている。また、チポトレ・メキシカン・グリルは、2019年6月から、目標を達成した従業員に対し、最大1カ月分の賞与を追加で支払うプログラムを開始した。

最低時給の引き上げは、従業員の収入増をもたらす一方で、企業のコスト増につながる側面がある。米国内でビジネスを行う企業は、こうした流れに対応しつつ、需給が逼迫する労働市場で質の高い労働力を確保するため、教育支援の充実や賞与の提供などさまざまな取り組みを始めており、今後の動きが注目される。


注1:
ニューヨーク州は2019年12月31日に引き上げ。
注2:
なお、首都のワシントン特別区は14ドル。
注3:
引き上げ前は、従業員数11人以上の企業は15ドル、10人以下の企業は13ドル50セントに定められていた。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査部
菊池 蕗子(きくち ふきこ)
民間企業勤務を経て2019年から現職。進出日系企業の支援事業に携わり、各種情報提供を行っている。