コロナ禍で打撃を受けるエタノール産業(ブラジル)

2020年5月26日

エタノールの需要が大きく低迷

ブラジル食糧供給公社(CONAB)は5月5日、2020/21年度のエタノールの生産予想(第1回)を発表した。この発表によると、当年度中の生産量は約320億リットルで、前年度比10.3%の減産が予想されている。(エタノール原料のサトウキビの収穫年度は、4月から翌年3月。生産予想は年度中に4回発表される。)

全国石油・天然ガス・バイオ燃料監督庁(ANP)の統計によると、3月のエタノール販売量は前月比16.6%減、前年同月比で15.8%減だった。5月7日付ロイターによると、ベント・アルブケルケ鉱山エネルギー相は、新型コロナ感染拡大の影響により「4月のエタノール需要は前年同月比49%低下した」と発言している。ブラジルではエタノールはガソリンの代替燃料として活用されており、新型コロナ感染拡大による外出自粛などで燃料消費が減少していることが主な要因と考えられる。

図1:エタノール生産量予測
2018年から2019年、2019年から2020年、2020年から2021年のブラジルでのエタノール生産予測量を示した図。2018年から2019年は331億4307万4千リットル、2019年から2020年は356億7718万1千リットル、2020年から2021年は319億9018万3千リットル。ブラジル食糧供給公社(CONAB)のデータをもとにジェトロが作成。

出所:ブラジル食糧供給公社(CONAB)を基にジェトロ作成

図2:エタノールの販売量
2018年から2020年までの3年間の、1月から3月までのブラジルでのエタノールの販売量を示した図。2018年1月は13億7700万㎥、2018年2月は12億4300万㎥、2018年3月は13億7300万㎥、2019年1月は18億6000万㎥、2019年2月は17億2900万㎥、2019年3月は17億5600万㎥、2020年1月は19億㎥、2020年2月は17億7300万㎥、2020年3月は14億7800万㎥。ブラジル食糧供給公社(CONAB)のデータをもとにジェトロが作成。

注:ポストでの含水エタノールのみ。
出所:全国石油・天然ガス・バイオ燃料監督庁(ANP)を基にジェトロ作成

需要減と卸価格下落のダブルパンチで、メーカーの対応は

需要減に伴ってエタノールの卸価格も下落している。3月第1週から5月第1週までのエタノールの卸価格は約35%低下した。生産事業者にとっては需要減と価格低下が相まって厳しい状況だ。

図3:エタノールの卸売価格
ブラジルでの2020年1月10日から5月5日までの週ごとの燃料エタノールの1リットルあたり卸売価格の推移を示した図。2020年1月10日は2.07レアル、1月17日は2.07レアル、1月24日は2.06レアル、1月31日は2.09レアル、2月7日は2.11レアル、2月14日は2.12レアル、2月21日は2.13レアル、2月28日は2.14レアル、3月6日は2.11レアル、3月13日は1.94レアル、3月20日は1.67レアル、3月27日は1.51レアル、4月3日は1.30レアル、4月9日は1.40レアル、4月17日は1.45レアル、4月24日は1.30レアル、4月30日は1.33レアル、5月5日は1.38レアル。サンパウロ大学応用経済研究所のデータをもとにジェトロが作成。

注:サンパウロ州、税別。
出所:サンパウロ大学農学部応用経済研究所(CEPEA)を基にジェトロ作成

ブラジルのエタノール生産事業者は、エタノール生産が専業のケースと、砂糖とエタノール両方の生産施設を持つ事業者とに分かれる。後者は需要動向によって生産比率を調整でき、現在多くの生産事業者は砂糖を増産して輸出を増やそうとしている。

その結果、2020/21年度の砂糖の生産量は、3,530万トン(前年度比18.5%増)と予想されている。サトウキビの生産量全体のうち製糖に回されるものは、2018/19年度と2019/20年度で約35%だったが、2020/21年度は42%になるとCONABは予想している。

他方で、専らエタノールを生産する事業者は新型コロナ感染拡大の影響を非常に強く受けている。その中には、ジルマ・ルセフ政権下の2011年~2014年の間に国営石油会社ペトロブラスによるガソリン価格への政治的介入やその後ブラジル国内で長引いた景気低迷によって、コロナ危機前から財務状況が悪化していたメーカーも少なくない。エタノール生産事業者は、ブラジル中部と南部に集積し、現時点で267社ある。そのうちエタノール専業の事業者は80社だ。当地の農業専門紙「カナル・フラル」は、エタノール生産事業者全体の25%が2020年内に倒産する可能性があると報じている。

温室効果ガス削減目標にも影響

エタノールの生産・販売量の減少は、2019年12月に始まったヘノバビオ(Renova Bio)プログラムという温室効果ガス排出削減プログラムに影響を与える可能性がある。

ブラジルは2015年、国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)で締結されたパリ協定に基づき、2025年までに温室効果ガスを2005年比37%削減することを目標としている。その切り札の1つとしてヘノバビオプログラムを2017年に策定し、2019年12月から施行している。

ヘノバビオプログラムは、消費燃料の中のエタノールを含むバイオ燃料の割合を2014年の16.4%から2030年までに18.3%に増やすことによって、温室効果ガスの排出量を減らすことを目的としている。具体的には、バイオ燃料の生産事業者は生産時の温室効果ガス排出削減量を鉱山エネルギー省に申請し、認証を得ることによって「CBios」という証券を取得することができる。その一方で、燃料販売業者(ポスト)に対して化石燃料の販売量に応じた「CBios」の購入を義務付けるという、いわゆる排出権取引だ。

商品価値のある「CBios」を取得したいエタノール生産事業者にとっては、温室効果ガス排出量を削減しながらエタノールを生産することへのインセンティブが働くことになる。ヘノバビオプログラムは、補助金や規制ではなく市場原理によって排出量を減らすことができるという画期的なプログラムと言えよう。2020年4月時点で79のバイオ燃料生産事業者が「CBios」の認証を受けており、200社が申請中だ。

4月28日には、「CBios」がサンパウロ証券取引市場でも取引され始めた。しかし、新型コロナ感染拡大の影響で、ガソリンポスト側からは売り上げ減少による負担を軽減するために、CBiosの購入義務量の減免を求める声が上がっている。温室効果ガス排出削減目標達成の切り札だが、早くも先行きが心配され始めた。

執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所
山本 祐也(やまもと ゆうや)
2000年、通商産業省入省。大臣官房、通商政策局、内閣官房(出向)を経て、2016年から現職(出向)。