ドイツ人ブラウエンジニアが醸造する「小樽ビール」、ロシアをはじめ海外に展開
ロシアCIS地域への輸出に取り組む中小企業と外国人高度人材活用事例

2020年2月13日

日本製のクラフトビールが、海外で人気を博している。国税庁によると、輸出に取り組む地ビール製造業者は年々拡大しており、2017年には49社と全体(251社)の19.5%に達している。ジェトロ内に設置されている日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)も、クラフトビールを重点品目と位置付けている。そのような中で、ロシア、オーストラリア、台湾などへのクラフトビール輸出を手掛けるのが小樽ビール醸造所外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますだ。小樽ビールを立ち上げたドイツ人のヨハネス・ブラウン氏に、立ち上げの経緯や海外展開状況について聞いた(2019年12月3日)。

質問:
企業概要と日本でクラフトビールの製造を始めた経緯について。
答え:
小樽ビール醸造所は、1995年7月に開業したクラフトビール醸造事業者。ハンバーグレストランチェーン「びっくりドンキー」を運営する株式会社アレフ(札幌市)が展開する事業の1つ。従業員数は35人(パートタイマーを含む)。売上高は12億円で、毎年15%程度拡大している。

小樽ビール醸造所のヨハネス・ブラウン醸造・販売ディレクター(ジェトロ撮影)
アレフがビール醸造を始めたきっかけは、45年前にさかのぼる。アレフ創業者の庄司昭夫氏が当時、ドイツ旅行をした際に、街ごとにビールの味が違うことに感動し、日本で展開できないかと考えた。その頃、日本にはブランドはいくつかあったが、種類が少なく、小麦色と黒色のビールしかなかった。ドイツには80種類6,000ものブランドがあり、その種類の豊富さに庄司氏は感銘を受けた。
当時の日本の法律では、ビールは最低年間2,000キロリットルの製造が義務付けられており、気軽にクラフトビールを製造できる環境になかった。その後、1994年に酒税法が改正され、最低生産量が年間60キロリットルに引き下げられた。それに伴い、アレフはクラフトビール製造の開始を決定した。
それで、庄司氏はドイツにおいて、日本で本物のドイツビールを醸造してくれる専門家を探していた。ミュンヘン南部のビール醸造大学に照会し、誰か紹介してほしいと打診した。当時、ビール醸造大学の先生は日本への渡航に興味がなく、教え子であった私を紹介した。
私の家系は、フランクフルト郊外の小さな村で1753年からビール製造に携わっている。私は幼少期からビール作りに触れており、ミュンヘンにあるビール醸造大学に入学。麦芽作り、販売・マーケティングなど醸造所の経営に必要な知識は全て学んだ。5年間在学し、卒業。ドイツにおけるビール醸造の国家資格である「ブラウエンジニア」を取得した。
ドイツでは、ビール醸造に関する国家資格は「ブラウマイスター」と「ブラウエンジニア」の2種類あり、前者は2年間のコースでビール醸造の資格が得られる。一方、後者は5年を要し、ビール醸造だけでなく、醸造設備の設計も勉強する。毎年200人が入学するが、試験が難しいため、卒業はわずか10人程度にとどまっている。
大学卒業後は、ドイツや欧州の醸造所に勤務した。その後、英国のエジンバラ大学で、ウイスキーの製造を研究。ビールとウイスキーでは、原料が同じであるにもかかわらず、異なる飲料となることに関心があったため。修了後、ウイスキー蒸留の免許を取得し、スコットランドのウイスキー蒸留所で3年間働いた。その後、ビール醸造の世界に戻りたくなったタイミングで、アレフによる日本でのビール醸造所立ち上げに関する話がもたらされた。
私が日本への渡航を決心したのには、いくつか理由がある。まず、当時、日本にはビールの種類が少なかったこと。そのため、ビールの味が1つでないことを日本人に分かってもらいたかった。また、ドイツのビール文化、ビールの楽しみ方を日本に広めたかった。ビールは飲むためだけではなく、人と人とをつなぐためのものでもある。情報交換の場でもあるという文化を、日本に紹介したかった。
庄司氏からは、日本人の味覚に合うものではなく、本物のビールをオーガニックで作ってほしい、さらに、50年後でも小樽ビールが持続的に成長できるような長期的観点に立ったビジネスプランで取り組んでほしい、とリクエストされた。庄司氏と意気投合したことが決定打となった。
1994年に来日。まずは、小樽市内の運河沿いにある倉庫を改装し、ドイツ風のビアパブを設営、醸造釜も設置し、1995年7月に醸造所とビアパブが開所した。当時は、需要に対してビール製造量が間に合わず、1日分をすぐに売り切ってしまうため、営業時間は1日わずか2時間だった。このため、大きな工場をつくろうという話になった。
その後、第2工場(銭函醸造所)設営に向け、私が自ら場所(銭函工業団地)を選定し、工場設備も自分で設計して、1999年に稼働させた。醸造設備のほとんどは、ドイツおよび韓国から輸入したもの。瓶は千葉県の事業者から調達している。銭函醸造所の年間生産能力は2,000キロリットル。小樽市内の倉庫の生産容量が200キロリットル。両方合わせるとビール瓶換算では年間700万本に達する。
質問:
「小樽ビール」の特徴とロシアを含む海外展開状況について。
答え:
当社ブランドの「小樽ビール」の特徴は、1516年に制定されたドイツのビール純粋令に基づく伝統的なルールでのクラフトビール醸造を行っていることだ。原料は「麦芽」「ホップ」「酵母」「水」の4つしか用いていない。保存料・安定剤などの添加物を用いていないため、要冷蔵で最大4週間しか保存できない。このため、配送可能範囲は当社から100キロ圏内に限定している。
加えて、全国のびっくりドンキー350店舗に卸している「びっくりドンキービール」のほか、輸出用に常温で1年間保存可能なビールを製造している。現在、全生産量のうち50%は「小樽ビール」、42%は「びっくりドンキービール」、8%が輸出用だ。
輸出先は、オーストラリア、香港、台湾、韓国、ロシア(モスクワとサハリン)などだ。輸出用の場合、長期保存を可能とするために、「小樽ビール」とは製法が異なり、酵母は熱殺菌で処理している。
輸出は5~6年前に開始。最初の海外の取引先はオーストラリア企業だった。ニセコに来たオーストラリア人が当社のビールを飲んで、おいしさに感動し、小樽運河の店と醸造所において、日本から輸出できないかというオファーがあったことがきっかけ。
ロシア向けでは、サハリンの企業と4年前に取引を開始した。現在はサハリン州のホテルやコンビニ、レストランなどで「小樽ビール」が販売・供給されている。加えて、2018年にジェトロの紹介を受け、モスクワの食品・飲料輸入会社を紹介してもらった。この会社とも継続的な取引ができており、取引開始から1年程度だが、20フィートコンテナ1本を最低オーダー量として、すでに3回出荷している。
モスクワの輸入会社向けには、5種類のビールを輸出している。ロシアでの販売に関する認証は、ロシアのパートナー企業が取得しており、ユーラシア経済連合の技術規則にのっとっていることを示す「EACラベル」はロシア側からの要請に基づき、印刷の上、製品1つ1つに貼り付けている。

ロシア向けに輸出している5種類のビール(ジェトロ撮影)
質問:
海外の取引相手はどのように判断しているのか。貴社が設定している取引条件はどのようなものか。
答え:
海外企業からの引き合いは、インターネット経由で寄せられる。インド、ネパール、コロンビアなどから引き合いがあるが、値段が合わずに破談となることが多い。10件のうち1件決まればよい方である。他方、当社に来た相手先は、ほぼ100%成約に至る。醸造所を実際に見学し、ビールを飲み、私と会って、当社の方針を理解してもらうことが重要。メールだけでのやり取りでは成約率が低いため、最近ではメールでオファーがあった際には「まず、当社に1度お越しください。その上で見積もりを出します」と伝えている。
実際に、現在の輸出取引先はすべて一度当社に来ている。これが重要なポイントで、当社の取引条件の1つ。相手にとって訪問という手間がかかることで、信頼関係が構築できる。日本は遠方だから訪問できないという相手は、ビジネスをする気がないと捉えている。加えて、面談の際には、相手の知識、経験、販売場所などについても確認している。これらの点を詰めて話し合うことができる人間かどうかを見ており、当社製品をキチンと販売できる考えを持った人であることが重要と考えている。
当社は20フィートコンテナ単位でしか出荷せず、ケース単位ではオーダーを受け付けない。現地のルールにのっとったラベル作成をはじめとする輸出は、手間がかかるためだ。世界の200種類のビールを販売したい、といった目標を掲げる企業から時々引き合いが寄せられるが、こういったオファーにはそれほど関心はない。コンテナ単位で購入してくれる相手に限定して販売している。
貿易条件はFOB、CIFともに対応が可能。希望次第で柔軟に対応できる。貿易担当者は私自身。 現時点では輸出による売り上げは、全体に占めるシェアが小さいこともあり、サイドビジネスに過ぎない。私が貿易業務を担う理由としては、他の日本人スタッフには小樽ビールを売ることに集中してほしいため。決定権限を有する私が担当することで、スピードが速くなることもメリットである。
質問:
リスク管理はどのようにしているか。
答え:
輸出にあたっては、前払い100%を条件としている。前払金を受け取るまでは出荷をしない。
当社のビールを本当においしいと思っている人は、本条件について不平を言わないと考えているためだ。また、輸出前に、それぞれの出荷先で求められる基準をクリアする検査を実施している。後でトラブルにならないようにするためだ。
原料費上昇リスクについては、当社はドイツの農家と直接契約を結んでおり、豊作、不作にかかわらず、麦芽とホップを取り決めた値段で購入している。契約農家は5カ所で20年以上の付き合い。原料買取金額を事前に決めることで、お互いに安定的な生産計画を立てることができる。
もちろん、市場価格が上昇することもある。米国でバイオエタノール生産が盛り上がった際には、麦芽の価格が3倍に高騰した。ホップは一昨年、昨年と不作だったため、値段が上昇している。このため、ホップを2年分購入するなどしている。麦芽は年間600トン調達しているが、保管場所がないため、毎週コンテナ1本ずつ輸入している。
原材料の輸入を行っているので、輸出担当者の気持ちも分かる。海外の取引先から、ビールの輸入にあたって、現地の税関から追加文書・情報の提出要求があり、当社に支援要請があった際には、1時間以内に対応している。通関で滞留するストレスを、取引相手先にかけたくない。自分が貿易を担当していることもあり、取引相手が焦っている気持ちが、痛いほど分かるためだ。
執筆者紹介
海外調査部欧州ロシアCIS課 リサーチ・マネージャー
齋藤 寛(さいとう ひろし)
2007年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ジェトロ神戸、ジェトロ・モスクワ事務所を経て、2019年2月から現職。編著「ロシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2012年7月発行)を上梓。