日本光電工業がドバイに製造拠点設立へ(アラブ首長国連邦)
コロナ禍への対応と、中東アフリカ市場へ踏み込むカギを聞く

2020年8月31日

医療機器製造大手の日本光電工業(本社:東京都新宿区)は、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに本格的な製造拠点を設立する。中東アフリカ地域への製品供給の強化を目指す取り組みだ。一方で同社は、すでに中東アフリカ市場で多国展開している。戦略的ビジネス拠点としてドバイをどう捉え、当地域でのビジネス成功のカギはどこにあると考えているのか。新型コロナウイルス感染症が拡大する中での医療機器市場の現状とあわせ、日本光電ミドルイースト社長の那須友彦氏に話を聞いた(2020年7月26日)。


日本光電工業ドバイ工場の外観(日本光電工業提供)

中東アフリカ地域に販売網の拡充

日本光電工業は、中東アフリカの各地域に、製品の特性に合わせて販売代理店を置き、中東のほぼ全ての国とアフリカも過半数に販売網を持っている。ドバイに営業と物流のハブとして統括拠点を置き、代理店とのコミュニケーションを行っている。また、2017年にはケニアにもマーケティング・オフィスを設置し、代理店や医療従事者へのトレーニングも実施している。

当該地域における主力製品は、患者の心電図・心拍数、血圧、体温、SpO2(酸素飽和度)などを継続的に測定する「生体情報モニタ」、血球計数機(IVD)、除細動器だ。駐在員事務所だったドバイ拠点は、2012年にフリーゾーン企業として格上げした。それ以降、地域全体の売り上げは大幅に増加した。中東と北アフリカ地域は重要拠点として対応する一方、ヨルダンやレバノンなどのレバント、南アフリカ共和国(以下、南ア)でのビジネス拡大も視野に活動を進めている。

「営業」のみならず「製造」拠点としてのドバイ

ドバイを中東アフリカ地域の営業拠点とする日系企業は多い。どの企業にも共通する利点としては、治安の良さ、整備されたインフラ、税制上のメリットなどが挙げられる。中東最大の物流ハブであるジュベル・アリ港の存在や、航空路線が整備され南アやモロッコなどにも8時間以内で移動できる点も、大きな強みだ。加えて、那須氏は、人材の豊富さを強調する。ビジネスハブであるドバイは、国籍や職種の面で、多様で優秀な人材を集められる。優秀さに加えて、「各国からチャンスを求めてドバイを目指してくるため、ハングリー精神も備えている」という。

また、同社はドバイ空港フリーゾーン(DAFZA)内に、血球計数機(IVD)試薬の製造拠点を設立する。すでに一部の生産ラインは完成し、テスト生産を始めている。2020年度中に本格稼働の予定だ。もともとイタリア・フィレンツェの工場で製造していた試薬を中東アフリカ地域に供給していたが、ドバイ新工場の設立により、需要拡大に迅速かつ柔軟に対応し、高品質の純正試薬をタイムリーに安定供給できる生産体制を構築する計画だ。

日系企業が中東アフリカ地域全土への供給を見据え、ドバイに製造拠点を設置する事例は珍しい。しかし那須氏は、「ドバイで製造するメリットは多い」と指摘する。1つは物流のコストとスピードだ。市場に近く、空海ともに貨物便が多いドバイから直接輸送できるため、物流コストは大きく軽減される。また、中東域内ではトラック輸送できる地域もあり、タイムリーな製品供給が実現する。法人税が課されないなどのUAEの税制や、フリーゾーン企業に対する出資や雇用に関する規制軽減などのメリットも大きい。試薬液の大きな割合を占める水のコストや、人件費も欧州に比べれば安いという。雇用に関しても、製造管理に関する知識や経験を持った人物から工場の労働者まで、多種多様な人材確保が容易だ。また、各国試薬工場は本社富岡工場と連携を取り合っており、どの地域であっても高品質の試薬を生産、最終的にエンドユーザーに安心して同社の純正試薬を使用してもらうことができる。

ローカル人材を活用し、地域の特色に合った戦略を

中東アフリカ市場でのビジネス成功のカギは、各地域の特色を把握し、それぞれに合わせた戦略や営業アプローチをとることだ。「現地情報を入手していくことがなにより重要。ローカル人材を積極的に活用し、現場を任せる方針をとっている」と那須氏は話す。実際にドバイ拠点で働く社員は、17の国籍から構成されるコスモポリタンな職場となっている。各国の代理店を選定する際も、展示会や現地への出張機会を通じて、現地人の意見を聴取する。具体的な手法としては、「代理店トップ5を教えてもらう」ことと、「病院で聞き取り調査を行う」ことだ。地道だが、確実な情報を取得する手段であり、どのビジネスにも通じる手法だ。加えて、「代理店任せにせず、自社が積極的に関与していくことも重要」であると話す。全体的に大きな代理店が存在せず、信用力、資金力も高いとはいえない。購買者となるエンドユーザーは、代理店と話しても、製品や代理店の信用そのものに確信が持てないことがある。そこで、自社自身が展示会や学会などの機会を利用して、エンドユーザーにアプローチし、信用を確立していく活動も必要だ。

コロナ禍で需要増も、下半期以降の揺り戻しに懸念

新型コロナウイルスの世界的感染拡大により、とりわけ中東で、医療機器市場が大きく変化しているという。例えば、生体情報モニタと人工呼吸器の引き合いが、急速に増えた。このため、生産能力を上げて対応している。また、サウジアラビアをはじめ中東各国は、医療機器向け予算の大半をコロナ禍対策に回す。調達にあたっては、短納期で供給できる企業が優先される傾向があるようだ。しかし、短期的に大量調達を実施している裏返しとして、中期的にはモニタや呼吸器が供給過多となる一方で、次第に需要は落ち込む可能性がある。また、原油価格の低迷から、国によっては政府の代金支払いが滞ることも予想できる。結果、資金難に陥る代理店が出てくる可能性もある。

アフリカは、現時点では感染が拡大している南アを除けば、それほど引き合いが増えていない。需要は、今後の感染拡大の状況に左右される。見通すのは難しい。

「今後発生が見込まれる需要に対応できるように準備をすることと、納入と同時にトレーニングなどの教育を並行して実施し、顧客の製品がきちんと動くようサポートしていくことも欠かせないと考えている」と那須氏は語る。短納期で納入された製品の中には故障しやすいものもあり、また代理店やエンドユーザーへのトレーニングも十分ではないという。こうした緊急時だからこそ、確実に機器が動く環境をつくれるよう納入先に手厚いケアを行い、信頼感を強めることが、今後のビジネスにつながる糸口になる。

執筆者紹介
ジェトロ・ドバイ事務所
山村 千晴(やまむら ちはる)
2013年、ジェトロ入構。本部、ジェトロ岡山、ジェトロ・ラゴス事務所を経て、2019年12月から現職。執筆書籍に「飛躍するアフリカ!-イノベーションとスタートアップの最新動向」(部分執筆、ジェトロ、2020年)。