ボルソナーロ大統領の新型コロナ対応を探る(ブラジル)

2020年5月13日

ブラジルは4月から、新型コロナの急速な感染拡大期に入った(最新値外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。そうした中、ジャイール・ボルソナーロ大統領が新型コロナウイルスを「単なる風邪だ」と発言し、パン屋を訪問して支持者と写真撮影する姿がメディアで放映された。一見して人命軽視や危機感のなさに映る大統領の行動は、当初、国民から批判を浴びメディアの格好の標的となった。しかし、毎週末に行う商店への訪問を一向にやめようとしない。一体なぜ、大統領は批判を受けても止めようとしないのか。

その背景には、ブラジル社会を二分する大きな意見対立がある。ブラジル全土では現在、ロックダウンは行っておらず、制限措置の内容は各州知事の判断にゆだねられている。ブラジル保健省は、自宅に待機して外部との距離を取るよう要請している。感染拡大が深刻化するサンパウロ州では、同州全域の645自治体において検疫措置(感染拡大防止措置)を実施しており、同措置により、食糧やライフラインの供給、銀行、医療、清掃、治安など生活に必要不可欠な商業・サービス以外の全ての施設が強制的に閉鎖されている。しかし、人の移動については制限されていない。サンパウロ州など経済規模の大きな州の州知事は、さらなる規制強化の必要性を訴え、現在の措置で効果がない場合はさらに強制的な措置を講ずることも辞さない構えをみせている。

対して、ボルソナーロ大統領は柔軟な措置を推奨している。重症化リスクの高い高齢者などだけに限定して、行動を制限する措置を主張しているのだ。そのため、より厳しい経済・社会活動の制限措置を推奨する医師のエンリケ・マンデッタ前保健相と激しく対立。大統領は4月16日、マンデッタ氏を解任した。

世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は、保健相解任について具体的なコメントは避けたが、一部の国が各種規制を緩和していることを承知した上で「WHOは制限解除を望んでいる」と語った。しかし事務局長は同時に、緩和が感染再開につながる可能性を警告し、各国政府が措置を緩和する際は十分な医療・公衆衛生サービスを整備する必要性を指摘している。

ブラジル司法界は大統領の主張に一定の理解

ブラジルの司法は、ボルソナーロ大統領の主張に対して、一定の理解を示している。連邦最高裁判所(STF)のアレシャンドレ・デ・モラエス判事は4月8日、「国家は州政府・自治体による制限に関する決定を覆すことはできない」との判断を下した。一方で、「商業活動が停止されていることで社会不安を引き起こしている」と警告した。「連邦政府の措置は保健省とWHO指針を順守している」と述べている。

アンドレ・メンドンサ連邦検事総長(AGU)(当時)は4月11日、「州政府と自治体による制限措置に対して市民や企業が提起する訴訟の権利を評価する」と発表した。メンドンサ氏は、訴訟の目的は民主的秩序を保証することで、制限措置は憲法で規定されていなければならないとした。その上で、「保健省と保健省傘下の国家衛生監督庁(ANVISA)が採用した法的根拠のない制限措置は虐待で、市民や企業が同措置に対して訴訟を起こすことにつながる」と警告している。さらに、「制限措置は抑圧的、権威主義的、恣意(しい)的ではなく、予防的かつ教育的でなければならない」とも述べた。メンドンサ氏の発表は、「外出禁止の割合が最低目標の60%に達しなかった場合、罰金や禁固刑を科す」と発表したサンパウロ州のジョアン・ドリア州知事の発言など、自治体による強制措置容認論を牽制するものだ。

ボルソナーロ大統領の真意は

主要州の知事や保健相と対立しながらも、ボルソナーロ大統領が主張したいことはなんだろうか。ブラジル国営メディア(EBC)によると、大統領は4月12日に以下のメッセージを発信している。この主張は、サンパウロ州における商業施設の閉鎖措置など、各自治体による検疫措置が始まった3月中下旬から一貫している。

  • ブラジルは国民1人1人が現実に備えるためパニックにならず、「本当に起こっていること」を把握する必要がある。
  • 新型コロナ感染が流行する中でも、国民は自由を必要とする。
  • 多くの商業施設閉鎖といった社会活動制限措置に伴う経済的損失を懸念する。とりわけ観光業やレストラン部門などは甚大な損失を被っている。
  • 州政府・各都市が現在実施している社会活動制限措置を終了して、高齢者や慢性疾患などのリスクがある人に限定した外出禁止措置を講ずる。40歳未満の若者や健康な成人は、通常通り仕事をする。

財政出動による経済対策だけでは限界

また、ボルソナーロ大統領は、財政赤字の大幅な増加を覚悟で、経済対策を講じている。連邦政府は、新型コロナの感染拡大防止措置の導入に伴い、以下を発表している。

  • 中小零細企業への融資や課税停止などによる雇用維持
  • 弱者への資金提供・救済
  • 医療資材調達や体制の強化
  • 観光、航空など影響の大きい特定産業へのつなぎ融資などを目的とした緊急経済対策実施

中でも、目玉は中小零細企業への融資や企業の雇用維持と、低所得者への資金提供・救済だ。低所得者救済策は、3カ月間にわたり1人当たり月額600レアル(約1万2,000円、1レアル=約20円)を支給するもの。専用の携帯アプリなどを使った支給対象者の登録が進み、4月13日現在、5,400万人中3,400万人の登録が終了している。

緊急経済対策は、総事業費で1兆1,168億レアル(約22兆7,000億円)、財政支出額は3,070億レアル(約6兆2,000億円)に及び、2020年の公的部門プライマリー収支の赤字額はGDP比1.65%から4.14%に上昇する、と中央銀行は予想する。同水準は、左派政権末期に2年連続GDPマイナス成長が続いた2016年の2.48%を上回り、中銀が2001年12月に統計を開始して以来、過去最悪となる。

連邦政府としては財政悪化を覚悟で打つべき手は打っており、これ以上の財政支出は厳しい。これが、ボルソナーロ大統領が制限措置の緩和を主張する理由の1つだ。ボルソナーロ大統領は2020年4月9日、「国家の活動が3〜4カ月以内に正常化しないと経済シナリオは混乱する」と述べている。新型コロナとの闘いで多額の財政出動をしており、「川にかかる橋が崩壊寸前だ」とも強調した。

ボルソナーロへの投票を後悔した人は全体の17%に過ぎず

ブラジル国民は当初、支持者などと積極的に握手を交わしセルフィ―写真を撮影するボルソナーロ大統領の行動を批判し、夕食時に鍋をたたいて抗議する姿勢を示す「パネラッソ」を行っていた。パネラッソは、大統領のこのような行動が報道された3月17日に始まり、4月16 日まで断続的に続いていた。しかし、州政府による厳格な措置に反対するデモが4月11日、12日、18日に発生。デモ参加者は「我々は働きたい」と訴え、逆に、制限措置を継続し、場合によってはより厳格な措置を辞さない構えのドリア・サンパウロ州知事の辞任を求めている。

4月1~3日に実施された世論調査ダータ・フォーリャによると、2018年の大統領選挙の決選投票でボルソナーロ大統領に投票した有権者を対象とした問い「ボルソナーロ氏への投票を後悔しているか」に「はい」と答えた人は、17%に過ぎなかった。これに対し、「いいえ」が83%に及ぶ。さらに、新型コロナ対応に関する大統領のパフォーマンスについては、「非常に良い」「良い」が33%、「普通」 25%、「悪い」「非常に悪い」39%となった。逆に、「ボルソナーロ氏への投票を後悔しているか」で「はい」と答えた人への新型コロナ対応に関する大統領の評価は、「非常に良い」「良い」10%、「普通」24%、「悪い」「非常に悪い」63%となっている。

働く自由と私有財産は「守るべき神聖なもの」

そもそも、ボルソナーロ大統領は2018年大統領選で有権者に何を公約していたのか。選挙管理委員会に提出された「繁栄への道」と題する政策提言書PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.78MB) では、「自由なブラジル」と題し、冒頭において目指すべき政府の在り方を示している。

「我々は倫理的、道徳的、財政的危機に陥った過去の政府とは異なり、適切な政府を提案する。具体的には、以下の4つだ。

  • ギブアンドテイクや偽りのない政府
  • ブラジル国家とブラジル人に献身的な人々による政府
  • 皆の希望と人生で何かを成し遂げるために働く市民に対応する政府
  • ブラジル国家を真の所有者であるブラジル人に戻す政府 そして、最も大事な選挙公約として、「人生の果実は神聖なもの!」と題して以下を訴えている。
  • ブラジルは多様な意見、多様な肌の色、多様な志向を持つ国。人々は自由に自分の人生を選択し、その選択で果実を生まなければならない。
  • 国は他人の生活の本質的な側面に干渉しないことを条件とする。
  • 人生の選択で生まれた果実は、自由な経済活動で正直に真面目に働いて生まれた場合、名前がある:私有財産!あなたの携帯電話、時計、預金、家、バイク、車、土地はあなたの人生の選択と仕事で築き上げた果実だ!これらは神聖なもので、いかなる者も盗難、侵入、収用できない。
  • 我々の感情的な選択の果実にも名前がある:家族!それが何であれ神聖なもので、国家は我々の生活に干渉してはならない。

働く自由を奪われた有権者の悲痛な叫び

このボルソナーロ大統領の公約を、2018年の大統領選で支持した有権者は誰か。それは、過去の労働者党左派政権の支持母体である労働組合組織でも、過去の政権と癒着した企業家でもなく、露天商、職人、商店主、個人運送業、家政婦、家族経営農家、農園主、農家、企業家、実業家らだ。ファベーラと呼ばれる貧民街に住む人から富を築いた人までさまざまで、共通したキーワードは「働くこと」。ハングリー精神を有し、さまざまな人生の夢の実現、家族を養うために働く人々である。その歴史的な原点は、多くがキリスト教を信仰する移民開拓者(エバンジェリカと呼ばれるキリスト教福音派の人々も、その一部)に求められる。ボルソナーロ政権の主要閣僚は、(1)キリスト教福音派、(2)軍人、(3)自由主義経済を唱える知識人、(4)汚職撲滅・治安専門家、(5)族議員で構成されており、大統領の中心的な支持基盤はキリスト教福音派と自由主義政治思想によるイデオロギーグループとなっている。

新型コロナ感染拡大防止のために自治体が課している措置は、国民の働く権利、人生の夢、生活を奪ってしまうという側面がある。大統領公邸前には、ボルソナーロ大統領の出勤や帰宅時に多くの支持者やマスコミ関係者が訪れる。大統領は、その直訴に一つ一つ耳を傾け応えている。中には、「今まで十数年築き上げて来た商売が崩れる」「働くことができず娘たちの生活を支えられない」と涙ながらに訴える人々がいる。

ボルソナーロ大統領は諦めない

大統領は、2019年のクリスマス前と2020年4月の第2週に演説を行った。2018年の大統選挙遊説中に腹部を刺される事件に巻き込まれながらも当選を果たしたわけだが、大統領選で公約した国民の働く権利、生活を守る活動をやめてはいない。大統領の年齢は65歳。商店への訪問は、死のリスクを覚悟した訪問とも言えるだろう。

大統領が提案するのは、高齢者や慢性疾患などのリスクがある人に限定した措置だ。新型コロナ感染が拡大する中でも国民の働く権利、そして人生の夢と暮らしを守るというのが、その狙いなのである。

ブラジルから日本に一時帰国した私の友人は、新型コロナの感染対策をめぐり、大統領の発言や行動に関する報道をみて複数の人からボルソナーロ大統領の動向について心配されたそうだ。大統領の行動が正しいか否かは今後、証明されることになるだろうが、大統領の行動は、有権者と約束した働く自由と生活を守るためのものであり、国民の一定の理解を得ていることを強調したい。

執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所長
大久保 敦(おおくぼ あつし)
1987年、ジェトロ入構。ジェトロ・サンパウロ事務所調査担当(1994~1998年)、ジェトロ・サンティアゴ事務所長(2002~2008年)等を経て、2015年10月より現職。同年10月からブラジル日本商工会議所理事・企画戦略委員長、2017年1月から同副会頭。