大連市の高齢者向け小規模多機能型施設に日系3社も参入(中国)
業界の規範化など、さらなる政策措置が必要

2020年4月7日

中国政府は高齢化対策として、在宅や社区などのコミュニティーにおける高齢者向けサービスの整備を進めている。2016年から2020年にかけて国内で203カ所のモデル地域を選定し、それら施設での取り組みにより優れたモデルを模索し、最終的に全国での普及を図る狙いだ。大連市では、コミュニティーの高齢者向けサービス普及の一環として、日系を含む民間企業に委託するかたちで、小規模多機能型施設の整備を進めているが、課題も少なくない。参入企業の安定した運営を保証するためには、業界の規範化など現地政府によるさらなる政策措置が求められる。

高齢化対策として在宅・社区高齢者向けサービスを重視

中国の65歳以上の高齢者数は2019年末現在、1億7,603万人で、高齢化率は12.6%となっている。高齢化が急速に進展しており、中央政府は対策として高齢者向けサービス業の整備・発展を非常に重視している。

2011年ごろから今後の高齢者向けサービスの形態として、在宅介護をメインに、それを補完する役割として社区などのコミュニティーや高齢者施設を活用する方針を明確化している。北京市ではこれを「9064」モデル、上海市などでは「9073」モデルと呼び、高齢者の90%を在宅(訪問介護など)、6%(7%)を社区(デイサービスやショートステイなど)、4%(3%)を高齢者施設(老人ホームなど)でケアするという方針だ。

前述の方針を明確化するまで、中国各地で注力されてきたのは主に高齢者施設の整備だった。在宅や社区での高齢者向けサービス重視に方針転換した背景には、高齢者が住み慣れた家を離れたがらない思いが依然として根強いほか、急増する高齢者を施設だけでケアしていくには限界があると中央政府が判断したためだ。

203カ所のモデル都市で先行的な取り組み

国務院民政部などは2016年7月、中央政府が補助金を充てて各地の在宅や社区の高齢者向けサービスを整備していく方針を発表した(注1)。モデル都市(直轄市では「区」)を選定し、各都市(区)での先行的な取り組みを通じ、他地域でも普及可能なモデルを模索、最終的に全国での普及を図る狙いだ。2016年11月に1回目のモデル都市(区)として26カ所が選定されて以降、これまで5回にわたって計203カ所が選定され、31の省・市・自治区に分布している(表参照)。

表:在宅・社区高齢者向けサービス改革モデル都市(区)
回数 公表時期 選定都市(区)の数
(省・市・自治区の数)
第1回 2016年11月 26(20)
第2回 2017年11月 28(17)
第3回 2018年5月 36(22)
第4回 2019年8月 54(30)
第5回 2020年2月 59(30)
合計 203(31)

注:新疆ウイグル自治区については、同自治区と新疆生産建設兵団に分けて発表されているが、ここでは新疆ウイグル自治区として合算。
出所:民政部の発表を基にジェトロ作成

選定されたモデル都市(区)に対しては、当該地方政府が主体となって実施策を制定、政府による外部サービスの購入、公設民営(政府が設置、企業が運営)、民設公助(企業が設置・運営、政府が補助)などのかたちで民間企業の参入を促すことを求めた。また、中央政府が投入する補助金のほか、地方政府も参入手続きや金融、財政、税金、土地などの面で優遇策を講じるべきとした。

重点的に取り組む分野としては、運営主体となる民間企業の育成、老人ホームによる在宅・社区サービスの展開、IT技術の活用、人材の育成、サービス基準の標準化などの制度面の整備、医療と高齢者向けサービスの融合、独居老人や要介護者向けのサービス拡充などが挙げられた。

大連市では民間のノウハウ導入で小規模多機能型施設の普及促進

東北3省では、遼寧省で9都市、吉林省と黒龍江省でそれぞれ6都市がモデル都市として選定されている。うち、東北3省で高齢化率や所得水準が最も高く、日本の高齢者産業との交流が多い大連市の取り組みは、とりわけ日本企業から注目されている。

大連市は2017年11月、在宅・社区高齢者向けサービス改革モデル都市に選定された。主な取り組みとして、2018年に市内全域で50カ所の小規模多機能型施設を整備している。さらに、2019年と2020年にもそれぞれ15カ所ずつ小規模多機能型施設を整備するとしたが、2019年の施設整備の状況は明らかにされていない。

2018年に整備した50カ所の施設の運営に当たっては、中央政府の方針に基づき民間企業の活用を図るため、全て民間企業に運営を委託している。地元企業が中心に参入しているが、日系企業も3社(AYA医療福祉グループ、元気村グループ、ロングライフ)が参入している(注2)。中国に進出している日系介護サービス企業のうち、在宅・社区高齢者向けサービス分野の政府事業を受託しているのは大連市のこの3社のみとなる。

各施設では必須のサービスとしてショートステイ・ロングステイ、入浴、リハビリ、レクリエーションサービスを提供することが求められている。日本の小規模多機能施設と大きく異なる点はロングステイが可能なところだ。

家賃の負担減の半面、収益性の確保に課題も

この事業の最大のメリットは、家賃の負担がないか少ない点だ。「公設民営」の場合は政府が無料で建物の提供(注3)、「民設公助」の場合は運営企業が建物を借り、政府が家賃の補助を行っており、参入企業にとっては負担が大きく軽減される。通常の受託契約期間は5年間となる。

一方で、施設運営を行う企業にとっての主な課題として、収益性の確保、政府との付き合い、中国側パートナーの選定の3点がある。

(1)収益性の確保

施設の主な収入源は、ショートステイやロングステイの入居費、デイサービス費、訪問介護サービス費となるが、現状ではデイサービスや訪問介護は利用者が少なく、収益が確保できていない。

デイサービスや訪問介護の利用が進まない要因として、利用者の金銭的負担が大きい点がある。大連市では介護保険がない(注4)ため、利用費は全て自己負担となっている。高齢者は主に年金や退職金に頼って生活しており、サービスの質よりも価格を重視する高齢者が多いのが現状だ。高齢者本人やその家族により、デイサービスや訪問介護は効果が少ない、もしくは家政婦の利用や老人ホームへの入居の方が経済的と判断された場合には、そちらに利用者が流れてしまう。

さらに、デイサービスに対しては、健常者が余暇を過ごす無料施設との先入観を持っている層が多く、昼食や入浴サービスのみを利用する利用者はいるものの、要介護の高齢者を1日中施設に預ける習慣はまだ根付いていない。

結果的に、主にロングステイの入居費を収益の柱とせざるを得ないのが現状だが、こちらも課題がある。これらの施設は住宅区域に隣接しており、限られた土地から抽出した物件であるため、規模が大きくなく、設置可能なベッド数に制限がある点だ。10~20床が大半で、10床以下の施設も散見される。日系施設の関係者によると、20床でやっと採算が取れるため、ロングステイの入居費だけで収益を確保するのは非常に厳しいという。

(2)政府との関係

政府事業の受託となるため、政府との関係も重要となる。大連市の場合、事業を進める年間の流れとしては、前年末か年初に施設設置件数を確定後、春から夏にかけて立地の選定、秋ごろまでに受託企業の選定、年末に施設の開設という運びとなる。

中心的な役割を担うのは、街道弁事所(注5)と、同街道を管轄する各区の民政局となる。受託事業の詳細は通常公表されておらず、立地の選定を含む具体的な要件はこれらの部署から情報収集する必要がある。

受託後には内装や開設に向けたもろもろの行政手続き、開設後には政府による視察など、行政との付き合いは多い。政府としては、企業に補助金を出して民生事業を委託しているとの思いが強いため、周辺住民向けに低料金での食事サービスなどを求める場合が多く、その対応にも労力がかかる。

そのため、中国の事情に詳しくない、または政府との交渉にたけた中国人材がいない日本企業にとっては、参入のハードルが高い事業といえる。

(3)中国側パートナーの選定

政府事業の受託に向けて、現地政府とのコネクションが強い中国企業のほうが有利と言える。中には、運営ノウハウが乏しく、この分野で進んでいる日本企業と連携して受託を希望する中国企業もある。

その際に注意すべきところは、連携を進める前に、双方の事業に対する理念と今後の計画について合致しているかを綿密に確認した上で、双方の役割分担、意見の相違が生じた場合の対処策などを書面で明確に定めておくことだ。

また、中国側パートナーとの対等な目線も必要となる。日本のやり方をそのまま中国側パートナーに押し付けるのではなく、現地の事情に合わせて適宜調整する柔軟性や、中国側パートナーといかにウィンウィンの関係を築くかといった心構えも、事業を円滑に運営していく上で重要だ。

日系各社は認知症向けサービスなどで差別化を

大連市の日系介護施設においても、上述のとおり、デイサービスや訪問介護サービスの利用者が少ない問題に直面しているが、ロングステイでは、認知症の高齢者や要介護者向けのきめ細かいサービスが評価されており、入居者が徐々に増えつつある。

しかし、日本式介護サービスに対する利用者側の理解には課題もある。日系介護施設によると、「日本式介護とは高級なサービスなのか」と聞かれることが多いという。従って、「自立支援」「尊厳の保持」「きめ細かい介護計画」などの日本式介護サービスの特徴や、家政婦サービスとの違いなどについて、現地の住民に理解してもらう取り組みも必要となる。かつ、日系介護施設の主なターゲット層が要介護度の高い高齢者であることを考えると、高齢者本人よりも、その家族向けに日本式介護サービスの紹介を行うことがより効果的だろう。

業界の規範化が急務、各地で続く試行錯誤

大連市以外の地域で在宅・社区高齢者向けサービスを展開している企業に確認したところ、他地域でも大連市と同様に、施設運営には課題も少なくないという。成功モデルを確立した企業はまだ依然として非常に少ないと言える。中央政府もまだ特定の都市の取り組みを全国的に標準化できておらず、しばらく各地域の取り組みを見ていくとみられる。

中央政府が2019年に発表した関連の政策(注6)でも、在宅・社区高齢者向けサービスを拡充していく方針が明確になっており、今後も関連の取り組みは強化されていく見込みだ。中央政府の大きな方針の下で、地方政府が現地の事情に合わせて試行錯誤していく構図は当面続くだろう。

大連市の介護施設が主要会員となっている大連養老福利協会は2019年、同市の在宅・社区高齢者向けサービスの業界で直面している問題について、同市民政局に報告しており、解決策も提案している。そのうち最も注目すべきものは、「業界の規範化」に関する提案だ。施設を管轄する組織や利用対象者が明確になっておらず、運営企業各社が独自で奮闘している現状を打破するためには、在宅・社区高齢者向けサービスの利用対象者を明確に決め、業界を管轄する統一の組織の下で、利用者の健康状態や利用資格の有無に関する評価方法、利用者への補助の基準、施設のサービスの基準などについて標準化すべきと提案した。このような提案が着実に政策に反映されていくか、今後の大連市の動向に引き続き注目したい。


注1:
中央財政で在宅・社区高齢者向けサービス改革モデル拠点の整備を支援することに関する通知外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」(民函[2016]200号)
注2:
AYA医療福祉グループと元気村グループは独資、ロングライフは地元日系企業との合弁で参入。
注3:
内装付きの物件もあるが、大半はスケルトン(内装なし)の状態で、参入企業自ら内装を施すことが多い。
注4:
2016年に中国国内で15都市が長期介護保険制度の導入に向けた試行都市に指定されているが、大連市は含まれていない。
注5:
「街道」は区の下にある、日本の「町」に相当する単位。街道弁事所は各街道に置かれた区の出先機関。
注6:
高齢者向けサービスの供給を一層拡大し、高齢者向けサービスの消費促進に関する実施意見外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」(民発[2019]88号)
執筆者紹介
ジェトロ・大連事務所
呉 冬梅(ご とうばい)
2006年から、ジェトロ・大連事務所に勤務。経済情報部を経て、現在はヘルスケアなど各種事業を担当。