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スイス農業、環境保護と高付加価値化を追求

2020年9月11日

スイスは、山岳地域が多く農牧適地が少ない。そのため、斜面・山岳地での放牧やワイン生産に加え、有機農業による高付加価値化が進んでいる。2018年度の生産額は、41億2,000万スイス・フラン(約4500億円、CHF、1CHF=約110円)。農業従事者は15万人にのぼる。一方で、高齢化や零細農家が多いことなど日本との共通点も多い(表1参照)。スイスの国全体のGDPが6,895億4,500万CHF(2018年)なので、農業が占める割合は0.6%になる。日本の1%(2018年)よりもさらに小さいわけだ。食料自給率も59%(2018年)で、日本の66%より低い。このように、スイス経済における農業の割合は高くはない。にもかかわらず、自国の農業に対する国民の関心は高い。年4回行われる国民投票で毎回と言っていいほど農業関連の議題があがることも、その証左だ。

スイスでは、保守的な国民性もあり、農業の効率化などの改革に対する抵抗感が根強い。そのような中、2020年2月、連邦経済教育研究省農業局(FOAG)が、2022年からの4年間にわたる新たな農業政策(PA22+)を発表した。

本稿では、スイスの農業政策の概要と農業の高付加価値化を担う有機農業の方向性について述べる。

表1:農業従事者数の推移(単位:人、%)(△はマイナス値)
属性 性別 労働者数
2000年
労働者数
2017年
労働者数
2018年
増減比
2000 – 2018年
家族経営 男性 101,685 74,712 73,523 △27%
女性 64,292 45 162 44,274 △31%
小計 165,977 119,874 117,797 △29%
その他 男性 27,476 23,035 23,558 △14%
女性 10,340 10 955 11,087 7%
小計 37,816 33 990 34,645 △9%
労働者数 合計 203,793 153,864 152,442 △25%

出所:連邦統計局

景観維持、生物多様性、動物愛護にも配慮

スイスの農業の特徴として、まずあげられるのが景観維持だ。1996年に全面改正された憲法では、第104条(農業)で、食料安全供給の保障と並んで、自然資源の保護と農村の景観維持、地方分散化への寄与が掲げられた。あわせて、政府は必要な支援を行うことが規定されている。また、生物多様性の確保は、豊かな自然があってこそ実現可能だ。そのため、生産基盤の維持という観点だけでなく、景観の維持や生物多様性確保のための生態系維持が重視される。それらの面から、農業技術の研究開発に加え、農業生産者への直接支払いによる耕作地の維持支援などが行われている。

農作物に対する輸出補助金や輸入関税は、WTOとの関係で国際的に認められにくくなってきた。直接支払いとして現在も認められている農業生産者への補助金制度は、目的別に7種類ある。それら各プログラムの支出内訳は、以下のとおりだ(表2参照)。

表2:農家直接払い制度(単位:百万フラン)(△はマイナス値、-は値なし)
費目 2016年 2017年 2018年 2019年
耕作地確保 507 523 522 530
食料安定供給 1,091 1,086 1,084 1,085
生物多様性維持 400 414 411 413
景観保護 142 145 146 150
生産システム維持 458 467 477 475
資源利用効率化 25 28 35 88
水資源・持続性 12 18 22
転作・有機移行支援 162 129 114 74
その他 △ 4 △ 4 △ 6
合計 2,792 2,806 2,805 2,815

このほか特徴としてあげられるのは、世界でも先進的な動物愛護国であることだ。スイスで残虐な家畜の殺戮を禁止することが規定されたのは、19世紀に遡る。1973年、憲法に「動物の保護及び健康」のための立法を命じる条項が加えられた。さらに、2004年に「動物の保護」の国民発議(Initiative)が提案されたことを契機として、動物愛護法が制定された。この法律では、動物(脊椎動物と甲殻類)を不適切に痛みや苦痛、危害、恐怖にさらさないという考え方が取られる。それを基に、牛や豚のケージでの畜養の禁止、畜養条件の指定(例えば、牛1頭あたり2平方メートルの面積確保、子牛は1箇所あたり300頭まで)、しっぽや隠れ指の不要な切断禁止などが盛り込まれた。近年の話題としては、2018年に動物愛護法政令改正により、ロブスターやエビなどを生きたまま、ゆでることが禁止され、殺す前に気絶させることなどがレストランに義務付けられた。また、2020年1月からは、鶏卵からかえった雄のひよこ(飼育に適さないとされている)を生きたまま裁断して殺処分することが禁止された。これらの規定は「スイスならでは」といえよう。また、他の牛や人間を傷つけないよう、雄牛の角を切り落として放牧飼育することがスイスでは一般的だ。これを受け、除角せずに雄牛を飼育する農家に対する補助の新設が、2018年に国民投票にかけられた(ただし、結果は否決)。このような取り組みを通じて、ワールド・アニマル・プロテクション(動物保護を目的とするNPO)などが2014年から策定している動物保護指数で、スイスは世界トップレベルの高い評価を得ている。一方でスイスでは、農業生産額の半分近くを畜産が占める。余裕をもった家畜を飼育するには、そのコスト増を吸収するため生産単価を上げることが求められる。

グローバル化でスイス農業にも自由化の波

国際的に、農業に対する国家支援は削減される方向にある。これまでスイスでは、輸出に対する補助金、あるいは輸入に対する関税により国内農業を保護してきた。しかし、主力産品である乳製品と肉類についても自由化が迫られるようになっている。

これまで、スイスが通商交渉で巧みだったのは、欧州自由貿易連合(EFTA)の活用だ。EFTAはスイス、リヒテンシュタイン、ノルウェー、アイスランドの4カ国から構成される自由貿易地域で、EU域外の40の国・地域と29の自由貿易協定を締結している。伝統的に漁業が盛んなノルウェー、アイスランドと畜産業が盛んなスイス、リヒテンシュタインが当事国であることで、EFTAが締結する自由貿易協定は、もっぱら4カ国の利害が一致する工業製品の市場自由化について他国と交渉を行うことができた。スイスがEFTA3カ国以外とは別に、単独で自由貿易協定(FTA)を結んだのは、EU、日本、中国、フェロー諸島に限られる。しかし、スイスがこれまで自由貿易協定を締結した相手国との貿易額が全体の8割を超えるに至り、交渉も難易度が上がってきた。スイスも自国農業を保護しつつ、他国の関税引き下げを勝ち取ることが徐々に困難になってきている。2019年8月、EFTAとメルコスールとの自由貿易協定交渉では、並行的に交渉を進めていたEUとの対抗上、農畜産物について、WTO加盟時の自由化義務の範囲外の譲許を初めて認めた (2019年9月11日付ビジネス短信参照)。また、2015年にケニア・ナイロビで開催された第10回WTO閣僚会議(MC10)では、農業分野の「輸出補助の撤廃」に合意。スイスは、2020年までの撤廃を約束した。これに伴い廃止されたのが、いわゆる「チョコレート法」だ。この法律には、スイスの牛乳や小麦など、加工食品原料となる農産品の競争力を補うため輸出品に対して補助することが規定されていた(1974年創設)。1995年時点で、最大の受益者がネスレ、モンデレズやリンツなどのチョコレートメーカーだった。2018年までにこれらの輸出品への補助は打ち切られ、牛乳や小麦生産のための耕作地に対する補助金に切り替えられた。

OECDが2020年6月30日に発表した報告書「農業政策に関する進捗と評価2020年版」によると、スイスはOECDの中では農業支援の手厚い国だ。2017~2019年の農業への年平均総支援は69億フランとGDPの1%弱を占め、加盟国平均の約3倍に当たる、と指摘された。農業支援でも、供給サイドに対する支援(PSE)が通商交渉上、特に問題となりやすい。価格維持補助のほか、農業生産者の産品数、事業場数、耕作面積などに応じた補助が含まれる。このうち価格維持補助は支援の中心的役割を果たし、かつてはPSEの80%を占めていた。しかしここ30年間で、その割合は30%以下にまで減少している。また、転作・有機移行補助についても減少してきた。一方で、生物多様性、持続可能性などの形での農業生産者への直接支払いは増加傾向にある。2018年には28億フランが投じられた(表2参照)。国際的に政策目的が認められやすいのが、その一因だ。

この報告書では、2022年からのスイス農業政策(PA22+)の農業の持続可能性への貢献について一定の評価を与えている。他方で、農業生産者への直接支払い制度は外部不経済性を解消するような地域性の高いもの(生物多様性確保など)に限定し、所得保障は別の手法によるべきとも言及した。農業生産者への直接支払い制度は、輸出補助などの批判をかわすために導入されてきた。しかし、今後は再考を迫られるようになる可能性がある。

PA22+の概要

スイスでは、主要分野ごとに4~5年の中長期戦略を立て、その期間にわたる予算パッケージをあらかじめ閣議決定することが多い。農業分野では過去、PA14-17(2014~2017年度が対象)とPA18-21(2018~2021年度が対象)が策定されてきた。今回のPA22+(2022~2025年度)の特徴は、国民の関心の高い持続的成長とそのために必要な環境負荷の低減を進め、農業支援の効率化を図ることにある。

2020年2月12日、PA22+の議会審議に向けて連邦参事会(内閣)からのメッセージが出され、農業の現状認識(自給率や零細農家の増大、高齢化など)、対応すべき課題などについて詳細な解説がされている。この中では以下のような事項が盛り込まれるとみられる。

  • 生産基盤改善:土壌中の窒素や硫黄の保全や残留農薬の低減が農業の持続性にとって重要な課題であることを前提に、リスクアセスメントを確立する。
  • 農業生産者への直接支払い制度関連:持続的成長の観点から、より付加価値の高い農業への転向を支援する。効率化のため、補助額の上限(15万フラン)を導入する。
  • その他:地域コミュニティーの安定のため、配偶者などのパートナーに対する社会保険や財産分与の条件を改善する。気象リスクに対応するため、収穫保険に暫定的な補助する。

なお、予算的には、過去2回の農業戦略をほぼ踏襲する形だ。支援ツールを維持しつつ、内容の細かい組み換えが中心となると考えられる(表3参照)。

表3:農業予算の推移(単位:百万フラン)
パッケージ PA14-17 PA18-21 PA22+
生産基盤改善 798 563 565
製造販売補助 1,776 1,747 2,119
農業生産者への直接支払い 11,256 11,250 11,090
合計 13,830 13,560 13,774

注:PA22+は今後国会審議が必要。
出所:連邦農業局(BAG)ウェブサイト

スイスでは1990年代から、農業生産者保護から市場競争をベースとした農業政策への転換が進められてきた。1992年に農産物単位での価格維持政策が農業生産者ごとの直接支払いに切り替えられ、1999年に州政府による農産物最低価格保証を廃止、2007年に農産物加工品に対する輸出補助金廃止、2018年には牛乳や小麦などの輸出に関する補助制度であるチョコレート法(前述)が廃止された。

有機JASマーク付き日本産農産品も現地販売可能

この環境下、スイスの農業高付加価値化の切り札と期待されるのが、有機農業の振興だ。「世界有機農業2020年版」によると、世界で有機食品の最大市場は米国(406億ユーロ、2018年)、次いでドイツ、フランス、中国だ。スイスは第7位の市場(27億ユーロ)とされる。しかし人口1人当たりでみると、スイスの有機食品購入額は312ユーロ(2018年)。デンマークと並んで世界で最も多い。2013年には139ユーロ(当時も1人当たりで世界一)だったが、5年で2倍以上拡大したことになる。スイスの有機農業組織ビオ・スイス(Bio Suisse)調べによると、スイスの有機食品市場全体も大きく伸びている。2009年の15億フランから10年間で2倍超の32億フランになった(図参照)。

図:スイスの有機食品市場規模
2009年 1546百万フラン、 2010年 1668百万フラン、 2011年 1739百万フラン、 2012年 1832百万フラン、 2013年 2053百万フラン、 2014年 2207百万フラン、 2015年 2323百万フラン、 2016年 2505百万フラン、 2017年 2707百万フラン、 2018年 3066百万フラン、 2019年 3239百万フラン

出所:ビオ・スイス発表を基にジェトロ作成

欧州のスーパーマーケットでは、有機食品は専用の「organic(オーガニック)」コーナーで売られていることが多い。大型スーパーでは、食品だけではなく化粧品などもオーガニックコーナーで売られている場合も多い。有機専門スーパーもある。その中で、消費者が有機食品を判別するのは有機認証ラベリングだ。スイスの場合はビオ・スイスが運用するBUD(つぼみ)マークが最もよく使われている。これは、スイスにおいて事実上、標準的な有機食品認証マークだ。このマークを取得しようとする農業生産者は、農場全体として農薬や化学肥料、遺伝子組み換え製品の使用は禁止され、生物多様性に配慮した周辺環境の整備などを行う必要がある。さらに2007年からは、「従業員に対して、性別・宗教・国籍などの差別なく健康と安全を確保すること」という社会的要件が、認定基準に追加されている。このビオ・スイス基準は、欧州理事会規則 (EC) 834/2007(EUでの有機生産と有機製品の表示に関する基本ルール)よりも、さらに厳しい。

スーパーマーケットでは、有機食品販売最大手のコープ(Coop)がNaturaplanというブランドで有機食品を販売。それに次ぐ大手のミグロ(Migros)は、独自の「ミグロ・ビオマーク」を付している。これらは、生産体制まで確認した事業者の農産品(使用する基準はビオ・スイスのもの)に、両スーパーが直接自社の有機食品ブランド・マークを付して販売する仕組みだ(表4参照)。

表4:有機食品マークの種類
名称 マーク 概要

Bio Suisse Bud
ビオ・スイスが定める有機農法で生産し、原料の90%以上がスイス産であるもの
Bio Bud
ビオ・スイスが定める有機農法で生産し、原料の10%以上がスイス国外産であるもの
Conversion Bud
非有機農法から有機農法に転換して2年以内の事業者の農作物に表示
Gourmand Bud
ビオ・スイス製品を用いた料理コンペにおいて優秀な成績を収めた事業者に3年間表示が認められる
Naturaplan
ビオ・スイスのBudマークのついた有機農産品をコープが自社ブランドで販売(Budマークと合わせて表示)。1993年開始。
Migros Bio
ビオ・スイス基準に沿った有機農業生産者と契約してミグロが有機食品につけるマーク。1995年開始。

出所:Bio Suisse、Coop、Migros各社資料を基にジェトロ作成


上(ピザ生地の裏面)はEUの有機認証マーク、下左(もやし)は
Bio BUDマーク、下右(牛乳)はBio Suisse BUDマーク。
下2つはコープのNaturaplan対象食品でもある。(ジェトロ撮影)

日本とスイスの間では2012年7月、有機農産物に関する相互承認を行った。この結果、有機JASマークのついた日本の農産品やその加工品を、スイスで「organic」と表示して販売することが可能になった。逆に、スイスの有機基準に従って生産した農産品も、同様に日本で「有機」と表示して販売することが可能とされた。さらに2020年7月には、日本の有機JASマーク制度が畜産品およびその加工品を対象とすることになった。これに合わせて、スイスと日本との有機食品の相互承認の対象が拡大されている(2020年7月17日付ビジネス短信参照)。

参考資料
エリアレポート2013年7月記事

執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所長
和田 恭(わだ たかし)
1993年通商産業省(現経済産業省)入省、情報プロジェクト室、製品安全課長などを経て、2018年6月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
ナタリー・コルニエ
2001年からジェトロ・ジュネーブ事務所勤務。日本食のプロモーションや対日投資促進事業等に従事

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