一風堂、新型コロナウイルス下でシンガポールに新店舗開店

2020年9月10日

力の源ホールディングス傘下のIPPUDO SINGAPORE PTE LTD(本社:シンガポール)は8月14日、シンガポールで9店目となるラーメン店「一風堂」を同国中心地区にある大型ショッピングセンター、ラッフルズ・シティー(Ruffles City)内にオープンした。同店舗は、主に周辺地区で勤務するビジネスパーソンや観光客などを主要ターゲットとしている。同店舗では、ラーメンだけでなく、おつまみや日本酒などを提供し、観光客やシンガポールの人々に向けて広める。同社は、2008年の米国ニューヨーク進出を皮切りに、 一風堂ブランドを世界各国へ積極的に展開している。シンガポールは2カ国目の進出先として2009年に進出を果たしており、今回の新規店舗出店により、シンガポールでは合計9店となる。同社のDirector藤井是輔氏に、シンガポールでの新規店舗開店までの経緯、コロナ状況下での店舗経営の在り方、今後の展開についてインタビューした(8月17日)。


ラッフィルズ・シティーに開店した新店舗で従業員と(同社提供)
質問:
新店舗の位置付けは。
答え:
新店舗は、シンガポールおよびアジアを代表するショッピングセンターのラッフルズ・シティー(Ruffles City)へ出店した。2009年に、一風堂のグローバル展開の先鋒(せんぽう)として、またアジアにおける1号店としてシンガポールに出店した「マンダリンギャラリー店」のオープンから10年が経過した。新店舗は、世界に拡大した一風堂の新たな象徴と考えている。そのため、シンガポールの中心に位置し、格式高い同ショッピングセンターへの出店を決めた。
質問:
主要顧客ターゲット、コンセプト、メニューなど新規店舗の特徴は。
答え:
主要ターゲットは、入居するショッピングセンターや隣接するシンガポールを代表する名門ホテルであるラッフルズホテルなどへの旅行客、宿泊者、ビジネス関係者のほか、近隣のオフィスビルに勤めるビジネス客まで、幅広い客層を想定している。
同店舗で提供するメニューは、一風堂の代表商品である「白丸元味」「赤丸新味」の豚骨ラーメンに加え、ギョーザ、バンズなどの人気商品、さらには、さまざまなお客様のニーズに対応すべく、スモールポーションのアぺタイザー(少量の前菜)からブランド銘柄の日本酒まで、幅広いレパートリーを準備する。
店舗デザインは、アジアのフラッグシップ店舗として、特大の「一風堂」の木看板を店頭に掲げたほか、一風堂が日本の福岡発祥のブランドであることを表現する、博多山笠の「かき棒」と、一風堂の“一”の文字をインスパイヤーした大型ペンダントライトを設置した。これをカウンターから眺めながら、ラーメン、サイドメニュー、日本酒などを楽しんでいただける空間を用意している。そのほか、空間を広めに確保したボックス席を多く用意し、グループでの来店でもゆっくり食事を楽しんでいただくことができる。
質問:
コロナ状況下での新店舗開店の苦労や経緯は。
答え:
同店舗は、昨年の秋口から本格的にオープン準備に着手したが、新型コロナウイルスの影響によって建設工事が停滞し、オープン日は5カ月ほど遅延した。また、メニュー設計や、インテリアデザインにあたっても、当初は日本からのシェフやインテリア・デザイナーの招聘(しょうへい)を予定していたが、途中段階から越境でのウェブ会議やインターネット中継による設置作業への切り替え、各種資材の現地調達から輸入への切り替えなど余儀なくされ、開店の準備には大変苦労した。
質問:
「ニューノーマル」における飲食店経営の在り方や苦労・工夫などはどのようなものか。
答え:
シンガポールでも、コロナウイルスの影響は大きく、ショッピングモールなどの集客が減少している。ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)確保などの規制により、稼働できる席数は通常の6割程度に限定されている。事業環境としてはとても難しい局面にあるが、このような時期であるからこそ、お客様に安心して楽しんでいただけるお店の環境・空間づくりとともに、お店ならではの高品質な商品を、お客様に提供していけるよう最大限努めていきたい。
感染対策として、来店時の検温、消毒用アルコールの設置、ソーシャル・ディスタンスを徹底しているが、店舗設計にあたっては、特にソーシャル・ディスタンス規制にフレキシブルに対応するため、テーブルと席の数と場所を状況に応じて増減・変更できるような工夫をしている。
また、ステイホーム措置の中でも、お店と同じようにラーメンを楽しめるようフローズン・ラーメン・キットの販売も拡大している。また、デリバリーも強化し、ソーシャル・ディスタンスの確保による座席数の減少を補って余る注文をいただいている。今後も、ウィズコロナ・アフターコロナのお客様のニーズの変化や多様性、マーケット動向を見極めながら事業をレベルアップしたい。

ラッフルズ・シティー店オープン日の様子
政府規則に基づき1メートルの席間を空けている(同社提供)
質問:
「ニューノーマル」時代における採算の考え方は。
答え:
消費意欲については、客単価がコロナの影響で大きく下がっているとはあまり感じていない。弊社の場合は、高級レストランまでには至らないポジションにあるからかもしれない。一方、ソーシャル・ディスタンスへの対応コストについては、直接発生するコストはマスク程度でそこまでの負担はない。ただし、お客様の感染に対する警戒の高まりやコロナによる収入(ボーナスなど)の減少などから、外食頻度や観光客・団体客の来場が減少する中、特に飲食業の場合、稼働席数が制限されるため、機会損失コストがそれなりに大きい。シンガポールでは、「ニューノーマル」の定着によりオフィス出勤者も減っているため、立地にもよるが、集客に影響がある。さらに、家賃についても、定額か変動かなど物件によっても異なるが、売り上げ減少が大きいため、家賃負担もそれなりに大きなコストインパクトになっている。当店に限れば、工事の遅れ、また通常設定で工事を進められなかったために発生した追加作業もコストになった。
質問:
今後のシンガポール事業の方向性は。
答え:
現時点で、コロナウイルスがシンガポール経済に与える影響は大きく、特に観光事業を主要産業の1つとしている同国において、海外からの入国者が制限される中でのマーケット動向は非常に先が見通しにくい。このことから、事業の方向性も改めて見直しが必要になってきていると感じている。しかし、これまで10年間のシンガポール事業を振り返っても、日本文化と日本食のもつ魅力と市場ポテンシャルの大きさが揺らぐものではない。
今後も、より多くのローカル層に対して、日本のラーメンをお客様により身近に楽しんでいただけるよう事業を展開していきたい。また、本来ラーメンが持つ多様性を、現地のカルチャーとの融和を模索する中で、さらなる一風堂ブランドの発展を実現するとともに、「食」を介した日本と世界との文化交流の懸け橋として微力ながら少しでも貢献できればと願っている。
質問:
シンガポールはグローバル統括拠点(GHQ)だが、今後のアジアでの展開の方向性は。
答え:
現在、一風堂はアジアにおいて、シンガポールのほか、中国、台湾、フィリピン、タイ、マレーシア、インドネシア、ミャンマーに100店舗近く展開している。いずれにおいても、シンガポールと同様に、お客様からの日本文化と日本食への高い期待と信頼を日々感じている。現地で採用するスタッフも、多くは日本のカルチャーのファンであることが多く、大げさではあるが、日本への“愛”のようなものを強く感じている。これらの期待と信頼を損なうことのないよう「すべては1杯のラーメンから始まる」を合言葉に、1杯でも多くのラーメンを、社訓にもあるように「笑顔」と「ありがとう」とともに、世界に紹介していきたい。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所次長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき)
2003年、ジェトロ入構。インドネシア大学での語学研修(2009~2010年)、ジェトロ・ジャカルタ事務所(2010~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2018年)を経て現職。現在、ASEAN地域のマクロ経済・市場・制度調査を担当。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。