マレーシアの物流スタートアップ、ザ・ローリー
トラック事業者と荷主をつなぐ安全なプラットフォーム構築

2020年4月2日

マレーシアでは、マレーシア・デジタルエコノミー公社(MDEC)やマレーシア・グローバルイノベーション創造センター(MaGIC)などの政府機関がスタートアップの育成・強化へ積極的な支援を行っている。特に、Eコマースやフィンテック、ヘルスケア、物流などの分野でスタートアップが多く生まれている。本レポートでは、2014年設立の物流スタートアップで、トラックドライバーと荷主を結ぶオンラインプラットフォーム事業を手掛けるザ・ローリー(The Lorry)のナディール・アシャフィク共同創業者兼エグゼクティブダイレクターに、マレーシアにおけるビジネスモデルや海外展開計画、日本企業との協業への関心について、インタビューを行った(2月14日)。

トラック予約の安全性を高めるビジネス

質問:
起業の契機、マレーシアのどこに課題を見つけたか。
答え:
当社は2014年にクアラルンプール近郊で創業した。安全・安心なトラック予約のサービスができないかと考えたのが起業のきっかけ。マレーシアでは、都心であってもコンドミニアムの外の街路樹などに「ロリ・サワ(Lori Sawa)」という単語と携帯電話番号が書かれた木の板がたくさん貼ってあるのを見かける。これは個人経営の引っ越し向けトラック業者の看板で、たいていのマレーシア人は転居する際に「ロリ・サワ」に電話を直接かけて、トラックとドライバーを含めた1~2人の手配予約をする。しかし、予約する時に電話では合計100リンギ(約2,500円、1リンギ=約25円)で合意していたのに、当日、トラックに荷物を積んだ後にドライバーから「思っていたより手間がかかった」などと言われ、300リンギを請求されるといったトラブルが多い。こうした個人トラック予約の安全性に課題を見つけ、透明性の高い料金設定で安全なトラックブッキングサービスを提供することを目的にビジネスをスタートした。
トラック事業者の観点からみると、トラックオペレーターは中小零細が多く、営業や事業拡大に割ける労力や人員が限られている。また、上述のようなトラブルから、信用度や社会的な地位があまり高くないことも課題だ。当社が営業や事業拡大を担うとともに、ドライバーのバックグラウンド調査を徹底し、サービスの安全性を高めることで、トラック事業者の経営の安定と信用度の向上を図ることも目指している。

ザ・ローリーの本社(ジェトロ撮影)

ナディール共同創業者兼エグゼクティブ
ダイレクター(ザ・ローリー提供)
質問:
マレーシアでのビジネスモデルは。
答え:
当初は個人向け引っ越しトラックの配車サービスからスタートしたが、現在は主に4つのビジネスモデルで事業展開をしている。いずれも、当社が複数のトラックの中小零細事業者と契約し、物流サービスを求める顧客につなぐというモデルがベースとなっている。
1つ目は大型Eコマース荷物の配送で、ラザダやショッピーなどが顧客になっている。具体的には、家具やテレビなどの家電といったかさばる荷物を運搬しており、Eコマース向けサービスについては、大型荷物に特化している。
2つ目は業務用の日配や即日配達サービス。業務用日配の主な顧客は食品会社で、工場で製造した食品を外食チェーンの各店舗に配送している。また、即日配達サービスはイケアが主な顧客で、大型荷物のホームデリバリーの中でも即日配達のみを請け負っている。
3つ目は他の物流会社との協業で、大手などと連携して互いの得意分野を補完し合うサービスを提供している。日系企業との連携実績もある。
4つ目は個人向けの引っ越しサービス。日本のような梱包(こんぽう)から配送、運び入れまで行うフルサービスではなく、トラック1台と作業員2人程度を派遣するといったシンプルなサービスを提供している。1つ目から3つ目までが法人向け、4つ目が個人向けのサービスで、現在では法人向けが売り上げベースで7割ほどを占めている。

東南アジアを中心に横展開

質問:
海外展開の状況は。
答え:
トラック予約の際に起こる課題は近隣国にも共通していることから、ASEANを中心に海外展開を進めている。2020年2月時点でマレーシアとシンガポール、タイ、インドネシアに展開している。近くフィリピンとベトナムでの展開も開始する。向こう3年は東南アジアに注力することを考えている。また、二輪車によるビジネスに関しては、香港のララムーブやインドネシアのゴジェックなどの競合が多いため、当社は四輪車に特化する方針だ。
質問:
現在の体制は。
答え:
現在の従業員は142人で、半数がマレーシアに在籍している。本部機能、マレーシアとシンガポール向けのカスタマーサポート、マーケティング、技術開発の拠点はマレーシアに置いている。特に技術開発に力を入れており、データサイエンティスト2人を含めた開発部門は25人体制となっている。
当社の最大の財産は人とマーケティング力。資金は給与とマーケティング部門に多くを割いている。倉庫もレンタルで、できるだけ資産は持たないスタイルにしている。本社はクアラルンプールから車で30~40分ほどの工業団地エリアに置いている。市内中心地よりコストが安く、カウンターパートであるトラック事業者にとっての利便性、駐車スペースが十分に取れることから選んだ。

コスト、多民族・多文化に優位性

質問:
本部機能をシンガポールに置くスタートアップは多いが、マレーシアに置く理由、メリットは。
答え:
シンガポールは、透明性の高い制度、資金調達のしやすさ、裁判所に対する信頼性の高さに優位性があり、ホールディングス会社のみをシンガポールに置いて、オペレーション会社はマレーシアに置くという企業も多い。当社の規模では、コスト的にシンガポールに本部機能を置くのは難しい。マレーシアは、シンガポールと比べた時のコストの安さに優位性がある点が魅力の1つ。また、人口約3,200万人と市場は小さいものの、いろいろな民族や宗教の人がいるため、ビジネスアイデアをテストするには最適の場所だと考えている。

エコシステムにおける人材、資金面に課題

質問:
マレーシアのスタートアップエコシステムへの評価、課題は。
答え:
マレーシアのスタートアップエコシステムは、まずまずという印象。資金調達、インフラ、ロジスティクスとも、一定のレベルに達している。
課題と感じる点は3点。1つ目は、マレーシアにデータサイエンティストが少ないこと。データ処理や現状分析に重点を置くデータアナリストは多いが、マシーンラーニング、スクリプト分析、予測分析などを行い、特にシステムがどのような動きをするかを予測して対処法や今後の開発に関する提案ができるデータサイエンティストが不足している。給与の面から、多くのマレーシア人データサイエンティストがシンガポールに流出してしまっている。人材確保には、高い給与とモチベーションを与えることのできる仕事が不可欠だ。長期的には、学習到達度調査(PISA)の数学や化学の点数を上げていくための教育制度の改革、短期的には、データサイエンティストのための大学での授業を充実させることなどが必要だ。
2つ目は、民間のアクセラレーターが少ない点。民間では、サイバービュー、ウオッチ・タワー・アンド・フレンズ、1337ベンチャーズなどに限られる。政府系では、MDEC、MaGICのプログラムがある。
当社は創業4カ月目の時に民間のサイバービューが主催する4カ月間のアクセラレータープログラムに参加した。ベンチャーキャピタル(VC)や投資家、他のスタートアップの創業者とのネットワークを得られたことが最も大きな収穫だった。スタートアップにとって、アクセラレータープログラムへの参加は事業成功の近道だと思っている。当社の経験からみても、より多くのプログラム数が必要と考えられ、都市部だけでなく地方のスタートアップに向けたプログラムがあるとよい。
3つ目は資金調達。シードからアーリーステージ向けのVC、レイターエリア向けのプライベートエクイティファンドなどは比較的多いが、シリーズA、シリーズBといったミドル向けのファンドが少ない。ミドルは最も失敗しやすく、リスクが高いエリアだが、企業が成長するためにはこのエリアへの投資が必要だ。シンガポールのVCはマレーシアの5~10倍いると思われ、数の面でもエコシステムの強化が必要だと感じる。

AIの活用、日系企業との協業に関心

質問:
今後の展望は。
答え:
昨今のデジタル産業の革新の中でも、自動化や人口知能(AI)に可能性を感じている。当社としても、効果的なルーティング(最適な配送経路の割り出し)などにこれらの技術を活用していきたい。例えば、1,000個の荷物を1,000の顧客に配達するためには何台のトラックが必要で、1つのトラックに幾つの荷物を積んで、どのようなルートにするのか、トラックの中ではどの荷物をどの場所に積み込むのが最も効果的か、といった課題をAIや自動化により解決していくことを考えている。
東南アジアに注力していく計画だが、カンボジアやラオス、ミャンマーはまだ適切な時期ではないと考えている。また、中東やアフリカからも誘致や引き合いが来ている。進出するのは難しいが、将来的には自社のシステムをパッケージ化してライセンス供与していくことを検討している。
質問:
日系企業との提携についてはどうか。
答え:
日系企業との協業には高い関心がある。日本企業からの戦略的投資を受けたいと考えている。また、特に話をしてみたいのは日系ロジスティクス企業だ。アジアを中心に当社のようなスタートアップに投資している事例も見受けられるので、当社に関心を持ってくれる日本企業とのビジネス機会を模索したい。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)(2010~2014年)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)(2014~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2017年)を経て、2017年9月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
原 知輝(はら ともき)
2013年4月、高圧ガス保安協会入社。2018年10月からジェトロに出向し、海外調査部アジア大洋州課を経て2019年10月から現職。