急成長するデジタル後払い決済「バイナウ、ペイレーター(BNPL)」(オーストラリア)
非現金決済に新たな動き

2020年10月8日

デジタル後払い決済サービス「バイナウ、ペイレーター(BNPL)」が、オーストラリアで急成長している。BNPLは、商品購入後に一定期間内で分割による後払いを可能とする決済サービス。アカウントの作成が簡単かつ迅速であり、クレジットカードのような厳格な審査は必要なく、スマートフォンのアプリで手軽に利用できる。このことから、若者を中心に利用者が増加している。オーストラリアでBNPLサービスを提供する企業も増加し、海外企業の参入も進む。

新型コロナウイルス禍にあっても、オンラインショッピングの需要の高まりなどから、BNPL企業はビジネスを拡大し続けている。一方で、新たなビジネスモデルであるがゆえに、規制強化の動きも出始めている。本稿では、オーストラリアでのBNPL業界の動向を紹介する。

急成長するオーストラリアのBNPL市場

オーストラリアでは近年、現金より電子決済を好む傾向が一層強まっている。オーストラリア準備銀行(RBA、中央銀行)が実施した2019年の調査によると、支払いにカードを利用した割合は全体の63%(デビットカードが44%、クレジットカードが19%)。2016年時点の52%から、11ポイント上昇した。一方、現金利用は全体の27%で、その割合は2016年からの3年間で10ポイント減少した。なお、カードによる支払いの83%は、端末にカードをかざして支払う「コンタクトレス(非接触)決済」で行われた。実際、オーストラリアでは多くの小売店が専用端末を備えている。少額の買い物でもデビットカードやクレジットカードを「タップ」して支払う光景が日常的に見られる。

こうした中、新たな決済手段として注目を浴びているのがBNPLだ。市場調査会社アイビス・ワールド(IBIS World)によると、オーストラリアのBNPL業界では、過去5年間の収益が年率39.3%のペースで増加しているという。特に、ここ1年の成長は目覚ましい。2019/2020年度(2019年7月~2020年6月)の収益は前年度比63.6%増加し、6億7,990万オーストラリア・ドル(約523億5,230万円、豪ドル、1豪ドル=約77 円)に達すると見込まれている。

BNPLサービスは、アカウントの作成が簡単かつ迅速で、クレジットカードのような厳格な審査は必要ない。支払い期間内であれば原則、利息も課されない。利用可能額はBNPL企業によって異なるが、最大3万豪ドル(約231万円)に及ぶものもあるという。支払い期間は、数週間から半年、高額の場合は2年以上などさまざまだ。こうした手軽さや利便性から、特に若者を中心に、より多くの消費者が従来のクレジットカードからBNPLにシフトしているという。

オーストラリアの市場調査会社ロイ・モーガン(Roy Morgan)によると、オーストラリアでは、2019年9月までの1年間で195万人がBNPLサービスを利用したとされる。1年前の138万人から、41.3%増加したことになる。利用者の半数以上は、14~34歳が占める。全体の中で、25~34歳が33.5%、14~24歳が22.4%だった。一方で、35~49歳の利用者も、29.8%と3割近く存在した。

利用者総数をオーストラリア全体の人口比でみると、1年前の6.8%から2.6ポイント増加して9.4%となった。とは言え、その割合はいまだ低く、最も利用者数の多い25~34歳の層でも17.4%にとどまった。

しかし、BNPLはオーストラリアで確実に浸透してきている。ロイ・モーガンの最新調査によると、2020年3月時点でBNPLサービスを知っているとした人の割合は59.0%に達する。2018年9月以降の18カ月間で22.1ポイント上昇したことになる。最もよく知られているのはアフターペイ(afterpay)だ。2018年9月以降、その知名度は22ポイント上昇して55.8%となった。次いでジップ(Zip)が35.2%と、過去18カ月間でほぼ倍増した。


店頭でアフターペイやジップのロゴを表示するシドニーの小売店(ジェトロ撮影)

オーストラリアのBNPL企業

前述のアフターペイやジップをはじめ、オーストラリアの主なBNPL企業を紹介する。

  • アフターペイ(afterpay外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2014年に設立された、オーストラリアを代表するBNPL企業。2016年、オーストラリア証券取引所(ASX)に上場。2017年、地場同業のタッチコープ(Touchcorp)を買収し、アフターペイ・タッチ(Afterpay Touch)として、そのサービスを拡大している。米国、英国、ニュージーランドにも展開し、利用者数は990万人、加盟店数は5万5,400店に上る。
  • ジップ(Zip外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2013年設立。1,000豪ドルまでの少額利用向けサービス「Zip Pay」、最大3万豪ドルの高額決済が可能な「Zip Money」を提供。2015年、ASXに上場。2016年、個人向け資産管理アプリを提供する地場企業ポケットブック(Pocketbook)を買収。英国、ニュージーランドにも展開し、利用者数は210万人、加盟店数は2万4,500店。
  • フレキシグループ(flexigroup外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):1991年設立。2008年に無利子支払いサービスを提供する地場企業サーテジー(Certegy)を買収し、BNPL業界へ参入。現在は、最長60カ月の返済期間を設定できる「humm外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」や、ニュージーランド向けサービス「Oxipay外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」などを展開。2020年2月には、マスターカードと連携したサービス「Bundll外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」の提供を開始した。アイルランドにも展開し、利用者数は210万人、加盟店数は5万6,700店。
  • オープンペイ(Openpay外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます):2013年設立。自動車や住宅改修、医療関連など、比較的高額な商品の購入を対象とする。利用者の平均年齢は38~39歳という。オーストラリアとニュージーランドで展開し、2019年6月には英国へ進出。2019年12月、ASXへの上場を果たす。2020年2月、オーストラリアのスーパーマーケット大手ウールワースと提携し、B to B向けのサービスを開始すると発表した。利用者数は31万9,000人、加盟店数は2,219店。

アイビス・ワールドによると、オーストラリアでの市場シェアは、アフターペイが39.8%、ジップが20.5%、フレキシグループが17.5%、オープンペイが2.8%で、これら4社で約8割を占めるという。このほか、2015年以降に設立され、BNPL業界に参入した新興企業もある(表参照)。

表:2015年以降に設立されたオーストラリアのBNPL企業
企業名 設立年 概要
Brighte外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2015年 太陽光発電設備の設置など、住宅改修分野に特化したBNPLサービス。成約件数は5万件以上に上り、オーストラリアで設置されている住宅用太陽光発電設備の15分の1は、同社を通じて購入されたという。
Latitude外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2015年 2018年にニュージーランド企業Genoapayを買収し、BNPL業界へ参入。2019年にオーストラリアでLatitudePayの提供を開始。同年12月にはマスターカードと戦略的パートナーシップを締結した。
Payright外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2016年 住宅改修、教育、歯科、健康・美容などの分野で、1,000豪ドルから2万豪ドルの購入を対象にサービスを提供。2019年にはニュージーランドへ進出。ユーザー数は5万人、加盟店は3,000件に達した。
Quicka外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 2019年 中小企業が顧客に対してBNPL方式の支払い手段を提供できる、決済プラットフォームサービスQuickaPayを展開。中小企業のキャッシュフロー管理における課題解決を目指す。

出所:各社ウェブサイトなどからジェトロ作成

海外のBNPL企業による、オーストラリア市場への参入も進んでいる。2005年設立のスウェーデン企業クラーナ(Klarna外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)は、欧州や米国など17カ国に展開し、8,500万人の利用者と20万店以上の加盟店を持つ。オーストラリアでは、大手のコモンウェルス銀行と連携し、2020年1月末からサービスの提供を開始した。2012年にイスラエルで創業し、現在はニューヨークに本社を置くスプリティット(Splitit外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)は、2019年1月にASXへ上場し、同年7月にオーストラリアのオンラインショッピングサイト、コーガン(Kogan)と提携してオーストラリア市場に参入した。2016年にニュージーランドで設立されたレイバイ(Laybuy外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)は、2019年にオーストラリアへ進出した。ニュージーランドでは50万人の利用者を有し、英国にも展開している。

コロナ禍でも拡大するBNPL

新型コロナウイルスの感染拡大によって、多くの企業が経済的な打撃を受ける中、BNPL企業はビジネスを拡大している。アフターペイは2020年5月、中国IT大手テンセントがアフターペイの株式5%を取得したと発表した。7月には、オーストラリアの航空大手カンタス航空とのマイレージプログラム(航空会社が行う顧客へのポイントサービス)での提携や、米国IT大手アップルおよびグーグルとの電子決済アプリでの提携を発表した。さらに8月には、カナダでサービスの提供を開始したほか、スペイン企業(Pagantis)やインドネシア企業(EmpatKali)の買収を発表している。一方、ジップは2020年6月、米国の同業クワッドペイ(QuadPay)を買収したと発表した。また、8月には、米国EC(電子商取引)大手イーベイと提携し、中小企業向けに信用サービスを提供すると発表している。

ロイ・モーガンによると、新型コロナウイルスの感染拡大によって、衛生対策の観点から、現金よりも電子決済に注目が集まっているという。また、感染拡大防止のための制限措置などによって、オーストラリア国内ではこれまで以上にオンラインショッピングの需要が高まっている。こうした生活様式の変化もBNPLの追い風になっており、例えばオープンペイでは、2020年7月の取引額が前年同月比2.14倍の2,400万豪ドルを記録した。

規制強化の動きも

BNPLサービスの普及に伴い、オーストラリア国内では規制強化を求める声が強まっている。オーストラリア証券投資委員会(ASIC)は2018年11月、BNPL業界に対するレビュー結果をまとめた報告書を公表した。その背景には、BNPLサービスが全国消費者信用保護法(National Consumer Credit Protection Act 2009)の対象となっていないことがあると指摘されている。そのため、BNPL企業は、貸金業などが通常取得すべきクレジットライセンスを保持する必要がなく、消費者が不適切な信用サービスを提供される可能性があることが問題視されている。

ASICは報告書の中で、利用者の6人に1人がBNPLサービスの利用によって超過引き出しとなるか、支払いが遅延するか、追加の借り入れを行っていたことを指摘した。これは、BNPLサービスを使うことによって、支払い能力を超えた買物が可能になると信じてしまうためだ、という。こうしたことから、ASICは、潜在的な消費者のリスクを考慮し、ASICによる金融商品および金融サービスに関する助言、販売、情報開示を規制する権限の範囲を拡大することを支持していた。ASICは現在、報告書のフォローアップを行っており、2020年10月にその結果を公表する予定である。

また、RBAは2019年11月、BNPL企業が販売事業者に課す手数料についてレビューを行うと発表した。RBAによると、販売事業者にとって、BNPLサービスの利用にかかる手数料は、カードなど他の電子決済よりも高くなっているという。一方で、カード決済とは異なり、ほとんどのBNPLサービスは、販売事業者が手数料を回収するために顧客へ追加料金を課すことを禁止している。この「ノーサーチャージ・ルール」について、RBAは関係者から意見聴取を行うとしている。

これらの指摘に対処するため、アフターペイやジップなどが加盟するオーストラリアの金融業界団体オーストラリアン・ファイナンシャル・インダストリー・アソシエーション(AFIA)は、業界独自の行動規範の策定に着手した。当初、2020年7月から実施の予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響によって遅延が生じており、現在は2021年1月1日の公表を目指している。

アイビス・ワールドの予測によると、オーストラリアのBNPL業界は今後も成長を続け、2024/2025年度の収益は11億豪ドルに達すると見込んでいる。ただし、前述の規制強化の動きに加え、今後は、大手銀行の参入による競争激化に直面する可能性があるという。いずれにしても、オーストラリアのBNPL業界に対する注目度はますます高まっていくと言えそうだ。

執筆者紹介
ジェトロ・シドニー事務所
住 裕美(すみ ひろみ)
2006年経済産業省入省。2019年よりジェトロ・シドニー事務所勤務(出向) 。