高齢者向けイノベーション製品に商機あり(香港)
注目を集める日本の介護製品

2020年6月24日

世界で高齢化が進行する中、香港でもこの問題に対応した社会の構築が喫緊の課題になっている。品質が高い介護製品やサービスを求めるニーズに対応するため、香港政府は2018年に高齢者・リハビリ技術革新応用基金を設立。このほか、高齢化に関連した社会問題を総合的に支援している。

本稿では、香港の高齢化問題の現状を概観する。あわせて、香港企業への取材を基に、日本の介護製品が香港市場に参入する可能性について展望する。

高齢者の中でも高齢化が進展

香港政府が2018年3月に発表した「2016年中期人口統計(2016 Population By-census)」によると、2016年時点の65歳以上の高齢者(以下、高齢者)人口(注1)は2006年(約85万人)から36.4%増加し、約116万人に達した。総人口約730万人に占める高齢者の割合(高齢化率)は15.9%だ(注2)。香港は世界でも有数の高齢化社会といえる。高齢化率の増加幅も、1996~2006年にかけては2.3ポイントの上昇だったが、2006~2016年では3.5ポイント上昇した。高齢化率は加速している(表1参照)。

表1:香港の高齢者数・割合の推移
総人口(人) 高齢者(人) 高齢化率 高齢者人口の過去10年の伸び率 65~69歳の割合 70~74歳の割合 75~79歳の割合 80~84歳の割合 85歳以上の割合
1996年 6,217,556 629,555 10.1% 54.1% 36.6% 27.6% 18.5% 10.9% 6.6%
2006年 6,864,346 852,796 12.4% 35.5% 28.2% 26.9% 21.0% 13.2% 10.7%
2016年 7,336,585 1,163,153 15.9% 36.4% 34.0% 19.0% 17.7% 14.4% 14.9%

出所:香港政府統計処

年齢層別は、80歳以上の比率が2016年時点で29.3%占めた。2006年時点23.9%と比べて5.4ポイントも増加している。「高齢者の高齢化」も進行しているのだ。国連が公表した2020年の「潜在扶養率(65歳以上の人口に対する15~64歳の現役世代の人口比率)」によると、香港は3.8(推定値)だった。約4人の現役世代が高齢者1人を支えていることになる。

「エイジング・イン・プレース」が主流

前述の「2016年中期人口統計」によると、香港では「エイジング・イン・プレース」(介護施設に入居せず、自宅で生活する高齢者のライフスタイル)の割合が91.9%だった。ほとんどの高齢者は自宅で生活している(表2参照)。自宅生活高齢者の中でも、子供と同居する割合が減少する一方、一人暮らしや配偶者と同居する割合が増加。また、外国人メイドによる在宅ケアが普及し、メイドと同居している世帯も増加している。自宅以外の老人ホームや病院といった施設に入居するのは、8.1%にとどまる。

香港政府社会福祉署によると、2020年3月時点で、東華三院グループ、香港カリタス、保良局、救世軍などNGOが運営している老人ホーム・介護施設は312カ所、政府補助対象外の施設は641カ所(うち557カ所が民間企業)ある。合計7万6,343人が入所可能だが、2017/18年度(2017年4月~2018年3月)は3万7,911人が施設への入所待機を強いられているという(注3)。

表2:香港での高齢者の居住状況
高齢者(人) 自宅で暮らしている 自宅以外の施設で暮らしている割合
一人暮らしの割合 配偶者と同居の割合 子供と同居の割合 そのほかの割合 小計
1996年 629,555 11.5% 48.3% 28.2% 6.5% 94.5% 5.5%
2006年 852,796 11.6% 51.6% 23.1% 3.7% 90.0% 10.0%
2016年 1,163,153 13.1% 54.2% 19.5% 5.0% 91.9% 8.1%

出所:香港政府統計処

香港政府、問題解決に向け総合的な支援に着手

香港政府は、(1)高齢者向け施設の増設、(2)高齢者向けサービスの拡充、(3)被介護者の生活改善、(4)介護者の負担軽減に向けた財政支援を強化している。2019/20年度には19カ所の老人ホームの建設を開始した。2020/21年度に政府補助対象となる民間の老人ホームの収容人数は1,797人増える見込みだ。また、2020/21年度には高齢者サービスの改善に、2019/20年度比で18.8%増の122億7,000万香港ドル(約1,717億8,000万円、1香港ドル=約14円)を拠出し、コミュニティーサービスの提供を拡充する。

加えて、香港政府は2018年12月に10億香港ドルを拠出し、「高齢者・リハビリ技術革新応用基金(Innovation and Technology Fund for Application in Elderly and Rehabilitation Care)」を創設した。老人ホーム・介護施設のイノベーティブな介護・福祉用具や機器のレンタル、購入を支援し、施設・サービス利用者のQOL(生活の質)の向上や、介護者の負担・ストレスの軽減を図るためのものだ。

支援対象製品は、以下の1~5のいずれかの条件を満たす必要がある。

  1. 高齢者または肢体不自由者の回復に役立つ。
  2. 転倒・転落、道に迷うなどの生活リスクの減少に役立つ。
  3. 介護者の負担、ストレスを軽減する。
  4. イノベーション関連製品である。
  5. 福祉サービスを支援する「奨券基金」の支援対象外(家具、設備)で、かつ、申請者の施設で当該イノベーション関連製品を利用できる

この基金には、政府補助対象の施設に加え民間施設も申請可能だ。2018/19年度には2度の補助金申請を受け付け、3回目の申請は2020年4月に受け付けを終了している。なお、1回目と2回目の補助金申請には、ヘルス・モニタリング機器や介護ロボットなども対象に含まれた。

日本の介護製品に注目する香港企業

香港の大手物流サービスグループのケリー・ロジスティックス(Kerry Logistics)傘下で医療機器を取り扱うケリー・メディカル(Kerry Medical)のフィービィー・モー総経理は、日本の介護製品に高い関心を寄せている。モー総経理は日本の製品について「日本のリハビリテーション・在宅ケアのスタンダードとクリエーティビティーは世界的にも有名で、香港の介護施設やNGOは日本製品への信頼が高い」と述べた。さらに、「日本の高齢化の進展状況や文化は香港と共通する点が多い。高い品質水準と性能を備え、デザインと機能性に優れる日本の介護製品は、香港ユーザーのニーズを満たす」とも付言する。

成長余地の大きい香港の高齢者介護市場に狙いを定め、先陣を切って香港参入を果たした日本のスタートアップも現れた。ロボティクスのスタートアップで、経済産業省が推進するスタートアップの育成支援プログラム「J-Startup」に選出されているユカイ工学外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (本社:東京都新宿区)は2019年12月、ケリー・メディカル社を通して、しっぽのついたクッション型セラピーロボット「Qoobo外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」の販売を開始した。

ケリー・メディカル社は2019年11月、香港で開催された「楽齢科技博覧(GIES)2019」(注4)の自社ブースでQooboを展示し、来場者から多くの反響・関心を得た。ユカイ工学の冨永翼CMO(最高マーケティング責任者)によると、Qooboは現在、香港のNGOや民間老人ホーム、障害者施設などで取り扱われているほか、オンラインストアや家電量販店でも販売されているという。


楽齢科技博覧の様子(ケリー・メディカル提供)

ケリー・メディカル社は日本製品のほか、人と人とのコミュニケーションを促すミュージック・セラピー機器(オランダ企業が開発)や、体を動かしながら脳と認知能力を鍛えるスクエアステップシステム(デンマーク企業が開発)も取り扱う。

モー総経理は「当社は、高齢化に伴う課題を解決する『ジェロンテクノロジー』(注5)を取り入れた製品を海外から積極的に導入している。病院や老人ホーム、介護施設、家族あるいは外国人メイドなど介護者と被介護者の双方でニーズが高まっており、今後より多くの日本企業に香港市場に参入してもらいたい」と述べ、日本の介護関連企業による香港への参入に強い期待感を示している。

キーワードは「エイジング・イン・プレース」と「イノベーション」

介護施設の建設ペースが高齢化のスピードに追いつくには年月を要する。このため、「エイジング・イン・プレース」のコンセプトはより一層普及が進むと予想される。自宅で安全に介護可能な環境を整備する必要が生じることになり、短中期的には在宅ケア用の介護者・利用者向けの機器・用品の需要が増加すると見込まれる。

狭い居住スペースという香港の独特の事情や香港人の嗜好(しこう)、過去に政府補助金を獲得した介護機器を参考にすると、香港市場で今後大きな需要を見込むことができる製品群として、以下の4つが挙げられる。

  1. 操作が簡単な小型家庭用介護・医療機器
  2. メンタルケア製品
  3. 認知能力・運動機能を維持・向上させる製品
  4. 摂食・嚥下(えんげ)障害者向けの製品

日本の介護製品に対する評価が高い香港市場は、日本の介護用品・介護機器メーカーにとって有望な潜在市場となるのではないだろうか。


注1:
ここで言う高齢者人口には、外国人メイド数を含む。
注2:
香港政府統計処の発表によると、2019年時点で高齢者人口は約135万人。高齢化率も18.0%に達した。
注3:
香港立法会の質疑応答結果(2018年7月4日)に基づく。張超雄議員が老人ホーム・介護施設の現状に関して質問したのに対し、徐英偉労工・福利局副局長が回答した。
注4:
Gerontech and Innovation Expo cum Summit (GIES)。香港で開催される高齢者サービス関連業界向けに開発されたイノベーション製品の展示会。
注5:
老年学(gerontology)と技術(technology)のコンセプトを合わせた言葉。老化に関する科学と技術を組み合わせる分野横断型の技術。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
カン カレン
2016年香港大学文学部日本研究学科卒業。2016年9月より現職。