カンボジアから介護人材の輩出を
日本の病院が現地国立大で初の講座を開講

2020年5月11日

カンボジアでトップレベルの王立プノンペン大学において、日本の保健や介護を学ぶ講座が2019年11月18日に開講し、4カ月間の講義が行われた。国立(王立)大学では初となる。講座は聖マリア病院(福岡県久留米市)が運営し、同大学の日本語学科の学生が受講した。日本で看護や介護分野の外国人材の活用が注目される中、同講座の講師を務める看護師の庄司弥生氏に、カンボジアでの取り組みと今後の展望について聞いた(1月26日)。

王立プノンペン大学の学生向けに介護講座を新設

質問:
聖マリア病院の概要について。
答え:
1915年に井手医院(当時)として設立され、現在は、社会医療法人雪の聖母会を中心とした聖マリアグループが運営している。当院の特徴は、多くの国で医療協力を実施していることだ。海外の災害に対する国際緊急救助隊の派遣、専門家派遣による技術協力、海外からの研修生受け入れを通じた専門家の育成などを行っている。
質問:
講座の概要は。
答え:
2019年11月18日から4カ月間、王立プノンペン大学外国語学部日本語学科の学生40人に対して、週1~3回のペースで講義を実施した。講義内容は、身体の仕組み、病気の原因と予防、介護の基礎知識から実技まで幅広い。当院は医師や看護師、介護士などの有資格者を講師として派遣した。成績優秀者は日本での研修旅行に参加できる。また、希望者に対しては、2019年度から始まった在留資格「特定技能」の介護分野の資格試験用の補講も実施する予定だ。
少子高齢化が著しい日本では、団塊の世代が75歳になる2025年に全国で37万7,000人の介護人材が不足すると懸念されている。そこで、当院が培ってきた技能や知識を生かし、カンボジアをはじめアジア諸国の若者に技術移転することで人材育成に寄与し、その上で希望者を日本に受け入れて人材不足の問題を解消したいと考えている。

王立プノンペン大学での基礎知識講座の様子
(ジェトロ撮影)

介護実技基礎講座の様子(ジェトロ撮影)

将来日本で働きたい日本語学科の学生がターゲット

質問:
なぜカンボジアなのか。
答え:
カンボジアでは、1970年代から1990年代にかけて、内戦(補注:当時のポル・ポト政権による国民の大量虐殺)により当時の総人口の約4分の1に当たる200万人以上が命を落としたといわれる。その影響から、現在の人口の半数以上が24歳以下で、教育の質の向上が課題だ。カンボジアの教育レベルは東南アジア諸国の中で依然として周回遅れとも言うべき状況にあり、経済的利益に直接結びつかない分野では、教育環境の整備が行き届いていない。特に保健、公衆衛生分野は遅れているため、講義は大いに役立つと判断した。
大学の選定に当たっては、日本での人材不足の解消につなげる観点から、日本語の習得に取り組む学生がいる大学に焦点を当てた。その中で王立プノンペン大学の日本語学科と提携したのは、カンボジアで最も歴史があり、日本語を話せる人材が育っているからだ(学生約700人弱)。また、ここの日本語学科では将来日本企業で働くことに興味のある学生が多く、介護職を通じて日本で働きたいと話す学生がいたのも大きい。
カンボジアでは日本の医療系NGOや介護専門の大学などが日本の介護技術を教えている事例があるが、カンボジアの国立大学で教えるのは初の取り組みとなった。医療系教育機関のレベル向上は当然大きなテーマだが、カンボジアの将来を担う人材に幅広い知見を身につけてもらうことも意義があると思っている。

日本で学んだノウハウを母国へ還元できる仕組み作り

質問:
今後の展望について。
答え:
日本で介護士として就労を希望する学生の資格取得をサポートするだけでなく、日本での介護経験を通じて得た保健衛生の知識をカンボジア国内で広める活動も手助けしたい。そのために、まずは私たちの講座の卒業生が日本で円滑に就労できるように、日本での受け入れ態勢作りを進める必要がある。
雪の聖母会は看護大学も運営しており、長年、途上国での保健医療や公衆衛生に関して国際医療支援、国際交流を行っている。これらの経験を生かし、今後も開発途上国などへの知識やノウハウの移転を図ることで、各国の経済発展を担う「人づくり」に寄与したいと考える。

高齢者を敬う国民性は、介護人材に適する

質問:
受講する学生に期待することは何か。
答え:
多様な選択肢を持ち、その選択肢の中から自身で必要な情報を取捨選択できる人になってほしい。その1つに介護や看護の現場が入っていればうれしい。今回の講座の中で、学生に将来就きたい職業を質問した際、日本語教師やITの技術者との答えが返ってきた。介護職の認知度がまだまだ低いことを痛感し、授業開始前に看護師の私から介護士という職業がどのようなものかを説明した。
核家族化が進む日本とは対照的に、平屋に3世代あるいは4世代が同居しているのがカンボジアの家族の特徴だ。そのため、学生も普段から高齢者と接する機会が多く、困っている高齢者に対し、違和感やためらいなく力を添えることができることが分かった。このような習慣があることは、日本の介護現場で働く際に有利に働く。
知らない職業の説明を熱心に聞く学生の表情は、とても印象的だった。日本の介護人材不足の現状を理解した上で、日本で介護士として働きたいという意志を持つ受講者を1人でも多く輩出したい。

講師を務める看護師の庄司弥生氏(ジェトロ撮影)

(取材後記)

日本では医療や介護分野でますます人材の需要が高まっており、人手不足が一層深刻化するとみられる。この取り組みにより、日本で不足する人材の確保とカンボジアの若者の日本での就業希望とが合致し、日本とカンボジアのウィンウィンの関係が発展することが期待される。

執筆者紹介
ジェトロ・プノンペン事務所
石川 晶一 (いしかわ しょういち)
本部、ジェトロ愛媛での勤務を経て、2019年8月から現職。