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世界で普及する投資仲裁の活用、日本企業による利用機会も拡大

2020年2月10日

世界では今、ISDS条項(投資家対国家の紛争解決手続き)に基づく投資仲裁(以下、投資仲裁)の件数が増加している。日本企業も投資仲裁の活用方法を理解することで、国外の投資財産を取り巻くリスクを減らすことができる。本稿では投資仲裁の仕組みを概観した上で、最新の動向と日本企業による活用可能性について紹介する。

拡大する外国投資と迫られるリスク対応

日本企業による外国投資活動が拡大する中、安定した投資活動に欠かせないのが、政策変更や法制度の不透明な運用に由来するカントリーリスクへの対応だ。進出先では、投資優遇措置が突然停止される可能性や、外国企業を念頭に恣意(しい)的なルール運用が行われる可能性がある。その場合、企業は当初期待していた収益や投下した資本を回収できなくなる恐れもある。

こうした懸念から、世界各国は2国間・複数国間で投資協定を締結し、国外における投資家とその投資財産の保護を進めてきた。投資協定は通常、投資受入国が外国企業に対して不当な収用(国有化)や差別、また技術移転といった特定のパフォーマンス要求をしないことを定める。そのほか、投資協定では、外国企業に対して適正手続きの確保をすることなど、公正衡平待遇(fair and equitable treatment)を義務付ける規定もある。近年、こうした取り決めは自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)の「投資章」として取り込まれる場合もある。また、エネルギー分野では、エネルギー憲章条約が投資受入国の義務と投資仲裁のルールを定めており、日本を含む50カ国が加盟する。以下ではこれらをすべて投資関連協定として総称するが、国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、2020年1月末時点で世界の署名済みの投資関連協定数は実に3,300近くに上る(注1)。

投資仲裁という選択肢

その投資関連協定の中核ともいえるのがISDS条項だ。同条項は端的にいうと、投資受入国が投資協定で定められた義務に違反した場合、私人である外国企業(投資家)が投資受入国政府を相手取り、仲裁廷(tribunal)に提訴できるという規定だ。仲裁廷が投資受入国の協定違反を認めれば、外国企業は賠償を受けられる(注2)。

投資仲裁の利点は「公平性」にある。紛争解決を望む外国企業は、投資仲裁を活用することで、国内裁判所ではなく中立性の高い仲裁廷を利用できる。特に、司法制度が未発達だったり、恣意的な政治介入を受ける可能性が高い国では、このメリットは大きい。また、仲裁規則によっては、仲裁の使用言語や紛争内容の公開可否などを決定できる。さらに、紛争が顕在化する前でも、相手国政府を牽制し、和解に向けた交渉を有利に進める手段としても有用である。

世界的に進む投資仲裁の活用

UNCTADによると、ISDSに付託された紛争件数(非公表を含まず)は、2019年7月末時点で合計983件となった。年別には2011年から毎年50件以上の紛争が付託されており、件数は上昇傾向をたどってきた(図1参照)。

図1:投資仲裁に付託された紛争件数の推移
2000年13件、2001年16件、2002年25件、2003年38件、2005年40件、2006年27件、2007年44件、2008年39件、2009年41件、2010年35件、2011年54件、2012年55件、2013年69件、2014年59件、2015年85件、2016年75件、2017年75件、2018年76件、2019年1月から7月末まで31件。2019年7月末までに投資仲裁に付託された紛争件数の合計は983件。

出所:UNCTAD “Investment Dispute Settlement Navigator”からジェトロ作成

一般的に、投資仲裁は先進国企業が新興・途上国政府に対して活用することが多い(注3)。仲裁を申し立てた企業を国籍別にみると、欧米を中心とした先進国が8割近くを占める。それ以外の国ではトルコ(33件)やロシア(24件)、アラブ首長国連邦(11件)などが続く。一方で、仲裁に提訴された投資受入国(被申立国)を見ると、南米や中・東欧諸国を中心に新興・途上国の比率が高く、その割合は全体の7割強に及ぶ。

表1:国別に見た投資仲裁の利用件数

申立企業(国籍別)
申立企業(国籍別) 件数
米国 178
オランダ 110
英国 83
ドイツ 64
スペイン 53
カナダ、フランス 50
ルクセンブルク 41
イタリア 38
トルコ、スイス 33
キプロス 26
被申立国
被申立国 件数
アルゼンチン 61
スペイン 50
ベネズエラ 48
チェコ 38
エジプト 34
メキシコ 32
ポーランド 30
カナダ 28
ウクライナ 25
ロシア、インド 24
参考:申立企業(国籍別)
申立企業(国籍別) 件数
先進国 856
新興・途上国 217
日本 4
参考:被申立国
被申立国 件数
先進国 229
新興・途上国 754
日本 0

注:「申立企業(国籍別)」について、1つの仲裁で複数の申立企業がある場合、国籍は2カ国分以上にカウントされる。
出所:UNCTAD “Investment Dispute Settlement Navigator”からジェトロ作成

日本の主要な投資先であるアジアの新興・途上国でも投資仲裁の活用が進む。被申立国別に仲裁件数をみると、インド(24件)やパキスタン(10件)など南西アジアで41件、ASEAN域内で30件が確認できる。ASEANでは、ベトナム(8件)やインドネシア(7件)、フィリピン(5件)、ラオス(4件)で投資仲裁が利用されている。

在外日系企業を対象にしたジェトロの調査によれば、こうした国々では「現地政府の不透明な政策運営」や「法制度の未整備・不透明な運用」を投資環境上のリスクとして挙げる声が多い(図2参照)。予見可能性が低い途上国の投資環境において、政府の不当な措置から投資財産を守る手段として、投資仲裁の意義は大きい。

図2:ASEANと南西アジアにおける投資環境上のリスク
 現地政府の不透明な政策運営(産業政策、エネルギー政策、外資規制)を選択した企業は、ミャンマー(n=150)63.3%、インドネシア(n=594)58.6%、カンボジア(n=110)48.2%、フィリピン(n=137)46.7%、ラオス(n=38)44.7%、マレーシア(n=291)33.7%、ベトナム(n=836)29.9%、タイ(n=656)21.0%、シンガポール(n=496)10.3%、パキスタン(n=39)74.4%、スリランカ(n=35)54.3%、バングラデシュ(n=61)54.1%、インド(n=449)47.7%。 法制度の未整備・不透明な運用を選択した企業は、ミャンマー(n=150)56.7%、インドネシア(n=594)52.9%、カンボジア(n=110)51.8%、フィリピン(n=137)32.9%、ラオス(n=38)36.8%、マレーシア(n=291)16.5%、ベトナム(n=836)42.6%、タイ(n=656)17.7%、シンガポール(n=496)5.9%、パキスタン(n=39)51.3%、スリランカ(n=35)17.1%、バングラデシュ(n=61)42.6%、インド(n=449)34.7%。

注:nは、有効回答数を示す。各割合は、有効回答数(n)に占める課題ごとの回答率(課題ごとの回答数÷n)を示す。
出所:ジェトロ「2019年度在アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」

一方で近年では、スペイン(被申し立て件数50件)、イタリア(11件)、韓国(7件)など先進国でも、投資仲裁が活用される事例が増えてきた。スペインでは2007年から太陽光発電事業者に対し、固定価格買い取り制度〔フィード・イン・タリフ(FIT)制度)〕を導入したが、2010年からは複数の立法を通して同制度の運用に制限をかけはじめ、2013年に同制度の全廃を決定した。この一連の措置が引き金となり、エネルギー憲章条約の下で現在までに少なくとも45件以上の投資仲裁がスペイン政府に対して申し立てられている。すでに公表されている仲裁結果(2019年7月末時点)によると、仲裁廷は12件中10件において、投資の前提となる規制枠組みを大幅に変更することは投資家の「正当な期待(legitimate expectation)」に反するものであったとし、企業側の損害賠償請求を認めた(注4)。本事例では、日揮(2015年)、ユーラスエナジーホールディングス(2016年)、伊藤忠商事(2018年)も同様の理由で投資仲裁を開始しており、日系企業3社が上記判断を勝ち取れるか注目される。

また、韓国では2018年、サムスン物産の株主である米国ファンド2社が、サムスン物産と第一毛織の合併過程で政府による不当な介入があったと主張。それぞれ、米韓FTAのISDS条項に基づき、韓国政府を相手取って仲裁を申し立てている。なお、これまでに日本が被申立国となった事例はない。

拡大する日本の投資関連協定

日本は現在、エネルギー憲章条約の締結国を除き、43の国・地域と投資関連協定を締結している。日本の直接投資の残高(2018年末)に占めるこれらの締結国・地域の比率は51.3%となり、日本の投資先国の約半分が投資関連協定によりカバーされていることになる(注5)(表2参照)。日本の投資関連協定では、日EU・EPAを除き、すべての締結国との間でISDS条項が設けられている(注6)。

表2:日本の対外直接投資残高(2018年末)に占める投資関連協定締結国・地域の構成比(単位:10億円、%)
国・地域 残高 構成比
米国 55,635 30.6
EU27 29,221 16.1
ASEAN10 25,268 13.9
英国 18,050 9.9
中国 13,665 7.5
オーストラリア 7,378 4.1
ケイマン諸島 5,193 2.9
韓国 4,322 2.4
香港 3,644 2.0
インド 2,699 1.5
ブラジル 2,357 1.3
カナダ 1,925 1.1
スイス 1,577 0.9
メキシコ 1,321 0.7
サウジアラビア 577 0.3
ニュージーランド 435 0.2
チリ 434 0.2
ロシア 169 0.1
その他の締結国 779 0.4
世界 181,704 100
協定を有する国・地域の合計 93,285 51.3

注1:太文字は投資関連協定(エネルギー憲章条約を除く)を締結していない国・地域。
注2:英国はEU離脱に伴い、移行期間が終了する2020年12月末に日EU・EPAの適用が終了する見込みのため、今回は対象国から外している。
出所:日本銀行「本邦対外資産負債残高」を基にジェトロ作成

こうした日本の投資関連協定の下で、投資仲裁が活用される事例も見られるようになっている。各種報道によると、2017年に日産自動車が、インドのタルミ・ナドゥ州政府が投資優遇税制措置を適切に履行しなかったとし、日インドEPAの下でインド政府を相手取って仲裁に付託した。2019年5月には、当該紛争の付託先である常設仲裁裁判所(PCA)が紛争の管轄権を認める決定をしており、今後の仲裁動向が注目される。

2020年1月には、モロッコやコートジボワールとの投資協定が署名されるなど、日本の投資関連協定数は増加している。今後、日本企業による投資仲裁の利用機会はさらに拡大する見込みだ。

活用には留意点、投資仲裁を取り巻く環境も変化

投資仲裁は、中立的な紛争解決手段として、さらには進出先政府との交渉材料として機能することは先に述べた。しかし実際に仲裁を活用するには留意点もある。一般的に、投資仲裁は解決までに平均して3~4年を要し、その訴訟費用もおよそ数千万円~数億円かかるといわれている(注7)。仲裁に踏み切る際には、費用対効果を考えた訴訟戦略が不可欠だ。

また、世界の投資仲裁制度を取り巻く環境も変化しつつある。一部の国では、投資仲裁制度が投資受入国による規制主権の行使を妨げているとし、不満が高まっている。米国は、北米自由貿易協定(NAFTA)の下で積極的に投資仲裁を活用してきたが、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)では、発効から3年後にカナダとの間でISDS条項を適用停止に、メキシコとの間でもその適用を大きく制限する。

一方、EUでは、投資仲裁を発展させる形で、常設の投資仲裁廷をFTAで規定し始めた。この規定では、締結国政府が仲裁人を任命することで仲裁制度が投資家寄りであるという懸念を解消しつつ、仲裁判断の正当性を担保するため上訴手続きなども定める。そのほか、主な仲裁機関である国際投資紛争解決センター(ICSID)や仲裁規則を定める国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)でも、世界レベルで投資仲裁制度の改革に向けた議論が進んでいる。

今後、日本企業による投資仲裁の活用が進む場合、こうしたルール形成の動向にも注意を払う必要があるだろう。


注1:
UNCTAD “Investment Policy Hub”を参照。
注2:
ISDSの概要については、「ISDS条項は「保証」ツールPDFファイル(625KB)」(2014年9月)も参考にされたい。
注3:
「先進国」と「新興・途上国」の定義は、IMFに基づく。
注4:
仲裁では、投資家の正当な期待を保護することを投資受入国に義務付ける「公正衡平待遇」に、スペイン政府が違反するかが争われた。個別の事例により詳細な理由づけは異なるが、上記10件のすべての仲裁廷は、申立企業はFIT制度が大幅に変更されないという認識のもと、投資が行えるという「正当な期待」を有していたことを認めた。スペイン政府の措置は、そうした期待に反していたとされ、エネルギー憲章条約に違反すると判断された。
注5:
2020年1月末時点で、署名済みの投資関連協定を含むと、日本は49の国・地域と投資関連協定を締結しており、そのカバー率は51.5%となる。
注6:
日EU・EPAは、第8章で投資の自由化を定めるが、国家対投資家の紛争解決手続きは現在(2020年1月末時点)も交渉中である。
注7:
経済産業省 2019年版不公正貿易書521ページ参照
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部国際経済課
山田 広樹(やまだ ひろき)
ダナン市投資促進部、プラハ国際関係研究所を経て、2019年にジェトロ入構。同年より現職。

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