日本ハム、リバプールFCと組んで東南アジア市場を開拓へ
「食とスポーツ」をキーワードにブランド力のない市場で新たに挑戦

2020年3月25日

英国プレミアリーグの名門リバプールFCのブランド力を東南アジアの国々(ASEAN)の市場開拓に生かす、と聞いてピンとくる人はどのくらいいるだろうか。リバプールFCが2019年末、サッカーのFIFAクラブワールドカップで優勝したり、日本代表・南野拓実選手をクラブ初の日本人選手として獲得したりしたことを知っている人は多いかもしれない。しかし、2019年4月からリバプールFCとのパートナーシップで、日本ハム株式会社がASEAN市場のマーケティングに取り組んでいることはあまり知られていないのではないか。日本ハム・スポーツコミュニティ部マネージャーの青島茂富氏へのインタビュー(2019年11月13日)を踏まえ、リバプールFCのブランド力を活用した同社のマーケティング戦略に迫る。

両者の強みを生かしたパートナーシップ契約を締結

日本ハムの社名とブランドは、日本では誰もが知っているといってもよい。同社のハム、ソーセージなどの食肉加工品、加工食品もよく知られている。同社は、プロ野球チーム「北海道日本ハムファイターズ」のゼネラルパートナーであり、プロサッカーJリーグ「セレッソ大阪」のトップパートナーでもあることも、ブランドの浸透には一役買っているだろう。しかし、ASEANではどうだろうか。同社の海外でのブランドは「NH Foods」だが、青島氏はASEANの消費者には「まだまだ知られていない」と認める。日本ハムは1989年からタイに製造工場を持ち、国内販売も行っているが、基本的には日本向けの工場だ。2011年にベトナム、2016年にはマレーシアに各国(および第三国)市場向けの工場を設立しているが、海外売上比率はまだまだ低い状況だ。

一方、ASEAN、アジアでのリバプールFCを含むプレミアリーグの知名度は、おそらく日本で想像するよりも非常に高いものがある。プレミアリーグの試合は、サッカー専門チャンネルを通してアジアで24時間流れている。プレミアリーグでアジア各国出身の人が活躍しているわけではないのに、熱狂的に応援している。リバプールFCを傘下に持つフェンウェイ・スポーツ・グループ(FSG)に確認(2020年1月)したところによると、リバプールFCの全世界のテレビ視聴者数は8億9,000万人で、うちアジア・オセアニア地域には24%を占める2億1,500万人いる。また、同クラブSNSの世界中のフォロワー数は4億4,000万人だが、うちアジア・オセアニア地域は2億8,000万人と63%も占めるという。一企業でこれだけのマーケティングのプラットフォームを作ることは容易ではないだろう。

そのリバプールFCは、本拠地である英国リバプールでの地域支援として、日ごとの生活もままならない人たちのために、食料を無償で提供する地元のフードバンク活動をサポートしている。通常は、観客がリバプールFCの試合に来るときに缶詰を持ってきたり、寄贈された食料を同クラブのCSR活動として配達したりするなどして、地域に還元しているが、さらに活動を充実させるため、今までパートナーシップがなかった食品会社を探していた。リバプールFCは英国でのフードバンク活動を成功事例として、アジアの地域活動につなげていきたいと考えていたところ、ASEANに工場を持ちマーケットを広げていきたいと考えていた日本ハムとうまくマッチした。2019年4月、両者はオフィシャルパートナーシップ契約を締結、「食とスポーツ」を通して、協力していくことになった。


2019年4月、日本ハムとリバプールFCはパートナーシップ契約締結
(日本ハム提供)

早速、同年9月に日本ハムは、常備食材として活用できるボロニアソーセージ(商品名:ストックポーク)を英国リバプールでフードバンクへ寄贈、同活動はリバプールFC公式SNSで世界中に拡散された。青島氏は「リバプールFCの活動に共感し、自社商品を生かして協力することができた」と喜ぶ。日本ハムは、スポーツ資産を生かした企業ブランド向上を目的に、2018年に青島氏が所属するスポーツコミュニティ部を設立していたことも、両者の話がスムーズに進む背景となった。


2019年9月、日本ハムが同社食品をフードバンクへ寄贈
(日本ハム提供)

商品の販売前に企業ブランドの浸透を

パートナーシップの締結以降、青島氏はリバプールFCの試合やイベントなどでNH Foodsブランドのロゴが使われることで、ASEANにおける同クラブのファン層の厚さを何度か実感している。例えば、2019年10月にリバプールFCがバンコクで開催した5キロ、10キロのマラソン・イベント「コップ・ラン」に8,500人が参加した。朝5時にスタートし、走り終わったランナーに朝食兼栄養補給のため、NH FoodsロゴとリバプールFCロゴを入れた紙カップに粗びきソーセージ入りうどんなどを入れて振る舞った。青島氏は「8,500人を自社だけで集めることは容易ではない。ブランド訴求に活用できた」と手応えを感じていた。「サッカーのファンは、自身が応援するクラブを支えてくれるスポンサー企業を応援する思いが強いといわれるが、リバプールFCのファンはその思いが実際に強い」とも感じている。このマラソン・イベントも、リバプールFCのウェブページやSNSで拡散された。


マラソン・イベントで、NH FoodsロゴとリバプールFCロゴ入りカップで食事を提供
(日本ハム提供)

ASEANに限らず、海外ではNH Foodsブランドはまだ知られていない。青島氏は「食品はブランドが知られていないと商品を手に取ってもらえない。商品名の前に、企業ブランドをみて手に取ってもらうことが大事だ。『ソーセージならNH Foodsを食べよう』と言われるようになりたい」という。リバプールFCという扉を使って市場開拓に必要な時間の節約ができる、とも青島氏は指摘する。それでも、企業ブランドの浸透には一定の時間がかかるだろうが、リバプールFCと組んだ日本ハムのASEANでのマーケティング戦略は動き出した。リバプールFCの南野選手獲得は、さらに追い風になるかもしれない。日本では圧倒的な知名度を誇っていても、海外では知られていないということはよくあることだろう。ブランド力のない市場で、いかに早く効果的にブランドを浸透させるか。

英国での支援活動が、ASEANでのマーケティングになるという一見つながりそうにない取り組みは、ASEAN市場の攻略方法、消費者にリーチする方法などを考える上で、参考になるのではないだろうか。

執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課長
小島 英太郎(こじま えいたろう)
1997年、ジェトロ入構。ジェトロ・ヤンゴン事務所長(2007~2011年)、海外調査部アジア大洋州課(ミャンマー、メコン担当:2011~2014年)、ジェトロ・シンガポール事務所次長(2014~2018年)を経て現職。 編著に「ASEAN・南西アジアのビジネス環境」(ジェトロ、2014年)がある。