スタートアップ企業が支える感染症との共存可能な世界(ブラジル)

2020年4月23日

ブラジルは4月に入り、新型コロナウイルスの急速な感染拡大期を迎えた(最新値外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。命を救うために「感染防止を優先する」のか、「経済・雇用の維持を優先する」のか。この2つの相反する命題はブラジル社会を二分する議論に発展している。この社会的課題に対し、スタートアップ企業によるスマートフォンを利用した監視システムがその解決に大きな役割を果たしている。

感染防止対策をめぐり、サンパウロ州知事と大統領に温度差

感染拡大の阻止を優先して厳格な自宅待機措置を継続すべきか、それとも経済的な打撃と失業を防ぐために柔軟な措置を取るべきか国内で論議が続いている。感染拡大が深刻化するサンパウロ州やリオデジャネイロ州など経済規模の大きな主要州の知事は、前者を主張している。

4月6日から、サンパウロ州政府はスマートフォンから発せられる信号を利用して、自宅隔離の対象となった人の動きを監視しその効果を測定し始めた。4月8日時点で、自宅待機を行うサンパウロ市民の割合は49%にとどまったことが判明。これを受け、ジョアン・ドリア・サンパウロ州知事は4月9日、「70%が自宅待機措置を順守しなければ感染拡大が防止できない」として、最低でも自宅待機割合が60%に達成しない場合は警告、罰金、投獄などの厳格な対抗措置を実施する可能性を示唆した。

一方、ジャイール・ボルソナーロ大統領は失業者の増加を懸念して、一律で自宅待機措置とするのではない柔軟な措置を主張している。一見すると人命の軽視や危機感のなさに映るボルソナーロ大統領の主張は、当初国民から批判を浴びメディアの格好の標的になった。しかし、経済への打撃が深刻化する中で、インフォーマルセクターで働く労働者や自営業者からの訴えが増え、また、これから新型コロナの感染がピーク期を迎えると見られるにつれて、大統領の主張に同調する州政府・自治体も増えてきている。

ブラジル保健省は各地域の状況に応じた措置を推奨

ブラジル保健省は、自宅待機措置を強化するか緩和するかという二者択一の議論ではなく、「感染拡大度合いや医療体制、貧困や治安状況など各地域の現場の状況に応じた弾力的な措置運用が重要」との見方を示している。保健省のワンデール・オリベイラ監視局長は4月11日、「自宅待機措置は各自治体の判断に委ねる」としながらも、ブラジル全体としては現時点で「ロックダウン」(厳格な隔離と違反者への処罰)は行わず、社会的距離を取り、マスク着用や手洗いなどの衛生対策が「最も効率的な武器だ」と説明した。

スタートアップの技術とアイデアで行動制限の最適化目指す

保健省のオリベイラ監視局長は、自宅待機を徐々に緩和してきたブラジリア連邦管区を称賛しながらも、緩和措置を講じるためには「緩和による影響を監視し評価することが重要」と強調している。この社会的課題に対し、スタートアップ企業によるスマートフォンを利用した監視システムがその解決に大きな役割を果たしている。

新型コロナウイルスの感染が先行した中国などアジア諸国では、感染拡大を防止する対策アプリの開発が進んでいる。ブラジルのスタートアップ企業であるサイバー・ラブズ創設者兼CEO(最高経営責任者)は「ウイルス感染対策に人工知能(AI)を組み込み、感染が流行しても共存できるような社会モデルに移行しなければならない」と強調している。以下、スマートフォンを活用した監視システム構築に貢献したスタートアップ企業2社を紹介する。

位置情報による行動把握で濃厚接触者に通知―イン・ロコ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

イン・ロコは、2010年にペルナンブッコ連邦大学の学生だったアンドレ・フェーハス氏が、共同経営者と共に創設したスタートアップ企業だ。ブラジル東北地域のレシフェ市で起業し、サンパウロ州に本拠を置く。同社は、Wi-FiやBluetoothなどスマートフォンセンサーによる位置情報データを活用し、30種類以上のソリューションを提供している。主要株主は、南アメリカ共和国のメディア多国籍企業ナスパーズのウェブサービス部門から発展した、オランダに本拠を置く国際投資会社プロサスだ。イン・ロコは、新型コロナウイルス対策のソリューションを4つ、自社ウェブサイトで公開している。

(1)全国州別社会的隔離指数マップ(最新値外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )/州別ランキング(最新値外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

社会的隔離指数マップを作成。このマップでは、隔離の推奨事項を順守している人口の割合を州ごとに表示する。当局は、このマップにより「健康や安全管理ができる」という。

(2)レシフェ市社会的隔離指数

レシフェ市内の人の動きを検証。同情報に基づいて市政府は、市内で人の移動が多く隔離が徹底されていない地区を把握することができる。

(3)サンパウロ市社会的隔離指数

サンパウロ市内の人の動きを検証。同情報に基づいて、当局は自宅待機が徹底されていない地区を把握することができる。

(4)海外帰国感染者から国内地方への感染拡大検証

州や市をまたぐ人の動きを検証。海外から帰国した感染者がサンパウロ国際空港を経由して地方空港に移動したことによって感染が広がったことを突き止めた。

同社は元々、小売業者や銀行に店舗内での顧客の位置情報に関するソリューションを提供していた。同社のプログラムは、位置情報を特定するだけでなく、一定期間内に顧客が訪問した場所を特定することもできる。位置情報の誤差は2~3メートル以内。既に国内6,000万台のスマートフォンに、同社プログラムを使用したアプリが搭載されている。個人情報保護については、訪問データを暗号化、ハッシュ化(不可逆変換)する技術を用いてセキュリティーを向上させ、個人が特定されない方法でデータを活用している。

新型コロナウイルス対策では、同技術を応用して、まずレシフェ市内から、次いでサンパウロ市、国内全州・連邦区で人の動きを測定している。

同社は3月末、ブラジル保健省と共に、新型コロナウイルス感染者と同じ場所に居る対象者へ通知を行うプログラムのテストを完了した。これにより、感染者と濃厚接触した者やその家族に対して通知、さらに検疫隔離措置の実施を指導できる。

また、感染者と同じ場所に居る者やその家族への通知することによって、自宅隔離の実践など対処方法に関する指導を提供できる。例えば、特定の薬局や医療保険所が混雑していると警告し、空いている最寄りの施設を提示することも可能になる。同社は全国統一保険医療システム(SUS)と連携して、同社のプログラムを組み込んださまざまな公衆医療衛生サービス提供を模索している。

AIと顔認識システムで感染防止プログラムを推進―サイバー・ラブズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます

同社は、2017年に創設されたリオデジャネイロに拠点を置くスタートアップ企業。創業者のマルセロ・サレス氏は、カトリック大学リオデジャネイロ校でコンピュータエンジニアリングを専攻し卒業。ナスパーズを主要株主とするブラジルのベンチャーキャピタル、モビレの取締役メンバーでもある。

同社は、社会的隔離の取り組みにおける技術を無料で提供するためリオデジャネイロ市と協定を締結した。ショッピングモール、ジム、レストラン、コパカバーナ海岸歩道などに設置されたカメラの前を通過する人々の写真を撮影し、データをリオデジャネイロ市に送信する。同社ソフトウエアは地図上に当該情報を投影し、これにより、どの場所が人の密集地になっているか把握でき、地区ごとに対策を講じることが可能になる。

同社は、人工知能と顔認識の機能を組み合わせた感染防止プログラムの開発を進めている。新プログラムではスマートフォンによる定期的な質問に回答する形で自己診断を行う。この診断内容を基に商業施設やマンションでは、アクセス管理方針を調整できる。例えば、対象者がスマートフォンQRコードをかざすと、非感染者は建物へのアクセスが許され、疑いがある場合は医療サービスに通知される。その方針は各施設が定義でき、同システムにはデジタル体温計の計測結果を追加することもできる。

執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所長
大久保 敦(おおくぼ あつし)
1987年、ジェトロ入構。ジェトロ・サンパウロ事務所調査担当(1994~1998年)、ジェトロ・サンティアゴ事務所長(2002~2008年)等を経て、2015年10月より現職。同年10月からブラジル日本商工会議所理事・企画戦略委員長、2017年1月から同副会頭。