米国はデジタル決済手段が発達、格差問題も

2019年6月10日

世界の金融取引情報を提供するウェブサイト「フォレックス・ボーナスィズ(Forex Bonuses)」が2017年9月に発表した「The World's Most Cashless Countries外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」で、米国は世界で最もキャッシュレス化の進む主要経済大国の第5位に位置付けられている(カナダが第1位、日本は第9位)。さまざまなデジタル決済サービスの登場に伴い、2010年代までに欧米諸国を中心に、キャッシュレス決済の活用が急速に広まっている。米国におけるキャッシュレス化の現状をみる。

1970年代以降のクレジットカード普及でキャッシュレス化が一気に進展、革新的サービスも

米国では、1970年の銀行秘密情報報告法(Bank Secrecy Act of 1970)の制定後、特にクレジットカードの普及に伴うキャッシュレス化が一気に進んだ。1958年にバンク・オブ・アメリカ社が発行を開始した世界初の消費者向けクレジットカード「BankAmericard」を源流として、1976年にはビザ(Visa)社が誕生した。リボ払いが可能な同カードは米国民の間で爆発的に普及した。1980年代初めから米国民の貯蓄率は低下する一方、負債金利の水準はそれほど下がらなかったことから、クレジットカードは米金融機関の重要な収益源の1つになっており、クレジットカード大国として知られる米国のリボ払い式クレジットカードの負債残高は現在、1兆ドルを上回るまでになっている。

これに加えて近年では、モバイル端末を利用した個人間送金/決済サービスの活用がミレニアル世代を中心に急速に拡大している。ペイパル社傘下の「ベンモ(Venmo)」は、無料のピア・ツー・ピア送金アプリケーションとして 2009年に登場し、ミレニアル世代の間で爆発的に普及した〔同アプリを介した総決済額は 2018年第4四半期(10~12月)には約190 億ドル〕。一方、ベンモに顧客を奪われることを危惧した米大手金融機関は 2017年、ベンモに対抗した個人間送金/決済サービス「ゼル(Zelle)」を共同で立ち上げた(2018年第4四半期におけるゼルの総決済額は約350 億ドル)。また、革新的なキャッシュレス(デジタル決済)サービスとして、アマゾン・ゴー(キャッシュレスコンビニ)、アップル・カード(iPhone 端末で管理されるデジタルカード)、ブロック・カード(BlockCard)(仮想通貨のデビットカード)もある。

依然として約3割の国民が現金を最も頻繁に利用

米国は、クレジットカードのほか、ペイパルやアップル・ペイ、グーグル・ペイといった人気デジタル決済サービスの誕生国だ。しかし、一般的な米国人の日常的な決済行動は依然として保守的で、現金による決済がその多くを占める。アトランタ、ボストン、リッチモンド、サンフランシスコの連邦準備銀行(Federal Reserve Bank)が共同で実施した米消費者の決済行動に関する調査(The 2017 Diary of Consumer Payment Choice)によると、米消費者の月間取引件数ベースで最も頻繁に利用されている決算手段は現金(全体の約30%)で、次にデビットカード(同約26%)、クレジットカード(同約21%)が続く。オンラインバンキングと請求書の支払いや、オンラインでの銀行口座振り込み、モバイル決済を含むデジタル決済手段の利用頻度は全体の8.9%で、小切手とほぼ同程度だ。また、決済手段別の平均取引額では、現金は平均23ドルと主に少額の決済で用いられており、カード決済は平均26~61ドル、200ドル以上の高額決済では、小切手や為替、オンラインでの銀行振り込みなどのキャッシュレス決済が最も多く用いられているとする調査がある。

レストランなどの実店舗におけるキャッシュレス化に対する意見は二分

米国におけるキャッシュレス化に関連した動きでは、欧州中央銀行(ECB)が500 ユーロ紙幣の廃止検討を発表したのと同時期の2016年2月、クリントン政権下で財務長官を務めた経済学者の ローレンス・サマーズ氏が100ドル札の廃止を訴えた。IMFの元チーフエコノミストで、ハーバード大学経済学部教授のケネス・ロゴス 氏も、2017年に出版した本の中で、100 ドル札の廃止は犯罪や脱税の抑制につながるだけでなく、中央銀行による将来的な金融危機対策に資すると主張するなど、高額紙幣の発行を廃止すべきとの議論が活発に行われている。また、全米に約 100店舗を展開するサラダ専門レストランのスィートグリーンや、ハンバーガーチェーンのシェイク・シャック、スターバックス、ブルーボトル・コーヒーなどの人気レストランやコーヒーショップチェーン店の中には近年、現金決済を基本的に受け付けないキャッシュレス店舗を試験的に展開する動きが見られる。これらの店舗がキャッシュレス化を推進する主な理由として、精算プロセスの迅速化や現金の管理にかかる時間の節減、店舗が強盗に狙われるリスクの低減など、利便性の高さを主張する声が多い。

しかし、米国内ではレストランなどの実店舗におけるキャッシュレス化に対する意見は二分されている。米国の小売りビジネスのキャッシュレス化の傾向に対し、ペンシルベニア州フィラデルフィア市は2019年2月、こうした店舗を違法とし、現金の取り扱いを義務付ける条例を全米都市で初めて制定した。同年7月以降は、同市内で現金を受け付けない、または現金決済を行う顧客に別料金を課している小売店には、最大2,000ドルの罰金が科されることになっているが、キャッシュレス店を禁止する規制は3月に、ニュージャージー州でも成立しており、ニューヨークやワシントンDC、サンフランシスコ、シカゴといった大都市を中心に、同様の動きが拡大しつつある。

連邦法に、物やサービスと引き換えに現金を受け取ることを事業者に義務付ける規定はないが、キャッシュレス店舗に対抗する法の策定に動く政治家は、現金決済を禁止する小売業者は銀行口座やクレジットカードを持たない人々に対し差別的で不公平な行為をしていると非難する。米連邦預金保険公社(Federal Deposit Insurance Corporation: FDIC)によると、2017年時点で米国の約4分の1に当たる3,200万世帯が銀行口座を持たず、または口座は持っているがペイデイローン(低所得者向けに、給料を担保に短期間・小口で行う融資サービス)などの銀行以外の金融サービスも利用しているという。銀行口座を持たない米国民の多くは、主に黒人やヒスパニック系住民で、所得や教育水準があまり高くない消費者層に集中している。ニューヨーク市においてキャッシュレス店を禁止する条例を提案した、リッチー・トレス市議会議員は「キャッシュレスは一見して特に害のない印象を受けるが、よくみると、そのビジネスモデルの根底には陰険な人種差別が潜んでいる」と述べ、キャッシュレス店は特定の人種・階層の消費者の購買力を奪うことにつながると警告している。

米シンクタンクのピュー・リサーチセンターが2018年に米国民約1万600万人を対象に実施した現金決算頻度に関するアンケート調査外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます でも、米国民の約70%が現在も毎週現金を使って買い物を行っているが、現金支払いを行っている割合は年間所得3万ドル以下の低所得層で特に高くなっていることが明らかになっており、キャッシュレス経済への動きは、米国が抱える格差社会の問題を大きくしている。

さらなる分析やデータについては、調査レポート「米国におけるキャッシュレス化の現状(2019年4月)」を参照。


注:
フリクションレス決済(frictionless payments)とは、購入機会を消費者の日常生活・環境にシンプルかつシームレスに取り込むためのデバイス、アプリ、ウェブサイトのデータを用いた決済手法のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所ディレクター〔兼(独)情報処理推進機構(IPA)ニューヨーク事務所長〕
中沢 潔(なかざわ きよし)
2017年8月より現職。北米東海岸を中心に、スタートアップ・エコシステム、コーポレート・イノベーションを含めIT関係動向調査、関係者紹介を行っている。