日中社会保障協定、1人当たり年間約80万円の負担削減に
天津で税務セミナー開催

2019年8月28日

ジェトロは8月2日、天津市で天津日本人会との共催により、「最近の税務などの動向について ―個人所得税、税務自己調査、ロイヤルティー、日中社会保障協定―」をテーマにセミナーを開催した。天津博納投資顧問有限公司の顧問の遠藤友紀雄公認会計士が、2019年1月に全面施行された改正個人所得税法のポイントや、天津市でも動きが広がっている、税務当局から企業に対する税務自己調査などについて解説した。

個人所得税、2022年から賞与特例計算と外国籍従業員対象の特定手当非課税措置廃止

2019年1月に改正された個人所得税法の主な変更点は次のとおり。

  • 月次で確定していた個人所得税額を、年度で確定させることになった。
  • 賃金・給与所得に対する月額基礎控除額が、中国人3,500元(約5万2,500円、1元=約15円)、外国人4,800元から、5,000元に統一された。
  • 子女教育費、高額医療費、扶養控除などの専門付加控除を新設した。
  • 低税率(3%、10%、20%)が適用される所得水準が引き上げられ、適用される所得の幅が拡大された。
  • 居住者・非居住者の判断基準の中国居住期間を、暦年1年から暦年183日に変更した。
  • 年1回、12分の1の金額の税率計算することが認められてきた、賞与の特例計算が2022年1月から廃止される。
  • 国外源泉所得への課税開始を、中国の居住期間5年超から6年超に引き上げ、居住期間をリセットできる中国出国日数を、1暦年度において連続30日以上の出国もしくは累計90日以上の出国から、連続30日以上の出国のみとした。

個人所得税を理解するには、(1)納税義務を負う者は誰か、(2)課税対象となる所得はどの部分か、(3)納税額をどう算出するか、(4)どのように納税するか、の4点を理解すべきである。

納税義務を負う者は誰か

納税義務者は、「中国国内に住所を有する者」と「中国国内に住所を有しない者」に分類される。ここで言う「住所」は中国の戸籍を指し、分かりやすく言い換えると、「中国国内に住所を有する者」は中国人、「中国国内に住所を有しない者」は外国人を指す。

「中国国内に住所を有しない者」は、さらに、「居住者」と「非居住者」に分類される。この定義が、2019年1月の改正で変更された。「居住者」は1納税年度(1~12月)の中国国内居住期間が累計で満183日に達する者、「非居住者」は同183日未満の個人を指す。

課税対象となる所得はどの部分か

課税対象は、中国国内で働くことで得る所得の「国内源泉所得」と、それ以外の、例えば日本での家賃収入や株式の売却益などの「国外源泉所得」に分けられる。

非居住者は、国外源泉所得は免税、国内源泉所得は日中租税条約の短期滞在者の免税規定の3つの条件(注1)を満たせば免税となる。

居住者のうち、中国居住期間が1年未満の人は、国外源泉所得は免税、国内源泉所得は課税となる。

居住者のうち、中国居住期間が1年以上6年以下の人の国外源泉所得は、原則免税、国内源泉所得などは課税対象となる。

居住者のうち、中国居住期間が6年を超えると、国外源泉所得も国内源泉所得も課税対象所得となる。

なお、中国の個人所得税の課税対象には、給与や賞与など給与所得に加え、家賃や出張手当などの現物支給、会社が負担する個人所得税(手取り額を補償するため、駐在員の個人所得税を会社負担する企業は多い)も含まれる。

納税額をどう算出するか

毎月その年度の各累計額に基づき税額を計算し、前月までに納付した税額を控除し当月の納税額を算出する。

給与が税込みで支給される場合の納税額は、次の計算式で算出する。

当月の納税額=【〔税込み月額給与累計額-費用控除額(5,000元)の累計控除額-個人負担の社会保険など累計額-専門付加控除累計額〕×税率-速算控除額】-前月までの納税額

従来、月次で確定していた個人所得税額を、年度で確定させることになった。これにより、適用される税率は、年初は低く、年末にかけて高くなる。

また、専門付加控除(表参照)が新設された。

表:専門付加控除の項目と控除額
専門付加控除項目 控除額
子女教育費 子女1人当たり1万2,000元(1,000元/月)
継続教育費 学歴継続教育4,800元(400元/月)
技能教育3,600元(300元/月)
高額医療費 年1万5,000元超の個人負担分(上限8万元)
住宅ローン利息 利息1万2,000元(1,000元/月)まで
住宅賃料 直轄市などの都市 1万8,000元(1,500元/月)
戸籍人口100万人超の都市 1万3,200元(1,100元/月)
戸籍人口100万人以下の都市 9,600元(800元/月)
高齢者扶養費 60歳以上の被扶養者2万4,000元(2,000元/月)

出所:講演資料を基にジェトロ作成

外国人も専門付加控除を使えるが、以前から外国人のみが適用できた、本来的には現物給与である会社負担の家賃や語学研修費などを課税所得としない措置と併用はできない。家賃を会社が負担する場合、専門付加控除の適用を受けるよりもメリットが多いことや、外国人に対する専門付加控除の取り扱いが明確でないことから、実務では、従来どおり現物給与を課税所得としない選択をする企業が多いと考えられる。ただし、外国人を対象とした、現物給与である会社負担の家賃や語学研修費などを課税所得としない措置は、2021年末で廃止される。その場合、賞与の特例計算の不適用と併せて、2022年から個人所得税額が多くなることが想定されることから、予算作成時に留意すべきであろう。

どのように納税するか

毎月原則、翌月15日までに源泉徴収により納税し、翌年3~6月に確定申告する。同じ所得に対して、他の国でも二重に課税された場合、居住国で確定申告して二重課税を排除する制度があるが、完全に排除できるかは計算が必要であり、実際には二重課税を完全に排除できないケースが多い。

日中社会保障協定が9月に発効へ、1人当たり年間約80万円の負担削減に

外国人に対する社会保険は、「中国国内で就業する外国人の社会保険への加入に関する暫定弁法外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」が施行された2011年10月15日以降、中国で就労する外国人は、中国で社会保険に加入し、使用者と本人が規定に従い、社会保険料を納付することが規定されている。中国で働く日本人は、日本でも厚生年金などに加入している場合が多く、年金保険料の二重負担の問題が生じている。中国では15年以上の納付実績がないと、年金の受給資格がない。帰任する際に、手続きをすれば、養老年金と医療保険の個人負担分が還付されるものの、会社負担分は掛け捨てとなっている。

手続きをすることで、2019年9月1日に日中社会保障協定の発効後、中国の年金制度への加入免除の適用を受けることができる。期間は原則5年間、ただし、さらに5年を超えない期間で延長を申請し認められる可能性はある。日本で、国民年金、厚生年金保険に加入し、保険料を納めている被用者が対象となる。日本の事業主を通じて、日本の年金事務所・事務センターに申請し、適用証明書の交付を受けることから手続きが始まる。しかし、日本で手続きが必要なことを把握していない日本の事業者が多く、中国出向者から日本の本社に説明した方がよい。なお、適用証明書交付申請書の受け付けは、2019年8月1日から始まっている。

天津市の2019年の社会保険料の月額納付基数の上限額は1万7,613元(注2)、養老保険の料率は企業負担分16%、個人負担8%となり、日本人1人当たりの養老保険納付額は年間5万725元となる。中国の年金制度への加入免除の適用を受けることで、日本人1人当たり年間約80万円相当の費用が削減できる。

税務自己調査、グループ内で対応統一を

次に、税務自己調査の注意点について説明する。国家税務総局は2019年、600社に税務自己調査を求める方針を出している。第1弾として5~6月、200社に税務自己調査を求めた。税務調査拡大の要因としては、(1)2018年に行われた機構改革で国税局と地税局が合併し、税務調査人員が増加したこと、(2)すべての業界、税種の統合的な管理が可能な税務システムにより、同業他社と比べて利益率が低いなど、調査対象の企業を効率的に検出しやすくなっていること、(3)景気後退や個人所得税の減税政策による税収不足を補う必要があること、などが挙げられる。税務局は、税額が大きい増値税を筆頭に、個人所得税、企業所得税、印紙税に着目して調査をしている。

税務自己調査の通知を受けた場合、誠実に対応する必要がある。自己調査の結果、誤りを見つけたら、自主申告することが望ましい。過去3年分が自己調査の対象となることから、納税額の誤りがあれば、まず過去3年分でどのくらいの追納額が生じるのか、算出する。また、グループ会社内で対応が異なると、その点を指摘されるリスクがあることから、グループ会社内で情報を共有し、対応に差が出ないように対処すべきである。なお、自己調査は、通知を受け取ってから2~3週間以内に回答期日を設定されており、対応できる期間は短い。

ロイヤルティーの自主検査報告書提出を求められたら

日本の親会社から原材料などの輸入があり、かつ、ロイヤルティーを日本の親会社に支払っている場合、このロイヤルティーの金額が原材料輸入金額の一部に該当すると判断され、関税の対象となる通関価格に含めるよう税関から指摘を受けるケースがある。税関の見方を分かりやすい例で説明すると、例えば、300元の原材料価格のものを輸入する際、支払う関税を少なくするため、通関時には低い価格(例:100元)で通関し、別途、ロイヤルティーの名目で差額(200元)を払っているのではないか、という考え方である。つまり、本来通関価格に含まれるべきものが含まれていないのではないかとの疑念である。

中華人民共和国税関輸出入貨物課税価格査定弁法外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」に基づき、ロイヤルティーが輸出入貨物と関わり、またはロイヤルティーの支払いが海外からの輸出販売の前提である場合には、当該費用は通関課税価格に計上し、関税と増値税を納税しなければならない。通関価格に含めるべきものに該当しないもの、例えば、修理補償費用を除く設備などの貨物の輸入後に発生する建設据え付け、組み付け、メンテナンスまたは技術援助費用などは、通関課税価格に含めなくてよい。

税関は、申告価格の真実性、正確性を検証するため、輸出入業者に、関連資料、証拠の提出を求めることができる。税関は、申告価格の真実性、正確性に疑義があるとき、あるいは、売り手と買い手の特殊関係が取引価格に影響を及ぼしている疑義があるとき、「通関価格質疑通知書」を発行し、納税義務者もしくはその代理人は同通知書を受け取ってから5営業日以内に申告価格の真実性、正確性あるいは、売り手と買い手の特殊関係が取引価格に影響を及ぼしていないことを証明する書面を提出する必要がある。

近年は、税関が企業に対し、企業自ら申告価格について自主調査をして「自主検査報告書」の提出を要求することが増えている。当初は、自動車部品や電子部品業界が主な対象であったが、最近はすべての業種が自主検査報告書提出の対象となっている。自主報告書提出を求められたら、いいかげんな報告書を提出すべきではない。税関は、提出された自主検査報告書から企業の管理状況が把握でき、また、税関調査の対象とするか判断するからだ。また、報告書提出の要請がある前に、税関申告価格の妥当性を説明できるよう体制を整備し、ヘルスチェックを行っておくことが安心につながる。


注1:
(1)中国での滞在期間が暦年で183日以下、(2)給与などが日本企業から支払われている、(3)給与などが中国現地法人などに負担されていない。
注2:
社会保険の納付基数は原則、加入者本人の前年の平均月額賃金になるが、下限と上限が設けられている。2019年7月の天津市における社会保険納付基数上限額は、天津市の2018年従業員平均月額賃金(5,871元)の300%の1万7,613元。
執筆者紹介
ジェトロ・北京事務所 次長
日向 裕弥(ひなた ひろみ)
2016年からジェトロ・北京事務所勤務。