労働安全衛生基準が明確化(フィリピン)
労働者保護強化に動く

2019年3月15日

フィリピン労働雇用省(DOLE)は2018年12月、外資企業を含む国内全企業を対象に、職場の安全に係るトレーニング、安全対策設備・標識の導入、応急処置室や看護師の配置などを義務付ける「労働安全衛生基準順守強化法」(共和国法第11058号)の施行細則(IRR)を制定した。これにより、従来は不明瞭だった労働安全衛生基準が明確に定められた。

社内診療所の設置が必須に

細則では、全ての雇用者は労働者に医療サービスとその施設を提供しなければならず、応急処置室や診療所を置くことが原則必須となった(表1参照)。例外として、職場から5キロメートル以内かつ移動時間が25分以内のところに病院があり、緊急の場合に労働者をその病院に搬送することが可能で、かつ労働者の治療にその病院を利用することができる契約書を病院と締結している場合、表1に示す施設の設置は免除される。

表1:労働者数別に必要とされる応急施設室などの数 
労働者数 低リスク 中~高リスク
応急処置室 診療所
(ベッド数)
病院
(ベッド数)
応急処置室 診療所
(ベッド数)
病院
(ベッド数)
1-9 1 0 0 1 0 0
10-50 1 0 0 1 0 0
51-99 1 1 0 2 1 0
100-199 注1 1 0 注3 2 0
200-250 注1 2 0 注3 2 0
251-500 注1 2 0 注3 2 0
501-750 注1 注2 0 注3 注4 0
751-1000 注1 注2 0 注3 注4 0
1001-2000 注1 注2 1 注3 注4 1

注1:以降100人またはそれ以下の労働者が増えるごとに1を追加。
注2:以降200人またはそれ以下の労働者が増えるにつき1を追加。
注3:以降50人またはそれ以下の労働者が増えるごとに1を追加。
注4:以降100人またはそれ以下の労働者が増えるごとに1を追加。
出所:労働雇用省

表1に記載されているとおり、従業員数および職場の安全性レベルによって、職場に配置すべき安全管理者(注1)、応急救護士(注2)、看護師、歯科医、医師、応急処置室などの数が規定されている(施行細則PDFファイル(525KB) 14~15ページ参照)。職場の安全性レベルは低・中・高の3段階あるが、フィリピン労働法に詳しい桃尾・松尾・難波法律事務所の上村真一郎弁護士によると、3段階の区分は業種ごとに定めるものではなく、企業ごとのケース・バイ・ケースの判断となり、その判断は安全管理者が行う。

施行細則は、DOLEが事業所に年1回立ち入る年次監査についても規定している。安全管理者、事業所の管理者と労働者の代表者が立ち会い、事業所の業務時間帯であれば、DOLE担当者は昼夜を問わず職場に立ち入ることができる。これについて、上村弁護士は「事業所の数が膨大なため、毎年実施されることはなく、DOLEに対して違反の連絡があった企業を優先的に実施することになろう。ただし、DOLEが監査に入った際には、施行細則の順守状況を厳密にチェックするだろう」と話す。

最大7万5,000ペソの罰金も

施行細則を故意に順守しない、または拒否する場合、2万~5万ペソ(約4万2,000~10万5,000円、1ペソ=約2.1円)(表2参照)の罰金を取られることが規定されており、同一の禁止行為を繰り返した場合、繰り返すごとに当該罰金にその50%相当を加えた追加的な罰金が科される。

表2:不順守・拒否した場合に罰則の対象となる行為と罰金
不順守・拒否行為 罰金
DOLEへの設立登録 20,000.00ペソ
作業前の作業安全指導・オリエンテーションの実施 20,000.00ペソ
労働者のトレーニング(応急手当、強制労働者トレーニング)の提供、安全管理者と衛生職員のための強制的な労働安全衛生トレーニング 25,000.00ペソ
安全標識・安全装置の設置 30,000.00ペソ
医療用具・器具・設備の提供 30,000.00ペソ
労働安全衛生基準に規定された報告要件の提出 30,000.00ペソ
安全管理者および/または労働衛生要員の提供 40,000.00ペソ
労働安全衛生基準で要求されている認定された要員または専門家の提供 40,000.00ペソ
安全衛生委員会の設置 40,000.00ペソ
総合安全衛生計画の策定・実施 40,000.00ペソ
危険有害性・危険性に関する情報の提供(化学物質安全性データシートの欠如、運搬・持ち上げなどに関する標準作業手順書書の不備、閉所・高温作業の許可システム不要、ロックアウト・タグアウトシステム不要など) 40,000.00ペソ
衛生施設・福利施設の提供 40,000.00ペソ
タスクのための承認された、または認証されたデバイスおよび機器の使用 50,000.00ペソ
個人用保護具の提供または提供された個人用保護具の労働者への課金 50,000.00ペソ
DOLE発行の作業停止命令への対応 50,000.00ペソ
他の労働安全衛生基準への準拠 40,000.00ペソ

出所:労働雇用省

さらに、前述の罰金に加えて、以下の行為があり、非順守が認められた場合は、別途10万ペソの罰金が科される。

  1. DOLE長官またはその権限を与えられた代理人が対象となる職場にアクセスすることを妨げ、遅らせ、拒否したり、関連する記録や文書へのアクセスを拒否したり、労働安全衛生基準の順守を判断する上で必要な事実の調査を妨げたりすること。
  2. DOLEに提出された陳述書、報告または記録が、重要な点において虚偽であることを知りつつなされた労働安全衛生基準の順守に関する虚偽表示。
  3. 雇用の終了、支払いの拒否、賃金および給付の減額のような報復措置をとること。または、実施されている検査に関する情報を提供した労働者を差別すること。

労働者保護政策が次々と

ドゥテルテ大統領は2016年6月の就任以降、労働者を保護するための労務関連法規を制定し、雇用主側に順守の徹底を求めている。

最初に行われたのは、半年の試用期間に満たない期限付きの雇用契約の下、解雇と再雇用を繰り返す短期雇用形態「ENDO(end of contractの略)」の取り締まり強化だ。「30万人以上を正社員化させた」と大統領はその成果を強調し、さらなる法律の整備を行っていくとしている。2018年5月には、「労働力のみの請負契約」を禁止する大統領令を出した。労働者を派遣請負業者から受け入れた際、請負業者ではなく受け入れ企業が直接指揮監督しているとDOLEがみなした場合、受け入れ企業が派遣労働者の直接の雇用者とみなされ、自社の社員として雇用する義務を負う。

豊富で若い労働力や低い賃金上昇率を背景に、特に労働集約型の製造業やIT-BPO関連企業にとって魅力ある投資先として認知されつつあるフィリピン。次々と打ち出される労働者保護政策に対応するため、日系企業は雇用、労務対策を注意して行う必要がある。


注1:
DOLEまたはDOLE認定トレーニング機関によってトレーニングを受けた会社の従業員または役員(施行細則PDFファイル(525KB)4、12ページ参照)
注2:
フィリピン赤十字またはDOLE長官が認可した団体により、応急手当を実施するトレーニングを受け、正式に認定された者(施行細則PDFファイル(525KB)2ページ参照)
執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
坂田 和仁(さかた かずひと)
2007年、ジェトロ入構。産業技術部、沖縄事務所、ソウル事務所、企画部企画課などを経て、2017年より現職。