米国主要都市におけるスマートシティー化の動き
交通・エネルギーにとどまらず、市民生活環境を改善

2019年8月28日

国連の「世界人口予測2018年改訂版」によると、世界の人口に占める都市人口の比率は2050年に68%になると言われており、都市化に伴い世界中でさまざまな問題が発生している。こうした中、情報通信技術(ICT)を活用して都市のサステナビリティー(持続可能性)を高めようとする試みとして、スマートシティー実現を目指す動きがみられる。スマートシティーを明示的に定義することは難しいが、その本質はICTにより都市が提供するサービス機能を向上させることにある。本稿では、各都市のスマートシティー化に向けた取り組みを評価した幾つかの指標を紹介するとともに、米国主要都市におけるスマートシティーの取り組み事例をみる。

ISO規格を含む複数のスマートシティー指標

国際標準化機構(ISO)は2014年以降、スマートシティーを含む、都市の持続可能性に関する初の国際標準規格として、都市サービスと生活の質のための評価指標「ISO37120」を制定している。この指標は、経済や教育、エネルギー、環境・気候変動、健康、レクリエーション、治安、通信とイノベーション、交通、都市計画などの項目に基づき、各都市を評価する。これまで27カ国63都市が認証を受け、米国からはボストン(マサチューセッツ州)、ロサンゼルス(カリフォルニア州)、サンディエゴ(カリフォルニア州)、ドラル(フロリダ州)、ポートランド(オレゴン州)の5都市が最高レベル「Platinum」の認定 を受けている(WCCD: Global Cities Registry for ISO 37120参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

また、スペイン・ナバラ大学のIESEビジネススクールは5 月に、IESE Cities in Motion Index 2019を発表した。これは、人材や社会的結束力、経済、環境、ガバナンス、都市計画、国際的訴求力、技術、モビリティーといった項目に基づき、80カ国 174 都市を評価している。トップ 10の都市は次表のとおりで、ロンドン、ニューヨーク、アムステルダムが上位に挙がっている。

表:IESE Cities in Motion Index 2019における都市ランキング
順位 都市(国・地域) CIMI指数
1 ロンドン(英国) 100.00
2 ニューヨーク(米国) 94.63
3 アムステルダム(オランダ) 86.70
4 パリ(フランス) 86.23
5 レイキャビク(アイスランド) 85.35
6 東京(日本) 84.11
7 シンガポール(シンガポール) 82.73
8 コペンハーゲン(デンマーク) 81.80
9 ベルリン(ドイツ) 80.88
10 ウィーン(オーストリア) 78.85

出所:IESE資料を基にジェトロ作成

2位のニューヨーク(米国最高位)は、人材(3位)、都市計画(2位)、モビリティーと輸送(5位)などの点で特に高い評価を得ている (IESE Cities in Motion Index 2019参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

これらにみられるように、世界各都市を対象としたスマートシティーに関する指標には、交通やエネルギーの分野だけでなく、市民の生活環境の改善に資するさまざまな項目が取り上げられている。

環境やサイバーセキュリティー分野に力を入れるニューヨーク市

米国内の各都市は、さまざまな都市機能に焦点を当てながら、スマートシティーに関する取り組みを進めている。ニューヨーク市は、環境やサイバーセキュリティー分野に力を入れており、ビル・デブラシオ市長は2019年4月、地球温暖化対策計画「NYCグリーンニューディール外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を発表した。計画では、2030年までに温室効果ガス排出量の30%近い削減を目指し、140億ドルの投資と市の法制度整備を行う。これによって、再生可能エネルギー拡大と建築物対応改修による数万人の雇用創出が見込まれ、所得格差の是正も期待されている。ニューヨーク市では、パリ協定順守にとどまらず、温室効果ガス削減をさらに推し進めようとしており、同計画では、世界初となる全ての大型建築物への温室効果ガス排出量削減の義務付け、新規のガラス張り建築の禁止、市の電力100%クリーン化といった目標が掲げられており、こうした措置により温室効果ガス排出量の23%削減、2050年までのカーボン・ニュートラル(炭素中立)化を実現しようとしている。

また、スマートシティー実現に当たっては、モノのインターネット(IoT)活用の前提となるサイバーセキュリティーを注力分野と位置付けて、この分野で世界的な地位を築き上げることを目指している。そのためのプログラム「Cyber NYC外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」では、1億ドルの官民共同投資を行い、1万人の雇用創出を目標に掲げている。プログラムの一例としては、コロンビア大学の研究から生まれた知的財産を基にして、新たなサイバーセキュリティー分野のスタートアップ企業の立ち上げを目的とする「インベスターズ・ツー・ファウンダーズ(Investors to Founders)」や、サイバーセキュリティー人材育成のための速習訓練プログラム「サイバー・ブート・キャンプ(Cyber Boot Camp)」などが挙げられる。

ニューヨーク以外の都市でも独自の取り組み

ニューヨーク以外の都市でも、独自の取り組みが進められている。オハイオ州コロンバス市は、スマート・コロンバス・プロジェクトとして、スマートシティー化を通じたモビリティー向上により、乳幼児の死亡率を40%低下させるとともに、2020年までに医療格差を半減させることを目指している。この実現のため、医師の訪問診療支援スマートフォンアプリの開発、低所得地域の公共交通アクセス改善などの施策を掲げ、2015年12月に米国運輸省が開始したスマートシティー・チャレンジ(Smart City ChallengePDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.2MB))の優勝都市にも選ばれた。

カリフォルニア州サンフランシスコ市では、行政データを戦略的な財産として管理し、オープンデータとして発信する取り組みを進めている。同市は2009年に立ち上げたポータルサイト「データSF外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」を中心に、オープンデータ化に取り組んでおり、約470のデータセットが公開されている(6月時点)。オープンデータをポータルサイトから発信することで、分析や研究、パフォーマンスの可視化、活動の評価、ウェブあるいはスマートフォンアプリの開発が進み、データ主導のエコシステムが発展する。それによって、市民生活の質の向上、サービス提供の効率化、正しい判断、新規ビジネスの創出といった好循環が期待されるという考えに立っている。

イリノイ州シカゴ市は、シティー・テック・プロジェクト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます の中で、都市問題を検討し、その成果を他都市にまで展開することを目指している。現在は、都市問題の解決策を地方自治体・企業・市民などに展開可能なかたちで提供すること、市民参加型ユーザーテストのプラットフォームの運営、都市問題を考える国内外との交流活動などを行っている。

交通・エネルギー分野にとどまらないスマートシティー化の動き

各都市が進めるスマートシティー化の動きは、交通・エネルギー分野だけでなく、市民の生活環境の改善に資するさまざまな項目にわたっている。さらなるスマートシティー化のためには、分野横断的なデータの連携・活用による全体最適化の付加価値を生むシステムが構築できるか、並行して、いかにして個人情報保護とプライバシーを確保していくかなどが課題だ。

さらなる分析やデータについては、調査レポート「北米(アメリカ、カナダ)におけるスマートシティーの取り組み(2019年6月)」PDFファイル(955KB) を参照。

執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所ディレクター〔兼(独)情報処理推進機構(IPA)ニューヨーク事務所長〕
中沢 潔(なかざわ きよし)
2017年8月より現職。北米東海岸を中心に、スタートアップ・エコシステム、コーポレート・イノベーションを含めIT関係動向調査、関係者紹介を行っている。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査部
樫葉 さくら(かしば さくら)
2014年、英翻訳会社勤務を経てジェトロ入構。現在はニューヨークでのスタートアップ動向や米国の小売市場などをウォッチ。