フードテックのベースフード、テクノロジーで「おいしい」と「健康」を両立(米国)
日系スタートアップの米国進出事例

2019年11月5日

完全栄養の主食(注1)を開発・販売する日系フードテック企業のベースフード(Base Food)は2018年8月、米国サンフランシスコに海外初の拠点を開設した。日本での設立(2016年)からわずか2年で海外進出した同社創業者の橋本舜最高経営責任者(CEO)に、起業のきっかけや、サンフランシスコに米国拠点を開設した理由、今後の展望について、ジェトロ・サンフランシスコ事務所が取材した。

「おいしい」+「健康」=社会貢献

ベースフードが開発・販売するのは、パンや麺にビタミンやミネラルなどを加え、成人が1日に必要な栄養素の3分の1を1食で摂取できるようにした「ベースブレッド」と「ベースヌードル」。起業のきっかけは、東京都内の大手IT企業に勤務していた橋本氏が、多忙な社会人として「おいしくて健康的なものを食べるのが難しい」と感じたこと、「多忙な人でもおいしくて健康的なものを食べられるようにすることによって、社会貢献ができないか」と考えたことだった。橋本氏は、主食を健康的にすることが食事全体を健康的にする早道と考え、週末に自宅で麺づくりを始める。試作を重ねるうちに確信が持て、それまで勤めていたIT企業を退職した。2016年にベースフードを設立し、クラウドファンディングで資金を集め、2017年2月にはアマゾンで 「ベースパスタ」を販売するに至った。


橋本舜CEO(ベースフード提供)

現在、日本では商品は自社のウェブサイトでのみ販売している。日本の売り上げの大半を占めるのは、「大人の給食」をコンセプトにした定期購買サービス。2019年5月までに累計販売食数は50万食に達した。同社の商品は、全粒粉や昆布、チアシードなど、自然由来の栄養価の高い原材料が10種類以上ブレンドされている。「健康的な食べ物は酸味や苦みが強いことも多く、『おいしい』と 『健康』は矛盾しがちだが、テクノロジーによってこのトレードオフをなくすことができる」と橋本氏は述べる。

起業当時から海外を視野に

同社は創業からわずか2年ほどでベースフードU.S.をサンフランシスコに開設している。橋本氏は起業当時から、「海外進出する気でいた」という。「健康は世界共通のテーマ。日本発のオリジナル商品を海外へ届けることが日本経済への貢献にもなると思った」

サンフランシスコ・ベイエリアでは近年、オフィス賃料や人件費の高騰が顕著で、エリア外や州外へ移転する企業も少なくない。

図1:都市別 平均オフィス賃料・空室率(2019年第2四半期)
1スクエアフィートあたりの年間賃料は、サンフランシスコ89.54ドル、ロサンゼルス大都市圏41.28ドル、ニューヨーク・マンハッタン63.13ドル、シカゴ(セントラルビジネス地区)40.58ドル、ボストン(ダウンタウン)64.51ドル。 空室率は、サンフランシスコ3.6%、ロサンゼルス大都市圏14.3%、ニューヨーク・マンハッタン9.6%、シカゴ(セントラルビジネス地区)11.7%、ボストン(ダウンタウン)6.2%。

出所:CBREのデータを基にジェトロ作成

図2:大都市圏別 1人当たりの年間所得(2017年)
サンノゼ・サニーベール・サンタクララ96,623ドル、サンフランシスコ・オークランド・ヘイワード91,459ドル、ボストン・ケンブリッジ・ニュートン74,024ドル、ニューヨーク・ニューアーク・ジャージーシティ71,019ドル、ロサンゼルス・ロングビーチ・アナハイム60,087ドル、シカゴ・ネイパービル・エルジン58,315ドル。

出所:米経済分析局のデータを基にジェトロ作成

こうした中、ベースフードが海外拠点としてサンフランシスコを選んだ理由は、(1)新しいものに対してオープンで、面白いことをやっていれば道が開かれる風土、(2)先進的なコンセプトプロダクトはサンフランシスコ発が多いこと、(3)西海岸は時差の関係でも日本と仕事がしやすいことだという。「(コスト面から)同じ西海岸でも、ロサンゼルスの方が良いのではとの助言を受けることもある。米国拠点の規模が大きくなればそうかもしれないが、今は優良な人材の多いサンフランシスコの方が適していると考える」と橋本氏は言う。

ミッションに共感する優良人材を獲得

同社も他の日系企業同様、トランプ米政権のビザ審査の厳格化により、日本本社の人材を駐在させるためのビザ取得に時間がかかるなど、海外展開における苦労があった。また、米国でのビジネスでは人材の確保も課題となるが、現地の人材については、同社のミッションに共感し日本語が堪能な米国人の採用に成功している。現在、ベースフードU.S.は米国人3人で構成しているが、いずれも一般的な採用プロセスではなく、イベント参加などを通じて知り合い採用した人材だ。同社米国オフィスの最高執行責任者(COO)に就任したマイケル・ローゼンズウィグ氏は、日本で暮らした経験もあり、日本語が堪能なだけでなく、著名ビジネススクールのペンシルバニア大学ウォートン校でMBAを取得している。2018年、テック企業で働いていたローゼンズウィグ氏は参加していたテックスタートアップイベント「ディスラプト・サンフランシスコ」(注2)の会場で、ベースフード日本本社の最高技術責任者(CTO)の島田孝文氏と、ベースフードU.S. 代表の高橋篤哉氏に会ったことが同社に採用されるきっかけとなった。ローゼンズウィグ氏は「食品、サステナビリティー、国際ビジネスのいずれにも興味があり、一度に経験できる会社がベースフードだった。チームに会った時、『人々がおいしく健康的な食事を簡単に取れるようにする 』という夢があるのが明らかだったし、自社のミッションに情熱を持った社員のいる企業で働きたいと思った」と述べた。

まずは地域を絞って販売

ベースフードU.S.は2019年9月、「ベースヌードル」をオンラインで販売開始した。麺の生産は「やまちゃんラーメン」で有名なサンノゼの製麺工場ニッポン・トレンズ・フード・サービスに委託している。日本同様、自社ウェブサイトでのオンラインのみで販売し、現時点では販売地域をカリフォルニア州のほか、アリゾナ州、 オレゴン州、コロラド州、 ネバダ州、 ユタ州、 ワシントン州のみとしている。西海岸とその近隣州に限定する理由について、橋本氏は「全米で販売しようと思えば、倉庫や物流の問題もある。米国は非常に広く、地域によって嗜好(しこう)も異なるため、マーケティングも変える必要が出てくる」と語る。「まずは、サンフランシスコ・ベイエリアでの認知を高めていきたい」


ベースヌードル(ベースフード提供)

今後も「地道に顧客基盤をつくる」

同社は8月28日、9月の販売開始に先駆けて、ラーメン凪のパロアルト店で試食イベントを開催した。現地メディアや食品関係者ら40人ほどが訪れ、同店で期間限定で販売するベースヌードルを使った特別メニューのラーメンを試食した。


マイケル・ローゼンズウィグCOO(左)、試食イベント会場の様子(中央)、
ベースヌードルを使用したラーメン凪の特別ラーメン(ジェトロ撮影)

今後の取り組みは、このようなレストランとのコラボレーションも行っていくが、「現在の顧客にインタビューを行い、どのような商品をどうやって伝えていくか地道に調査をかけていきたい。その上でサプライチェーンの安定を図る」と橋本氏に気負いはない。現時点ではベースヌードルのみの米国展開だが、将来的にはベースブレッドの販売も視野に入れている。


注1:
栄養素等表示基準値に基づき、脂質・飽和脂肪酸・n-6系脂肪酸・炭水化物・ナトリウム・熱量を除いて、全ての栄養素で1日分の基準値の3分の1以上を含む。
注2:
テックメディア「テッククランチ」主催で毎年開催されるテック・スタートアップの大型イベント。
執筆者紹介
ジェトロ・サンフランシスコ事務所 調査部
田中 三保子(たなか みほこ)
2015年、ジェトロ入構。外資系消費財企業を経て2012年渡米、サンフランシスコ・ベイエリアでは日系食品メーカー勤務ののち、2015年2月から現職。