ブロックチェーン技術の中心拠点を目指すニューヨーク市(米国)

2019年1月17日

仮想通貨の基盤技術などとして、特に金融業界を中心にブロックチェーンが注目を集めている。世界のブロックチェーン関連市場は急速に拡大しており、米国、とりわけ世界の金融センターであるニューヨークが同市場を牽引している。ニューヨーク市はブロックチェーン関連事業を包括的にサポートするブロックチェーン・センターの開設、ブロックチェーン・ウィークの開催などさまざまな取り組みにより、ブロックチェーン技術の中心拠点になることを目指している。

世界のブロックチェーン市場の36%を占める米国

仮想通貨をはじめとして、金融サービスなどを一新させる技術として注目されるブロックチェーン。金融情報サイトの「iFinance」によると、ブロックチェーンとは、世界中に点在するコンピュータにデータを分散することにより、中央管理的なコンピュータを置かずに、破壊や改ざんが困難なネットワークを作る、分散型台帳技術のことを指す。活用が期待される分野は多岐にわたるが、とりわけ、金融サービスの取引は、高度なセキュリティーが求められると同時に、銀行や証券会社など仲介業者が多いという特性があり、このどちらにも対応できる技術として、ブロックチェーンへの関心が高まっている。

米IT市場調査会社であるインターナショナル・データ・コーポレーション(IDC)が2018年7月に発表した世界のブロックチェーン市場に対する支出(ソフトウエア、国際送金・決済、経路追跡など)予測外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、2018年の支出額は、2017年の2倍となる15億ドルの見込みであり、世界のブロックチェーン市場は2017年から2022年にかけての5年間で年平均73.2%のペースで成長し、2022年には117億ドルに達することが予測されている。また、分野別では、2018年に最も多くの支出が予測されるのは金融分野(5億5,200万ドル)で、流通・サービス分野(3億7,900万ドル)、製造・資源分野(3億3,400万ドル)が続いている。

一方、世界のブロックチェーン市場を地域別にみると、2022年までの予測期間を通じて、ブロックチェーン支出規模が世界全体の36%を占める米国が最大市場となっており、これに西欧諸国、中国が続く。

ブロックチェーン・ビジネスの中心地ニューヨーク

米国内では世界の金融センターであるニューヨークが、ブロックチェーン関連ビジネスの中心地となっている。同市の経済振興や都市開発を担うニューヨーク市経済開発公社(NYCEDC)によると、ニューヨーク市における2017年のブロックチェーン投資額は約2億ドル近くに達し、同分野に関連する雇用需要は2015年から8倍拡大外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます しているという。

米国内での地域別の投資額のデータはないものの、労働市場に関するデータ分析を行うバーニング・グラスのデータ(表参照)でも、ブロックチェーン技術に関わる職種で人材を募集している企業は、米国の中でニューヨーク市が最も多い。「フォーブス」誌(電子版2018年2月26日)を基に、バーニング・グラスが2017年にオンライン上での求人募集件数を調査したところ、1位のニューヨーク市は1,316件で、2位のサンフランシスコ市(651件)と比較すると約2倍の件数に達した(表参照)。米国内で募集がある職種は、大半がソフトウエア開発者、プロダクト・マネジャー、セキュリティー・エンジニアなどの技術職だった。

表:ブロックチェーン関連の求人が多い米国の上位10都市(2017年)
順位 都市名(州名) 求人件数
1 ニューヨーク(ニューヨーク) 1,316
2 サンフランシスコ(カリフォルニア) 651
3 ボストン(マサチューセッツ) 211
4 シカゴ(イリノイ) 148
5 パロアルト(カリフォルニア) 132
6 オースティン(テキサス) 116
7 サンノゼ(カリフォルニア) 97
8 アトランタ(ジョージア) 82
9 ローリー(ノースカロライナ) 81
10 ロサンゼルス(カリフォルニア) 72
注:
米労働市場分析企業バーニング・グラスの調査結果。
出所:
「フォーブス」誌(電子版2018年2月26日)

この結果について、ITコンサルタント企業のイースト・ロック・ソフトウェアの創業者、ステファン・ロビンソン氏は「ニューヨークは世界の金融の中心地であり、この業界をさらに発展させるための技術として、ブロックチェーン技術の重要性がよく認識されている」と述べた[「フォーブス」誌(電子版2018年2月26日)]。

ニューヨーク市はブロックチェーン・センター開設を発表

NYCEDCは2018年5月、ニューヨーク市をブロックチェーン技術の中心拠点とすることを目指し、同分野を発展させるための取り組みを発表した。その中核に位置付けられるのが、「NYCブロックチェーン・リソース・センター」の開設外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます である。同センターは、人々が教育を通じてブロックチェーン技術に対する認識を高め、起業家のビジネスサポート、指導プログラム、アドバイザリー・サービス、同業者のコミュニティーづくりなど、ブロックチェーン関連の新しい事業を拡大させるために必要なサポートを包括的に提供する。NYCEDCは、ブロックチェーン・センターの初年度の開業資金として10万ドルを拠出する。NYCEDEのカレン・バティア副会長は「目標は人々がセンターを訪れ、ブロックチェーンについてもっと学ぶことができるコミュニティーセンターづくりである」と述べた(「コインデスク」2018年5月14日外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。

NYCEDCのジェーズ・パチェットCEO(最高経営責任者)は「ブロックチェーンの先導役として、世界でこれほど適した都市はない。ニューヨークは金融、不動産、メディア、テクノロジーの世界的リーダーであり、すべての産業が、この新しいテクノロジーにとてつもないイノベーション機会を見いだしている」とし、「ニューヨーク市はブロックチェーン技術に精力的に取り組み、業界を成長させる方法を見つけ、市民に素晴らしい機会を創出できるようにしていく」と述べている。

また、同分野でのイノベーションをさらに促進するために、NYCEDCは「ブロックチェーンコンテスト」を開始する計画も発表した。同コンテストは、ブロックチェーン技術を使って、市政サービスを改善するためのアイデアを生み出すことを目的とし、現在、具体的なコンテストの企画案を公募中の段階である。一般市民の意識を高めるために、ブロックチェーン技術の基礎情報を教える、無料のワークショップを開催することも予定している。

ニューヨーク市はこれらの取り組み以外にも、仮想通貨情報サイト大手「コインデスク」との共催で、2018年5月に第1回「ブロックチェーン・ウィーク」を開催した。同期間中には、ブロックチェーン関連に絞り込んだ就職フェアやセミナーなど、市内各地で20以上のイベントが開かれた。ブロックチェーン・ウィークの主要イベントとなったのが、世界最大規模の仮想通貨関連カンファレンス「コンセンサス」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます だ。3日間にわたる同会議では、ブロックチェーンや仮想通貨について議論するため、各業界の新興企業や投資家、金融機関、政府関係機関などが、ブロックチェーン業界の現状や問題点、今後の課題について議論した。同会議が初めて開催された2015年当初の参加者は400人だったが、2018年には世界100カ国以上から8,000人以上の参加者が来場した、と報じられている。NYCEDCのプレスリリース(2018年11月27日)によると、ブロックチェーン・ウィークは2,850万ドルの経済効果をもたらし、160万ドルの地方税収を生み出した外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 。こうした成果を踏まえ、第2回ブロックチェーン・ウィークを2019年5月に開催することが発表されている。

さらに、金融分野以外でも、ブロックチェーン技術の可能性には大きな期待が持たれている。ブロックチェーン関連企業3社は2018年12月、ニューヨーク市内で同技術の利用による市民生活の向上を目指した都市計画「NYCスマートシティ・プログラム2019」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を発表した。同計画は3社による共同プロジェクトで、街中にスマートセンサーや「LPWAN」(消費電力を抑えて遠距離通信を実現する通信方式)を設置することで、資産管理や廃棄物管理に関するデータ収集や分析を行い、運用コストの削減や交通渋滞の緩和などを図る。さらに、集められたデータで都市サービスのさらなる効率化や合理化を図ることを目指している。

今後の課題は関連規制の整備

革新的な技術として関心が高まるブロックチェーンだが、課題もある。まだ技術として歴史の浅いブロックチェーンの関連サービス、とりわけ仮想通貨などの関連規制の本格的な整備はこれからで、全米各地でさまざまな試行錯誤の取り組みが始まっている。

米国では、連邦政府レベルで仮想通貨事業法に関する統一規則は存在しないものの(注)、これまでに大半の州が、仮想通貨およびブロックチェーン技術に関する何らかの法規制を施行しつつある。米シンクタンクのブルッキングス研究所が2018年4月に発表した州政府のブロックチェーン規制に関する調査結果外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます によると、米国では2014年から20以上の州で仮想通貨関連の規制措置が講じられるとともに、カリフォルニア州やニューメキシコ州など10以上の州で仮想通貨への投資に警告を発する例がみられる。

ニューヨーク州では、2015年に米国で初めて「ビットライセンス」と呼ばれる仮想通貨関連企業の許可制度を導入した外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 。ニューヨーク州金融サービス局による監視を強め、仮想通貨業界の健全性を促す狙いだったものの、大手金融機関を前提に制度設計したため、法令順守のためのコストがかかり、スタートアップ企業の流出につながったことが、問題点として話題となった。

ビットライセンスの導入について、ニュージャージー州に拠点を置くクロス・リバー銀行の代表取締役のギル・ゲイド氏は、仮想通貨やイニシャル・コイン・オファリング(ICO、仮想通貨を用いた資金調達)、その他の応用技術を、ブロックチェーンと区別するよう求めた。同氏は「ビットコインや仮想通貨、ICO、トークンと、ブロックチェーンは分けて考える必要がある」とし、「技術者までもが不当な規制に縛られ、イノベーションの進行を妨げられる理由はない」と述べている。ただし、「ビットライセンスを廃止する選択肢はない」と指摘する。また、業界団体の米デジタル商工会議所の主任政策顧問、ケビン・バテ氏は、証券や商品の取引所(Exchanges)などがビットライセンスのような規制を受けることは理にかなうと考える。しかし、1つの規制に(画一的に)全てを当てはめるようなやり方は過剰な負担になる、と警告している(「コインデスク」2018年2月23日外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。今後も、ブロックチェーン業界の成長が続くと見込まれる中、業界の課題として、規制面の動向が注目される。


注:
米国では、連邦政府レベルで仮想通貨事業法に関する統一規則は存在しない。2017年7月に統一州法委員会が、仮想通貨に関する州法間の整合性を図るため、仮想通貨事業法に関する統一規制案を発表している。しかし、非営利団体であるビットコイン財団は、同規制の内容が、前述のニューヨーク州のビットライセンス規制と類似している悪法として、州議会議員・関係者から構成される全米州議会議員連盟に対し、これを採択しないように呼び掛けている。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査部
樫葉 さくら(かしば さくら)
2014年、英翻訳会社勤務を経てジェトロ入構。現在はニューヨークでのスタートアップ動向や米国の小売市場などをウォッチ。