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マクリ大統領の再選に立ちはだかる課題(アルゼンチン)

2019年6月25日

アルゼンチンでは、10月27日に大統領選挙が行われる。2019年に入り、与党連合カンビエモス、野党ペロン党急進派、同党穏健派の3勢力を軸に、候補者の絞り込みや現政権の政策に対する評価、批判などが展開されている。6月22日が大統領候補の立候補の実質的な締め切り日となる中、再選を目指すマウリシオ・マクリ大統領が現在どのような評価を受けているかを検証し、10月の大統領選に向けて注目したいポイントを分析する。

楽観主義者、マクリ大統領

2019年の大統領選挙の焦点の1つは、マウリシオ・マクリ大統領が再選するか否かだ。マクリ大統領は1959年生まれの60歳。イタリア系移民の実業家を父に持ち、裕福な家庭に育った。自らは土木エンジニアを専攻した企業家でもある。キャリアとしては、1990年代から2000年代後半にかけて、アルゼンチンの有名サッカーチーム、ボカ・ジュニアーズの会長を務め、チームの経営再建を果たした。また、2007年から2015年にかけては、首都ブエノスアイレスの市長を務めている。このように、民間セクターでも公的セクターでもマネージメント経験を有している。2015年に大統領選挙に立候補した際には、景気低迷、社会不安、政府内の汚職、高圧的な政府の姿勢が見られたなか、マクリ候補のキャリアが有利に働いた。

マクリ大統領の政治スタイルは、20世紀中盤以降のアルゼンチン政界で強い影響力を及ぼしてきたペロン党からは距離を置いている。また、主義主張はイデオロギーに立脚しておらず、対話による問題解決と、国際社会との統合を意識した自由開放路線にある。対話というプロセスからは過激な結論は生まれにくい。マクリ政権が「漸進主義」と称した政策運営は、このような政治手法がもたらしたものだ。さらに、前政権から山積する問題解決に向けてはチームで動き、その所掌の責任者は専門性を持った中で一定のマンデートを与えられている。ある閣僚経験者は就任時にマクリ大統領から、「チームで動け、うそをつくな」という2つのポイントを強調されたと述べている。

次に、マクリ大統領の特徴として挙げられるのは、楽観主義ということだ。2015年10月の大統領選挙戦では、「自らが大統領に当選した暁には、国内のインフレが終息し、対内直接投資と国内雇用が増え、貧困は撲滅する」と明言していた。当時のアルゼンチン経済は2002年のデフォルトが再来するのではないかといった漠然とした不安と、それを政治が解決できないのではといった諦念が漂っていた。ところが、2015年8月の大統領予備選挙では反政府票が過半となり、10月の第1回投票でも僅差で2位だったことで、一度は諦めかけていた中間層などからの改革への後押しが11月の決選投票でマクリ候補の勝利を招いた。マクリ大統領の勝利に楽観主義は不可欠だったが、今となってはその「公約」が1つも達成できていないとして野党から強い批判を浴びている。

マクリ大統領の再選シナリオは破綻したか

マクリ大統領の再選シナリオとは何か。まずは、野党の分断を維持させることである。2015年の大統領選挙戦もそうだったが、ペロン党が穏健派と急進派が分断された中、穏健派がマクリ氏に反発しなかったことで、同氏は漁夫の利を得た。マクリ政権は少数与党で始まり、議会運営ではペロン党穏健派と協調して進められた。今回の大統領選挙では、与党連合カンビエモス、ペロン党穏健派、同党急進派の三つどもえの中、それぞれの陣営が勝利を目指し、10月27日の大統領選挙で当選者が確定しなかった場合に行われる11月24日の決選投票の際に、カンビエモスはペロン党が大同団結して「2位3位連合」を組むことを阻止すべく、ペロン党穏健派とは対立しない構図を維持したいとしている。

ペロン党分断の行方を左右するキーパーソンがクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル元大統領(CFK)だ。CFKは1953年生まれの66歳。デフォルト直後のアルゼンチン経済を立て直したネストル・カルロス・キルチネル元大統領(2003年~2007年)の伴侶であり、自らも2007年~2015年に大統領職を2期務めた。手練手管の政治家が集合するペロン党の中で、主導権を担うために急進派を組織し、その後も勢力を維持している。CFKには低所得者層を中心に常に3割程度の支持基盤があり、汚職疑惑などが取り沙汰されながらも、世論調査では常に上位に名を連ねてきた人物である。

アルゼンチンの法律では、連続でなければ合計3期まで大統領職を務めることが可能だ。CFKは2017年10月の中間選挙での上院改選に自らの出身地で大票田のブエノスアイレス州から立候補した。カンビエモスが擁立する候補を相手に得票率1位になって2019年の大統領選挙への踏み台にすることを狙っていたが、結果は得票率2位。上院議員にはなったものの、往年の存在感は影を潜め、政界でも過去の人になろうとしていた。ところが、皮肉にも復活の手助けとなったのは現政権の経済失政だ。2017年に2.9%の経済成長と連立与党の中間選挙勝利によって、政治と経済の両輪が安定するとの期待があったが、2018年は通貨下落と高金利政策による経済低迷によって再びマイナス成長(-2.5%)を記録。2019年も2年連続でマイナス成長が確実視されるなど、マクリ政権下の4年間のうち、3年間はマイナス成長になろうとしている。

マクリ大統領の生命線は経済のパフォーマンスである。世論調査を見ると、国民にとっての景況感と政権評価には相関関係が見られる。特に、2017年の中間選挙時はマクリ政権にとってのピークで、国内経済が前年より良くなっていると57%が回答し、マクリ政権への評価も56%に達した。一方で2018年に入ってからは景況感が悪化し、政権の評価はつるべ落としとなっている(図1参照)。

図1:景況感と政権への評価に関する世論調査
2016年9月より調査を開始。2016年9月の経済が前年より改善したと回答した割合は54%、その後は2017年にかけて概ね50%台を維持。2017年10月の57%をピークに、その後は下降線をたどり、2018年6月以降は30%台を推移。最新の2019年4月は36%。

出所:調査会社ダレッシオ&ベレンシュタインのデータからジェトロ作成

また、4月下旬に行われた世論調査では、大統領予備選挙(8月11日投票)で誰に投票するかという設問に対して、CFKが30.3%で、マクリ大統領の25.0%に5.3ポイントの差をつけている。この世論調査には、もし経済情勢が「改善」していた場合と「悪化」していた場合に対する設問もあった。CFKは総じて経済の浮沈に左右されない一方、マクリ大統領は経済情勢によって9ポイントの上下があり、さらに経済が改善していた場合にはCFKをわずかに上回る結果となっている(表1参照)。

表1:予備選挙への投票先(単位:%)(△はマイナス値、―は値なし)
条件 マクリ大統領 「条件なし」との差 CFK 「条件なし」との差
条件なし 25.0 30.3
経済回復の場合 30.5 5.5 29.7 △ 0.6
経済悪化の場合 21.5 △ 3.5 31.5 1.2

出所:調査会社FGAデータからジェトロ作成

マクリ大統領陣営も経済がカギになることは十分に把握している。2017年の中間選挙では、景気回復が2017年第3四半期(7~9月)までには鮮明になり、それを受けた有権者の景況感の改善が政権への評価、さらには投票行動にもつながった。マクリ大統領陣営は2019年もそれと同じ戦い方を当初は考えていたが、景気回復が2019年中に目に見える見通しが難しくなったため、シナリオの軌道修正が求められている。また、2015年の大統領選挙や2017年の中間選挙では「反CFK」がマクリ大統領への消極的な支持票となったが、経済低迷によるマクリ大統領の不人気によって、4月に行われた最新の世論調査では、調査開始から初めて「反マクリ」の意識が「反CFK」を超えた(図2参照)。マクリ大統領にとっては、「反CFK」に依存する状況ではなくなっている。

図2:政治家のネガティブ・イメージ
2016年9月より調査を開始。マクリ大統領のネガティブ・イメージの割合は、調査開始時から2017年にかけては40%台後半を推移。2017年10月に42%の底を打った後次第に上昇し、最新の2019年4月には62%となった。CFKのネガティブ・イメージの割合は、調査開始時から、2018年5月に75%を記録するも、概ね60%台を推移。最新の2019年4月には58%となり、調査開始以降初めて50%台を記録した。

出所:調査会社ダレッシオ&ベレンシュタインのデータからジェトロ作成

代替案は先延ばししたい野党勢力

野党にとっては、10月の大統領選挙に勝利することが大命題だ。不況を招いたのはマクリ大統領だとスケープゴートに仕立てるとともに、新しい政権になれば経済は改善するというイメージを作ることに専念している。また、CFKは5月に急きょ、自らは副大統領候補として立候補し、大統領候補には自身が政権を握っていた時の首相アルベルト・フェルナンデス氏を推すことを発表した。この意表を突く動きについては、さまざまな憶測を呼んでいるが、ペロン党の大同団結に向けた中道勢力の支持獲得の要素が強いとされる。

しかし、2年連続マイナス成長が見込まれるアルゼンチン経済の苦境を前にして、政治の論理を前面に出し、足下の経済情勢を二の次にするような動きは、アルゼンチンが繰り返しはまってきた落とし穴に向かうことになりかねない。世界銀行によると、1950年以降のアルゼンチンは3分の1の期間にわたって実質GDP成長率がマイナスを記録し、その年数は対象国104カ国中第2位となっている(表2参照)。

表2:実質GDPマイナス成長の年数ランキング (1950~2016年)
順位 国名 年数
1 コンゴ民主共和国 33
2 アルゼンチン 32
3 イラク 30
3 シリア 30
5 ザンビア 26
6 ジンバブエ 24
6 ブルガリア 24
6 ベネズエラ 24
9 ニジェール 23
9 スーダン 23
参考 日本 6

出所:世界銀行からジェトロ作成

アルゼンチンに長期的な対内直接投資が豊かな国力の割に増えない理由の1つは、政治と経済の先行きの不透明さにある。現政権はそれを理解しており、政権前半に力を入れていた投資誘致による外貨獲得については時間がかかる課題と判断し、地道ながらもまずは関連法など環境整備をするとともに、マクロ経済のファンダメンタルズの改善を優先している。一方の外貨獲得では、新規市場の開拓を通じた輸出促進にシフトさせ、実績を重ねている。

また、国内外からの先行き不安を抑えるため、マクリ大統領は5月にCFKをはじめとした野党候補者を含めた政治家、州知事、業界団体に対して、10の共通認識にのっとった合意文書をまとめようとした(参考参照)。その根底あったのは、次の選挙によって誰が政権を担っても、現政権が目指している10項目は必ず守るといったメッセージを野党も含めた各方面と一緒に合意すれば、市場も落ち着くのではないかとの判断だった。主要業界団体は賛成したものの、野党勢は歯牙にもかけない対応で終わった。

参考:マクリ大統領提案の10の共通項目(2019年5月)

  1. 連邦政府および州政府における財政均衡の達成と維持。
  2. 為替および金融政策に関連した中央銀行の独立性を保つ。インフレ抑制が主要目的であり、隣国と同レベルのインフレ率を目指す。
  3. 輸出の持続的成長に向けた国際社会への賢明な統合の促進。
  4. 投資誘致に重要な法的安定性を実現するため、法律、契約、得られた権利を尊重する。
  5. 労働者の権利を損なうことなく、現代社会に適応した近代的な労働法を通じた正規雇用の創出。
  6. ゆがんだ税から着手し、連邦税、州税、市税の税負担を軽減する。
  7. 継続可能で公平な年金制度の確立。
  8. 明確な規則に基づき、地方州の発展を可能としながら、行政裁量として利用されない連邦制度の確立。
  9. 専門的、信頼性、独立性が保たれた統計システムの確立。
  10. 債権者に対する義務の履行。

出所:アルゼンチン大統領府

マクリ政権下のマクロ経済への評価は芳しくなく、2015年の政権誕生時における期待値が高かった分だけ、国民の間にはその反動もある。これから10月の大統領選挙まで約4カ月、選挙の方向性に一定の影響を与えるとされる予備選挙まで1カ月半ほど残っている。連立与党はこの4年間近くで完遂させたインフラなどのプロジェクトの実績を積極的に伝えることで、緩やかながら国の方向性は間違えていないことを力説し、野党は次の政権でどのように現在の経済課題を引き継ぎ、解決させていくのか明確な方針を発することが望まれる。次の世代のアルゼンチンを意識した、足の引っ張り合いではない、正々堂々の選挙戦を期待したい。

執筆者紹介
ジェトロ・ブエノスアイレス事務所長
紀井 寿雄(きい としお)
1998年ジェトロ入構。2004~2007年、在ウルグアイ日本大使館(経済担当書記官)、2010~2014年、ジェトロ・サンパウロ事務所(メルコスール地域日系企業支援および調査担当)などを経て、2017年1月から現職。

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