目指すは国内農業「100%オーガニック化」(キルギス)
中央アジアの小国で進む有機農業促進への挑戦

2019年2月12日

「今後10年間で化学合成農薬や人体に有害な殺虫剤などの使用をやめ、国内農業を100%有機農業に転換する」。キルギスの議会であるジョゴルク・ケネシュ(以下、議会)で、こんな目標を掲げた法案が検討段階に入っている。国産農産品の競争力を高めることに加え、エコフレンドリーな国としてのイメージを確立しようという狙いがある。

観光業への波及効果も狙う

法案は1月25日現在、パブリックコメントの段階にある(資料)。2月には法案に関するラウンドテーブルが予定されており、順調に進めばその後、議会での正式な審議に移る。なぜこのような世界でもまれに見る(注1)、野心的な構想が持ち上がっているのだろうか。

資料:法案で列挙されている政府への指示事項の概要

  • 「2017-2022キルギス共和国有機農業発展計画」で示されたアクションプランのスケジュールどおり、かつ完全な実施
  • 化学肥料や化学合成農薬、殺虫剤などの輸入・販売・使用の段階的な禁止に関する条項を含む、10年間での有機農業への完全な転換に向けた法案作成、提出
  • 有機農業および農産品の流通のためのロジスティックセンター建設などに関する投資誘致・促進
  • 有機農業およびその研究に携わる人材の育成、有機農業の利点、化学肥料や 化学合成農薬がもたらす害に関する知識の普及啓発
  • 有機農業とその生産物の輸出に取り組む農業協同組合への融資の充実、 ならびに農家の組織化メカニズムの形成

キルギス議会ウェブページ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます で法案全文と経緯説明文書(いずれもロシア語)が閲覧可能。

出所:ジェトロ作成

キルギス経済は、天然資源採掘や出稼ぎ労働者からの仕送りに大きく依存しており、産業基盤は脆弱(ぜいじゃく)だ。さらに、ユーラシア経済連合(EEU)に加盟したことで、域外国からの輸入品に対する関税が引き上げられた結果、それまで築いてきた中国とその周辺諸国間の貿易の中継地としての地位も失いつつある。対外債務の増加なども問題視されており、国の屋台骨を担うことのできるような産業の育成が急務だ。

そんな中、競争力強化の一つの重点分野として白羽の矢が立ったのが農業だ。年間を通じて日照時間が長く、水資源にも恵まれる同国では、農業が盛んに営まれており、GDPの約15%を占める基幹産業だ。一方、ソ連崩壊に伴うコルホーズ(集団農場)解体を受け、流通システムの崩壊や民間への払い下げによる農地の細分化が進み、農業の生産性は低い水準にとどまっている。そこで、有機農業への転換を進めることで製品の付加価値向上を図り、競争力強化に結び付けようというわけだ。2017年には政府が有機農業発展のための6か年計画外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を発表し、政府としてこの流れを推進する姿勢を明らかにしている。

わかりやすい目標を大々的に打ち出すのには、取り組みを対外的にアピールする思惑もある。人口約600万人と、国内市場の規模が小さいキルギスは、域内人口1億8,000万人を擁するEEUと、さらにその先に広がる国々を常に見据えている。「100%オーガニック化」というインパクトのあるスローガンは、キルギスの農業や食品に対するブランドイメージ形成にも寄与するだろう。政府は豊かな自然を売りにした観光開発にも力を入れており、エコフレンドリーなイメージを強化することで、観光業への波及効果を得ることも狙いの一つだ。

食品メーカーで強まる「ブランディング」への意識

実際のビジネスにも動きが見られる。首都ビシュケクの空港や市内の土産物店では、国産の有機農産品を加工したジャムやシリアル、ドライフルーツなどの商品を目にすることができる。しかも、それらの多くは「メイド・イン・キルギス」であることを全面にうたっており、食品メーカー側にも自国の農産品をブランド化していこうという意識が芽生えている。ここではそんな食品メーカーの一つ、「エコメイド」の取り組みを紹介したい。


ビシュケク市内の土産物店には、「自然派」「ヘルシー」
「有機」を売りにしたさまざまな食品が並ぶ(ジェトロ撮影)

ビシュケクに拠点を置くエコメイドが創業したのは2016年。現在は主に国内の契約農家から農産物を買い付け、ドライフルーツやピーナツバター、ハーブティーなどにして販売している。特にユニークな活動は、企業活動を食品の製造・販売にとどめることなく、生産者、消費者双方との交流を積極的に行い、自社のビジョンの共有を試みている点だ。生産者側に対しては、国内の複数の村と協力関係を結び、有機農法のノウハウを直接シェアしている。自社農場で音楽ライブやアートの展示を交えた収穫祭や、自社製品を活用した1週間の体内デトックスプログラムなど、消費者向けの活動はもっと多彩だ。さらに、自社農場の近くにグランピング(注2)施設を建設中で、2019年春の完成後はエコツアーの実施を予定している。


エコメイドのデトックスプログラムでは、新鮮な
有機野菜を食事に採り入れている(エコメイド提供)

こうして消費者への働きかけを積極的に行うのは、生産現場の裏側にあるストーリーや価値観を共有することが商品そのものの理解促進につながると、共同創業者ジャミリャ・イマンクロワ氏が考えるためだ。有機農業と観光を絡める戦略は、政府のビジョンともぴったりと重なる。イマンクロワ氏は、創業から2年あまりという短い時間にもかかわらず、都市部を中心に着実に自然・健康食品に対する人々の関心を高めることに成功していると語る。

国内流通システムと認証取得に課題

ここまで見てきたように、キルギスは政府自ら旗振り役となって、有機農業の普及に向けた取り組みを進めており、徐々にではあるが民間企業のビジネスも広がりつつある。もっとも、この先の道のりは決して平たんではない。

キルギスで果樹園の認証取得支援などに携わる北海道総合研究調査会の富樫巧氏は、同国の農業が抱える問題点として、高品質・高付加価値の農産品を評価する流通システムの欠如を指摘する。農産品の商品価値に対する流通業者の理解が十分でないため、取引は量と価格のみを基準にして行われてしまい、目に見えない品質の違いなどは考慮されにくいという。その点を踏まえ、富樫氏は「流通業者の意識改革」と「農産品の適正な評価システムや検査機器などの、ソフト・ハード両面にわたる整備」が今後必要になると語る。

さらに国外への輸出となると、認証取得というハードルもある。日本を含む多くの国々では、食品を「有機農産品」とその加工品として販売するためには所定の認証を有することが義務付けられている。しかし、前出のエコメイドのイマンクロワ氏によれば、国内でそうした認証を行える機関や設備が現状ではほとんどなく、海外の機関に検査を依頼すると費用が非常に高額になってしまう問題があるという。

風土を生かし、有機農業促進へ

キルギスが有機農業に活路を見いだそうとしているのには一定の根拠がある。冷涼で乾燥した気候のキルギスにはもともと病害虫が少ない。また、酪農も盛んに行われているため、有機肥料の入手も容易だ。また、コルホーズの解体で農家への農薬の供給システムが崩壊し、生産性は低下したが、土壌汚染の進行は抑えることができた。いわば苦境を逆手に取った起死回生の策が有機農業の振興なのだ。

世界中で健康・環境志向が高まる中、冒頭の法案が採択されれば、感度の高い人々の関心を引きつけることができるかもしれない。それを一過性のものに終わらせないためには、実際に価値ある有機農産品を最終消費者の手に届ける仕組み作りが必要となる。課題はまだ多いが、裏を返せば農業分野のみならず、食品加工・流通など、日本の技術やノウハウが役立てられるビジネスチャンスが見いだせるはずだ。


注1:
キルギスに先んじて100%有機農業化を宣言している国にブータンがある。
注2:
快適性やおしゃれさを重視した、新しいキャンプのスタイル。通常キャンプ場に備え付けのテントや家具などを利用して楽しむ。「グラマラス」な「キャンピング」に由来する。
執筆者紹介
ジェトロ・タシケント事務所
小野 好樹(おの こうき)
2016年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部を経て現職。