首都ローマで挑む、日本食レストランの取り組み(イタリア)
現地飲食店運営の工夫と課題

2019年10月30日

他の欧州諸国と同様、日本食の浸透が近年目覚ましいイタリアだが、認知度が高まったのはここ数年のことだ。日本食を部分的に取り扱う総合エスニックレストランなどの増加により、日本食に触れるきっかけが増え、与えるイメージも多様化している。そのような中、2008年からローマ市内で日本食を提供し続けているのが「レストラン滝」だ。市中心部、バチカン市国の近くに位置するこの店は、すしや麺類、煮物など幅広いメニューを取りそろえ、今では客層の大多数をイタリア人が占める。イタリアでの店舗運営の工夫などについて、開店当初から人材発掘やサービス提供の運営全般を取り仕切るビッティゆかり氏に話を聞いた。なお、19年2月には日EU・EPAが発効し日本産食品の輸出促進が期待されているところだが、同氏は和牛の輸入を行うTaki Japan International Srlの社長も務めている。(10月15日)

質問:
開店からのこれまでの大まかな経緯は。
答え:
2008年にローマで開業した。当時はまだ日本食の知名度は低く、日本食イコール生魚と捉えている人も少なくなかった。そんな中、本来の日本食を知ってもらえる場にできればと思って、ローマ中心部にレストランを開き、12年目を迎える。
当初はレストランのみだったが、周囲のテナントに空きが出て店舗面積を広げることとなり、4年前に回転ずしのパートも新たに併設した。レストラン部分も拡張を重ね、現在では100人超を収容できる状況だ。

店舗の外観(ジェトロ撮影)

店内の様子(ジェトロ撮影)
質問:
ターゲットにしている客層と実際の客層は。
答え:
当初からハイエンド(高所得者層)を狙っていた。日本食をなるべく本来の形で提供するとなると、食材にもこだわる必要があるため、一定の価格は保たざるを得ない。現在、顧客の85%以上はイタリア人が占めており、中にはテレビ司会者などの著名人、スポーツ選手などもみられる。毎週のように足を運んでくれるリピーターも少なくない。
回転ずしについては、レストランに行くよりも短い時間で手軽に楽しんでもらえるようにとの思いを込めている。ただし、手軽といっても質は落とさず、ブランドイメージを保つようにしている。
質問:
イタリアで料理を提供するに当たって工夫していることは。
答え:
あくまで本質に近い日本食を提供したいので、味付けを意識的に変えることはしていない。ただ、例えば、抹茶のジェラートなどはイタリア人客から苦みが強いとのコメントがあったため、甘味を少し加えるかたちに変えたりと、柔軟に対応している。また、調味料類は出来合いのものではなく、一から自分たちで合わせている。

抹茶ジェラートは甘味を少し加えるなどの工夫も(ジェトロ撮影)
一方、料理の盛り付けはなるべくイタリア人の好みや感覚に合わせるようにしている。例えば、イタリアでは立体的な見栄えの方が好まれる傾向にあるので、料理を提供する際も横1列に平面の状態で並べるのでなく、小高くするなどの工夫をしたり、料理によってはソースで模様をつけたりするなどしている。
イタリア人はもともと日本人より食べる量がやや多く、また「腹八分」という概念があまりないため、1人分の量も意識的に少し多くするようにしている。
そのほか、料理を提供する順番やタイミングには非常に気を遣っている。日本食を提供するとなると、例えば、麺類は締めに持ってくるなど、つい日本での食べ方や順番を前提としてしまいがちだが、イタリアではたとえ日本食といえども、現地流にアンティパスト(前菜)、プリーモ(パスタやリゾットなど)、セコンド(肉や魚料理といったメインディッシュ)に沿った順で出てくると想定している人が少なくない。日本式の順番で提供してしまうと、失望感を生んでしまうケースもある。そのため、希望する順番を事前に聞き、なるべくそれに即して提供するよう留意している。料理そのもののあり方は変えなくとも、ほかの面でイタリア人の好みに合わせられる部分には十分配慮するようにしている。
質問:
従業員の採用や教育などで工夫していることは。
答え:
レストランでは日本人とイタリア人の双方が働いているが、厨房(ちゅうぼう)やホールなど各セクションに1人は日本人スタッフを配置している。また、時間感覚など、イタリアでは働く上でのメンタリティーがやはり日本とは大きく異なる。イタリア人スタッフに対しては日本のサービスの在り方を丁寧に説明し、日本と同水準のサービスを提供して、お客に満足してもらえる空間を作ることができるよう心掛けている。
質問:
食材へのこだわりは。
答え:
野菜や魚などの生鮮品以外はほぼ全て日本産の食材をイタリアで調達している。欧州の野菜は、種類によっては水分量が日本のものより少なく、煮物には向かないなどの違いがあるので、素材に応じてサラダで提供したりと、適宜対応している。
また、本来の日本食にこだわる以上、肉も本場の和牛を提供したいと考えていた。そこで2019年に新たにTaki Japan International Srlを設立、飛騨牛の直接輸入を始めた。イタリアで和牛というと、認知度が高いのは神戸牛で、飛騨牛はあまり知られていないが、あえてそこに着目して取り扱いを始めた。飛騨牛には和牛独特の甘みがあり、霜降り具合も良好だ。
質問:
人気メニューは。
答え:
7割のお客はやはりすしを注文する。一方、銀ダラの西京焼きなども人気が高い。その他、サーモンを薄く切ってポン酢であえた「サルモーネ・マリナート」は、生魚が苦手な人にも大変人気だ。薄く切ってあるうえ、ポン酢が臭みを消してすっきりとした味わいを出してくれるので、食べやすいようだ。
質問:
今後、イタリアにおける日本食はどのように変遷していくとみているか。
答え:
パリやロンドンなどのように、イタリアでも今後さらに日本食が浸透し、飲食店も増えていくものと思われる。一方、イタリアで現在流通している日本食の質や店舗スタイルも既に多様化しており、他のアジア料理との境界線もあいまいになってきている。「なぜここでは春巻きが食べられないのか?」と言われたこともある。
引き続き料理とサービスの質にこだわり、他店との差別化は意識してきたい。また、イタリア人は料理や素材の背景にあるストーリーに非常に関心を持ってくれる人たちだと感じている。素材が持つ文脈も踏まえて、引き続き日本食を楽しんでもらえる場を提供していきたい。
執筆者紹介
ジェトロ・ミラノ事務所
山崎 杏奈(やまざき あんな)
2016年、ジェトロ入構。ビジネス展開支援部ビジネス展開支援課・途上国ビジネス開発課、ジェトロ金沢を経て、2019年7月より現職。