狙う「ラオス・プラス・イサーン」の個人消費とラオス広告市場
ラオス初アイドルを手掛ける日本人プロデューサーに聞く

2019年10月8日

首都ビエンチャン市内で9月7日、ラオス初の7人組の女性アイドルグループ「LaoNavy」のデビューイベントが開催された。セーラー服をモチーフにしたコスチュームを着た7人のメンバーが日本語の楽曲を歌い、フォーメーションダンスを繰り広げる。日本では見慣れた光景だが、同アイドルをプロデュースする市川順一朗氏は「ラオスの国民的アイドルグループを目指すことで、アイドルビジネスの礎を築きたい」と意気込む。タイのテレビ番組や音楽が広く浸透するラオスにおいて、ラオスと国境を接するタイ東北部のイサーン地域のファン層の開拓や、「ご当地」アイドルを活用したマーケティングにも取り組んでいく。市川プロデューサーに話を聞いた。


デビューイベントでのパフォーマンスの様子(市川氏提供)

原点は「イチゴをどのようにプロモーションするか」

質問:
ラオスでアイドルビジネスを始めたきっかけは。
答え:
もともと食品ビジネスに長く携わっているが、ある時、ラオス南部の農場経営をしている日系事業者から「農場で栽培しているイチゴの販売代理店になってくれないか」という話があった。日本品質の高級なイチゴを、ラオス市場にどのように売り込んだらよいかと頭を悩ませていた時、商品広告に起用できるようなアイドルがいないことにふと気が付いた。イチゴ販売のマーケティング手段として、アイドルグループを結成したいというのがきっかけだ。
質問:
なぜアイドルに着目したのか。
答え:
ラオスと言語的・文化的に親和性の高いタイでは、日本の完成度の高いアイドルビジネスを再現したBNK48がエンターテインメント市場で人気を集めている。他方、ラオス国内に目を向けると、タイのテレビなどを通じて同国のエンターテインメントが社会に広く浸透しているものの、産業としては確立されておらず、ここに日本の高品質なアイドルビジネスを持ち込む余地があるのではないかと考えた。

個人消費市場の狙い方は「ラオス・プラス・イサーン」

質問:
ゼロからスタートしたアイドルの知名度と、「商品価値」をどのように上げていく計画か。
答え:
一般のファン層の開拓と拡大が基本。ラオスで最も利用されているSNSであるフェイスブックなどをフル活用した情報発信の強化、各種イベントへの積極的な参加を行い、ファン層の拡大を図りたい。また、当面はアップルの音楽配信や、オリジナルグッズの販売などを通じたファンの個人消費を収益の基盤とする。現在のファン層は日本文化に精通した人が多いが、全世代から親しまれる国民的アイドルグループを目指す。
質問:
ファン層の拡大に向けた施策の反響は。
答え:
意外だったのは、タイ人の反応が良かったことだ。フェイスブックのフォロワー数はタイ人が急激に増加しており、ラオス人フォロワー数を追い越す勢いだ。ビエンチャンで開催したライブには、200キロ離れたタイ東北部のイサーン地方のコーンケーンからも、ファンが来場した。「アイドル群雄割拠」の時代にあるタイにおいては、「マイナーアイドル」に関心を寄せる層がいるのではないかと考えている。 また、イサーン地域はビエンチャンに隣接する。イサーン地域はラオスと民族、言語・文化的な親和性が高く、市場規模も大きいため、今後は意識的にイサーン市場を取り込みたい。タイのエンターテインメント産業に席捲されているラオスから、ラオスのアイドルグループを「逆輸出」していく新しいパターンが生まれるといい。

将来的な狙いは企業の商品広告ビジネス

質問:
原点だった企業広告向けのビジネス展開の見通しは。
答え:
将来的には、企業向けの商品広告ビジネスを収益の柱として確立することに期待している。一般的に、ラオス企業は翌年度(1月~12月)の広告宣伝費を9月ごろに編成するので、様々な企業に対して売り込みを仕掛けているところだ。具体的には、カジュアル衣料ブランドのマンゴ(MANGO)をはじめとした企業とのコラボ企画も行っている。ただ、商品広告に起用してもらうためには、知名度や「商品価値」を高める必要があるため、引き続きファン層の拡大に取り組む。アイドルを起用した企業の商品広告のビジネスモデルをつくることができれば、LaoNavyに続くようなアイドルのプロデュースも進めたい。

個人消費市場は「ラオス・プラス・イサーン」、広告市場はアイドル活用文化の定着がカギ

ラオスの1人当たりGDPは2,586ドル(2018年)に達し、一般的に個人消費が拡大する目安と言われる3,000ドルを超える日も近いとみられる。とりわけ、首都ビエンチャンでは所得増加に伴い、経済的な余裕が生まれた中間層をターゲットとしたビジネスのチャンスが広がり、エンターテインメントもその1つと位置付けられるだろう。他方、ラオスは人口約700万人の小さな国で、市場規模という尺度では大きいとはいえない。ただし、市川氏が指摘したように、民族、文化、言語的な親和性や、地理的な近さを踏まえて、「ラオス・プラス・イサーン」という視点で見ると、潜在的な市場規模は広がる可能性がある。タイのエンターテインメント文化が、国境を越えてラオスに流入するというこれまでのベクトルに対して、ラオスから、タイ東北部にエンターテインメント文化を逆流させるという視点だ。フェイスブックなどのSNS、ユーチューブなどのインターネット媒体に加えて、ラオスおよびタイ東北部の視聴者に対して24時間の歌謡番組や子供向け番組を提供するテレビ放送局「MVラオ」などの活用も可能だ。

同様に、企業広告にアイドルなど有名人を起用するビジネスモデルも、発展する可能性はあるとみられる。従来、ラオス市場での企業の販売促進活動は、最も影響力がある情報発信媒体であるフェイスブックの活用や、ショッピングセンターなどでの販促イベントなど、手段が限られてきた。また前述のとおり、ラオスではタイのテレビ放送を視聴できるため、ラオス人は自国ではなく、タイの番組からより多くの情報を入手しているのが現状だ。ラオス国内では、テレビを通じた広告宣伝に有名人を起用するビジネスモデルが確立していないのである。こうした中、将来的な消費世代である若年層や中間層の取り込みには、SNSを活用したインターネット広告が、今後も重要な手段であり続けるとみられる。国内に広く認知された身近な有名人を起用する広告ビジネスモデルが、SNSによるインターネット広告と融合し、ラオスで根付いていくかどうか、ラオス初のアイドルグループ「Lao Navy」の活動に注目が集まる。


LaoNavyメンバーと市川プロデューサー(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ・ビエンチャン事務所
宮本 結都(みやもと ゆいと)
2017年、ジェトロ入構。企画部企画課(2017年~2019年8月)を経て現職。