技能実習と高度教育をつなぎ、日本とミャンマー両国に貢献する国際人材を育てる
エス・イー・エーが運営する、マンダレーの日本語学校が目指す理想とは

2019年12月13日

ミャンマー第2の都市であり、古都としても有名なマンダレー。その中心部にある王宮から西に向かうと、エヤワディ川につながるシンガ・ヤザー水路のほとりに、赤レンガ造りの3階建ての校舎が見えてくる。校門から出入りする女子生徒の会話から、日本語が漏れ聞こえる。この学校は「JSCマンダレー・ジャパニーズ・アカデミー」といい、奈良県宇陀市のエス・イー・エー株式会社が運営する日本語・専門技能の学校だ。同校にはミャンマー全土から、日本語や日本での技能習得を目指す学生たちが集まっている。同校と日本本社への取材を通じ、ミャンマー人材の育成事業の取り組みを追った。

ホスピタリティの高い介護人材の育成に期待が高まる

JSCマンダレー・ジャパニーズ・アカデミー(以下、JSC)は比較的新しい学校で、2015年に開校された(現在の校舎には2018年7月に移転)。同校では、日本に送り出されるミャンマー人の生徒を対象に、半年の日本語教育(日本語能力試験でN4レベル、注)と、日本での実習を見据えた専門技能の講習を行っており、日本に送り出されるミャンマー人材を、言語と技能の両面で育成している。ミャンマーには日本語学校は少なくないが、技能習得も含めた教育機関として取り組む例は珍しい。

現在の生徒数は202人で、年齢は18歳~30歳と幅広い。全員、女子生徒の女子校である。全寮制のため、ミャンマー全土から入学希望者がおり、ヤカイン族、カレン族などの少数民族出身の生徒も少なくない。教職員として、日本で30年間働いた経験があるミャンマー出身の梅原ヌエ博士が、事務長として学校を運営している。日本人の教職員も、日本語講師3人、介護技能の指導員1人が在籍している。


JSCの教室と生徒(ジェトロ撮影)

同校の課程を修了し、N4レベルの日本語試験に合格した生徒は、技能実習制度を活用して、同校と提携する日本企業の現場にインターンシップ生として派遣され、3年間の実習に従事する。同校からは、これまで約300人の卒業生が日本に送り出されている。主に茨城県や兵庫県、徳島県の食品加工工場や北海道の介護施設で実習を行っている。梅原事務長は「日本側からは介護人材のニーズが高い。今後も外国人材の派遣数の増加が見込まれる。ミャンマーでは高齢者を敬う文化があり、自宅で祖父母を介護するのが当たり前。ミャンマー人はホスピタリティが高く、適性もある」という。


JSC校舎と梅原事務長(ジェトロ撮影)

技能講習向けの設備が充実

JSCでは、受け入れ側の日本企業のニーズに合わせ、現場に即した専門技能講習を行っている。介護人材の育成にあたっては、北海道にあるつしま医療福祉グループ(学校法人日本医療大学)と提携しており、同グループなどでの実習を見据えて必要技能の習得を促す。具体的には、日本人の看護師とミャンマー人の介護経験者を指導員として、高齢者の入浴や車いすでの移動、ベッドから車いすへの移動の介助、ベッドメイキング、おむつの取り換えなどの訓練を2カ月半にわたって行う。講習に使うベッドや車いすなどは、日本から取り寄せている。


JSCの介護人材向けの講習室(ジェトロ撮影)

食品工場での実習に向けた講習では、受け入れ側の日本の大手食肉加工メーカーから寄付された加工機械を使い、ソーセージの製造講習が行われている。食肉加工メーカーのOBが指導員として定期的に来訪しており、工場勤務を希望する生徒は加工技術や衛生管理の指導を受けることができる。


食肉加工の講習室(ジェトロ撮影)

それ以外にも、大手外食チェーンのグルメ杵屋から同校へテストキッチンが寄贈されている。2019年10月から、同社や同社マレーシア現地法人の社員が、調理指導を行う講習も始まった。また、大手コンビニエンスストアチェーンと協力し、コンビニの什器(じゅうき)を設置した講習室もある。コンビニ店員としての接客を学ぶ講習も行われている。

技能実習制度から高度人材への発展へ

国際就職をはじめ、より良い進路(就職)を目指し、企業側のニーズを重視した教育を行うJSCだが、日本に労働力を供給するために人材を育成しているわけではない。梅原事務長は新入生のオリエンテーションで、「労働者として日本で働きたいだけであれば、入学しないでほしい」と話すという。同事務長は「日本で3年間行われる実習の間、労働者として過ごすのではなく、N2~N1レベルの日本語能力を取得し、より高度な技能実習3号(2年間)や特定技能1号を目指す、さらには日系企業のマネージャーや日本語講師として活躍していってほしい」という。

エス・イー・エーの張俊代表取締役社長にJSCを始めた理由を聞くと、「一言で言えばSDGsの達成」だと言う。張社長は「3年~5年の短期的労働力になるのではなく、日本で身につけた技能を用いて、祖国発展の礎になってもらいたい。所得・生活水準の向上、女性の教育と雇用にも貢献していきたい」と語る。


エス・イー・エーの張俊代表取締役社長(左)と
米田泰大常務取締役(右)(ジェトロ撮影)

同社は、最終的にミャンマー国内で大学を設立することを目指している。技能実習を大学のプログラムの一部に組み込み、学位が取れるような形にしたいという。張社長は技能実習制度の課題について、「以前は中国出身の技能実習生が多かったが、所得向上に伴い同国からの派遣は少なくなった。その次はベトナム人が増えたが、同国から来なくなるのも時間の問題で、現在はミャンマー人に関心が持たれている。しかし、これでは人材も育たず、労働力の安い国を求め続けるという悪循環に陥る。日本での技能実習を終えた人材に、高度教育を受けさせて国際人材に育成し、ミャンマーや日本の経済に長く貢献してもらうのが理想だ」と力説する。

張社長は「周囲からは『現実を見ない理想』としか言われない」と苦笑するが、構想に共鳴する日本企業は徐々に増えており、JSCの技能講習は年々充実している。同社が取り組む「技能実習制度と高度教育をつなげるプログラム」の構築は道半ばだが、外国人労働力でなく、本当の意味でミャンマー人材を活用したいと考える企業にとって、非常に参考になる事業といえるだろう。


注:
日本語能力試験では、難しい順にN1~N5のレベルがあり、N4は「基本的な日本語を理解することができる」「基本的な語彙(ごい)や漢字を使って書かれた日常生活の中でも身近な話題の文章を、読んで理解することができる」「日常的な場面で、ややゆっくりと話される会話であれば、内容がほぼ理解できる」といった言語能力水準となっている。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部アジア大洋州課 リサーチ・マネージャー
北見 創(きたみ そう)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課(2009~2012年)、ジェトロ大阪本部ビジネス情報サービス課(2012~2014年)、ジェトロ・カラチ事務所(2015~2017年)を経て現職。