運用規則の正確な理解を通じたFTA利活用を(タイ)
ASEAN物品貿易協定(ATIGA)電子フォームD運用規則の概要

2019年6月4日

運用上の証明手続き(OCP)は、個別自由貿易協定(FTA)における原産地の証明に関する運用取り決め書である。ASEAN物品貿易協定(ATIGA)では、2018年1月1日から電子原産地証明書(e-Form D)の発給が始まったが、紙と電子的送信の2つの手段が併存できるよう、OCPも改定されている。ATIGAでは今後、自己証明制度の導入を控えており、OCPのさらなる改定作業が行われている。OCPの記載事項を理解し、適切な対応を行うことが望まれる。

原産地証明手続きマニュアルとしてのOCP

ASEAN物品貿易協定(ATIGA)の第8付属書である「運用上の証明手続き書(Operational Certificate Procedure: OCP)」は、特恵税率の適用に必要となる、原産地証明書(Form D)の発給手続きを定めた公的文書である。原産地証明書の申請・審査(規則5、6)、申請内容の修正方法および許容誤差(規則9、16)、発給(規則10)、紛失(規則12)、有効期間(規則14)、書類保管義務(規則17)、事後検査および検認(規則18、19)に至るそれぞれのプロセスでの運用手続きが定められている。また、複雑な商流・物流に対応するための、連続する原産地証明書(規則11)、直送要件に必要な書類(規則21)、第三国インボイスの取り扱い(規則23)、FOB価格記載義務(規則25)なども取り決められている。

OCPは原産地証明手続きを包括的に定めた唯一の公的参照文書であることから、手続きに変更がある場合には、それに先立ち、OCPもまた改定される。例えば、Form DへのFOB価格の不記載(付加価値基準を採用した場合を除く)は、2013年8月のASEAN経済相会合で決定され、2014年1月1日に発効した改定OCPの中に、規則25(FOB価格)が設けられる形で反映されている。

電子原産地証明書(e-Form D)の運用上の留意点

同様に、2019年5月現在使われているOCPは2018年1月1日に発効したもので、同日に導入されたインドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、ベトナムの5カ国で先行導入された電子原産地証明書(e-Form D)の運用手続きを加えたものとなっている。具体的には、e-Form Dの運用に必要な手続きとして、新たに規則26~規則31を加えるとともに、これまでの規則(規則1~規則25)までの中で、e-Form Dの運用においてもそのまま適用されるものを明示することで、全体の構成を変えることなくe-Form Dの運用を可能としている(参考参照)。

参考:原産性証明にかかる運用手続き書(OCP)電子原産地証明書(e-Form D)関連部分仮訳

規則26 紙・電子原産地証明書(e-Form D)の同等性

  1. 電子的フォーマットによる原産地証明書(Form D)の申請・発給・受け入れは紙のフォーマットの代わりに、同等の法的効果を持って行うことができる。
  2. 規則27から規則31に定める規定はe-Form Dに適用される。規則27から31で特記がない限り、規則1~6、8、10、11、14~16、18~25はe-Form Dに対しても適用されなければならない。

規則27 電子原産地証明書(e-Form D)

  1. 互換性を確保するため、加盟各国は随時更新されうる「e-ATIGA Form D」にかかるプロセス仕様・メッセージ実施ガイドライン」に従ってe-Form Dを交換すること。
  2. 加盟国が「実施ガイドライン」に規定される電子手続き・関連情報項目の全てに従うことを希望しない場合は、当該加盟国はASEAN事務局を通じて他の加盟国に対し、実施を希望する項目の通知を行うこと。

規則28 e-Form Dの申請審査

規則6(a)の規定に関し、e-Form Dの申請は電子的に受け入れられ、審査され完全な形とされ、認証されなければならない。

規則29 e-Form Dの発給

  1. 例外的な場合には、輸出者は発給機関が規定する手続きに従い、元のe-Form Dが発給された日から1年以内にe-Form Dの再発給を申請することができる。
  2. 「実施ガイドライン」に記載される電子的プロセスに加え、e-Form Dは発給国のナショナルシングルウィンドウ(NSW)を通じて直接輸出者に送付され、輸入国のNSWを通じて直接輸入者に送付することができる。
  3. データの損失を起こしうる技術的障害等(ただしそれに限らない)、例外的な場合には、受け入れ国は送付国に対し、e-Form Dの再送付を要求することができる。
  4. 「実施ガイドライン」に記載の手続きに従い、e-Form Dの変更は、新たなe-Form Dの発給によって行われ、古いe-Form Dは取り消されなければならない。

規則30 e-Form Dの提示

  1. 特恵税率適用を要求するため、輸入者は輸入時に、(1)e-Form Dの参照番号、(2)インボイスや要求された場合には輸出加盟国で発効されたスルーB/L等の参考書類、(3)輸入加盟国の法規制で要求されるその他の書類、の情報を含む輸入申告を輸入国の税関当局に提出しなければならない。
  2. 輸入国の税関当局は「実施ガイドライン」に従い、e-Form Dの利用ステータスを示す電子税関返報を作ることができる。返報が作成される場合には、当該利用ステータスはASEANシングルウィンドウ(ASW)を通じ、輸入後速やかに、あるいはそれが作成されると同時に、かつe-Form Dの有効期限内に、発給当局に電子的に送付されなければならない。
  3. e-Form Dの受け入れが輸入国の税関当局により拒否される場合には、輸入国の税関当局は以下の措置を取らなければならない。
    1. 「実施ガイドライン」に従い、否認の理由(適切な場合は特恵税率の否認の理由を含む)を示した否認ステータスを示す電子税関返報を作成する。
    2. 3(a)に示す手続きが利用出来ない場合は、輸入国の税関当局は輸出国の発給機関に対し、60日を超えない合理的な期間内にe-Form Dの参照番号と共に特恵税率否認の根拠を署名で提出することができる。
  4. 前述の項に記載の通り、e-Form Dが受け入れられなかった場合は、輸入国は発給機関の説明を受け入れ、考慮し、特恵税率付与のためにe-Form Dが受け入れ可能かどうか、改めて審査を行わなければならない。

規則31 電子的アーカイブ・データの保持

  1. 規則18、19に記載の検認手続きのため、e-Form Dの発給申請を行う生産者および/または輸出者は、輸出国の法令に従い、e-Form Dの申請のために行った根拠記録ストレージを、e-Form Dの発給日より3年を下回らない期間保持しなければならない。
  2. e-Form Dの申請およびかかる申請に係る全ての書類は、e-Form D発給日より3年を下回らない期間、発給機関によって保管されなければならない。
  3. e-Form Dの検認にかかる情報は、輸入国の求めがある場合、発給機関の権限を与えられた職員により提出されなければならない。
  4. 関係加盟国間で交換されるあらゆる情報は、秘密を保持し、e-Form Dの検認手続きのために用いられなければならない。

出所:ASEAN物品貿易協定(ATIGA) 第8付属書(運用上の証明手続き(OCP))よりジェトロ作成

主な留意点は以下の通り。このうち、規則30に記載のある通り、e-Form Dの受け入れステータス(受付中、受付完了、否認)については自動的に返報が作成され、相手国の発給当局に送られることとなっている。他方、2019年4月にタイ税関にヒアリングを行った際、技術的な理由により、タイからベトナムに送られたe-Form Dの返報(ベトナム税関からタイ発給当局に送られるもの)が作成されない状態が続いているとのことであった(注)。

  • 規則26(紙・e-Form Dの同等性):紙での発給を前提に記載されたOCP上の項目(規則7、規則9、規則12、規則13、規則17)がe-Form Dの手続きでは非適用となることを規定。このうち、修正手続きを定めた規則9は規則29第4項に、紛失時の手続きを定めた規則12は規則29第1項および第3項に、また書類保管義務を定めた規則17は規則31に、それぞれ置き換わっている。
  • 規則28(e-Form Dの申請審査):条文中で参照されている6 (a)は、原産地証明書の発給申請は権限者による署名によって行われることを規定。規則28では、それが電子的な手続きのみで完結することが定められている。
  • 規則29(e-Form Dの発給):紙での発給と異なり、e-Form Dの記載事項の修正などがある場合は、e-Form D自体の再申請が必要となることに留意が必要である。すなわち、元のe-Form Dを発給した日から1年以内に再発給の申請を行い(第1項)、再発給された場合に元のe-Form Dの取り消し作業が行われる形となる(第4項)。
  • 規則30(e-Form Dの提示):e-Form Dのステータスはそれぞれの国の税関システムの中に整理され、またそのステータスはASEANシングルウィンドウシステムを通じ、発給機関に電子的に送付(Customs Response:税関返報)されることが定められている(第2項)。
  • 規則31(電子的アーカイブ・データの保持):事後審査・検認に用いるため、e-Form D発給申請者はかかる申請に用いた根拠資料を発給日から3年間保管することが義務づけられている(保存形式は問わない)(第1項)。また、提出データに対しては提出先に守秘義務が生じ、検認手続き以外の目的で使わないことが規定されている(第4項)。

自己証明制度の導入に向けたOCP改定が進む

前述の通り、2018年1月から発効したOCPでは、これまでの運用手続きにe-Form Dの運用手続きを溶け込ませる形で整合性が図られてきたが、OCPの改定作業はこれで終わったわけではない。紙・電子的といった媒体を問わず、Form Dは公的な第三者機関の権限で原産地証明書を発給する「第三者証明」であるのに対し、ASEANでは早晩、「自己証明」型の原産地証明方法が導入される見通しなためである。2018年9月に行われたASEAN経済相会合では既に、自己証明を導入するためのATIGAの第一改定議定書への署名が行われるとともに、OCPの改定作業の加速化が指示された。

自己証明制度が導入された場合、ATIGAでの特恵税率の適用を受けるためには、従来型Form D、e-Form D、自己証明の3つの方式が併存することとなる。今後は、現場での混乱を避けるため、それぞれの方式を理解し、OCPに準拠した社内手続きを整えておくことが、ますます重要になるといえるだろう。


注:
例えば、ベトナム税関が2019年4月18日に出したレポートでは、2019年1月から3月19日までの期間にベトナムは1万553件の電子原産地証明書を受け取り、2万3,262件を発給している。一方、タイからベトナムには電子原産地証明書が送られていない(ベトナムからタイへは9,773件が発給されている)とのことであり、システムトラブルにより、タイからベトナムに向けた電子原産地証明書の利用ができていないことが推察される(現地報道「ベトナム税関総局、ASEANシングルウインドウ経由でのe-form Dチェックを地方税関に指示外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」)
執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
蒲田 亮平(がまだ りょうへい)
2005年、ジェトロ入構。2010年より2014年まで日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)事務局次席代表を務めた後、海外調査部アジア大洋州課リサーチマネージャー。2017年よりアジア地域の広域調査員としてバンコク事務所で勤務。ASEANの各種政策提言活動を軸に、EPA利活用の促進業務や各種調査を実施している。