医療機器スタートアップはなぜミネソタ州を選んだのか(米国)

2019年6月21日

医療機器スタートアップは、製品開発に多額の費用を要し、厳しい規制の下で事業運営しなければならないなど、成功することが非常に難しいと言われている。ジェトロは2019年2月28日、ミネソタ州で注目されている医療機器スタートアップ「カーディオノミック」(ニューブライトン市)のスティーブ・ゴーデックCEO(最高経営責任者)に、なぜミネソタ州を創業地として選んだのか、また医療機器スタートアップが成功するためのカギは何かについてインタビューした。

カーディオノミックの取り組み

カーディオノミックは、カテーテルを使った医療機器を開発している。開発しているのは特定の心臓神経に電気的刺激を与えることによって、心拍の上昇や薬剤の副作用を伴わずに、血圧や血流を改善することができる機器だ。これは、急性非代償性心不全(ADHF)の主原因でもある、心拍出量(注1)の低下に対処するための医療機器である。血圧が低下すると、心臓から十分な量の血液が送り出されなくなり、それによって十分な水分を排せつすることができなくなった腎臓に過度な負担がかかることで、腎臓機能不全を起こしてしまう。これが心臓のうっ血を高め、最終的に、心臓発作や機能不全へと導きかねない。この症状は、病院への緊急搬送や、入院、頻繁な通院などにつながり、医療制度にとっても大きな負担となる。


カーディオノミック(同社提供)

なぜ創業地にミネソタ州を選んだのか

ミネソタ州のツインシティ地区(人口最大の都市ミネアポリスと州都セントポールを合わせた地区)で、スタートアップを立ち上げる重要なメリットの1つは、ここが強力なネットワークをもつ比較的小規模なコミュニティーだということだ。

ゴーデック氏は「医療機器業界では人件費が高くつくが、競合する他の地域に比べればまだ安い」と語り、「ソフトウエアエンジニアはカリフォルニア州の半分の賃金で雇えるし、人材の獲得競争の熾烈(しれつ)度ははるかに低い」という。また、事業運営費の安さも魅力だという。カーディオノミックは4,500平方フィート(約418平方メートル)の場所を借りているが、毎月のレンタル料は3,800ドルだという。「カリフォルニア州でこれと同じだけの室内スペースを借りるとなれば、5倍はかかるだろう。おまけにツインシティ地区は、医療技術関連の人材やベンダーの豊富さにおいては、カリフォルニア州やボストンにも引けをとらない」と話す。加えて、ミネソタ州の労働文化は、北欧やドイツの勤勉さを持つ非常に盤石なものであり、その結果として離職率はほかのどこよりも低いそうだ。

ミネソタ州に、競合地域と比較して大きく不利な点が1つあるとすれば、それはインキュベーターやアクセラレーターの絶対数が少ないこと、そしてスタートアップへの投資やベンチャーキャピタル(VC)が不足していることだろう。ジェネレイター(Genera8tor)やgベータ・メドテック(gBeta Medtech)などのアクセラレーターは存在するが、医療機器スタートアップが必要とする経費が、ピボタル試験(注2)を通過するまでのコストも含めれば最高2億5,000万ドルにも達し得ることを考えれば、「その資金力や投資レベルは最低限のものであると言わざるを得ない」とする。

インキュベーターは、リスクの高い事業だ。「ヒューストン・クロニクル」紙のクリス・トムリンソン氏は、インキュベーターやアクセラレーターに登録したスタートアップのうち90%以上が破綻すると指摘する(2018年10月28日記事「医療制度には特殊なインキュベーターが必要」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。他方で、ヒューストンでジョンソン・エンド・ジョンソンが運営するライフサイエンス特化のインキュベーター「Jラブズ外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」のように、登録企業の約88%が事業を引き続き運営しているか、ほかに事業売却している成功例もある。ゴーデック氏はこれに同意しながらも、医療技術に目を向けるそのようなインキュベーターの存在は、世界的にも非常にまれなことを嘆く。Jラブズのほかに、ゴーデック氏が思いつくのはたった2社しかないという。ファイヤーワン外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます (アイルランド、メドトロニック系列)と、医療機器に特化したエクスプローラメッド外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 〔カリフォルニア州、新興企業協会(NEA)系列〕だ。大手のライフサイエンス企業からの直接の投資ということでいえば、そのほとんど全てが後の段階での投資であり、その目的も最終的なポートフォリオの買収というのが現状だという。

イノベーション創出のカギ

ジェトロはゴーデック氏に、医療機器スタートアップが成功するためのカギについて聞いた。

  • 人材へのアクセス。ツインシティ地区には、特に医療機器のビッグ3(メドトロニック、スリーエム、アボット・ラボラトリーズ)をはじめ、ボストン・サイエンスやエコラブなどの企業があり、ミネソタ州内で強力な存在感を示しているため、豊富な人材が集まる。これらの大企業がこの地域に人材を引き寄せ、新たな人材を生み出し、またベンダーやサプライヤーも引き寄せる。
    医療系企業は、インキュベーターやVCのほかに、取締役会には、医療機器を熟知した投資家やアドバイザーたちを据える必要がある。それらは、アイデアから開発、試験、認可、商品化するまでのプロセスや期間を理解している人々でなければならない。
  • テクノロジーの習得。経済発展により人々が非常に忙しくなったことで、技術を素早く効率的に習得することが求められている。習得が遅れ必要な技術にアクセスしにくいという状況は、製品開発の遅れにつながる。
  • 資本投資。医療機器に投資するVCの利益は非常に低いため、初期段階の医療技術企業を信頼して、そこに資金を投じるように投資家たちを仕向けるのは、至難の業だ。仮に投資家たちが話に乗ったとしても、往々にして多くの株式を求めるため、将来の事業展開や事業売却に成功したとしても、最終的な利益を著しく下げてしまう。
  • タイミング。偉大なアイデアが、いつでも問題解決に直結するわけではない。正しい製品を正しい市場に提供する必要があり、必要な部品からサプライヤーまでのすべてが、落ち着くべき所に落ち着く必要がある。また、医療制度の補償環境にも注意を払わなければならない。
  • 市場規模。製品が十分に浸透した際には、確実なマージンを生み出し、米国食品医薬品局(FDA)の認可を受けて最終的に会社を売却する際には、5倍から10倍の利益を得ることができるくらいの、十分な市場規模があることが重要だ。つまるところ、革新的で破壊的なアイデアと、コスト効率との間のバランスが重要だ。

ゴーデック氏はカーディオノミックが、後に続く企業に道を開く、よいビジネスモデルになると確信している。NEAが支援するインキュベーターから生まれたこのモデルは、これまでに総額3,300万ドルの出資を得た。ツインシティ地区の優秀な専門的人材の恩恵を受けて良いチームが結成され、この地区の豊富なベンダーへのアクセスもそろっている。

もしも、ゴーデック氏がいま新たに会社を興すとして、特にそれが心臓治療分野の会社であれば、創業地として選ぶのはやはりツインシティ地区だという。もしも、それ以外の地を探すことがあるとすれば、それは、扱う製品の特殊性がとても高く、その特定の特殊性に合った場所が必要な場合のみに限られるという。

カーディオノミック(Cardionomic)という社名は、cardiac(心臓の)という単語と、autonomic(自律神経系の)という単語とを合わせた造語だ。この社名はまた、カーディオノミックの治療法には、患者の健康と心臓そのものを癒やす力があることを強調するものでもある。

ゴーデックCEOは、心臓ペースメーカーを中心とした医療機器メーカー「メドトロニック」での心調律管理部門における17年におよぶ経歴をはじめとして、心臓研究の分野で幅広い経験を持つ。メドトロニックの「スター・オブ・エクセレンス」の称号を2度獲得したほか、名誉ある「卓越した構想におくられる会長賞」も受賞している。2011年にクリーブランド・クリニックのサンドラ・マチャド博士が率いるチームによって開発され動物実験が行われていた医療技術に出会った際、従来の価値観を破壊するような画期的心臓治療技術になるだろうと確信した。ゴーデック氏は、2012年にその技術のライセンスを取得して会社を設立した。2015年には、NEA、 グレートバッチ、クリーブランド・クリニックの主導により、シリーズAラウンドで2,000万ドルの資金が集まり、正規の臨床試験に至るまでの技術開発の道が開かれた。この分野のスタートアップの初期段階での出資としては非常に巨額であり、この技術に対する、そしてカーディオノミックに対する、大きな期待を示したものだといえる。現在では12人の従業員を抱え、アセンション・ベンチャーズが主導するシリーズ Bでさらに900万ドルの資金を調達し、商品化に向けての設計が完了したところだという。このテクノロジーの有効性を示す重要なピボタル試験へ刻々と近づいている。

現在、カーディオノミックが重点的に取り組んでいるのは、米国市場を見据えたFDAの認可取得だ。欧州CEマークの認可については、現段階では極めて複雑なために、今後の検討課題としているという。また日本市場については、「その莫大(ばくだい)な患者数と危急な必要性を考えれば、間違いなく関心の対象となる市場であるが、認可手続きに非常に時間がかかるなどいくつかの重大な障壁があり、短期間で取り組むのは難しい」と述べている。

会社概要
会社名 カーディオノミック(Cardionomic)
設立 2012年(創業2011年)
創業者 サンドラ・マチャド博士、スティーブ・ゴーデック
事業 心臓治療用機器・医療機器

注1:
循環器学の用語で、心臓によって単位時間当たりに送り出される血液量を表す。
注2:
新規の治療薬または治療法において有効性を示す主な根拠となり,後の治療を変えるような重要な中枢となる試験。
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所 ディレクター
河内 章(かわち あきら)
2006年、ジェトロ入構。デザイン産業課(2010年〜2014年)、ジェトロ仙台(2014年〜2016年)などを経て、2016年4月より現職。米国自動車メーカーと日系サプライヤーの商談支援や、米国企業による日本進出支援、米国・中西部のスタートアップ・イノベーションなどを主に担当している。