日本の海運会社が世界で活躍する船員を育成(フィリピン)

2019年9月20日

労働人口が豊富で英語堪能な人材に恵まれたフィリピンは、世界有数の船員供給国である。そのフィリピンで、日本の海運会社が現地パートナーと共同で船員を養成する大学を運営し、人材育成と雇用創出に貢献している。豊富な労働力や高い英語力に強みを持つフィリピンは、世界の現場で活用するグローバル人材の供給国としての期待が高まる。

世界の海運業とフィリピン経済に貢献するフィリピン人船員

世界の商船で働く船員約120万人のうち、フィリピン人は約23万人と最多である。日本の商船業界でも事情は同様で、日系商船会社の乗務員約5万6,000人の7割以上をフィリピン人が占める。

また、フィリピンの重要な外貨収入源である海外就業者からの送金は、2018年に289億4,311万ドルに達したが、このうち約2割(61億3,951万ドル)は船員や客船サービススタッフなど海上労働者によるものだ。海上労働者の就業先内訳を送金額ベースで見ると、米国が約38%で突出し、以下、シンガポール(10%)、ドイツ(9%)、日本(7%)、オランダ(4%)と続く。

フィリピン人船員教育に貢献する日本の海運会社

このように、フィリピン人船員は、世界の海運業とフィリピン経済に大きく貢献しているが、その育成には日本の海運会社が積極的に参画している。

例えば、日本郵船は2007年に、現地パートナーのトランスナショナル・ダイバーシファイド・グループと共同で、マニラ南郊に商船大学「NYK-TDGマリタイム・アカデミー」を設立しており、2018年11月までに累計で約1,000人の卒業生を輩出してきた。

また、商船三井は、長年にわたって船員の教育や配乗で提携してきた現地人材サービス大手のマグサイサイ・グループと合弁で、2018年、マニラ南郊に全寮制の商船大学「MOLマグサイサイ・マリタイム・アカデミー」を開校した。13.2ヘクタールのキャンパスには、教育棟、疑似訓練船、救命艇の降下訓練も可能なプールや宿舎棟が並び、特に疑似訓練船にはシミュレータを備えた船橋やメインエンジンルームなど、実際の船さながらの設備がそろっており、実機とシミュレータを複合した実習を行っている。1学年当たりの生徒数は約300人で、現在の在籍生徒数は2学年で約600人だが、4学年制(最終年度は乗船訓練)のため、2年後には1,200人の生徒を受け入れる見込みである。若い労働人口が豊富なフィリピンでも、首都圏近郊の製造業において人が集まりにくくなっているが、外航船員の待遇は良いため、地域を問わず大変人気があり、高倍率の試験を通過して入学した生徒はロイヤリティー、定着率ともに高い。日本の海運会社に就職できることや、資格取得の条件である乗船訓練(1年間)の経費が学校側負担となっていることも、同アカデミーの人気が高い理由だ。

MOLマグサイサイ・マリタイム・アカデミーの卒業生は、約半数が商船三井に、残る半数がマグサイサイ・グループを通じて他の海運会社などに、就職している。この教育事業は、自社の人材確保のみならず、自社以外への人材供給という面から、フィリピンの雇用を底上げする役割も果たしている。また、船員となる人材はフィリピン全国から集まってくるが、就業先が限られた地方の若者に、魅力ある雇用機会を与えるという意味でも、船員教育は地方経済の下支えにも貢献している。


MOLマグサイサイ・マリタイム・アカデミーが有する疑似訓練船と
救命艇の降下訓練が可能なプール(商船三井提供)

グローバル人材育成拠点としてのフィリピン

労働人口が豊富で、英語が堪能な人材の多いフィリピンで、建設機械やトラックの維持管理を行うエンジニア、設計エンジニアやソフトウエア開発といったIT関連のエンジニア、船舶の乗務員など、グローバル人材を育成して世界の現場で活躍させている日系企業は少なくない。こうした業務が完全に自動化されるには、いまだ時間を要すると見られるため、今後もフィリピンはグローバル人材育成拠点として盛んに活用されるだろう。上述した船員についても、船舶の自動運航に関する研究や実験が進んでいるものの、混雑する海域など複雑な状況では、依然として船員が対応する必要があり、フィリピン人船員の活躍が当面続きそうだ。

執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所長
石原 孝志(いしはら たかし)
1990年、ジェトロ入構。農水産部、ジェトロ岡山、ジェトロ・ヒューストン事務所、展示事業部、ジェトロ・香港事務所等を経て、2017年6月から現職。