フィリピン経済における中国のプレゼンスが拡大
インフラから消費市場まで幅広く浸透
2019年8月1日
フィリピン経済における、中国のプレゼンスが増してきている。2018年11月に中国から習近平国家主席が初めてフィリピンを訪問し、2019年4月にはドゥテルテ大統領が中国を訪問するなど、両国間で官民ハイレベルでの交流が活発化している。これらの首脳外交を軸として、両国のビジネス協力も進みつつあり、フィリピン経済のさまざまな場面で、中国の存在が目立つようになった。
看板政策のインフラ整備計画に中国も貢献
フィリピンでは、日本は最大の援助供与国である。1966年から2017年までのODA供与実績を見ると、首位は日本で56%、第2位の米国が15%と、日本が圧倒的なシェアを占めている。現在も、国鉄の首都圏通勤鉄道(北線、南線)や首都圏地下鉄のような重要かつ大規模な案件をはじめ、多くの案件を支援している。
他方、ドゥテルテ政権発足(2016年6月)後、中国のODA案件も目立つようになってきた。表1のほか、ルソン島北部のチコ川灌漑揚水案件[43億7,000万ペソ(約91億7,700万円、1ペソ=約2.1円)]首都圏の橋の設置/拡幅で6案件(13億9,000万~80億3,000万ペソ)が進んでいる。ミンダナオ鉄道についても、中国が第2期のフィジビリティー・スタディー(F/S)を実施中であり、第3期のF/S も実施準備中である。またドゥテルテ政権は、ルソン島からビザヤ諸島を経てミンダナオ島を陸路で結ぶ「島しょ間連絡大橋プロジェクト」のF/S を準備中であり、いくつかの区間については、中国が関与している。
案件(国家経済計画庁が承認済み) | 費用 | 着工(年) | 完工(年) |
---|---|---|---|
国鉄 長距離鉄道 (首都圏~ルソン島南端、639km) |
175,318 | 2019 | 2023 |
スービック~クラーク貨物鉄道(71km) ※比政府も資金拠出 |
50,031 | 2019 | 2022 |
ミンダナオ地方の河川洪水対策 | 39,220 | 2020 | 2025 |
カリワダム(首都圏の新水源開発) | 12,200 | 2019 | 2022 |
出所:フィリピン国家経済開発庁
なお、フィリピン財務省は、ドゥテルテ政権発足後の円建て国債(サムライ債)発行額は1,542億円、元建て国債(パンダ債)発行額は39億6,000万元(約633億6,000万円、1元=約16円)と発表しており、フィリピン政府の資金調達に日本に加えて、中国の投資家も大きく貢献している。
官民ハイレベル交流で進む両国企業間の連携
フィリピンを代表する財閥には福建省出身の華人系資本が多いが、これまで両国企業が連携してフィリピンで事業を行う事例はあまり多くなかった。しかし、ドゥテルテ政権発足後に活発化した首脳外交の機会を捉え、両国の政府機関や企業の間で多くの協力文書が取り交わされており、さまざまな分野で具体的なビジネスが進んでいる。
まず、ドゥテルテ大統領は通信産業の寡占状態打開を公約に掲げており、通信分野での外資参入規制を緩和した結果、2019年7月8日にディト・テレコミュニティが事業認可を取得した。同社は、中国電信、新興地場コングロマリットのウデンナ・グループの持ち株会社ウデンナ・コーポレーション、同じく傘下企業のチェルシー・ロジスティックスの3社が出資した合弁企業である。
また、フィリピンでは天然ガス田の枯渇が予測されており、液化天然ガス(LNG)の輸入・導入が検討されている。現在、東京ガスと地場エネルギー大手ファースト・ジェンが合弁で、LNG受け入れ基地の建設と運営を行う準備を進めているが、前出ウデンナ・グループのフェニックス・ペトロリアム、中国海洋石油集団の傘下企業である中海石油気電集団、フィリピン国家石油公社(PNOC)の3者が協力して、同様の計画を進めようとしている。
さらに、フィリピン貿易産業省によると、2018年11月に習国家主席がフィリピンを訪問した際、攀華集団(パンファ・グループ)がミンダナオ地方に総合製鉄工場を建設する旨の覚書、河北鋼鉄集団(HBIS)が地場鉄鋼大手スチール・アジアなどと組んで同じくミンダナオ地方に高炉一貫製鉄所を建設する旨の覚書を、それぞれ締結したという。
このほか、2019年4月にドゥテルテ大統領が中国を訪問した際、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」関連の国際会議で取り交わされた覚書は、エネルギー、農産品輸出、工業団地開発、交通や通信のインフラ開発、ルソン島北端のカガヤン経済区進出案件など多岐にわたる。フィリピン貿易産業省発表によると、19案件の投資総額は121億6,500万ドルに相当する。
フィリピンに浸透する中国のエコシステム
他のASEAN主要国に比べると遅れ気味だが、フィリピンにもデジタル化の波が押し寄せており、その中でも、中国企業が存在感を高めている。
フィリピンの小売産業において、電子商取引(EC)が占める比重はいまだ1%台にすぎないが、若者を中心に徐々に普及しつつある。この市場を主導しているのはアリババ傘下のラザダ、テンセントが出資するショッピーと中国企業の影響力は強い。
2019年6月に、ミンダナオ地方ダバオ市で開催された投資シンポジウムに登壇したアリババ・クラウド・インターナショナルの幹部は、出席したフィリピン企業に対して「フィリピンが本格的なデジタル経済に移行し、IoT(モノのインターネット)やフィンテックなどを導入する上で、先行する中国のプラットフォームを活用するメリットは大きい」と、同社との連携を呼び掛けた。
さらに、中国のゴビ・パートナーズとフィリピンのコア・キャピタルという両国のベンチャーキャピタル(VC)が共同でファンドを立ち上げ、フィリピンのスタートアップ企業に投資する。
消費経済でも中国への依存度が徐々に高まる
米国系の大手不動産会社コリアーズ・インターナショナルによれば、首都圏のオフィス物件取引件数に占めるゲーム産業の比率は、2017年が35%、2018年が21%、2019年第1四半期が29%と、高水準を維持している。このゲーム産業が生む、オフィスや住宅の需要は首都圏の不動産開発を牽引する重要な要素となっているが、その多くは中国人向けオンラインカジノのサービス拠点といわれる。
また、フィリピンを訪れた中国人旅客数は、2017年が前年比43.3%増の約96万8,450人、2018年が前年比29.6%増の125万5,260人と急増しており、2019年には首位の韓国を追い越しそうな勢いである。なお、日本人旅客数は2018年が約63万人で第4位と、中国のほぼ半分にとどまる。
このように、フィリピンに滞在する中国人が現地のサービス産業に与える影響は大きくなってきているが、フィリピン政府は観光ビザで渡航した中国人がゲーム産業などで不法就業している例も少なくないと見て、外国人居住者の管理と徴税を強化する方向で調整を進めている。
なお、フィリピンにとって、在外フィリピン人の本国送金は重要な外貨収入源であり、内需を力強く支えているが、2018年の世界各国からの送金額合計289億4,311万ドルのうち、中国からの送金額は4,821万ドルにとどまり、日本からの15億1,421万ドルと比べても影響は限定的である。
対中貿易赤字は拡大の一途
2018年のフィリピンの中国向け輸出額は86億9,867万ドルで輸出相手国として第4位、中国からの輸入額は213億9,427万ドルで輸入相手国の中で首位であり、表2のとおり、輸出入ともに伸長している。近年のインフラ整備や内需拡大に伴って、鉄鋼や鉄鋼製品、タイルなどの建材、自動車や燃料などの対中輸入が増えており、対中貿易赤字は拡大基調にある。現在、フィリピンの自動車市場は二輪、四輪ともに日本車が大きなシェアを占めているが、中国車も徐々に参入してきている。
表2:フィリピンの対中国貿易
品目 |
2016年 金額 |
2017年 金額 |
2018年 | ||
---|---|---|---|---|---|
金額 | 構成比 | 伸び率 | |||
合計 | 6,192,433 | 6,992,771 | 8,698,668 | 100 | 24.4 |
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1,851,353 | 2,197,748 | 2,418,815 | 27.8 | 10.1 |
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2,006,602 | 1,780,973 | 1,778,527 | 20.4 | △ 0.1 |
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48,128 | 256,031 | 612,219 | 7 | 139.1 |
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199,719 | 221,019 | 598,253 | 6.9 | 170.7 |
出所:Global Trade Atlas (IHS Markit)からジェトロ作成
品目 |
2016年 金額 |
2017年 金額 |
2018年 | ||
---|---|---|---|---|---|
金額 | 構成比 | 伸び率 | |||
合計 | 14,968,275 | 16,831,885 | 21,394,269 | 100 | 27.1 |
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2,606,714 | 2,649,321 | 3,894,293 | 18.2 | 47 |
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1,869,154 | 2,404,105 | 2,477,539 | 11.6 | 3.1 |
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2,034,330 | 1,877,181 | 2,200,746 | 10.3 | 17.2 |
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1,145,922 | 1,878,962 | 2,096,179 | 9.8 | 11.6 |
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521,343 | 694,441 | 1,134,719 | 5.3 | 63.4 |
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516,119 | 588,318 | 776,390 | 3.6 | 32 |
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486,083 | 551,588 | 729,018 | 3.4 | 32.2 |
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114,793 | 116,965 | 166,743 | 0.8 | 42.6 |
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87,258 | 167,371 | 134,761 | 0.6 | △ 19.5 |
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21,078 | 18,231 | 75,309 | 0.4 | 313.1 |
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312,129 | 385,761 | 568,320 | 2.7 | 47.3 |
出所:Global Trade Atlas (IHS Markit)からジェトロ作成

- 執筆者紹介
-
ジェトロ・マニラ事務所長
石原 孝志(いしはら たかし) - 1990年、ジェトロ入構。農水産部、ジェトロ岡山、ジェトロ・ヒューストン事務所、展示事業部、ジェトロ・香港事務所等を経て、2017年6月から現職。