インド新興都市、IT関連スタートアップ企業が急増
ケララ州のスタートアップ・エコシステム

2019年5月30日

スタートアップ大国として名高いインド。全国ソフトウエア・サービス企業協会(NASSCOM)が2018年10月に発表した年次報告書によれば、2013~2018年の6年間で誕生した国内スタートアップ企業数は約7,500社に上る。そのうち、1,200社は2018年1~9月に新たに加わったとされ、年間増加率も12~15%と著しく高い。また、「ユニコーン企業」(評価額10億ドル以上かつ未上場のスタートアップ)の数は2018年10月までに18社を数え、米国、中国に続く世界3位となっている。南部ケララ州内では雇用創出につながる産業が少ないという課題を解決するため、他州に先駆けて独自のスタートアップ政策を導入し、インキュベーション面でのサポート体制を整備するなど、スタートアップの振興を図っている。

同州のスタートアップ・エコシステムについて紹介する。

政府が評価するスタートアップ・エコシステムでユニコーン企業も誕生

NASSCOMが発表した報告書によれば、国内スタートアップ企業の6割は ベンガルール(25%)、デリー近郊(21%)、ムンバイ(14%)に集積しており、これら3都市は「発展(Established)都市」と呼ばれる(図1参照)。残りの4割については、企業の立地数に応じて、順に「成長(Growing)都市」(ハイデラバード、チェンナイなど)、「新興(Emerging)都市」(ジャイプール、アーメダバードなど)と呼ばれる都市に立地している。ケララ州は最後の「新興都市」に分類される。同州がスタートアップの新興都市に成長した背景には、同州内で雇用創出につながる産業が少ないという課題を解決するため、州を挙げてスタートアップ・エコシステムの形成に取り組んできたことなどが挙げられる。

図:インド国内のスタートアップ集積地
発展都市としては、北部からデリー近郊、ムンバイ、ベンガルール。 成長都市としては、東部コルカタ、西部ブネ、中南部ハイデラバード、南部チェンナイ。 新興都市としては、北部から、チャンディガル、ジャイプール、アーメダバード、インドール、ケララ。

出所:NASSCOM年次報告書よりジェトロ作成

実際、商工省産業政策促進局(Department of Industry Policy and Promotion:DIPP)が各州のスタートアップ・エコシステムを評価した「スタートアップ・ランキング2018PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(10.6MB) 」において、ケララ州は他州に先駆けて策定した「スタートアップ政策」や、インキュベーションおよび資金調達面でのサポート体制が評価され、2番手グループの「トップ・パフォーマー」に位置付けられている。

ケララ州にゆかりがあるユニコーン企業も誕生している。1999年に創業したIT企業のユーエスティー・グローバルは、2018年6月にシンガポールの公社テマセク・ホールディングスから2億5,000万ドルの出資を受け、州内企業として初めてユニコーン企業入りを果たした(「インディアン・エクスプレス」紙、2018年6月30日)。また、2015年に州内で創業したヘルステック企業のグッド・メソッヅ・グローバルも、今後2~3年でユニコーン企業になることが有望視されている。

インフラを整備し、メンタリングや資金を提供

国内有数のスタートアップ集積地を目指すケララ州において、その中心的な役割を担うのが、州政府所管のスタートアップ促進機関「ケララ・スタートアップ・ミッション(KSUM)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」だ。州政府が策定する「スタートアップ政策」の実施機関であるKSUMは、州都ティルバナンタプラム(旧トリバンドラム)をはじめとする州内4カ所に拠点を構え、スタートアップに対するインキュベーションやアクセラレーションを実施。具体的には、税務・法務・労務関係のコンサルティングや、販売促進やブランディングなどのマーケティングに関するサポート、製品開発などに対する資金補助、コワーキングスペースの提供などを行っている。また、同州では、起業家精神の養成を目的として、学生の支援にも注力しており、KSUMを通じて州内200カ所以上の大学や教育機関内に「IEDC(Innovation and Entrepreneurship Development Centre)」と呼ばれるプラットフォームなどを整備した。そこでは、拡張現実や仮想現実、人工知能、ハードウエアデザインなどの分野に重点を置いたインフラを整備し、学生に対してワークショップやメンタリングサービスを提供している。


テクノパーク内に拠点を構えるKSUM(KSUM提供)

同州のスタートアップ・エコシステムの現状について、KSUMのサジ・ゴピナス最高経営責任者(CEO)は「州独自の調査結果では、州内のスタートアップ企業数は2018年9月までに1,402社(注)に上る」と語る。同調査によれば、分野別ではITサービスが35%、ヘルスケアが11%、教育が9%となっており、企業規模では従業員10人以下のスタートアップが全体の80%を占めている。ゴピナスCEOは「2017年時点でのスタートアップ企業数は757社であったが、ITサービス分野を中心に、わずか1年で約2倍の規模に成長した。さらなるエコシステムの拡充に向け、KSUMでは現在、アクセラレーターを探している。有望な日系企業がいれば、是非紹介してほしい」と述べた。

インド最大規模のITパークで人材供給体制も整備

スタートアップ・エコシステムの整備に向けた州政府の取り組みを語る上で、州内に複数設置されているITパークの存在も欠かせない。ティルバナンタプラムに広がるテクノパークは、1995年に操業を開始したインド最大規模のITパークで、総面積は724エーカー(約293万平方メートル)に及ぶ。5つのキャンパスに分かれており、現在までに、スタートアップと大手企業を合わせて約400社が入居(表参照)。前述のKSUMもパーク内に拠点を構えている。日系企業では、2018年6月に日産自動車が自社初のIT・ソフトウエア開発拠点を同パーク内のテクノシティに設ける計画を発表し、注目された(2018年7月18日付ビジネス短信参照)。

表:テクノパーク 各キャンパスの概要
キャンパス 面積
(エーカー)
(注1)
うち経済特区面積
(エーカー)
入居企業・
機関数(注2)
主な入居企業・機関
フェーズ1 153.54 31 288 KSUM, TCS, Oracle, UST Global, EYME Technologiesなど
フェーズ2 86 86 2 US Technology International, Infosys
フェーズ3 90.12 48 72 Allianz Cornhill Information Services, Cycloides Technologiesなど
テクノシティ 424 141 4 TCS, IIITMK, KASE, SUNTEC
テクノパーク・コーラム(注3) 4.46 4.46 23 Awdar Software Solutionなど
合計 758.12 310.46 389

注1:1エーカー=4047平方メートル。
注2:建設計画中を含む。
注3:ケララ州ITインフラ公社所有の経済特区40エーカーは除く。
出所:「テクノパーク年次報告書2017-18」よりジェトロ作成

テクノパークには、インド情報技術マネジメント大学ケララ校(IIITM-K)や情報通信技術アカデミーケララ校(ICT Academy of Kerala)といった学術機関も立地。州内外に多数のIT人材を輩出しているほか、パーク内入居企業への人材供給なども行っている。同パークを運営するヴァサントゥ・ヴァラダ開発マネージャーは、ケララ州のスタートアップ・エコシステムについて「州政府が旗振り役となって、ITパークや学術機関などインフラや人材供給の体制を作りながら、KSUMにスタートアップの育成機能や学生向けの起業家教育を担わせ、包括的にビジネス環境を整えている点が他州にない特徴だ」と話す。同パークでは現在、テクノシティ周辺に住宅やショッピングモール、病院、ホテルなどの建設も計画中で、ビジネス環境のみならず、生活環境の整備にも取り組む。

州政府主導のビジネス・生活環境整備に加え、ITパークや学術機関などの整備による安価かつ優秀なIT人材の供給を強みに、州内のスタートアップ企業数は今後も増加し、新たな雇用の創出が見込まれる。


IT企業が集積するテクノパーク(テクノパーク提供)

注:
ケララ州による独自調査による企業数のため、NASSCOMの発表値とは異なる。
執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所
榎堀 秀耶(えのきぼり しゅうや)
2016年、ジェトロ入構。サービス産業部を経て、2018年5月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所
ヴィラバブ・ヴィーラ
2011年、ジェトロ入構。現在に至る。